挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
一日一輪 ~女子校の日々はときめきに満ちている~ 作者:扇智史
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

226/233

第224話「天使よろしく恋の仲立ちをして、めでたしめでたし、です」

「中等部? どうしたの、年下に手を出したくなった?」

 三津間(みつま)百合亜(ゆりあ)はいつもどおりの眠たそうな顔で物騒なことをいった。香西(こうざい)(れん)は顔をしかめつつ、百合亜の水筒から勝手にお茶をコップに注ぐ。机の周りに、ふんわりとした緑茶の香りがただよう。

「変な言い方なさらないでください。単なる善意です」

 小声でつぶやいて、恋はお茶をあおった。百合亜はいやな顔ひとつしなかったものの、恋のことばにまだ首をひねっている。

「で、中等部がどうしたの?」
「ちょっと、人を捜しているんです。中等部の生徒らしいのですけれど、はっきりしたことがわからなくて」

 光原(みつはら)青衣(あおい)の名前は出さないようにして、恋は百合亜に事情を説明する。文化祭で、通りすがりの少女に一目惚れしたが、名前も所属もわからない。
 百合亜は聞いているんだかいないんだかわからないような、ぼんやりした顔だ。手応えがないのは、彼女と話すときにはよくあることで、恋は気にせずに話をまとめた。

「聖歌隊なら、縦のつながりも強いでしょう? 中等部の生徒に心当たりがあれば、と思って」

 人相になど興味のないだろう百合亜にこんな話を持ちかけたのは、それが理由だった。初等部からの一貫校である翠林でも、部活動は進学ごとに移動する、という生徒もすくなくない。そんななかで聖歌隊は、ほとんどの部員が初等部から高等部、ともすると大学まで持ち上がりだ。
 縛りが厳しく閉鎖的だ、ということでもあるが、それだけに内部の団結力や、親密さは強い。大垣(おおがき)風夏(ふうか)がひょっこり外から入って聖歌隊に馴染んでいるのは、相当なレアケースである。

 ともあれ、聖歌隊に属している百合亜なら、中等部にもすこしは顔が利く。そして、彼女は親しくない相手にはおおむね無口だから、余分なことは口外しない。
 微妙な恋愛相談を持ちかけるには、うってつけの相手だった。

「意外」

 恋の話を聞き終えた百合亜は、両腕を机の上に横たえて、その上に自分の頭を載せた。ぼさぼさの髪が顔の前に垂れて、彼女の視線を覆い隠す。

「何がですか?」
「恋さんが、厚意でそういう行動をとるとは思ってなかったから」
「わたし、そんなに血も涙もないように見えます?」
「まさか。あらゆることを受け入れて許す菩薩のような女性だわ」
「……そこまでいわれると逆に胡散臭いですよ」

 恋は苦笑だけ返す。そういうふうに評価されるのには、わりと慣れている。
 周囲からは、おおらかで優しくて、何でも許してくれそうに思われているらしい、というのは、恋も自覚していた。過ぎたお人好しは軽んじられそうなものだが、そういう気配を感じたことはない。それは、翠林という土地柄のおかげだろう。

 恋が穏やかで暖かな空気を醸していられるのは、たぶん、周囲に同じような空気が満ちているからだ。

「恋さんって、いつもそんな感じで、わりと受け身じゃない? だから、積極的に人探しするなんて、性に合わないのかな、と思ってた」

 横になった百合亜の声はいくぶんくぐもって聞こえた。そのまま、いまにも寝落ちしてしまいそうだ。彼女のそういう気まぐれな性分にも、恋はのんびりつきあうことができる。

「合わないことはないですよ。協力できることなら、協力したい、っていつも思っています」
「それにしちゃ、いつもは教室の隅っこで佇んでるだけだよね」
「……まあ、自分から流れを作るよりは、人の関係を見ているほうが楽しい、というのはあります」

 ふうん、と、相づちなのか、ただの吐息なのかわからないような声を発して、百合亜は二の腕に自分の頬をこすりつける。顔を洗う猫のような仕草だ。髪の毛の間から見える目はいっそう細められて、幸せそうに見える。
 しばらく恋は、その百合亜の穏やかな顔を眺めながら、彼女の答えを待つ。そうして人が安らかな顔をしていれば、自分もなんとなくうれしくなる。そういうことを毎日積み重ね、恋は日々を送っているのだ。

 ひとりで完結して充足できる百合亜とは、違う。
 恋はけっきょく、人のそばにいてこそ幸せを感じられる。

「……中等部生に、知った顔、ないわけでもないから」

 百合亜のことばは、ほとんど寝言みたいに聞こえた。

「ためしに聞いてみるよ。中等部に行くときなんてあんまりないと思うけど」
「助かります」
「でも、期待しないでね。いくら聖歌隊でも、高等部生が中等部の子に話しかけるの、けっこう壁があるから」
「そうですか……」
「つづみさんなら、そういうのも苦にしないと思うけど……けど、今度は向こうが萎縮しちゃうか」

 芳野(よしの)つづみが後輩に話しかける調子を想像して、恋はあいまいな笑みを浮かべるしかない。怒ったりはしないのだろうけれど、あの近寄りがたい気配は、年齢差があればよけいに怖いものだろう。
 それを考えれば、百合亜のほうがまだましだ。彼女くらいのほうが、年下の子も油断して、口が軽くなるかもしれない。

「それで、だけど」

 どっこらしょ、とでも言い出しそうな、鈍重な仕草で、百合亜が頭をもたげる。
 彼女は、恋の手元でからになっていたコップを取り返し、自分のぶんのお茶を注ぐ。椅子の背もたれに体重を預けつつ、背中を丸めて、ちびちびと緑茶を口にする。香りと、味と、熱とを、すこしずつ気長に味わうような仕草だ。
 うつむき加減の顔から、細い視線が恋を見ている。

「その人が見つかったら、恋さんはどうするの?」
「もちろん、教えますよ。天使よろしく恋の仲立ちをして、めでたしめでたし、です」
「ふうん」

 つぶやくようにうなずいて、もう一口。

「で、その子たちが幸せにきゃっきゃするのを見て、満足、ってわけね」
「ええ」

 迷いなくうなずいた恋に、百合亜は、何もいわない。ただ、お茶をすすって、コップを机の上に置いた。

「幸せの定義ってむずかしいねえ」

 そのひとことは、たぶんひとりごとだ。百合亜は答えを期待していない様子で、そのまま、椅子の上で思い切り顔をうつむける。いよいよ完全に眠ってしまうつもりらしく、乱れた髪の下で完全に瞼を閉じていた。
 これから授業が始まるというのに、豪儀な話だ。恋は肩をすくめ、立ち上がる。

 休み時間の終わり、生徒たちが離合して自分の席に戻っていく姿を、つかのま恋は眺める。彼女自身もその一員で、彼女も彼女なりの引力に従って動いて、止まって、景色を形作っている。
 ときどき、その大切なことを、忘れてしまいそうになる。

 席に戻ろうと歩き出す、その直前、恋は百合亜の机の上からコップをひったくって、お茶を飲み干した。彼女のそんな様子が、ほかの生徒にどんな風に見られているか、一瞬だけ気になった。
 濃厚な香りが、つかのま、恋の肌の上を満たす。背筋をぴんと伸ばして、彼女は歩き出した。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ