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一日一輪 ~女子校の日々はときめきに満ちている~ 作者:扇智史
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第68話「教室に飾る花もワイヤーで作ってみますか」

 内海(うつみ)弥生(やよい)の机の上に、ちいさな花が咲いていた。
 その花は、金属と油で出来ていた。百円均一で買った銀色の細いワイヤーを結わえて、花びらの形を作る。その隙間に、マニキュアを垂らして膜を作る。うまく膜が出来て乾燥させれば、人工の花がかんたんに出来上がる。
 弥生は、その花の茎の部分をコルクに刺して、机を飾っていたのだった。赤、黄色、白、自然な花にありそうな色で、しかし光沢はいかにも人工物というようにつやめいて、ガラスのような質感を醸し出していた。

「お、よくできてるじゃない」

 弥生の机をのぞきこんで、内藤(ないとう)叶音(かのん)が楽しそうに言った。弥生は顔を上げて微笑む。

「叶音さんのおかげだよ。ありがとう」
「あたしは何もしてねってば」
「でも、マニキュア、何色も譲ってくれたし」
「余ったからあげただけだよ。あんなんなら、いくらでもうちの引き出しに眠ってっから」

 言いながら、叶音は机の前にしゃがみ込み、マニキュアフラワーの赤い花びらに指先をふれる。わずかに左に傾いた花は、しかしすぐに弾性で跳ね返って、左右に揺れる。音楽に反応して踊るおもちゃみたいだった。

「これ、今年の春色だよね。気に入らなかったけど、こうしてみるとけっこういけんじゃん」
「適材適所ね。最初は微妙だったけど、トップコートかけたらすごくよくなったよ」

 ふーん、とうなずきながら、叶音はくりくりと花を左右にもてあそぶ。脆そうに見えるが、意外としぶとい。

「こういうの、アクセに出来そうだよね」
「してる人、けっこういるって。母の知り合いでも、ピアスにしてる人とか」
「あー、よさげ。こういう手作り感、ちょっとアクセントにしたらいいかもね」

 元々は、母が手遊びで始めたものだった。マニキュアも、百均やコンビニで売っているようなものをお試しに使って、手軽に楽しんでいたのだが、いい色がなかったのだという。
 そこで弥生は、化粧品に詳しそうな叶音に声をかけたのだった。彼女は、使わなくなったマニキュアの余りをたっぷり譲ってくれた。それを期に、弥生も母といっしょに花作りに精を出し始めた、というわけだ。
 こういう地道な作業は、むしろ弥生の得意とするところだった。いまや、自宅を金属と油の花が埋め尽くすばかりの勢いだ。

 そんな状態だから、ついつい、学校にまで持ってきてしまった。誇らしげな気持ちが、ないとは言わない。

 今度教えてほしい、と言い残して、叶音が去っていく。机の上のマニキュアフラワーは三角形に並べ直され、なんだか、庭にひっそり咲いた名もない花のような風情だった。こんな雑草みたいなちっぽけな花のほうが、意外と生命力が強い。
 弥生は満足げに、金属の縁を指でなぞる。

「そんなシンプルな花が、お好みですか」

「……どうしたの千鳥(ちどり)さん」

 隣の席の初野(はつの)千鳥が、弥生の机を見据えていた。ポーカーフェイスの彼女の感情はあまりうかがえないけれど、かすかに動く眉毛が、すこし不機嫌そうだった。

「何でしたら、教室に飾る花もワイヤーで作ってみますか」
「それとこれとは」
「あるいは、もっと形状に趣向を凝らしてはいかがでしょう。幸い、こちらに植物図鑑が」
「いやいいから」

 机の脇のリュックサックに手を突っ込んだ千鳥を、弥生は声で制した。つまらなそうに手を引いた千鳥は、やっぱり、どことなく機嫌が悪い。
 弥生ひとりで楽しんでいるのが、気に食わないのかな、と思う。

「千鳥さんも、いっしょに作ってみる?」
「そういうことではないのです」

 あっさり首を横に振られた。千鳥の目線は机の上の花に固定されたまま、険しさだけをじわじわと内側に蓄えていくみたいだった。

 叶音と仲良くしているのが不快だとか、そういうことでもないのだろう。千鳥は稚気に溢れた少女だが、そんな子どもっぽい嫉妬とは縁がない。いまだって、叶音にも、弥生自身にも、目もくれない。

「ひとつふたつ、あげようか?」
「花なら、プランターも鉢植えも家にたくさんあります」
「それとこれとはまた別なんじゃ……ほら、長持ちするし」
「手をかけて育てたり、足を使って採集する方が、私の性に合っています」
「うーん……」

「弥生さんも、自ら採集してくるといいと思うのです。その辺に生えてるのでいいから」
「道ばたの雑草とか、集めるって言うのかなあ」
「山の上ならきれいな野草も多いですよ」
「千鳥さんの”その辺”って概念、けっこう巨大だよね」

 彼女ほどフットワークが軽いわけでもなく、体力もない。弥生の楽しみとしては、手元で金属をこねくり回す方が合っている。

 ……つまり、そういうところだ。

 机にべたっと両腕を乗せ、前屈みの姿勢で、首だけ千鳥の方に向ける。椅子がちっとも合っていない千鳥の、低くてちいさな頭が、それでようやくまっすぐ見つめられる気がした。

「……結局、まだ、千鳥さんの山歩きにはつきあったことないね」

 そのうち、と、挨拶代わりの約束を交わすことはあれども、実行に移したことはなかった。
 靴も、服も、リュックサックや携帯食も、万全を期そうと思えば準備はいくらあっても足りない。細かいことばかり気にかかる弥生は、そんな不安が先に立ち、動けなくなってしまう。
 千鳥といっしょに歩くのは、舗装された道ばかり。

 それは、ひょっとしたら、千鳥には不満なのかもしれなかった。
 だから今でもひとりで、山のてっぺんまででも歩いていくのかもしれなかった。

 千鳥の目から、険しさが消えた。まるく輝く瞳は、川辺のきれいな石ころのように、濡れてつやめいている。

「夏になれば、山の上はすごく過ごしやすいです。登山には、いい季節」
「涼しいだろうね、山の空気」
「湿気もなくて、胸の奥まで、すっかり吸い込めるみたいな感じですよ」

 実感として語る千鳥の声は健やかで、てらいがない。彼女の知っている空気は、きっと彼女になじみのものだ。
 そこに、弥生を連れていきたいのだろう。

 夏休みの計画なんて、まだすこしも立てていない。目の前の期末試験のことで手一杯で、半分現実逃避みたいにマニキュアフラワーにのめり込んでいた。
 いよいよ、先を見据える必要がありそうだった。

「そういう話は、そのうち、ね」
「いつ頃ですか?」
「試験が終わったら、ちゃんと。登山用具のお店、教えてくれる?」
「お任せください」
「約束しとこう」

 指切りげんまんでもするべきか、と思ったが、それはあんまり子どもじみている。
 弥生は顔を上げて、手元にあった銀と赤の花をひとつ、手に取る。

「ちょっと弥生さん、指出して」
「薬指でいいですか?」
「……右手の」

 苦笑しつつ弥生が言うと、千鳥は、広げた右手を差し出してきた。ちいさいけれど、アウトドアに馴染んだ彼女の手はうっすら日に焼けて、節くれ立っている。器用に動きそうな、機械みたいな手だった。

 弥生は、彼女の中指に、そっと花を乗せた。
 ワイヤーを、くるりと指の根本に巻き付ける。即席の指輪が、きらりと光った。

「……大げさではありませんか?」
「じゃまかな?」
「いいえ、ちっとも」

 千鳥の口元にも、微笑が浮かんだ。彼女は左手で、自分の指を、いとおしげに撫でた。
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