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一日一輪 ~女子校の日々はときめきに満ちている~ 作者:扇智史
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第179話「秋だぞー、って押し掛けてくるような感じ、ない?」

 つい先日まで真夏に近い残暑の残っていた翠林女学院にも、またたくまに秋が訪れた。急に冷え込んだ空気が、窓から入り込んできて、宇都宮(うつのみや)(りん)は肩を縮める。突然やってきた秋の直撃を受けたような気分だった。

「寒っ……」
「急に秋になっちゃったねえ」

 隣の席の真木(まき)(あゆみ)が、のんきにつぶやく。制服の上に薄いニットを羽織った彼女は、しっかりというか、ちゃっかりというか、ともあれ季節の変化に敏感らしい。
 もう一枚くらいインナーを増やしてよかったな、と凛は内心で後悔する。寒風は、やせた骨身に染みる。

「秋だぞー、って押し掛けてくるような感じ、ない? 最近の季節の変わり目って」
「ああ、なんかわかる……」
「もっとこう、風情のある変化をして欲しいよね。秋は来にけり、みたいな」

 急に古典調になった歩の語り口に、凛は思わず吹き出す。とはいえ、彼女のいいたいことはわかる。こんな不躾で、体に直に染み渡るような秋の訪れは何だか雰囲気がない。

「そうねえ。木々の色の移り変わりとか、風の色とか、そういうものに秋を見いだしていきたいものね」

 しみじみと、窓から外を眺めてアンニュイなつぶやきを漏らす凛に、今度は歩が笑う番だ。

「そうそう、そういうたそがれ具合」
「そう? 私、秋めいてる?」
「あざといくらい秋っぽい。明らかに巨大な秋」
「巨大って」

 実際、こんなふうにいきなり気温が落ち込んだりするのは、ちいさい秋とはいいがたい。童謡の時代も遠くなったものらしい。
 ふたたび風が吹き込んできて、たまらず凛は窓を閉めた。閉め切るとそのうち暑くなってきてクラスメートが不満をこぼすだろうが、いまの寒さは凛には耐えがたい。
 凛は、かたわらの歩が着込んだアーガイル柄のニットをうらやましく見つめる。

「そのニット、おしゃれ」
「そ? 駅前の安いとこでぱっと買っちゃった奴なんだけど」
「意外にそういうの着こなすよね、歩さん」

 何を着ても似合う、というわけでもないし、たまに珍妙な柄のシャツを着てきてドン引きさせられることもあるが、総じて歩のファッションは見ていて好ましい。軽やかで、流行に乗らない確固とした個性がある。
 そんな彼女には、ファッションセンターで買うような地味でありふれた柄がぴったりなのかもしれなかった。

「凛さんには、もっとクールな柄が似合いそう」
「そうかな」
「今度いっしょに秋物探しに行こうよ」

 歩はそういいかけて、ふと、目を細めた。

「実は凛さん、こっそり編み物とかしてそう」
「……え、そんなイメージ?」

 びくり、と背筋を縮めつつ、凛は歩を見つめる。実際、編み物には挑戦してみたい、と考えていたのはほんとうだった。
 ただそれは、自分自身のためではなくて、歩のためだ。

「人に隠れて、いつの間にか大きな仕事をやり遂げてるような感じするよ」
「私、そんな大物じゃないけどなあ。それに、そんなに器用でもないし」
「私だって器用じゃないよ。編み物、憧れちゃうなー」

 そんなことをいいながら、歩はいきなり凛の真横に近づいて、彼女の髪に指を絡め始める。

「ちょ、いきなりいじんないで」

 いい返すものの、凛はなすがままだ。歩の指の感覚が、髪の毛越しに頭をなでられているみたいで、抵抗できなくなってしまう。
 それをいいことに、歩はいたずらっぽく笑いながら凛の髪をこねくり回し続ける。

「凛さん、もっと髪伸ばせばいいのに。そしたら私、ちゃんと人の髪を編む練習するから」
「人を練習台にしないでよ……歩さん、ほんとに人の髪いじるの好きだよねえ」

 顔を赤くして、横目で、凛は楽しそうな歩の表情と、踊るような指先を見つめる。
 軽やかではあるものの、指の動きはでたらめで、まともな髪型に仕上がるはずはない。けれど、凛は、それをやめさせる気にはなれなかった。
 子どもが親にじゃれつくような、歩のあどけない遊びを、じゃましたくはなかった。

「でも、歩さんにいわれて髪伸ばすのは、なんか……」
「ああ、うん、まあそうだよね。冗談のつもりだったし、そんな本気にしないで」

 苦笑して、歩は凛の髪から手を離した。そうすると、とたんに手持ちぶさたになったように、彼女は自分の両手の指を顔の前でからめて、ぐにゃぐにゃと組み合わせる。

「髪型ぐらい、自分で決めればいいよね。うん、私の口出しすることじゃない」

 歩のフォローは、なんだか、やけに必死な感じに聞こえた。凛は思わず、目を細める。

 彼女はたぶん、人の自由を妨げるのが、あまり好きではないのだろう。
 引っ込み思案で、自分の嗜好を抑え込みがちな凛の背中を、彼女はどんどん押してくる。それはきっと歩が自由を愛しているからだし、凛にも自由になって欲しいからだ。
 それを束縛するような自分の失言を、歩は、ひどく気にしたらしかった。

 でも、凛は正直なところ、すこし嬉しくもあったのだ。

「けど、歩さんから見て、私に似合いそうな髪型は、わりと知りたい」
「そう?」
「歩さん、そういうとこ、歯に衣着せないと思うから」

 人から見て、自分がどう見えているのかは、ことばにしてもらわないとわからない。ひどくとんちんかんな髪型をしていたり、派手な寝癖がついてたりしても、自分では意外と気づけないものだ。
 それを評定してもらうのは、自由を束縛されるのとは違う。
 むしろ、見えないものへの新しい可能性だ。

 いつだって、歩は、凛にそれを教えてくれている。

「……まあ、歩さんの場合、我欲で評価をねじ曲げてもおかしくないけど」
「何それ」
「絶対歩さん、ロングヘアの方が好きそうだもん」

 歩が女の子の髪にこだわりを抱いているのは間違いない。しかも、これほど触りたがりだということは、きっと長い髪の方が気に入るはず。
 凛のそんな憶測に、歩はしごく心外そうに唇をとがらせた。

「何をいっているのか。私は長い髪も短い髪も平等に好きだよ」
「ほんとに?」
「凛さんのそんなお手入れしてない髪だって大好きだよ?」

 いって、歩は凛に飛びかかってくしゃっと髪をなで回した。ただでさえ落ち着かない髪が、いっそうぼさぼさになる。

「やめてよもう!」
「ああ、でもこの手触りは代え難いなあ。凛さん、やっぱりこのままがいいよ」
「さっきといってること違う!」

 頭をくしゃくしゃにされながら、凛は悲鳴を上げる。こだわりとか、フェチとか、そういう以前に、実のところ歩のやることなすこと、わりと適当だ。

 けれど、まあ、そういうところも、嫌いではない。
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