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一日一輪 ~女子校の日々はときめきに満ちている~ 作者:扇智史
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第22話「もうちょっとずるくなってもいいと思うのよね」

希玖(きく)さんは、もうちょっとずるくなってもいいと思うのよね」

 集めたトランプをまとめてケースにしまいながら、内海(うつみ)弥生(やよい)は言った。彼女とともに机を囲んでいるドロシー・アンダーソンと初野(はつの)千鳥(ちどり)は、佐藤(さとう)希玖の方を見ながら一斉にうなずく。あまりに見事にタイミングが一致したので、何か機械仕掛けのように見えた。

「弥生さんの言うとおり。おきくの手、すごくわかりやすい」
「ええ。ちょっとブラフをかけるとすぐに顔色が変わりますからね」

 千鳥の淡々とした冗談に、みんな思わず笑い出した。希玖の肌はほかの子とは違う色だし、顔色はむしろ読みとられにくいはずなのだが、それでもバレバレということらしい。もちろん、ほんとうは色じゃなくて視線や表情を読まれているのだろうけれど。

「おきくは勝負事向いてないよね」
「勝ちにいけるときでも、なんとなく退いちゃいそう」
「峰打ちで見逃した相手に後ろから斬られるイメージです」
「剣客?」

 好き放題言われて、希玖もなんだか釈然としないが、言い訳の余地もない。現に、ババ抜き対決が希玖の惨敗だったのだし。

「そんじゃ、お使いお願いね、おきく」
「はぁーい」

 ことさら残念そうに立ち上がる希玖を見て、ドロシーが苦笑する。

「そこまで恨みがましい顔することないじゃない」
「うん、でも寂しいなあ、ひとりで行くの」
「まあまあ、そこまで希玖さんが言うなら、私もつきあうよ」
「弥生さんがそうおっしゃるなら」
「もう、みんなおきくに甘すぎない?」

 そういうわけで、結局4人そろって、体育館前の自動販売機まで行くことになった。たぶん、みんな最初からいっしょに行くつもりだったのではないか、と希玖は思う。トランプを持ち出した弥生も、ババ抜きを提案した千鳥も、もっとも勝負に白熱していたドロシーもだ。
 希玖だって、万が一自分が勝ったとしたら、誰かを使いっぱしりにして教室で待っているなんて落ち着かなかっただろう。そういうところが勝負弱いのだ、と言われたら、ぐうの音も出ない。

 昼休みのざわつく廊下を、4人固まって歩く。1年生の教室からだと、自動販売機まではけっこう遠い。階段を降りながら、途中の階でちょっとよそ見をすれば、ふだんは気にもしないよそのクラスの様子がかいま見える。2,3年生の教室の前にも、たむろしてお喋りする生徒や、はしたなくスカートを翻して駆けていくはみ出しものの姿がある。
 雲の上の人に思える上級生も、一皮むけば自分たちと変わらない。そんな景色に、希玖はなんとなく安堵感と、すこし不安も感じる。

 自分も、何も変わらないまま、学年ばかり上がっていってしまうのだろうか。奥手で、勝負事に弱い、佐藤希玖のままで。

 ずるくなる、とまで言わなくとも、すこしくらい気が強くなりたい。善意を突っぱねて、孤高を気取って罰ゲームを甘んじて受け入れるくらいには。

「おきく、行き過ぎ」

 はっと振り返ると、曲がり角で足を止めたドロシーがこちらを手招きしている。ごめん、と希玖が駆け戻ると、不機嫌そうな顔のドロシーが迎えた。

「何ぼうっとしてんの。まったく世話焼けるなあ」
「手でもつないでればいいじゃないの、はぐれないように」

 弥生が茶化すように言って、千鳥もうなずく。

「そうですよ。わたしだって、いつも弥生さんを引きずっていきますから」
「千鳥さんは歩くの早すぎるんだよ。それにどこまででも歩いて行っちゃうしさ」
「弥生さんの鍛え方が足りないんですよ」

 ふたり言い合って、まるで秘密を抱え込むみたいに顔を寄せてくすくすと笑う。こめかみがぶつかりそうな距離で、彼女たちは互いの吐息を聞かせあっているみたいだった。
 弥生と千鳥はよほど波長が合うのか、4月から急速に仲良くなっているようだった。そういえば、希玖が学校に来ると、いつもふたりは先に教室にいるような気がする。

「将来的には、いっしょに登山できるようになっていただかないと」
「うー……」

 千鳥の言葉に、弥生は疲れたみたいに目をそらしながら、しかし満更でもない様子だった。彼女たちの仲むつまじい様子を、希玖は後ろから眺めながら、歩いて行く。

 体育館前のピロティには、人の姿はまばらだった。体育館の中から、バレーボールのかけ声とボールの跳ねる音がする。自動販売機にも先客はなく、商品は全部揃っている。
 これから本格的に夏になれば、ジュースも奪い合いになっていくだろう。あるいは、百合亜のように自宅から水筒を持ち込んでくる生徒が増えるだけかもしれない。

「あっ、お財布……」

 希玖がはっとして、他の面々の様子をうかがう。弥生や千鳥が目を見交わし、そして一同、ドロシーに視線を集中する。

「……あなたたちねえ」

 ドロシーはしぶしぶ、という様子でポケットから小銭入れを取り出す。

「後でちゃんと支払ってよね……あっ!」

 広げた瞬間、小銭がばらばらっと落下した。コンクリートの床の上を、コインが音を立てて転がる。あっ、と慌てて目を向けた希玖のつま先に十円玉がぶつかった。

「わあ、たいへん!」

 弥生が声を上げ、千鳥は無言でしゃがみ込み、散らばった硬貨を回収する。希玖もそれに負けないように、急いで近くに落ちていた十円玉を拾ってドロシーに渡す。

「ありがと、ありがと」

 小銭を全部回収して、ドロシーは安堵の表情で小銭入れを見下ろし、ふと渋い顔になる。

「ねえ……百円、一枚足りないんだけど」
「えっ?」
「ほ、ほんとに、どこどこ?」

「まさか……誰か盗ってないよね?」

 じっ、と、ドロシーがみんなを見回し、顔色をうかがうように険しい目つきになる。もちろん希玖には心当たりがないし、他の子も同じはずだ。何かの間違いに決まってる。

 希玖が口を開きかけたとき。

「……なんてね! うそうそ!」

 ばしん、と希玖の肩を思い切り叩いて、ドロシーは思いっきり破顔した。希玖の全身からどっと力が抜ける。

「もう、おどかさないでよ……!」
「何言い出すのかと思えば、人騒がせね、まったく」
「でも、もしほんとうに紛失していたら、わたしがここぞとばかり取り出してみせるつもりでいたのですが」

 ほっとする希玖と弥生の横で、千鳥はそんなことを言って手をひらひらさせる。

「何、手品? 見せて見せて」
「意地悪なドロシーさんには駄目です」
「もう!」

 千鳥をぽかぽか叩くドロシーの背中を見つめて、希玖は、こんなふうにはなれないな、と思う。
 人を疑うそぶりを見せながら笑って許してもらえるのは、絶妙にさばけた態度のなせる業だ。後を引かないくらいの微妙な間合いも、真似できそうにない。

 結局、希玖は希玖なりのやり方しかできないのだ。

 ドロシーが振り返って、呆然と突っ立っている希玖を見つめる。
 一瞬、彼女の整った面差しがやわらかくなった。小石の落ちた水面に波が立つように、まっすぐな瞳と唇がゆるく弧を描いて、人なつっこい笑みを作る。
 ドロシーがそっと息を吐くと、彼女の瞳がすこし、大きくなる。

 それからドロシーは、希玖に一歩だけ歩み寄って、こつん、と胸を拳で突いた。

「ここは奢っとくね」
「……いいのに、そんな」

 そういう希玖に肩をすくめ、ドロシーは黒髪をひるがえし、自販機の方に歩いていく。颯爽とした背中に、五月の春風にそよぐように、影がたゆたった。

 あんな子のそばにいたら、ずるくなんてなれるわけがない。
昨日から引き続き希玖とドロシーの話。
弥生と千鳥は第1話や第17話に出てきます。
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