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一日一輪 ~女子校の日々はときめきに満ちている~ 作者:扇智史
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第182話「気取りだよ。うちの祖母に見せたら竹刀でひっぱたかれる」

 放課後、あまり親しくない相手と出会って、同じ場所に長居させられるのは、独特の気詰まりさがある。何を話せばいいのかわからない、というほど相手を知らないわけでもなく、かといって気の置けない間柄というわけでもなく、どんな態度で臨んでもしっくりこない。

 ああでもない、こうでもない、という否定でしか決められない、そういうあやふやな関係だ。

 函坂の住宅街からすこし北、山裾に近いあたりにぽつりとたたずむ瀟洒な和風の一軒家。風雅な趣の玄関から外に出て、春名(はるな)真鈴(まりん)はようやく人心地ついた思いで、ため息をついて顔を伏せた。
 かたわらでは、小室(こむろ)雪花(せっか)が空を仰いでいる。夕空はもう暗く、あたりにはハロウィン向けのオレンジ色の電飾や、無機質な色の街灯がともりはじめていた。

「無駄に緊張した」

 雪花がちいさな声でぼやく。

「それはこっちの台詞だよ。まさかこんなとこで雪花さんと顔を合わせるなんて」

 真鈴は顔を上げて、雪花のとぼけた横顔をにらんだ。人を見上げるのには慣れているが、雪花の長身と向き合うのは少々苦労する。さっきまで必死で背筋を伸ばしていたせいもあって、首が痛くなりそうだった。
 一方、雪花はそんな緊張などまるで感じていなさそうな、のんびりした表情のままだ。

「真鈴さんは平気かと思ってた。コミュ力高そうだし」
「んなことないよ、必死。雪花さんみたいにずっと翠林って家じゃないもん」
「家柄だけだよ。こっちだって必死」
「そうは見えないけどなー」

 いいながら、真鈴は歩き出した。人の家の門前でずっと立ち話というのも行儀が悪い。雪花はその半歩後ろから、のんびりした足取りでついてくる。

 住宅街からも繁華街からも程良く離れて、あたりは静かだった。この閑静な土地に住むのは、煩わしい生活をおよそリタイアした老人が多い。慣れ親しんだ家と、そこにヘルパーを呼べる程度の資産を持ち、悠々自適の閑居生活を送っている。
 さっきまでふたりがいた家の主も、そんな隠居老人のひとりだ。彼女は、ボランティアの学生を通じてかつての学生生活とのつながりを保っている、翠林の卒業生なのだった。

「実際、ああいうおうちにちょくちょく顔出すわけでしょ、雪花さん」
「うん、まあ」

 雪花の返事はあいまいで、真鈴は眉をひそめる。どうしてか、彼女は、自分の家のことについてはことばを濁したがる。いまさら、隠すほどのことでもないと思うし、別に自慢してもよさそうなものなのに。

 小室雪花の祖母は、翠林に長らく在籍した教師で、卒業生とも末永くやりとりを続けているらしい。引退したいまでは、インターネットと郵便を駆使して卒業生同士のネットワークを保ち続けるのが生き甲斐のようになっているのだとか。
 そんな祖母が、わざわざ孫娘を使いに出したのは、お土産とともに文化祭の招待状を渡すためらしい。

「卒業シーズンとか、あと文化祭くらいだけど。そういうときだけ人をこき使うんだ。向こうは私の顔も覚えてないと思う」
「でも、けっこう慣れた感じだったじゃん」

 座布団に正座して、包みと書状を渡す所作などは、堂に入ったものだと感心させられた。自分と何が違うのか、真鈴にはわからなかったけれど、たぶん、ささいな指や手肘の動きが影響しているのだろう。
 雪花は、自覚がないのか、不思議そうに首をひねるばかり。

「真鈴さんこそ、すごく緊張してた。何度も訪問してる家なんでしょう?」
「それは……」

 しかめっ面で、真鈴は視線をそらす。道路に延びた自分の影を目で追うと、街灯の光がつきるあたりで、影は闇に紛れて溶けてしまう。ためらいがちの足音が、閑静な路地を鈍くふるわせる。

「まあ、翠林生として、恥ずかしくないようにしないと、って」
「いつもはそうじゃないのに?」

 適当なごまかしは、あっけなく雪花に見透かされた。とぼけているようで、突然、ぴたりと本質をついてくるから、油断ならない。

「何でそんなことわかるの」
「だって、奥さん、何度もいってたでしょ。いつもの真鈴さんと違う、初めて来た時みたいだ、って」

 ボランティア部の活動で、真鈴は何度もあの家を訪れたことがある。部活で訪問させてもらう家は、たいてい翠林と縁のあった人々の家庭だ。
 はじめのうちはそれなりに、翠林生らしさを期待される向きもあるけれど、気心が知れてくれば、ざっくばらんな態度も許されるようになる。つまりは、それだけの縁を築いてきた相手だったわけだ。

 雪花に、そこへ割り込まれたような気がした。完璧な翠林生として、長いつきあいのある恩師の孫娘として。

「別に、私のことなんて、気にしないでよかったのに」

 そして、当の雪花自身はこの態度だ。

 なんだか、真鈴は無性に腹が立ってきた。雪花のいうことは図星だったし、そんなことで取り乱して緊張していた自分がバカみたいだった。

「そうだね!」

 むしゃくしゃした思いをそのままぶつけるみたいに、真鈴は吐き捨てた。雪花が首をかしげて、真鈴を見下ろす。

「何怒ってるの」
「あたしがとんだ道化だから。いらない背伸びして、よけいに恥かいたよ」
「真鈴さんなら、許されるんじゃない? かわいらしいし」
「ガキみたいに扱わないで」

 だんだん口調が乱暴になってきているのが、自分でもよくわかる。どうしたって、真鈴はほかの生徒みたいな淑やかさは保てない。高等部からAOで入った、外部生の半端ものだ。
 めずらしく、そんな自虐的な思いに駆られて、真鈴は唇をかむ。

「……いや、ほんとに。子どもっぽいとかじゃなくて」

 雪花の困ったような声がする。振り返ると、彼女は、首の後ろに手を当てる困惑の仕草で、ぽつぽつとつぶやく。

「むしろ、私の方が赤っ恥なんじゃないかな。やり付けない仕草で、精一杯かっこつけて、昔の翠林っぽい空気で気取っちゃって」
「……あれで気取り?」
「気取りだよ。うちの祖母に見せたら竹刀でひっぱたかれる」
「スパルタだね……」
「いや、それはさすがに冗談だけども」

 真顔のままでつぶやく雪花。ぜんぜん面白くもないその口調に、しかし、真鈴は変なツボを突かれたような気分で、思わず吹き出した。

「わかりにくい!」
「みんなそういう……」
「雪花さんは素の方が面白いんじゃない?」
「それもよくいわれる。けど、面白がってもらおうっていう意識があるときに限って面白くないのって、けっこうむなしい」

 深々と大げさにため息をついて、雪花は足下を見つめた。どうやら、彼女は彼女で、それなりに悩んでいるらしい、とわかる。
 あと、さっきのは、真鈴を慰めてくれるつもりだったらしいことにも気づいた。

 クールに見えても、意外と天然で、ぶきっちょなのかもしれない。
 そうだと思うと、とたんに、雪花のとぼけた無表情も微笑ましく見えてくる。

「ま、気にしない方がいいんじゃない? 雪花さんはそのままで」
「何で私がフォローされる形になってるんだろ」
「いいじゃん、この際」

 くすくす笑いながら、真鈴はちょっとだけ足を早めた。雪花の歩幅は大きいけれど、すこし加速すれば真鈴はすぐに前に出られる。
 くるり、ときびすを返した。自分の髪が街灯の下で揺れて、ちかちかと輝くのを、真鈴は見る。

 見上げれば、長身の雪花が、すこし背中を丸めてぼんやり真鈴を見つめている。そうしていると、いつのまにか、自分と彼女の立場が逆転してしまったみたいな気がした。真鈴の方がよほど翠林の、あるいは人生の先輩で、雪花の方が頼りない後輩であるかのような。
 意外と、手を引いていてあげないと、危なっかしいみたいだ。

「でも、ありがと、雪花さん」

 首をひねって真鈴が笑うと、雪花もぼんやりとほほえんだ。愛想や追従や儀礼ではない、本音の雪花の笑顔は、どことなく曖昧模糊としているのにやけに胸に残る。

「うん。そういう真鈴さんの方が、かわいい」

 そういわれるのも、イヤじゃなくなった。
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