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一日一輪 ~女子校の日々はときめきに満ちている~ 作者:扇智史
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第225話「ここにいよう、っていう勇気は出る」

 中等部のほうに来るのもひさしぶりだ。正門から道路を挟んだ向かい側に、翠輪生御用達の大きな文房具屋があって、香西(こうざい)(れん)光原(みつはら)青衣(あおい)は自動ドアの脇に佇んでクレープを食べている。看板サイズのデジタルサイネージに、新しいボールペンの広告が表示され、なめらかな書き味をアピールしていた。
 人待ち顔のふたりを、中等部の生徒が興味深そうに眺めて通り過ぎていく。さわやかな臙脂色の中等部の制服に混じると、高等部の生徒はやたらに目立つ。転校生のように場違いだし、恋は注目されるのに慣れていなくて、どうも落ち着かない。

 春頃に一度、桂城(かつらぎ)恵理早(えりさ)がひとりだけ夏服を着てきたことがあったが、あのときの恵理早の泰然とした態度が思い出される。
 彼女のようには、なれそうもない。

「ちゃんと探してる?」

 あさってのことを考えていた恋に、青衣がひそひそ声で話しかけてくる。耳元に口を寄せて来つつ、視線は校門のほうをじっと凝視したまま離れない。
 今日の彼女のメイクは、いつもよりいくぶん薄い。頬が赤く見えるのは、別にチークを塗ったりしているのではなく、単に普段が白すぎるだけなのだろう。アイラインも薄く、長くて重たそうな髪も程良く束ねていて、むしろこちらのほうが美人なのではないか、と思う。

「そういわれましても……」

 恋は、申し訳程度に視線を校門のほうに戻す。クレープをもぐもぐかじって飲み込みながら、校門から流れ出てくる生徒たちの姿を目で追いかけるが、その視線はどうにも定まらない。

「ターゲットの顔をご存じなのは青衣さんだけなんですから」
「ちゃんと前に説明したじゃない」
「……」

 喫茶店で青衣の一目惚れの相談を受けたときのことを回想する。彼女の告げた人相は、それなりに情報量はあったものの、あれだけで完璧に対象をイメージするのは困難だった。
 人の記憶なんて、判然としたものではない。それをことばで伝えようとすれば、ますます難しい。証言だけでかんたんに人の顔が割り出せるようなら、人相書きやモンタージュ写真の出番はないだろう。

 だから、青衣の探し人は、青衣に見つけてもらうしかない。

 恋がここに来たのは、彼女の付き添いみたいなものだ。中等部まで探しに行くように青衣をそそのかしたのは恋自身で、その責任を考えたら、青衣の頼みを断るわけにはいかなかった。

 とはいえ、この場にいて自分がどれだけ役に立てるのか、わからない。
 たとえば、ほんとうに青衣が件の生徒を見つけたとして、そのときどうすればいいのか。背中を押すのか、じっと見守らせるのか、尾行して彼女の素性を突き止め……たりはしないにしても。

「あ、あの子とかは」

 恋は校門のほうをちいさく指さす。背の高い女子が、友人たちと連れだって談笑しながら校門を出て行くところだった。一見してクールでりりしく、ほかの生徒にももてそうな少女だ。
 しかし、青衣は即座に首を振る。

「あんなに髪長くない。それに、あんなふうに仲間内でなれ合うような子じゃないよ」
「後半は完全に青衣さんの思いこみなのでは……?」

 さっきの生徒の一団は、恋たちのほうをちょっと不思議そうに見やりながら校舎を去っていく。恋は、疲れ混じりのため息をつきつつ、クレープの包み紙をぎゅっと絞るように畳んだ。

「長期戦になりそうですね」
「覚悟の上だよ。ね?」
「そんな当然のように献身を求められても……」
「でも恋さんにだって、メリットがあるでしょ。中等部の子たちを見る視線、熱が入ってたよ」
「……そうでしょうか」

 たしかに、成長期の中等部生たちの初々しい姿や、思春期らしい微妙な距離感でのコミュニケーションは、端で見ているだけでも大変興味深い。自分たちもかつてはそこにいたのだ、と知っていつつ、もう手が届かないような感覚を呼び起こされる。
 胸をかきむしられるような、ざわつく感情が、恋の心に兆す。ずっと見ていたくなる。

「いわれてみれば、たしかに」
「でしょ? ウィンウィンの関係だよ」
「でも、わたし、別に青衣さんの役には立ててないですし……何か得が?」

 恋の問いかけに、青衣はあっけらかんと笑う。

「ここにいよう、っていう勇気は出る」

 意外な答えだ、と思った。
 ゴシックな服装で街を歩き回っている青衣だが、別に恥を知らないわけではない。むしろ、素の自分にそこまで自信がなくて、だから個性的な服で武装しているのだ、と、恋は解釈している。

 逆にいえば、彼女は自分の弱さを自覚しつつ、その弱さを克服して世間と立ち向かう方法を知っている、ということだ。
 ひとりでも勇気を出すためのメソッドを、青衣は知っているのだろう、と思っていた。

 そんな彼女でも、いざというときには誰かそばにいてほしいらしい。

「わたしで、いいんですか?」
「恋さんがいいの」

 きっぱりと、そういわれてしまっては、観念するほかない。

「……わかりました。もうすこし、つきあいますよ」
「ありがとね」

 青衣の微笑みが、一瞬、夕陽の色を受けたように赤く染まる。 

 彼女のそんな顔を間近で見たのは、初めてのことで、恋はもうそれだけで満足してしまった。
 もしも、青衣がお相手を見つけてしまって、彼女のもとに飛んでいってしまったとしても、恋はそれを笑って見送れるだろう。そして、青衣の想いを穏やかな気持ちで見守れるだろう。

 そういう立場にいるのが、恋にはふさわしい。
 つかのまの青衣の笑顔は、そんな彼女に送られた、偶さかのギフトだ。

「じゃ、もうちょっと粘ろっか」
「そういえば、もし今日見つからなかったら、また明日も来るんですか?」
「別んとこで張り込むつもり。中等部、西門から帰る生徒もけっこういそうだしね」
「ああ、空風台の子かも……で、わたしもつきあうんですか?」

 断られてもついて行くつもりで、恋はわざとらしく問いかけた。青衣もそれは察したみたいで、答えずにただ、くすくすと笑う。肩のぶつかるくらいの距離で笑いあうふたりは、たぶん、年下の子たちから見たら、大人びて見えたことだろう。
 見られる側でいることに、恋も、すこしずつ慣れてきた気がする。

「……あっ」
「何?」

 恋の声に、はっと青衣が居住まいを正す。恋は彼女の耳元に口を近づけて、視線で、校門のそばに立つ少女を示す。

「あの子、きっと誰かと待ち合わせですよ。ときめきません?」
「……まじめにやってよ」

 かぶりを振って、青衣は恋の額をかるくつついた。
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