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一日一輪 ~女子校の日々はときめきに満ちている~ 作者:扇智史
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第159話「もっと、わからないふり、してもいいと思うよ」

 斜め後ろから、いきなり首筋のあたりに手を伸ばされて、内海(うつみ)弥生(やよい)はびくりと肩をすくめた。

「?」

 振り返ると、桂城(かつらぎ)恵理早(えりさ)の指があった。弥生の髪の先に触れていたその指を、恵理早はすっと引っ込め、しげしげと見つめる。

「どうしたの、恵理早さん? 埃でもついてた?」
「ううん」

 恵理早は自分の指を見つめたまま、首を横に振る。

「なんだか、トゲトゲしてたから」
「トゲトゲ」

 思わず鸚鵡返しして、弥生も首をかしげる。恵理早の言葉遣いは、何を指しているのか分からないことも多いけれど、そのくせやけに鋭くて、こちらの迷いや不安を見透かすように思えることもある。
 今は、後者のほうだった。
 椅子の背に左腕を預けて、斜め後ろの恵理早に顔を向ける。

「……そういうの、分かるかな?」
「分かる、っていうか、気になるだけ」

 また、微妙な言い方で返される。そのあやふやさ、感覚的な表現が、すこし弥生の気に障った。

「何が?」

 すこしだけきつめの声で聞き返す。けれど恵理早は、その口調の強さにはいっかな気づかないようなそぶりで、なかば目を閉じて弥生を見ている。そうしていると、彼女の瞳には白目すらなく、黒一色に染まっているように、錯覚する。

「そういうとこ」

 半分眠ったような顔をしながら、恵理早は、鮮明な声で言い切った。

「心からイバラの生えてる人がいると、目立つ。それが気になる」
「……イバラ」

 繰り返して、胸に手を当て、うつむいて、そうして弥生はようやく、呼吸をすこし整えた。
 そうしないと、唐突に声を上げてしまいそうな、危うい感じが胸の中にある。
 椅子の背にべったりくっつけた二の腕が、冷たい。彼女は、そこに体重を預けるようにして、恵理早のぼんやりした表情を半分見上げるようにして見つめた。

「相談、乗ってくれる?」
「……むつかしい話?」
「どうかな」

 たいしたことのない、家族との些細な行き違いだ。夕食のメニューの好き嫌いから始まって、家事の分担がどうの、教育がどうの、と、収拾のつかないくらい話が広まって、結局は父も母も自分も謝ったり妥協したりできないまま、話が終わった。それが昨夜のこと。
 今朝は、誰もその話を持ち出したりしなかった。一晩寝て起きて、気が済んだというだけかもしれない。
 でも、弥生の胸に残ったかすかな怒りは、消えないまま残っていた。

「親にさ、すこし、傷つくようなこといわれて。それが、いつまでも忘れられなくて……」

 つぶやきながら、弥生は恵理早の顔色をうかがう。不快がるでもなく、同情するでもない。あんまり反応がないので、つい、言葉を重ねてしまう。

「育ててもらった、っていう気持ち、あるし、感謝はしてるけど。でも、それで傷を負わされるのは、また別の問題だよね。向こうにも悪気はない、っていうか、一時の感情だってのも、分かってるけど」
「弥生さんは、物わかりよさそうだよね。柔らかい」
「……そうかな」

 思わず、弥生は自分の二の腕に触れる。もちろん、そういうことではないのだろう。

「もっと、わからないふり、してもいいと思うよ。ごつごつして、人にぶつかっていったほうが、たぶん最後にはほどよい固さになれる」

 頑固だったり、怒ったり、そういうことも大切。恵理早のいいたいのは、そんなことだろうか。
 彼女の独特の言葉遣いは、なるほど、それ自体がどこか硬質というか、古代の石盤に刻まれた象形文字の類に思える。

「恵理早さんも、そうやって成長したの?」
「どうかな。うちの親は、ぶつかってこなかったから。いっつもあっけらかんで」

 そういいながら、恵理早は、目を閉じた。
 黒目がちの瞳が閉ざされて、細くて長いまつげだけが顔の上に残る。彼女のなめらかな肌が、一瞬、大理石の像のように冷たく見えた。

「でも、それは逆に、私のことが見えていないのかな、と思うときもある」

 つぶやいて、恵理早は、肩をすくめた。

「まあ、私のことはどっちでもいいよね」
「……そんなことないよ」
「でも、相談しているのは弥生さんのほうだし」
「気にしないで。すこし喋ったら、すっきりした」

 いつも仲のいい初野(はつの)千鳥(ちどり)には、うまく話せなかった。今こうして話せているのは、相手が恵理早だったおかげかもしれない。彼女の、硬質で、不思議で、だけれど奇妙に的確なことばが、弥生の胸中から声を引っ張り上げてくれたような気がした。

 よくわからない人だけれど、もうすこし、歩み寄れそうに思えた。

「ありがとね」
「気にしないで。私は私のためにやってるだけ」
「そう?」
「目障りなものがあると、気持ち悪いから。もやもやは、取り払うだけ」

 恵理早はそううそぶく。けれど、その行動はたぶん、言葉ほどにはわがままじゃないのだろう。

「そういうもやもやとか、トゲトゲとか、どんな風に見えてるの?」
「もやもややトゲトゲ」
「そりゃそうだろうけど」
「ほかの言葉を探せるなら、苦労はないよ」

 しれっと言って、恵理早はそっぽを向いてしまう。すごい速さで投げたボールが壁に跳ね返るみたいな、一瞬の動き。弥生は、もはや呆気にとられてしまった。会話というのは、ここまですっぱり打ち切られるものか。
 ついていけないのが、でも、すこし面白い。
 いつか、そのボールに追いつける瞬間は来るだろうか。たぶんそんな才能は、弥生にはない。
 でも、ほんのすこしでもキャッチボールが成立する瞬間があれば、すごく楽しいのかもしれなかった。

 そんな、かすかにわくわくするような気持ちが、弥生の胸に芽生えていた。
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