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一日一輪 ~女子校の日々はときめきに満ちている~ 作者:扇智史
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第27話「あたしが喜ぶか、恋さんが喜ぶか、違いってそれだけよね?」

 日当たりのいい窓辺に座り、机にべったりと横たわって、さしてくる斜めの陽射しをぬくぬくと半身で受ける。まだほのぼのとした暖気を保つこの季節、三津間(みつま)百合亜(ゆりあ)はその席を安息の地と定めているようだった。

 くせっ毛が熱をためて、頭がちりちりしてくると、彼女はゆっくりと体を起こす。それから、机の横に提げたちいさな巾着袋から、ワインレッドの水筒を取り出して、机に置いた。くるりとふたを開けてカップ代わりに机に置くと、しずしずと水筒をかたむけて、湯気の立つ緑茶をそっと注いだ。
 ひとくち、舌に染み渡らせるように口に含む。最新の断熱技術で今朝いれたままの温度を保った静岡産の緑茶が、百合亜の口中におだやかな苦みを行き渡らせた。

 このときが、いちばん幸福だ、とでもいうように、百合亜は、ほっ、と息をついた。

「ふふ」

 その様を、じっと後ろの席で眺めていた香西(こうざい)(れん)の口元が、知らずほころぶ。
 百合亜が、水筒のふたを手にしたまま、くるりと振り返った。

「ほしい?」
「いいえ、けっこうです」

 恋は首を振って、ほおに笑みを作る。

「百合亜さんを見ているだけで、おなかいっぱいになった気がしますから」
「恋さんはわりといつも幸せそうよね」
「ええ。わたくし、このクラスが大好きですもの」

 ふうん、と百合亜はつぶやいて、茶をもうひとくちすする。

「そのお茶はご自宅から?」
「うん。実家……祖母の家のそばに茶畑があって」
「それはいいですね。そろそろ新茶の季節なのでは?」

 夏も近づく、と恋は収穫の歌を口ずさむ。旧暦で3月末、と頭の中でカレンダーを思い描いた。

「最近じゃもっと早摘みしちゃうらしいけどね。薄味だけれど、ペットボトルで流通するにはそのくらいがちょうどいいって」
「時代ですわね」
「でも、まだいい葉っぱも残ってるし、そのうちまたどっさり送ってくると思う」

 目を細め、百合亜はなつかしげに遠くを見やる。そんな、心ここにあらず、という風情はどこか飼い猫を彷彿とさせた。

「もしよければ、恋さんにも一袋ぐらい譲るよ」
「よろしいのですか?」

 気前のいい百合亜の提案に、恋はびっくりして声を上げる。その反応に百合亜の方も虚を突かれたふうで、いつも眠たげな目をぱちくりさせて、

「そんなに喜んでくれると、こっちとしてもうれしい。つづみさんや風夏(ふうか)さんにも声かけたんだけど、いまいちぱっとしなくて」
「そうなんですか? おいしそうですのに」
「紅茶やコーヒーの方がいいって。紅茶なんて同じ葉っぱなんだから、別にいいのにねえ」

 百合亜がいい加減なことをいうので、恋はかすかに苦笑いし、困ったふうに眉根を寄せる。

「でも、せっかくのご親切ですのに、何もお返しできるものが」
「気にしないでよ。どうせただでもらってるもんだし」
「いえ、おばあさまのご厚意でしょう? お金よりずっと意味があります」

 金銭が大切でない、といえるほど恋は枯れてはいない。むしろ物欲でいえば、このクラスの他の生徒より強い方だろう。彼女の部屋の押入にはマンガの単行本や同人誌が山と詰め込まれて、今後も増加の一途をたどることは目に見えている。生産と享受によって経済が回転すると考えれば、その潤滑油である金銭は決して無意味ではない。
 ただ、それとは別の価値が、百合亜の一杯に宿っている。その代わりになるものを、恋は何も返せない、と思った。

 けれど、百合亜はきょとんとして、恋の顔を見つめ返す。

「あたしが喜ぶか、恋さんが喜ぶか、違いってそれだけよね? だったら、あたしには同じか、それ以上だもの」

 とん、と、細い指が胸元をついたような感覚が、恋の心を走った。
 百合亜は、冷め始めたお茶をくいっと飲み干す。ふたを、かぽん、と水筒のてっぺんに戻した百合亜は、それをやわらかく手のひらで覆ったまま、恋を見つめてまばたきする。陽射しの中に黒く墨をさしたみたいな、彼女の切れ長の目の印象が、恋の胸底に宿る。
 彼女の指先が、ピアノでも弾くみたいに、ワインレッドの表面に触れた。

「やっぱり、飲む? お試しに」

 恋は、ふと、唇のかわきを感じた。
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