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一日一輪 ~女子校の日々はときめきに満ちている~ 作者:扇智史
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第158話「結局、自分ばっかり大事なんだろうね、私」

 秘密を打ち明けてくれる、という言葉に、新城(あらしろ)芙美(ふみ)は身構えた。

「……何か、大変なこととか?」

 帰り道をいつもと違うほうに曲がりながら問いかける芙美に、西園寺(さいおんじ)るなは肩をすくめて笑みを返した。

「大げさなことじゃないよ、そんな心配しないで」
「別に、心配はしてな……」

 いいかけた芙美の眉間を、るなが人差し指でつついた。それで初めて、自分がひどいしかめっ面をしていたことに気づく。額にぎゅっと皺が寄って、唇は左右から釣り針でもかけられたみたいにひきつっている。鏡を見たら、恐ろしく不細工な顔になっていただろうと想像し、芙美はわずかに震えた。
 両手で顔を上下にこすって、表情を平坦に整える。

「……で、秘密、って?」
「ちょっと恥ずかしいこと。だから、ついてから説明する」

 そういって、るなは、芙美の右手に、自分の左手をからめるようにして握る。そしてふたりは、いくぶんゆっくりした歩調で、道を歩いていく。

 あたりは寂れた住宅地だった。
 さび付いたトタン屋根、電話番号が一桁少ない看板、木造の空き屋の隣に建つ物置には、使われなくなった大工道具が立てかけてある。人が住んでいないわけではないのだろうけれど、何か、世の中や社会から見放されてしまったみたいな気配さえ漂う場所だった。
 初秋の香りを漂わせる風も、いまは、心細い。
 るなと手をつないでいなければ、逃げ出したくなったろう。

 こんなところに、何があるのだろう。

「何にもない、って思ってない?」

 るなに問いかけられ、芙美はびくりと身をすくめる。目に見えない心をいいあてられたように思って、怖いような、幸福なような、あやふやな感情が襲う。
 横目でるなを見れば、彼女は半歩先からこちらを見返して、ほほえんでいる。

「大丈夫だよ。私も同じこと思う、ここ通るときは、いっつも」
「……でもさ、それって、なんか失礼じゃない?」

 ほとんどの家屋は老朽化して、壁にはひびまで入っている。しかし、だからといって誰も住んでいないわけではないのは、カーテンの引かれた窓の向こうから漏れる薄明かりから察せられる。余所者のような芙美たちを、彼らは警戒していないだろうか。

「そうやっておどおどしてるのが、逆に失礼だよ」
「え」
「誰であれ、住んでるのは人なんだから。話もできるし、むやみに襲われたりしないよ」

 たしなめるるなの、端的でまっとうな言葉遣いに、逆に芙美はいっそう萎縮してしまう。肩を縮めて、るなを見つめ返す自分の顔は、さっきよりいっそうひきつっていそうに思えた。

「……私、やな奴かな」
「それも考えすぎ。芙美さんって、けっこう思考が極端だよね」
「うん……」

 るなにいちいち指摘されて、すこしずつ芙美はそれを自覚している。
 自分のことが、すごく卑小に思えて、この世に居場所がないかのように感じたりする。
 かと思えば、突然、自分のことを大切にしてほしいと訴えたりする。

 そういうぶれぶれな自分に、芙美はしばしば、疲れる。

「結局、自分ばっかり大事なんだろうね、私」

 だから、些細なことで激しく傷ついたり、浮かれたりするのだ。
 自分の中で、自分の占める地位が大きすぎて、手に余る。

「るなさんがいろいろいってくれるの、ありがたいよ」

 そういう芙美の不安定な心を、るなは、ちょっとずつ支えてくれている。
 芙美を諫めたり、慰めたり、そういうひとつひとつのことばが、芙美の中の肥大化した自我をうまく抑えてくれる。
 等身大の自分の形を、芙美はすこしずつ見いだしつつある。

「……あんまり頼りすぎないでね。私だって、自分のことで手一杯だったりするんだから」
「うん」

 かくいうるなだって、何でもできる大人ではないし、聖人なんかでは当然ない。
 16歳の女の子として、何くれと抱え込んでいるものはあるだろう。
 ただ、るなは芙美よりすこし自覚的だから、それを外に見せない術を心得ているだけで。

 そしてふたりは空き屋の隣、猫の額の庭を無断で歩み抜ける。

「わ」

 フェンスに囲まれた、だだっ広い空き地に、芙美は飛び込んでいた。
 丈高く育った名も知らぬ草が、芙美の全身を覆い尽くして視界を奪う。自分の周りが、緑一色に染まった。子どもの頃、海に飛び込んで上下も分からなくなった、あの瞬間を思い出す。
 人の気配はない。ただ、猛威を振るう草のにおいだけがあたりに満ちた、異様な空間だった。

「私ね」

 つないだ手と、るなの声だけが、その怒濤の中で芙美を支える楔だった。

「叫びたくなると、ここに来るの」
「……るなさんでも、そんなことあるんだ?」
「あるに決まってるよ。女の子だもの」

 草のざわめきに負けない声で、るなが笑う。

 カラオケの決まりきった狭さの中じゃ、おさまらないこと。
 自分たちの住んでいる狭い世界じゃ、抱えきれないこと。
 もちろん、心の中にはため込めないこと。

 それを吐き出したくなる瞬間が、るなにもある。

 るなにあるんなら、芙美にもある。あったはずだ。
 それを今まで自覚しなかっただけで。

「でも、何で、私を?」

 芙美が問うと、るなは、たぶん握った手の向こうで振り返った。
 答える声は、すこしはにかんでいた。

「芙美さんなら、聞かれてもいいもの。声」

 嵐のように、葉ずれの鳴り響く、誰のものでもない空虚な土地。
 芙美とるなは、そこにふたりきりだ。
 心強かった。

 るなが、先に声を上げた。芙美もそれに続いた。
 ことばにならない叫び声は、長いこと、その緑の中に鳴り渡って、やまなかった。
 そのうち、頭がくらくらして、うまくものを考えられなくなって、自分がただ声だけ出し続けるものになったみたいに思えて。
 つないだ手を中心に、ふたりはくるくる回りながら、ただ叫び続けた。

 いつしか、背中から地面に倒れ込んで、ふたりは笑っていた。
 緑の間から空が見えた。秋の空は薄曇りの灰色で、その間からすこしだけ空色がのぞいて、きれいだった。
 笑って、笑って、キスをして。
 何度も何度も、キスをした。
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