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一日一輪 ~女子校の日々はときめきに満ちている~ 作者:扇智史
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第62話「南米かも、アジアかも、オセアニアかも」

「父の日に手編みは、ちょっと重た過ぎやしない?」
「だよねえ」

 山下(やました)満流(みちる)大垣(おおがき)風夏(ふうか)はしみじみとうなずく。部活が終わり、演劇部員たちが我先に体育館を出て外の空気を吸おうとする、その舞台袖の物陰で、ふたりの間の空気だけが、何となくのんびりとしていた。まるで彼女たちだけ、まだ舞台の空気に取り巻かれているみたいだった。

 聖歌隊に所属する風夏が演劇部の練習に顔を出すことになったのは、ただの成り行きだった。
 6月に入り、今年の演目と配役が決まった演劇部では、いよいよ練習が本格化してきている。活動に熱が入れば、終了時間もどんどん遅くにずれ込んでくる。定められた下校時刻までに部活を終わらせてくれないと、先生も生徒も迷惑する。
 かくして、この時期になると、生徒会役員や風紀委員、そしてそれらを兼任しがちな聖歌隊員が、放課後の体育館に乗り込んで演劇部員を追い出す役目を担うのだ。
 風夏がここにいるのは、そういうわけだった。もちろん風夏ひとりでその任が務まるはずもなく、聖歌隊の先輩もいっしょなのだが。

 満流に声をかけたのも、深い理由はない。風夏は校内に知り合いが少なく、演劇部で知っている顔と言えば、同じクラスの満流だけだった。
 片づけの合間に、ちょっと声をかけてみたら、意外と気さくに答えてくれた。あまり話したこともなく、クールな印象が先立つ満流だったが、喋ってみればそこまで取っつきにくい子でもないようだった。
 取り留めもない雑談の中、ぽんと飛び出してきたのが、こないだの父の日のことだ。

「あー、でもびっくりした。私が変なのかと思ったよ」
「たぶんつづみさん周辺が特殊なだけ」
「そっかそっか」

 聖歌隊の練習の時に、父の日のプレゼントの話題があった。風夏はショッピングモールで買ったハンカチで、それなりに喜んでもらえた話をした。
 そのときに、芳野(よしの)つづみが贈ったのが、手編みのセーターだったというのだ。もはや恋人に贈る品では、と風夏は驚愕したのだけれど、聖歌隊の他の面々は、それもあり、という態度だった。あまりのカルチャーショックに、風夏は一瞬、めまいを起こした。
 翠林ではそのくらい普通なのか、と思いこみそうになった風夏だったが、他の生徒の意見も聞いてみるだけの冷静さは保っていた。
 そして満流に訊ねてみたところ、苦笑とともに、先ほどの答えが返ってきたわけだ。

「だって、百合亜(ゆりあ)さんとかまで言うのよ。育ててもらった恩を形で示すのは当然、みたく」
「分かるけど、それにしても、ねえ」

 懸案が解決して、すっきりした気分で風夏は体育館を出た。下校時刻直前とはいえ、まだ日は高い。校舎の向こう、街を斜めに区切るバイパスの彼方に、白い夕陽がしぶとく居座っている。
 風夏の隣で、満流が大きく深呼吸しながら全身を伸ばす。顔や首筋に、うっすらと汗が浮いている。両腕を持ち上げた満流の体は、柔軟に形を変えて、夕暮れの日射しをめいっぱい浴びる。舞台上にいるときよりも、さらに大きくなったみたいに見えた。

 鍵を預かっていた風夏が、裏口の扉を閉めた。

「これから職員室?」
「うん」

 歩き出す風夏に、満流は自然な足取りでついてきて、話しかける。

「なんかごめんね。聖歌隊とか、うちと関係ないのに」
「別にいいよ、どうせ暇だし」
「翠林演劇、やっぱり気合いが他の部活と違うんだよね。運動部よりきつい気がする」
「分かる」

 風夏は思わず、そう口にしていた。聖歌隊のレッスンも、負けず劣らず相当なものだ。風夏が高等部からの編入生だから、というのもあるかもしれないが、聖歌隊の部員たちの間に流れる空気も、他の翠林生とは一線を画するものがあるように感じる。

 満流は風夏の答えに、一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに何かを納得した様子でうなずいた。

「にしても、また遅くなっちゃったなあ。風夏さんも、こんなに遅いと心配されない?」
「ん、うちは大丈夫」

 風夏が言うと、満流は首をかしげる。その仕草は、なんだか小動物のようで意外にかわいらしい。正面から向き合うと圧倒される視線も、こうして斜めに見れば、どことなくとぼけた印象に変わる。
 舞台の上での彼女も、そんなふうだった。姿勢、仕草、照明。一瞬ごとに移り変わる満流の姿は、ひとときだって同じ顔ではなかった。

「風夏さん家も、わりと放任主義な方?」
「そんなことないと思うけど。ただ、このくらいだとまだ家に誰もいないんだよね」
「……ああ」

 満流は、何度もうなずく。

「だよね。忙しいうちなら、そうなるよね」
「そう言う満流さん家はどうなの」
「そもそも、うちは家にいる方が少ないくらい。日本にすらいないのもザラだし」
「へえ」

 聞けば、海外のいろんな国に買い付けに行く個人輸入業の父と、海外作家の作品の目利きで売るアートディーラーの母、という両親だという。会社員である風夏の両親とは、まったく異質の人々だ。

「おかげで、今年も父の日のプレゼントなんか渡せなかったよ」

 うそぶいて、満流はお下げ髪をなでた。

「代わりに、また変なおみやげ買ってくるんだろうけどね。売り物にならないようなヘンテコなのばっか気に入っちゃうんだから」
「おもしろいお父さんじゃないの」
「変な置物ばっかり増えてたまらないわ。いっそ、家も雑貨屋にしちゃえばいいのよ」
「うちの生徒に受けるんじゃない? むしろ」
「絶対どこかに変わり者が潜んでるわよね、うちの学校……」

 目を見交わして、ふたりは笑う。
 聖歌隊の雰囲気に未だなじめない風夏のように、あるいは、演劇部の気概に今一つ乗り切れていなさそうな満流のように。
 どことなく、集団にまつろいきれない子たちの集まる、1年撫子組のように。
 均質に見える人々の中にも、きっと、それだけに収まらない人がいるものだ。

「もしもお店開いたら、私、お客で顔出すよ」
「見に来たいなら、ふつうに来ればいいのよ? 歓迎するし。父も母もいなくても、お茶くらい出すから」
「……それ、どこの国の?」
「南米かも、アジアかも、オセアニアかも」
「くじ引きっぽい……」

 異境の味を想像し、いまから風夏はちょっと顔をしかめてしまう。
 けれど、不思議と、自分が満流の家の客間に座っている様子は、ありありと想像できた。どこかの異民族の仮面、野生動物を捕獲する武器、あるいは寒い国で作られた宝飾、どこかプリミティブで迫力ある人形。知らない動物の毛皮がぶら下がる座椅子に腰を下ろして、風夏は、赤茶けた異国のお茶をいただく。
 そうするときの満流の顔は、どんな表情をしているだろう。

 千変万化の彼女が、ふたりきりの時に見せる顔。
 それは、舞台をみるよりずっと、貴重な体験に違いなかった。

 ふたりは、明かりの落ちた校舎に戻ってくる。職員室にはまだ先生が居残っていて、真っ暗な廊下の中で、そこだけがほんのりと明るい。ちゃり、と、手の中で鍵を鳴らして、そっと風夏は歩を進める。
 ふと、満流の横顔に目を向ける。ほの暗い闇の中、満流の静かな面には、表情が見いだせない。
 さっきの言葉さえ、冗談か本気か、あるいは演技か本心か、分からなくなる。

「満流さん」

 自分の声が、やけに大きく聞こえた。

「……いつなら、都合いい?」

 満流が振り返る気配だけが、すぐそばで、した。

 夜闇に浮かぶ彼女の瞳は、つかのま、炎のよう。

「お好きに」
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