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一日一輪 ~女子校の日々はときめきに満ちている~ 作者:扇智史
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第180話「主張はだいたい曲げないし、したいことはしようとするよね」

 新城(あらしろ)芙美(ふみ)が、ちいさくくしゃみをした。騒々しい雑踏に、そのかすかな響きはあっという間にとけ込んで消える。

「風邪?」

 隣を歩いていた西園寺(さいおんじ)るなが訊ねる。芙美はかるく鼻をすすりながら、うなずいた。

「かも。ここんとこ冷えてきたし、気が抜けたかな……」
「試験終わりだしね」
「集中が切れたかな。まあ、私は自分の心配より、るなさんが追試にならないかどうかが……」

 赤くなった鼻をこすって、芙美は、ひょうひょうと笑うるなの横顔を不審そうに見つめる。

「……なんか、緊張してない? るなさん」
「そうかな」

 つぶやいて、るなは悠々と首を横に振る。しかし、彼女のそんな態度には、いつもの余裕がどことなく欠けているように思えた。
 芙美はすこし早足になって、るなの横に並ぶ。いつものデートなら、るなの方が歩幅をちぢめて芙美に合わせてくれるのに、今日はそんな意識さえないみたいだった。

 いいたいことがあるなら、ちゃんと口にして欲しい。
 そう思いながらも、芙美は問いかけられずにいる。お互い様なのかもしれなかった。

「調子悪いなら、今日は帰ろうか?」

 そのくせ、るなはそんな、妙な心配をしてくる。彼女らしくもない、見当違いなことばだった。

「平気だよ。せっかく試験から解放されて、いい気分になってるのに。家で寝てるなんてもったいない」
「無理してつき合わなくてもいいんだからね」
「過保護」

 む、と眉をつり上げる芙美。

「そっちこそ、らしくなくない? もっと強引でしょ、いつもは」
「いやがる芙美さんを無理強いした覚えはないよ?」
「でも、主張はだいたい曲げないし、したいことはしようとするよね……」

 自分でそういっておいて、ちょっと芙美は口元を押さえて目を伏せてしまう。いろいろと、思い出すことがあるのだった。

「……私があんまり拒絶しないからって」
「ほんとにイヤなら、逃げればいいのに」
「そゆこというのがやらしい……って、そんな話じゃなくって」

 るなの横に迫るようにして、芙美は彼女の横顔をじっと見上げる。いくぶんそっぽを向いたるなの顔は、どこか落ち着かない顔色をしていた。きりっとしたメイクも、微妙に隙がある。秋の日射しが、彼女の荒れた肌をまざまざと照らして、その動揺をむき出しにしようとしているかに思えた。

「どうも、試験前から、ちょっとよそよそしくない?」

 試験前の微妙な緊張感に包み隠されてことばにならずにわだかまっていた問いが、ようやく形になって発せられた。そのことばに、芙美はちょっとした開放感と、それと同じくらいの不安を感じていた。

「……そうかな」
「そもそもさ。試験勉強だったら、私に聞いてくれればいいのに。るなさんよりはマシな点、取ってるんだから」

 芙美だって成績上位というわけではないが、赤点常連のるなよりはだいぶまともだ。人にものを教えるのは、輪をかけて得意じゃないにしても、相手がるななら恐くない。
 いっしょに勉強会とか、したかったのに。るなは一度も、そんな提案をしてくれなかった。

「それは……ほら」

 るなはいいよどみながら、そっぽを向いて歩く。そういうときの彼女は、他人にペースを合わせられなくて、どんどん足早になっていく。芙美がペースをあげて彼女を追いかけているのにも、気づいていない様子だった。
 頭の後ろで留めた、派手な色の髪が、きらきらと揺れる。

「プライド、とか、意地、とか、羞恥心とか……そういうやつ?」

 にっ、と笑って、振り返ったるなは、真横に芙美がいないことに一瞬驚いたみたいな顔をした。
 足を止め、芙美が追いつくまでの数歩を待って、るなはふたたび歩き出す。

「芙美さんに頼らずに、成績よくなってたら、びっくりさせられるかな、って」
「それって、別の誰かに頼ったってこと」
「まあ、ね」

 ぎゅう。

 思わず、芙美はるなの腕を思い切り握りしめていた。彼女の手首を飾るアクセと、緻密に盛ったネイルが、芙美の二の腕にちくちくと当たる。
 るなが、不意に顔色を変えた。

「ど、どしたの芙美さん」
「むかつく」

 芙美は足を早める。動揺したるなも、いっしょにペースをあげる。雑踏の中、彼女たちは前にいる人を次々追い抜きながら、走り出しそうな勢いで突き進んでいく。

 そうして芙美は、るなとふたりだけの世界に飛び込もうとしている。
 豪雨の後の濁流みたいに、人をみんな薙ぎ払っていければいいと思った。

「るなさんが私以外の誰かを頼りにするなんて」
「子どもみたい……」
「いいじゃん」

 るなのあきれた声に、いいかえす。自分でもびっくりするくらい、その声は荒々しくて、甲高くて、きっと不愉快に聞こえたろうと自覚する。ささいなことで泣きじゃくって、いつまでも駄々をこねる幼児みたいだ。
 でも、誰の心にだってきっと、育ちきらないままの子どもがいる。
 かっこつけの西園寺るなだって、いっしょだ。

「クソガキみたいにわがままいわせてよ。無碍にされたら、よけいに泣くけど、ずっと大声で泣かせてよ」

 せっかく好き合って、互いのいろんなことを許せる間柄なのだ。
 そういう相手に、何か包み隠して我慢するのは、もったいない。

「るなさんのしてることだって、子どもだよ。ほんとに近しい相手に、いいとこ見せようとして、別の誰かを頼るなんて」
「……どうして、そんなに怒るの」
「そうやってるなさんがいい子ぶってるから」

 ぐい、と、腕を引いて、芙美はるなを横道に連れ込んだ。狭くて、湿って、生ゴミのにおいがした。壁に相手を押しつけたら、きっと汚してしまうような場所だった。
 だから、芙美は、るなの腕にぶら下がるみたいに体重を預けた。るなは、芙美の頭の上から、じっと見つめてくる。その、戸惑い混じりの視線に、いらいらする。

 別に、そんなふうに、がんばらなくったっていいのに。

「……こんなに強引にされても、悲鳴も上げないし、拒んだりもしないし」
「それは、芙美さんだから」
「じゃあ」

 体をるなの方に預ける。押し倒そうとするように。

 踵の高いブーツでは体重を支えきれずに、るなは思い切りよろける。落ちていた空き缶を蹴飛ばして、カンカンと耳障りな音が鳴る。
 るなは、しりもちをついた。その胸元に、芙美は顔を押しつける。

「ぐちゃぐちゃにしても、許してくれる?」

 その問いは、ぼんやりと路地裏に消えていく。空き缶の転がる響きがいつまでも残響して、芙美のかすかな声なんてかき消してしまうようだった。
 るなはすこしの間、何もいわず、彼女の体重を受け止めていた。

 やがて、るなはそっと、芙美の頭に手を触れた。

「……熱、あるよ」

 るなのことばに、よけい、芙美は泣きたくなった。
るなの勉強の話は169話でちらりと。成績はどうだったのでしょうね。
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