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一日一輪 ~女子校の日々はときめきに満ちている~ 作者:扇智史
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第48話「これで高等部に入ってから3通目だ」

 高良(たから)甘南(かんな)が自分の下足箱を開けると、白い封筒が上履きの上に乗っていた。これで高等部に入ってから3通目だ。
 甘南は封筒をつまみ、ためつすがめつ検分する。表書きもなく素っ気ない封筒には、裏側にハート型の封緘が貼られているだけで、慎ましいけれどたしかな主張が伝わってきた。
 教室で開けよう、と決めて、甘南は封筒を無造作にポケットに押し込む。

「だめだよ!」

 ところが、そこにいきなり横やりが入った。甘南はびくりとして手を止め、声のした方を振り返る。
 甘南の近くに立っていた生徒が、肌が白くなるほどきつく両手を握り、膝を内股に曲げ、今にも泣き出しそうなうるうるした目で見つめてきていた。
 下駄箱の周辺に人はまばらで、甘南はその生徒と一対一で向き合う。どこかで見た顔だ、と甘南はつかのま沈黙し、しばし考え込んだ結果、同じクラスの生徒だと思い出した。

「何、沙智(さち)さん?」
「あ」

 (なつめ)沙智は、ぽかんと口を開けた。今この瞬間まで何者かに操られていて、ふいに正気に戻った、とでも言わんばかりの呆け具合だ。数秒後、彼女はさっと顔を赤らめ、思い切り頭を下げた。

「ご、ごめんなさい! つい大声出しちゃって!」
「いや、いいけど……何がダメなの?」

 首をかしげて、甘南は沙智に訊ねる。赤い顔を上げた沙智は、一度深く深呼吸をして、それですこし落ち着きを取り戻したようだった。静けさを取り戻した沙智の顔は、教室の端でクラスの中を眺めている時と同じ表情だ。
 彼女は、組んだ両手をほどいて下ろした。その視線は、甘南がポケットに入れたままの右手に向けられている。

「その手紙……その、えっと」
「ああ、ラブレター?」
「あ、やっぱり、そうなんだ」

 落ち着きかけた沙智の目が、熱っぽく輝いた。一瞬ほほえみさえ浮かべそうになった彼女は、しかしすぐに真剣な表情を取り戻し、甘南を見すえてきた。

「ラブレターだったら、そんなふうに雑に扱っちゃだめだよ。心をこめて書いた文章なんだから」
「あ、そっか」

 たしかに失礼だったな、と思い直して、手紙をポケットから取り出す。白いラブレターには折り目もついておらず、まっさらのままだ。この中には、差し出し主の真摯で熱い思いがぎゅっとしたためられている。

「そうだよね。何か慣れちゃって、つい扱いが雑になっちゃったかも」
「……慣れてるの?」
「3通目、高等部で」
「へええ……」

 沙智はなかば感心、なかば呆然という様子で、それからはっとして甘南の顔を見つめてくる。

「それで、誰かと、付き合ったりした?」
「してない。別に、興味ないし」
「そっか……」
「何で沙智さんがそんなに残念そうなの?」
「いや、そんなつもりは」

 沈んだ顔をしていた沙智は、甘南の問いに慌ててふるふると首を横に振った。沙智の一喜一憂は、ラブレターをもらった当事者である甘南よりもずっと激しくて、それが甘南には意外に思えた。教室での沙智は、小田切愛とこそよく喋るものの、基本的には地味な印象しかなかったからだ。

「実は面白い人? 沙智さんって」
「いやいや、私なんてぜんぜん」

 なぜか思い切り否定するところもおかしくて、甘南はちょっと笑う。沙智はひどく恥ずかしがるように、首をすくめた。

「私は部屋の片隅で、じっとみんなを眺めてるだけ。そのくらいがちょうどいいよ」
「そんなもんかな」

 甘南は首をひねる。もともと彼女自身は、あまりじっとしていることを好まないたちだ。動き回ったり、好きなものに手を出したり、いろんな人と喋ったりするたび、心が躍るような感じがする。
 バスケも、そういう楽しみの一環だ。1年生にしてレギュラー候補にまでなってしまって、なんだか持てはやされているけれど、別に彼女自身はそんなに頑張っているつもりはなかった。

 そのおかげで、見知らぬ人から手紙までもらうようになってしまったりするのだから、世の中は分からない。

「話してみたら、いろいろ違う地平が見えてくるかもしれないじゃない。私だって、沙智さんがこんな面白い子だなんて、初めて知ったもの」
「だから面白くなんて……」
「ていうか」

 甘南は一歩前に出て、沙智の顔をまっすぐ見つめる。彼女の地味な顔立ちも、よくよく見ると意外に愛嬌が感じられた。ちいさな唇や、耳の形を見ていると、なんだか手を伸ばして触れてみたくなる。
 きょとんとする沙智に、甘南は言う。

「こういうことって、沙智さんの方が、よっぽど慣れてるんじゃないの?」
「へっ?」

 声を裏返らせた沙智は、両手をぶんぶん左右に振った。

「そ、そんなわけないじゃない! 私、中学までは共学にいたんだもん。そんな、女の子同士で、なんて」
「……ああ、そうなの?」
「そうだよ。知らなかった?」
「いや、それにしては、翠林の空気にずいぶん馴染んでるから」

 何気ない甘南の言葉に、沙智はいくぶん嬉しそうに顔をほころばせた。

「だったらいいなあ。憧れだったんだ、翠林が」
「女の子からラブレターもらったりするのが?」
「そ……それもあるけど、それだけじゃ!」

 慌てふためく沙智の答えは、どんどん支離滅裂というか、グダグダになっている。ほんとうに、同じ教室にいる相手でも、イメージと実体はまるで違うものだ。
 甘南自身も、わりと勝手なイメージで認識されている方かもしれない。スイーツが大好きで、その辺のカフェのメニューに詳しい、なんて話をすると、意外な顔をされることがある。

 手紙をくれる子も、ひょっとしたら、イメージの中の甘南が好きなだけかもしれない。
 だったら、本物の自分と付き合う必要なんてないだろう、というのは、すこし残酷だけれど。
 でも、幻滅させるよりは、理想の甘南を心に抱いていた方が、相手にとっても幸せなような気はする。

「……なるほどね」

 自分がラブレターに色よい返事を返さない理由が、ふいに分かってしまった。ぽかん、とつぶやいた甘南の声に、沙智が首をかしげる。

「何が?」
「いや、こっちの話」
「……甘南さん、ときどき天然だよね」
「私はそれほどじゃないよ。雪花(せっか)さんとかには負ける」

 苦笑交じりに言うと、「呼んだ?」と声がした。玄関に、小室(こむろ)雪花と香西(こうざい)(れん)が並んで立っている。ふたりは家が近くて、よくいっしょに登校する。

「ごきげんよう」

 沙智は、さっきまでの動揺が嘘みたいに、楚々とした態度でふたりにお辞儀をする。こういうあたりが、翠林に入って2ヶ月とは思えない。

「めずらしい組み合わせですね。何のお話を?」
「ん……たいしたことでは」
「私がもらったラブレターの話」
「ほう」

 恋が目をきらりと光らせて話題に食いついてきた。雪花と恋がそろって甘南に歩み寄り、集まって歩き出す。沙智は、そのすこし後ろから彼女たちについてきた。
 そのおかげで、甘南は、いちばん訊いておきたかったことを聞きそびれてしまった。

”沙智さんは、愛さんと付き合ってるんじゃないの?”
甘南メイン回は13話以来かな。
恋と雪花がいっしょに登校してる件は3話で。
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