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一日一輪 ~女子校の日々はときめきに満ちている~ 作者:扇智史
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第183話「よく知らない人に愛想笑いして過ごすなんて」

「接待しなくちゃいけないのよね」

 (なつめ)沙智(さち)は、この世の終わりのような顔をして、そうつぶやいた。傍らに立つ小田切(おだぎり)(あい)が、ちょっと間の抜けた表情で沙智を見つめる。

「誰が来るの?」
「えっと……」

 計算するように指を折りながら、沙智は思い出す。ろくに話したこともない親戚のことなど、頭の中で系図をたどっていかないと思い出せない。

「母の、兄の、奥さんの、妹さん。東京に住んでるんだけど、わざわざこっち来るらしい」
「そんなに見たいものかしらね、翠林の文化祭なんて」
「気持ちはわからないでもないのよね。こういう学校の中をのぞける機会なんて、あんまりないし」

 特に部活が活発なわけでもなく、クラスで団結するような伝統があるでもない翠林の文化祭は、さほど大きな盛り上がりがあるイベントではない。演劇は有名だが、その威名だって限定的な範囲のものだ。
 ただ、それでもそれなりに外部から人がやってくるのは、翠林女学院の高等部という、秘密めいた空間に興味がある野次馬が多い、という話である。

「一時期この街にも住んでたんだけど、当時はまだ文化祭、外に非公開だったから」

 翠林の文化祭が外部からの来客を受け入れるようになったのは、ここ数年のことだ。それまでは、親族や卒業生と限られた関係者しか入場を許されない、まさに秘密の花園といった風情だったらしい。
 当時のことは、沙智自身もある程度伝え聞いている。その謎めいた空気の記憶が、翠林へのあこがれを喚起したことも否定できない。

 だから、あまりつきあいのなかった親戚が急に押し掛けてくるという気持ちも、共感はできるのだ。
 ただ問題は、それに自分が巻き込まれること。
 学院内を何も知らないその人の案内とお世話を、両親から直々に頼まれたのだった。

「でも、半日とかそこらでしょう?」

 のほほんとした口調で、愛はあっさりとそんなふうにいう。沙智は眉をひそめた。ひょっとして、こちらの感情がうまく伝わっていないのだろうか。

「できることなら、愛さんと、一日ずっと廻りたかった」
「まあ、無理なものはしょうがないよね」
「……愛さんは残念じゃないの?」

「すごく残念」

 直球で告げて、愛は切なげに眉をひそめた。まぶたの上に、憂いを帯びた影が差す。ふだんはあまり表情を変えない彼女だけに、そんな顔をされると、沙智も胸が痛む。
 けれどそれがうれしいのは、切なさを共有している、という実感のせいだ。

「沙智さんだって、翠林の文化祭は初めてよね?」
「……そう」

 中学時代は、翠林には訪れる機会がなかった。両親は娘の進学先として翠林を想定していなかったから、いっしょに来るように頼むのははばかられた。学校の友達も興味なさそうだったし、ひとりで来るのは論外だった。
 だから、沙智にとっても、念願のイベントなのだ。

「それを、よく知らない人に愛想笑いして過ごすなんて」

 肩を落として嘆く沙智。その横顔に、愛が、そっとおでこを近づけてくる。至近距離で、吐息がぶつかる。

「……私、ついてこうか?」

「い」

 はっと顔を上げると、すぐそこに愛の微笑がある。沙智の前髪がふわりと跳ねて、彼女の頬をかすめた。くすぐったそうに、愛は目を細める。

「いいの?」

 がっつくような声を上げてしまった。

「沙智さんといっしょでなければ、別に行きたいところもないから」
「でも……」
「それに、古株の生徒がひとりついていったほうが、案内も効率よくなるよ……という、名目も立つし」

 ね、と、屈託なく微笑む愛は、それより複雑なことを考えてはいないみたいに見えた。あるいは、ややこしいことは抜きで、沙智といっしょにいたいのだ、といってくれているようでもある。
 たしかに、沙智にとっては願ってもない提案だ。

 それを素直に喜べないのは、たぶん、沙智が難しく考えすぎているせいだろう。

 接待相手のことはよく知らない。しかし、翠林にあこがれを抱く、というからには、私学の伝統ある女子校、という雰囲気に何らかの空想を抱いているはずだ。かつての沙智がそうだったのと同じに。
 そんな人の前に、愛を伴っていくことが、どんな意味を持つか。
 ふたりの関係を勘ぐられる。あるいは、空想される。根ほり葉ほり聞かれるかもしれない。

 堂々として、真実を述べればいい。愛も沙智も、いまさらそれをはばかりはしない。

 ただ、それを、見世物のようにみられるのは、やりきれないのだ。それが、翠林の文化祭での最大のイベントであるかのように、扱われるのは。

「……いいの?」

 ぐちゃぐちゃした考えが、声にならなくて、沙智は間抜けで淡白な問いを繰り返してしまう。
 そのひとことですべてを察したみたいに、愛はいたずらっぽく笑う。

「見せつけてあげればいいよ」
「……本気?」
「別に、お金取るようなサービスしろとはいわないけども」

 あっけらかんという愛を、沙智は思わず指先で小突いてしまう。彼女はときおりこうして、素朴に一線を踏み越えてしまう。

「冗談でもそういうのやめて」
「……ごめん」

 つつかれた額をそっとなでて、愛はしゅんとした声でつぶやく。

「けど、いつも通りにしてたらいいと思うよ。それで、向こうだって喜ぶでしょう。接待とかそんな気持ちはなしにして、さ」
「……けど」

「ふたりっきりの時間は、そのあとでもいいじゃない」

 こそっ、と、耳元でささやかれたら、それはもう、返すことばもない。沙智は、糸を引かれたみたいに、こくりとうなずくだけ。
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