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一日一輪 ~女子校の日々はときめきに満ちている~ 作者:扇智史
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第31話「いったん断ち切られた話題は、どうしてか、戻ってくるのに時間がかかる」

 実に珍しいことに、初野(はつの)千鳥(ちどり)の机にファッション雑誌が広げられている。
 高校生向けの、オーソドックスで万人受けするおしゃれを追求する、業界でも最大手の雑誌だ。読者モデルもレベルが高く、後にアイドルデビューやテレビ出演、ドラマの主演を果たすような女子を多く輩出している。
 そんな、千鳥とは縁もゆかりもない世界を持ち込んできたのは、春名(はるな)真鈴(まりん)だった。

「ほら、このナイフ、柄のとこにウサギのマーク! かわいくない?」

 彼女が指さしたのは、雑誌の中央のページで、モデルの子が手にしている折り畳み式ナイフだった。柄はピンク色で、ちいさなウサギの顔がプリントされている。
 ピンク色なのはナイフだけではない。頭にかぶったキャップ、もこもこしてあたたかそうなパーカー型のレインウェア、こじんまりしたリュックサック、それに足下を覆うスパッツまで、女子っぽさを強調するような派手な色合いで統一されていた。

 雑誌の特集は山ガール。これから夏の登山シーズンとあって、女の子たちもこの夏、初めての山に挑んでみよう、という感じのコンセプトだ。

 雑誌の写真をじっと見つめた千鳥は、ふむ、とひとつうなずいて、告げる。

「このナイフはあまりおすすめできません。グリップも持ちにくそうですし、たぶん、刃渡りが5センチぐらいしかないですよ」
「それじゃダメなの?」
「だいたい6センチ以上はいります。5センチは短いですね、リンゴを真っ二つにするのも難しいですから」
「そっか、半分こできないもんね」

「ここに紹介されてる中では、こっちのレインウェアはおすすめです。中はあたたかくて、湿気はよく通るという優れものの素材です」
「うーん、でもこれ、色がちょっとかわいくないよね」
「色はバリエーションがありますから。私は水色のを持っています」
「千鳥さんなら意外とグリーンとか似合いそう」

 噛み合っているのかどうか、よくわからない会話が、千鳥と真鈴の間で繰り広げられる。
 それを内海(うつみ)弥生(やよい)は、聞くともなしに聞いていた。予習するふりをしながら、耳はふたりの会話に釘付けで、教科書の内容はちっとも頭に入ってこない。何度も同じページをいったり来たりしているのを気づかれないかどうか、逆に不安だった。

 真鈴と千鳥は、雑誌のページをぱらぱらめくりながら、あれこれ論評している。

「テントもいろんな種類があるんだねー。作るの楽しそう」
「実際やると、割と手間ですよ。固定するのとか、ポールを作るだけでも腕力が必要で」
「あー、腕に筋肉つくのはやだなあ。じつは千鳥さんて意外とマッチョ?」
「それほどでは……」

 知っている。千鳥の握力は撫子組の中でもかなり上位だ。たぶん、水泳部の雪花あたりとなら腕相撲でもいい勝負ができる。

「わ、この寝袋、頭んとこ猫耳になってる」
「デザインはイロモノですけど、これもさっきのレインウェアと同じメーカーです。質はいいですよ」

 猫は好き。礼拝堂周辺で、同じ猫をよく見かける。

「星占い見ようよ。千鳥さんは魚座だっけ?」
「よく覚えてますね、自分でも忘れてたのに」
「お、恋愛運アップだってさ! いいじゃん!」
「出会いもないのに運だけ上がっても……」

 恋愛なんて、きっと興味ない。

 いいたい言葉も、タイミングがなければ心の底に呑み込まれていくだけ。弥生はもう教科書のページをめくりもせずに、じっと肩を縮めている。もう、文章も、声も、頭をすり抜けていくだけ。

 チャイムが鳴る。真鈴は、雑誌を千鳥の机に置いたまま席に戻っていく。
 先生が来るまでの、ほんのつかのまの時間。弥生は細くこっそりと深呼吸してから、千鳥のほうを向いた。彼女の変わらぬポーカーフェイスが、弥生の気配を察したみたいに、こちらを見る。小粒の瞳が、ちょっと光ったように見えた。

 弥生は、なんとなく、幸せな気分を押し隠さなくちゃいけないような気がした。
 こんな些細なことで、うれしくなっていてはいけないような気がした。

 だから、抑えた声で言った。

「……その雑誌、どうするの?」
「せっかく貸してもらったので、細かくチェックしてみます。変な記述を鵜呑みにして、真鈴さんが勘違いしてはいけませんし」

 おこがましいですが、と、千鳥は専門家みたいなことを言って、肩をすくめた。
 弥生はふと、胸がざわつく。そんなに、真鈴はその雑誌の特集に興味を抱いているのか。

 ひょっとして。

「千鳥さん、真鈴さんとどこか、出かけるの?」
「それは」

 千鳥の言葉と同時に、教室のドアが開いた。クラス委員の貴実が即座に号令を出し、全員が起立する。こうなったら、先生の目の前で私語なんてできない。何しろ弥生と千鳥の席は教卓の目と鼻の先だ。メモを回して伝言することも難しい。

 いったん断ち切られた話題は、どうしてか、戻ってくるのに時間がかかる。
 約束があるのかどうか、弥生は知ることもなかった。
 おかげで、その日のその後の授業のことは、すこしも覚えていなかった。
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