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一日一輪 ~女子校の日々はときめきに満ちている~ 作者:扇智史
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第191話「理屈っぽいというか、頭で答え出そうとするとこあるよね」

 薄暗い道を、子どもが無我夢中で走っていく。英字の書かれた半袖シャツに、半ズボン。戦隊ヒーローの描かれた靴を踏み鳴らし、秋風をものともせずに疾走する。

「寒くないのかな?」

 八嶋(やしま)(たえ)は、またたくまに小さくなっていく後ろ姿を眺めながら、ぽつりとつぶやく。

「平気なんじゃない? 体温高いし」

 飯塚(いいづか)流季(るき)はわりと適当なことをいう。きれいな花のラテアートが描かれたカフェラテのカップを、両手で抱えて、一口すすった。あたたかそうな湯気が、流季のすました顔の周りをほんのりと流れていく。

 ふたりがいるのは、駅の近く、学習塾のあるビルが見えるカフェだ。妙は例によって、塾に通う妹を迎えに来ていたのだが、そこに流季が顔を出したのだった。
 初めてここで顔を合わせて以来、流季はたまにこの店に顔を出しては、妙と他愛のない話をしていく。あまり教室では喋らないふたりだが、ここではふしぎと会話がよく続く。
 仲がいい、という範疇に入るのかどうか、妙はまだ判断がつかない。
 たぶん、流季に訊いたらあっさりと肯定された上で、逆に奇妙に思われるだろう。他人を友達と呼ぶのに、屈託のないタイプに見えた。

「でもさ、なんか心配にならない? あんまり薄着だと、なんだか、服も買ってもらってないみたいに見える」
「考え過ぎだよ。それに、さっきの子は顔色もよかったし、元気そうだったし」

 流季はちいさく笑って、妙を見つめる。吊り目で気の強そうな顔立ちの彼女と真正面から向き合うと、それだけで、威圧されるような気分だ。圧がある、とでもいうのか。

「妙さん、なんか理屈っぽいというか、頭で答え出そうとするとこあるよね」
「……そうなのかな」
「でも、新鮮でいいよ、そういうの。サッカー部のセンパイとか、勘で動く人ばっかだし」

 そういう流季自身は、はたしてどちら側なのだろうか。そんなことを考えて、たぶん、そういうところが理屈っぽいというのだろう、と気づき、妙は黙り込んだ。うつむいて、もう空になってしまった自分のカップに視線を落とす。
 いまからコーヒーのお代わりを頼んでも、たぶん飲みきれないだろう。けれど、何もないのは、ちょっと間が持たない。

「すみません、この子にお冷やお代わりもらえます?」

 と、流季がウェイトレスを呼んでそう告げた。びっくりした妙が顔を上げると、流季はこちらを見てちょっと首をかしげる。

「よけいなお世話だった?」
「……ううん、どうしようか迷ってたとこだった」

 テーブルの隅に置かれたグラスに、冷たい水が注がれる。くいっとあおると、妙ののどからおなかの奥まで、一本すきっと芯が通ったような清涼感があった。自分では気づかなかったけれど、すこし、店内が暑すぎるのかもしれない。
 流季は、眉尻をちょっと下げて、苦笑した。

「つい、思いつきで動いちゃうんだよね。なんかほっとけなくって」
「でもびっくりしたよ。よく気づいたね」

 何もいわない妙の迷いを、端で見ていただけの流季が察して即座に動いたのは、さすがに驚きだった。そんなレベルまで、他人の気持ちや状況が見えているということだからだ。
 そういえば、彼女はサッカー部ではあえてマネージャーをしているという。身体能力の問題よりも、むしろ、周囲が見えすぎて困るから、といっていた。
 いくらなんでも自己評価が高すぎないか、と思っていたが、いまの一瞬の行動からしたら、あながちそうでもないのかもしれない。

 妙の周りには、予想もつかない、想像を超えることがまだまだたくさんある。
 しだいに夜の色を増していく窓の外を見やれば、都市の灯りのなかを親子連れが並んで歩いて行く。男の子が着ている服は、ふたつ先の駅にある有名な進学校のそれだ。

「頭よさそう」

 ぽつりと妙がつぶやくと、流季も窓の外に視線をやって、目を細めた。

「なんか上着の大きさ合ってない気がするね。お下がりかな?」
「かもね。すごいねえ、あんな難しいとこ」
「でも、妙さんの妹ちゃんだって」
「んー……翠林だしなあ。初等部の試験、そんな難しくもなかったでしょ?」

 つぶやきながら、妙は眉をひそめる。

「それに、うちの妹のはお下がりじゃないし」
「へえ?」
「せっかくだから、新しいの用意したい、って母が」
「ほんとに妹ちゃん大好きなんだねえ」

 重たくなりそうなことばを、流季はことさらあっけらかんと告げて笑う。そういう言葉遣いを積み重ねていると、しだいに、妙の心の重しも消えていくような気がした。
 流季の軽やかさが、鈍くなりそうな妙の気持ちをうまく洗い流してくれる。

 向き直った流季は、手元のカフェラテを口に運び、ほっとひと息。

「サッカー部のセンパイにも、けっこう過保護な親御さんがいてさ。すごい暑苦しいのね。ニットの帽子とか、マフラーとか、レッグウォーマーとか。まあいつもは脱いでるんだけど、持ち歩くだけで大変そうで」
「重たい愛だ……」
「それね」

 流季は妙の顔を指さして、何度もうなずく。

「こないだ、もううんざりしたから、一枚上げる、っていわれちゃって」
「マフラーを?」
「そ。さすがにもらえないんだけど、じゃあどうするのか、ってなってもどうしようもないわけじゃない。捨てられもしないし」
「でも、嵩張るんだよね」
「そう。1シーズン前のやつとか、全然着てなかったりすると特に処分に困るじゃん。そういうのがどんどん重なってくと、辛いよね」
「……ある日、突然いやになる奴」

 特別だった曲を急に聴かなくなったり、ゲームを遊ばなくなったり、そういう瞬間がある。それは、人間関係でもそうなのかもしれない。過剰な愛情は、結局容量を超えてしまう。
 そういう瞬間を、あらかじめ予想できていればいいのに。

 自分の家族にそんな日が訪れる、なんて、いまいわれるまで想像もしていなかった。
 そんな瞬間が来たら、妙はどんな顔をするだろうか。

 かちゃん、と、ちいさな音がする。
 流季が、ラテアートの表面にスプーンをさしこんで、くるくると回転させていた。さっきまでいくらか形を保っていた泡の花が、あっという間に崩れていく。

 そして、顔を上げた流季が笑う。

「妙さんさ、一枚もらったげてくれない?」
「無茶いわないでよ」

 妙は噴き出した。

「私、そんなに寒そうに見える?」
「ううん? なんだかんだで、いつもしっかりしてるな、って思う」

 しれっと告げる流季に、妙は、ちょっと照れた笑みを返した。

「……お返しに、妹の持ってるぬいぐるみ、ひとつあげようか」
「人のものを!」

 流季ががくっとわざとらしくずっこけるのを見て、妙は目を細める。どちらかといえば、流季にリードされっぱなしだった自分が、ようやく一本取れた気がして嬉しかった。
 それに、ずっと重荷のように感じていた妹の話題を、ふざけた冗談に出来たことも、だ。彼女の心の底にいつまでも引っかかっていた小石が、ようやく外れたような気がした。

 街を通り抜ける自動車のヘッドライトが、一瞬だけテーブルの上を通過していく。すでに外は真っ暗で、塾の窓から放たれる灯りが煌々と夜を照らしていた。

 もうじき、妹が授業を終えて出てくるだろう。それが、いまはすこし、名残惜しい。
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