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一日一輪 ~女子校の日々はときめきに満ちている~ 作者:扇智史
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第229話「せっかくのイベント、枡席で見届けたかっただけだよね?」

 サスペンス映画のように、情報というのは突然思いも寄らないところから流れてくるし、肝心の所で迂回して通り過ぎていくこともある。人と人はすれ違うし、ときにひょんなことで遭遇する。要するに、世の中というのはよくわからないことが突然起きる、不条理な世界だ。

 香西(こうざい)(れん)は、スマートフォンに表示した写メを見つめながら、そんなことを考えている。

 中央に写っているのは、細面の美少女だ。周囲を友達に囲まれて、明らかに主役であるはずなのに、ひとりだけ笑っていない。そっぽを向いて、むしろ不愉快そうでさえある。単に、撮られるのが苦手なだけだろう。そして友人たちも、彼女のそんな偏屈さをいっそ好もしく思っているのが伝わってくる。きっと、この撮影の一瞬後には、美少女は周りからさんざんいじられて、よけいに不快そうにしているのだろう。そんな予感を呼び起こす、おもしろい写真だった。
 写真のなかの3人は、全員が中等部の制服だ。たった半年前まで自分も着ていたはずの制服が、もう懐かしい。

 なんだか、写メを介して、別の世界がつながってしまったような不思議な気分だった。元々、写真の機能とはそういうものなのだろうけれど、今日日の写メはもっと親密な世界でのみ共有され、ときおり爆発的に拡散する類のものだ。
 こうして、人のプライベートをひょっこり掌中にしてしまうのは、些細な悪事のように思えた。

「何見てるの?」

 後ろの席の(なつめ)沙智(さち)が、訊ねてくる。振り返ってみると、彼女は机の上に両手を載せて、小首をかしげている。
 恋は画面をスワイプして写真を隠しながら、微笑み返す。

「探し人です」
「ああ、例の。見つかったんだ? そりゃよかった」

 沙智は納得の表情でうなずく。しかし、それ以上踏み込んでくる様子ではなく、逆に恋のことばを期待しているような様子だった。もっと根ほり葉ほり聞かれるか、と思っていた恋は、すこし意外に思う。

 光原(みつはら)青衣(あおい)が中等部の生徒を捜している件は、クラスメイトの間にも噂が広まっていた。別に積極的に広めなくとも、青衣は訊かれれば隠さないし、恋もそれを否定したりはしない。そして、こういう話題は年頃の女子の間では枯れ草を燃やすように拡散するものだ。
 それとともに、関わりのある情報は自然と集まってくる。
 恋と青衣がふたりで張り込みの真似事をしている合間に、中等部の美少女に関するデータは当たり外れを問わず撫子組のあちこちから流れてきた。

 そんななか、青衣が「この子」と断言したのが、先の写真の真ん中にいた少女なのだった。

「気になりませんか、沙智さんは」

 恋の問いに、沙智はちょっと首をひねる。

「うーん、別に素性をどうこうしたいとは思わない、かな。どっちみち、青衣さんや恋さんが関わり合いになるなら、自然と話も流れてくるだろうし」
「わたしより沙智さんのほうがのんきに構えるなんて、珍しい」

 よく似た観測者気質の恋と沙智だが、どちらかといえば沙智のほうが行動的だ。恋がゆったりと教室の景色を眺めている間に、沙智はときどき、自ら出歩いて興味深い事態の種を探している。

「今回あたしは傍観者だもの。それより、恋さんが自分から積極的に動いてるのがレアだよ」
「……ええ」
「で、これから恋さんはどうするの?」

「どう、も何も。わたしにできるのは、青衣さんの決断を見届けることだけです」

 実際、このことで、恋の仕事はもう残されていない。百合亜(ゆりあ)に聞き込みを依頼したのも不発だったし、張り込みも空振りで、あとは青衣次第。
 けっきょく、恋は何もしなかったのとおなじことだ、という気がしている。

 午後の教室は、ゆるやかな眠気と疲れに支配されて、ないだ海のようにしずかだ。さざ波のように低い声が室内を漂っては、消えていく。途切れがちな会話はまるで夢のようだった。
 部屋の隅、恋の席から対角線を引いた向こうの端で、光原青衣は頬杖をついている。物静かで、教室では存在感の薄い彼女は、ほかの生徒がちらほら向けるまなざしも知らぬげに、黒板の上あたりをぼうっと見やっていた。その頭のなかは、もう放課後のことでいっぱいだろう。

 窓辺の彼女は、白いカーテンを背景に、なんだか印象派の画のようにぼんやりしている。

「……ただ」

 恋は、青衣の横顔を遠くに見ながら、つぶやく。

「どうなったにせよ、最初に話を聞きたいですね」

 青衣から最初に相談を受けて、最初に動いたのは恋だ。
 だから、結末と行く末をはじめに教えてもらうくらいの贅沢は、許されてしかるべきだろう。そのくらいの権利は、持ち合わせているはずだった。

 沙智は、そんな恋の顔を眺めて、目を細める。

「欲がないね。青衣さんを強奪に行くぐらいしても、許されると思うよ」
「そういうことじゃないの、沙智さんだってご承知でしょう?」
「わかってるって。せっかくのイベント、枡席で見届けたかっただけだよね?」
「……それもまた違います」

 恋の答えに、沙智は不思議そうに眉をひそめる。恋も肩をすくめ、もう少し言い足すべきことがあるような気がしたけれど、けっきょく押し黙るだけ。

 みんなのいちゃいちゃする景色を眺めるのは好物だけれど、友達を手助けするのは、また別の話だ。
 その間にある微妙な懸隔の、中間あたりを、恋は行ったり来たりしている。
 誰の手も触れない、興味も引かれない無機物になりたいわけではない。
 かといって、自分から飛び込んで、関係性の真ん中にいたいわけでもない。

 無責任なようだけれど、それが心地いい。

 午後の薄明かりのなかで、まどろむような教室の景色を見やって、恋は吐息をつく。

「……ところで」

 そんな彼女に、沙智が顔を寄せてくる。自分のこめかみに沙智の額がぶつかるような、危なっかしい距離感。恋は横目に、沙智の好奇心旺盛そうな顔を見ながら、訊ねる。

「何です?」
「その、中等部の子って、そんなに美人なの?」

 ミーハーなことをいって、沙智はじっとこちらを見つめてくる。
 彼女に写メを見せてあげればいいのか、と思った恋だけれど、すぐに、それは違うのだと思い直す。顔を見るだけなら、そう素直にいえばいい。沙智が聞きたいのは、あくまで、恋の答えだ。

 ダイビングした海の景色を、写真で見せたってしょうがないのと同じように。
 沙智は、海よりずっと深い、恋の心の奥底を知りたがっている。

 恋はすこしだけ、考える。息を止めて水から上がる、あちらとこちらが切り替わるような、つかのま。
 そして、恋はちいさく、本音をつぶやいた。

「きれいですけど、あんまり、わたしの趣味ではないですね」

 沙智はその答えを、やけにおかしそうに聞いた。ゆがめた唇がぽんとはじけて、くっくっ、と、背中をふるわせて笑って、最後に、恋の額の生え際をちょんとつつく。
 恋はちいさくうなり、それからけっきょく、自分でもすこし笑ってしまった。
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