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一日一輪 ~女子校の日々はときめきに満ちている~ 作者:扇智史
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第63話「そういう時の私を教室に持ち込むのは、ちょい、恥ずかしい」

「るなさんもどうぞ」

 近衛(このえ)薫子(かおるこ)が差し出した、京都土産の練りきりの包みを、西園寺(さいおんじ)るなは微妙に渋い目で見つめた。手を出そうともせず、じっと視線を薫子の手のひらに向けているきり。
 薫子は、首をひねる。るなの周りで、春名(はるな)真鈴(まりん)内藤(ないとう)叶音(かのん)は喜んで受け取り、さっそく包みを開けている。上品で、ほんのりと甘みを帯びた香りがあたりに漂い、他の生徒もこちらを気にし始めている。
 それでも、るなは眉をひそめて、微動だにしない。

「お好きではなかった?」
「……いんや」

 るなはつぶやいて、ようやく手を伸ばした。

「いただくよ。ありがと」

 きらきらとしたネイルチップで装飾されたるなの二本の指が、練りきりの包みを無造作につまむ。親指と人差し指の爪を彩るストーンの真珠色の輝きは、しかし、薫子の目にはさほど感銘を与えない。
 るなは手を広げた。手のひらの真ん中で、なめらかな和紙にくるまれたお菓子が、ころりと横に転がる。その手触りだけを楽しむかのように、るなは、包みを開けようともせず、ただ包みを左右に揺するばかり。
 そうしてチャイムが鳴ると同時に、彼女は制服のポケットに包みをしまい込んだ。


 そんなことがあって、放課後。

「るなさん、ちょっといい?」

 帰り際、ひとりですたすた教室を出ようとしていたるなを、薫子は呼び止めた。るなは首だけ薫子に振り返る。背の高いるなの目線が、斜めに薫子を見下ろしていた。

「ん、私? 叶音さんじゃなくて?」
「ええ。今朝のことで、すこし」
「……ああ。そんな気にしてたの」
「気になった、といえば、そうだけれど」

 贈り物をすげなく扱われる、というのは、あまり気持ちのいいことではない。だいたい、女子高生への土産としては、和菓子なんてそう迷惑でもないはずだ。味は折り紙付きだし、食べればすぐなくなるんだからかさばることもない。
 それなのに、るながあんな風に受け取ることを渋ったのは、何だったのか。
 自分の体面より、るなの心情のほうが薫子の気にかかっていた。

 何か、よほど大きな間違いを、自分が犯しているのかもしれない。そんなふうに思えてならなかった。

 しかし、るなは軽い笑顔で肩をすくめた。

「そりゃごめん。別に薫子さんから物もらうのが嫌だった、とかじゃないよ」
「……それでは、いったいどうして?」
「実はね」

 言い掛けて、るなは何かを気にするように、視線を教室の中に送る。帰り支度の慌ただしさの中で、誰もるなと薫子に注意を向ける様子はない。後ろのドアから出て行く生徒が、ときどきこちらに目をやるくらいだ。
 それでも、るなにはクラスメートの存在が気になったらしい。

「ちょっと外で」

 つぶやくるなに従って、薫子も廊下に出た。生徒たちが右に左に行き交う廊下は、教室よりもいっそうあわただしい。人口密度は外の方が少ないはずなのだが、ふしぎと、騒々しさは勝っているように思えた。ここでなら、誰もふたりの会話に耳を傾けはしないだろう。
 窓際に、並んで立った。るなは窓の外、学校の敷地と外の道路を区切る塀へと目をやる。外の景色に投げ捨てるように、彼女は言う。

「……あの和菓子さ、昨日、送られてきたんだよね」
「あら、奇遇」
「でもないよ。たぶん、出所は同じ」

 そこまで言われて、ようやく、薫子は察した。

「ああ、ひょっとして」
「実家から。そっちに送ったの、たぶん、薫子さんのうちの方でしょ?」

 薫子は、無言でうなずいた。

 そもそも、京都で件の練りきりをお土産に買ってきたのは、薫子の祖父母だ。実質リタイヤしつつもまだまだ壮健な彼らは、暇に飽かせて日本中を飛び回っている。オフシーズンでまだ暑熱の弱い京都など、彼らにとっては近所のプールにでも行くような、気軽な旅行先だ。
 行きつけの和菓子屋で土産を買い込んだ彼らは、それをあちこちに配ったのだろう。

 ”あちこち”のひとつに、西園寺の本家が含まれていたわけだ。
 その西園寺の孫娘が、自分の孫と同様、翠林に通っているのを祖父はもちろん知っている。
 その上で祖父は、薫子に同じ土産を渡し、友達にも分けて上げなさい、と告げたのだ。

「だから、ゆうべも同じの食べたわけ。おいしかったよ」
「それはよかった」
「でも、2日続けてはさすがにどうかな、って思ったわけ」

 かすかに苦笑したるなの言い分は、確かに理にかなってはいる。しかし、薫子はまだ、何となく腑に落ちない。
 確かに、絶品の甘味でもたらふく食べれば飽きはくる。大量の栗まんじゅうを見せられたみたいに、げんなりすることもあるだろう。
 だけれど、あのとき、るなの顔ににじんだ感情は、それだけだったろうか?

 おぼつかない視線をずっと窓の外に向けたままの、るなの傾いだ横顔は、どこか茫洋としてつかみ所がない。肝心の気持ちを、うまく遠くに逃がそうとしているようだった。そうして、学校の外に、自分を追い出してしまおうとしているような。

 逃げていくものを捕まえるつもりはなかった。
 けれど、るなもたぶん、もうすこし喋りたいのだ、と薫子は思う。
 彼女を廊下まで連れてきたのは、るなのほうなのだから。

「……るなさん、ご実家とは?」

 ぶしつけとは思いながら、訊ねた。それで回答を拒まれたら、薫子は二度と、るなにその話をしないつもりだった。

 西園寺るなは、両親とともにマンションで暮らしている。その実家は、たった一駅隣の街。それは、薫子が住む近衛家があるのと同じ街だ。
 薫子にとっては、毎朝通うだけの距離。
 しかし、その距離が、るなにとっていかほどの隔たりなのか。薫子は、うまくそれを想像できない。

 るなは、ようやく顔を窓から離した。

「首、痛くなっちゃった」

 いたずらっぽく微笑む彼女に、とっさに、薫子は答えを返せなかった。るなの言葉があいまいな拒絶のように思え、自分がひどく厄介なことを訊いてしまったのではないか、という後悔が、背中からのしかかるように薫子を襲う。
 謝るべきか。
 向き直った薫子の、切りそろえた前髪に、ぽん、とるなの右手が触れた。さっと横に額をなでる指先の肌触りは、髪をすこし巻き込んでざらつき、こそばゆい。

「薫子さんが気にするほど深刻じゃないよ。月一くらいでうちに帰ってるし、おじいさまに目の敵にされるようなこと、しちゃいないし」
「……その爪で?」
「爪も髪も、うちに帰るときくらいは、それらしいカッコにしてるもの。ただ、まあ」

 ひらひら、と、指を空中で泳がせる。るなの爪がまとった真珠色のストーンが、水中を遊ぶように夏の廊下を揺蕩った。

「そういう時の私を教室に持ち込むのは、ちょい、恥ずかしい」

 るなの唇が、はにかむ。

「薫子さんのお土産を見て、だから、一瞬、実家にいるような気分になった。それだけだよ」
「……そう」

 うなずいて、薫子は、まだ宙ぶらりんにされたままのるなの指を見つめる。薄桃色の彼女の爪を、きらびやかな石と塗料が装飾しているのが、ちょっとした、鎧のように思えた。
 その装甲の下に隠れている、るなの繊細な領域のことを、すこし知りたくなる。

 けれど、それこそ、迂闊に近づいていい距離ではない。
 薫子が、あえてあけすけに自らの趣味を語るように。
 るなは、自らを飾りたてることで、間合いを作っている。

 す、と、薫子は窓の外に目をやった。静まりかえった真夏の凪の中で、景色はなんだか、ポートレートのように息を止めていた。
 その、ほんの数秒の間に、るなはそっと薫子に挨拶して、帰って行く。薫子はかるくうなずいて、それからしばらく、窓辺にたたずんでいた。
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