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一日一輪 ~女子校の日々はときめきに満ちている~ 作者:扇智史
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第160話「そういう贅沢、自分に許しとけばいいんだって」

 毎日のように見ていたスマホのメッセージアプリを、最近、見るのが怖くなった。
 未読がたまれば、当然、相手に知れる。相手は隣の席の人だから、逃げられるわけはない。
 わかりきっているのに、そうしてしまう。

「最近未読多いよね。どうしたの?」

 真木(まき)(あゆみ)は、屈託のない声で宇都宮(うつのみや)(りん)に訊ねた。嫌いになったとか、悪意があるとか、そういうのをみじんも疑っていない顔だ。

「スマホ壊れたとか、機種変でデータ飛んだとか?」
「ううん……」

 凛はあいまいに首を振る。ただなんとなく、なんて答えが通用するとは思えなかった。朝の教室の、どこか気だるさの残る空気の中、凛の肩の上にだけ重苦しい霧が乗っかっているみたいで、息苦しい。
 椅子を両手でつかんで、がたんとこちらに寄せてきて、歩は凛のそばにやってきた。道をふさぐのなんかお構いなしだ。こういうところは彼女の堂々として傍若無人な、力強さでもあり、やりづらいところでもある。
 遠慮、ということがない。

「私とは話したくなくなった?」
「そんなわけないよ!」

 思わず声が跳ね上がってしまい、逃げるように縮こまる。自分なんかにみんなが注目する訳ない、と思いながらも、大声を出して目立ってしまったことが恥ずかしかった。制服の襟を持ち上げて顔ごと隠れてしまいたいが、それはそれでよけい恥ずかしいに決まっている。

「じゃあ、理由は?」
「うー……」

 このまま引っ込んでいたって、歩が納得してくれるわけはない。何もしないで、何の説得もなしで、他人が退いてくれるわけはない。それはただ、あきらめて見捨てるだけだ。

 ただ、この気持ちを、うまく説明できるだろうか。それが不安だった。

 凛はうつむきかけた顔をすこし上げて、歩に向き直る。

「……歩さんと話してると、申し訳なくなるの」
「何が? 悪いこといわれた覚えないけど」
「歩さんには、いろんなこと教えてもらってばっかりだし」

 勉強もよくできるし、街中のことにもずいぶん詳しい。わりと本も読んでいるから雑学の知識なんかがぽんぽん出てくる。最近は映画もたくさん見ているのだという。
 そして、そういう知識を頭の中でまとめるのがうまいのだと思う。情報同士がひもでつながっていて、ひとつを引っ張ると繋がったいろんなものがいっぺんに流れ出てくる。
 いつもごちゃごちゃで、混乱して、あたふたしている凛とは大違いだ。

「私の喋ってるのが1として、歩さんの情報量は100はある」
「買いかぶりだし、そういう比較、あんまり意味ないよ」

 歩はあっさりと、凛の泣き言を切って捨てた。椅子をもう一度、がたんと寄せて、凛のほうにいっそう顔を近づけてくる。

「たったひとつでも、すごく大切なものをもらえれば、それで対等だもの」

「……でも、歩さんの言葉は、私にたくさん与えられすぎてる」

「いいのいいの。そういう贅沢、自分に許しとけばいいんだって」

 歩の言葉は、あくまでポジティブだ。プラスの感情をすこしも疑わないし、暗く落ち込んだりする様子は見せない。
 もちろん彼女にだって不安や苦しみ、痛みだってあるだろうけれど、それを塗り替える力があるって信じているみたいだった。

「私だって、凛さんにいろんな音楽とか教えてもらって、ずいぶん得してると思うもん。こう見えても、ほんとに嬉しいんだから」

 彼女はあくまで屈託がない。
 まぶしいし、強いし、それだから、時折逃げ出したくなる。

「……でも」
「私のことなら、遠慮したりしないで」

 にこり、と微笑み、歩はとうとう凛の耳元まで接近してくる。
 ささやき声で、告げる。

「でも、凛さんも怒っていいし、いくらでも嫌になっていいんだよ。そういう暗い気持ちもコミコミで、私、凛さんのこと気に入ってる」

 ぞくっ、とした。
 耳まで赤くなりそうなほど、頭が熱っぽい。その一方で、背筋のあたりに、凍り付くような感覚がある。
 嬉しいのに、怖く思える。

 私は何か、とんでもない相手につかまってしまったのではないか。
 この調子だと、私は、この人にとりつかれてしまうのではないか。

 そんな、得体の知れない予感がよぎった。

 だから、とっさに、ちょっと身を引いてしまう。手を伸ばしかけていた歩が、唇をとがらす。不満げな彼女に向けて、凛は、つい思いついた言葉を口走る。

「……私は、歩さんのおもちゃじゃないんだけど」
「そんなこと思ってないよ」
「私の気持ち、考えてる?」
「そっちだって。お互い様だよ、それは」

 それはそうだ。最初に未読無視を決め込んだのは凛のほうで、たぶん、それは歩をすこしくらいは寂しがらせたことだろう。いくら彼女だって、寂しいっていう感情がないわけはない。
 けれど、その、寂しいという感情の占める割合が、凛と歩とではだいぶ違うのではないか。

 歩が凛に抱く感情は、凛の気持ちと比べて、小さいのかもしれない。彼女は人付き合いも如才なくこなしているし、友達も多い。そのなかで、凛の割合は、きっと指先程度のものだ。
 だから、暗さも闇もちいさく押し込めて、あしらってしまう。
 歩のことばかりで一喜一憂する、凛とは違うのかもしれない。

 だったら、真正面からつきあうと、振り回されるばかりだ。こっちと向こうで重さが違えば、軽いほうが吹っ飛ばされる。運動量保存の法則くらいは、どうにか理解できている。

「……たしかにそうだね。ごめん」

 肩をすくめて、ようやく、凛は頭を下げた。最初から、謝っているようなふりをして、本気で謝罪していなかったような気がする。それは単なる自己憐憫だ。
 そんなふうに、自分からちいさくなっていたら、よけいに歩に振り回されてばかりだ。

「また、何かいい音楽でもあったら、送るよ。PVとかも探してみる」
「そりゃいいね。私、最近は自分でもいろいろ掘り下げたくなっててさ」
「じゃあもっとマニアックなの探さなきゃね」

 凛は笑い返す。メッセージを送らない間も、ネットで動画はずっと探していた。お気に入りの音楽、新しいジャンルのPV、いろんなネタがため込んである。
 それを歩にぶつけていこう。そうして、歩の中の自分をもっと重たくしていこう。
 そうしたら、いつか、均衡がとれるはずだ。そのときこそ、正面を向いて、彼女ともっと話ができる気がする。
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