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一日一輪 ~女子校の日々はときめきに満ちている~ 作者:扇智史
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第193話「私とは毎日会うではありませんか。数に入れないでください」

「招待状、ですか。私は送ったことがないですね」
「え、そうなの?」

 芳野(よしの)つづみの答えが少々意外で、大垣(おおがき)風夏(ふうか)は思わずひっくり返った声を上げた。周囲を歩いていた生徒たちが振り返り、唄うときもそのくらい声出しなさいよ、と風夏をからかう。はーい、と快活に答えて、風夏はつづみに向き直った。

 部活動の帰り、雑談の中で、近々行われる文化祭の話が出てきたのだった。翠林の文化祭は、ここ数年は外部からの来客を受け入れているものの、かつては関係者限定の閉鎖的なイベントだったという。
 その時代の名残が、招待状制度だ。生徒が特定の相手に招待状を送り、それを持参した人物だけが翠林の文化祭に入ることができる。古くは婚約者、最近では親しい友人や恋人に招待状を送ったという。現在では有名無実化している制度だが、模擬店によっては招待状持参者限定の割引などもあるし、演劇部の公演でもいい席が割り振られたり、微妙にメリットがある。

 しかし、それより何よりたいせつなのは、招待状を送る、ということ、そのものだ。
 このネット全盛の時代、古風な紙の招待状をわざわざ送るのは、それ自体が友情の証明であるように、風夏には思えた。

 そんなわけで、中学時代の友人の誰かに招待状を送りたかったのだが、はたして誰を選んだものか、見当がつかない。夏休みに会った友人に義理立てするか、この半年ぜんぜん会っていない相手と旧交を温めるか、はたしてどちらがたいせつだろう、とぐるぐる考えて、答えが出なかったのだ。
 つづみの意見を聞きたかったのだが、彼女の答えは先の通り、当てにならないものだった。

「中等部のころは、親に任せておきました。昔お世話になった方や遠縁の親戚を呼んだと聞いています」
「聞いています……って、ひょっとして会ってなかったり?」
「ご挨拶はしましたが、なにぶん、我が家はずっと翠林と縁続きですからね。招待状などなくとも来られる方が多かったですから、誰がどうとか区別していなかったのです」
「……なるほど」

 つぶやきながら、風夏はつづみの縁者が集まる風景を想像する。みんな翠林の卒業生やその関係者で、誰も彼もがつづみとそっくりな雰囲気の、おだやかながら異常に緊張感の張りつめた、近寄りがたい空間。ごきげんよう、ごきげんよう、と、かわしあう挨拶にさえ鋭さのこもっているような……

「変な想像をしていませんか」
「いいえ?」

 空とぼけて首を振った風夏を、つづみはしばし、眉をひそめてにらんでいたが、そのうち追究をあきらめて肩をすくめた。

「ともかく、私の意見など参考にならないでしょう。風夏さんが会いたい人に送るのがいちばんですよ」
「うん……けど、つづみさん以上に会いたい人なんていないしなあ」

 ひとりごとに似たつぶやきに、つづみが苦笑した。

「私とは毎日会うではありませんか。数に入れないでください」

 たしなめるような口調で、しかしうれしさをにじませたつづみの声に、風夏はほほえみを返す。

「でも、まあそういう感じ。昔の友達と会いたくないってわけじゃないけど、いま、改めてここで会いたいかっていうと、なんか違うんだよね」

 中学時代の友人との関係が、だんだんと、過去のものになりつつあるのを風夏は実感する。それは、夏休みに久しぶりに連絡を取り合ったころから思っていたことだ。
 新しい学校でできた新しい関係が、自分を塗り替えて、昔とは別のものにしてしまう。
 そうすると、かつて充足していたつながりも、別の関係で満たされて、不必要なものに変わってしまう。

 教室に向かう砂利道は、秋の陽射しで薄赤く輝いている。校舎を見やれば、点々と明かりのともる教室で、部活や文化祭の準備にいそしむ生徒たちの姿が見え隠れする。開けた窓から、はしゃいだ笑い声が秋空に流れ出していく。
 ベランダにたたずんでいた生徒が、こちらに手を振った。先を歩いていた先輩が、横を向いてカニみたいに歩きながら手を振り返す。

「つづみさんの友達って、やっぱり、翠林の人ばっかり?」

 思いついて問いかけると、つづみは一瞬きょとんとした顔をして、それから、何だかやけにおかしそうに笑う。風夏は顔をしかめた。

「何、あたしそんな変なこと訊いた?」
「いえ、たぶん変なのはこちらの方です。それが当たり前なのに、と思ってしまって」

 しずしずと歩むつづみの笑みは、薄暮の向こう側で、どこか切なげに浮かんでいるように見えた。やけにはかなげで、彼女がいまにも遠くに消え失せてしまいそうで、風夏はつい、まじまじと彼女を見つめる。

「ずっと翠林にいて、人間関係もだいたいそこで完結して、そのままずっと続くような、そんな気がしていたんです」

 つづみの瞳が、ぴたりと風夏に向けられる。

「でも、風夏さんのおかげで、それが勘違いだってわかった気がしますよ」
「……そう」

 風夏は、つづみの微笑が、自分を許すために存在しているような気がした。

 純粋培養のように翠林で育ってきたつづみにとって、風夏はまったくの異物だったろう。シャーレの中に混じって実験を台無しにしてしまう、混合物のように。
 でも、彼女やみんなの人生は、緻密にコントロールされた実験ではない。それに、研究の世界でだって、セレンディピティとかいう現象がある。ときには思いも寄らない刺激で、驚くべき変化が起きるのは、科学でも人でも同じことだ。

 風夏と出会った自分の変化を、つづみが受け入れている。
 彼女の笑みは、それをくっきりと現す、啓示のようでもあった。

 そしてもちろんそれは、風夏自身の変化も、決して悪いことではないということ。
 友達と距離ができるのは寂しいけれど、つづみと織りなす新しい世界がそこに開かれているんだから。

「つづみさんの友達の話って、あんまり聞いたことないな」
「ほかのクラスの子が多いですからね。ちょっと教室が変わると、意外と疎遠になるものです」

 そういいながら、つづみは、風夏の方にちょっとだけ顔を近づけてくる。

「それより私、風夏さんの過去の関係の方が気になるんですけれど」
「あたしの? たいしたことないよ」
「風夏さんにはそうでも、私には違うかもしれません。興味あります、昔の風夏さんとか」
「……どうしたの、急に」

 いつものつづみらしからぬ距離で、弾んだ声をつむぐつづみに、風夏はとまどう。つづみは口元を笑みの形にしたまま、額をつき合わせるようなそぶりで、しつこく訊ねてくる。

「私より、ずっと仲のよかった友達、いたんですか?」
「……妬いてるの、つづみさん」

 困惑したまま、問う。つづみは風夏のことばに、一瞬、ショックを受けたような顔をした。ふわりと視線を泳がせて、ふっと表情の消えたその面は、まるで、祈りを捧げるときの彼女のそれだ。

「……これがそういう感情なら」

 そして、聖書のことばを口にするときのように、彼女はつぶやく。その横顔には、真っ赤な夕日が当たっている。
 真紅の色のほほえみで、つづみは小声で、秘密の話をするように、風夏に告げた。

「私、地獄の炎に焼かれてしまいますね」
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