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一日一輪 ~女子校の日々はときめきに満ちている~ 作者:扇智史
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第150話「好きなものに、性別もらしさも関係ないよ」

 静まりかえった自室で、スマートフォンを操作する。内部で回転する記録機器の音すらも気になるような、ぞっとするほどの沈黙。
 宇都宮(うつのみや)(りん)が選んだ動画は、古い機械式時計の仕組みを解説するものだった。とってつけたようなBGMと、やたら赤く強調された字幕を伴って、動画が再生される。

 画面の中で、精巧な歯車が動き出す。緻密な仕組みによって制御され、寸分違わぬ時を刻む。その仕組みは、どれだけ時間が過ぎてもほとんど狂うことはなく、正確な時刻を文字盤の上に表示し続ける。

 30分ほどの動画は、あっという間に感じられた。動画が終わると、凛は息を吐いて、スマートフォンから目線をあげた。
 お気に入りのバンドのポスターが貼られた壁が目に入ってくる。彼女の部屋は、おそらく同世代の女子と比べてもいささか殺風景だ。かわいいグッズを集める趣味も、服飾やアクセサリーへのこだわりも、マンガやゲームに耽溺する嗜好もない。好きなものと言えば、せいぜい音楽ぐらいで、それもネットで集められるデータばかり。
 実物として抱えておくようなものを、凛は、あまり愛せないのではないか、と思っていた。

 でも、違うのかもしれない。

 スマートフォンの上のアイコンが動いて、メッセージの着信を知らせる。
 アプリを開くと、そこには、真木(まき)(あゆみ)からのメッセージに、動画が添付されていた。

『好きそうなの見つけた』

 歩のメッセージはいつも簡潔だ。ふだんのしゃべり方も、軽やかではあるものの、常に何かの本質を突いているようなシンプルな強度を秘めている。あまり曖昧さを好まない性格なのかもしれない。
 そうして、彼女はいつも、凛の芯の部分までも打ち抜いてくる。

 動画を開くと、それは、自動車のエンジンの映像だった。シリンダーとシャフトが激しく運動し、気化したガソリンが爆発してエネルギーを生み出す。これまで気にしたこともなかったその仕組みに、目を引かれる。
 その動画をしばし眺めたのち、凛は歩にレスを返す。

『ありがとー! けっこー楽しかったよ。あんまり自動車の仕組みとか気にしたことなかった』
『それなら嬉しい』
『私、実は機械の仕組みとか好きなのかな? あんま女の子っぽくないよね』
『好きなものに、性別もらしさも関係ないよ』

「おおう……」

 端的で力強い断言に、思わず凛はたじろいでしまう。それは、それこそ歩らしい言葉だ。周りの空気や視線を意に介さず、いつだってまっすぐに突き進んでいる。
 その速度、爆発するような威力の余波が、凛の背中を押してくれる。

「そっか……」

『進路、工学方面もいいんじゃない?』
『いいかも。でも、まだすぐには決められないなー』
『とかいってるうちに、あっという間にクラス選択も来るよ』

『やめてよー、そんなこというの』

 苦笑しながらメッセージを打ち込んで、しかし、凛はそれを送信せずに消した。なんだか、そんな弱音で歩を煩わせるのは、恥ずかしいことみたいに思えた。見えている道筋の前で立ち止まる行為は、歩は好きじゃなさそうだし、彼女らしくないし、そんな振る舞いをする自分もきっと情けなく見えるだろう。
 歩の目に、そんな駄目な自分を見せたくなかった。

 翠林はそんなに進学プレッシャーが高いわけではない。たいていは大学部までエスカレーターで進んでしまうし、外部受験にしてもそこそこの大学で妥協する生徒が多い。
 とはいえ、工学系に進むなんて生徒は珍しいだろうし、本気で取り組むならそれなりの受験対策は必要になるはずだ。
 決断は早い方がいい、というのは、凛にも分かる。

 でも、こんなことで自分の未来を決断するなんて、正直、ぴんとこない。
 歩と遊びに行っただけの、たった数時間の出来事が、自分の将来を変えるなんて。

『ごめん』

 え、と、歩のメッセージを見て、凛は凍り付いた。

『プレッシャーかけちゃった』

 歩の立て続けのメッセージに、凛は慌てて返答する。

『大丈夫だよ!! ちょっとびっくりしただけ。進路なんてまだ考える時期じゃないって思ってたしさー』
『イヤなこと押しつけたんなら、悪かったかな、って』
『平気だって! 機械系、悪くないよ』

 そう書き込むのも、嘘ではない。
 ただ、まだイメージがわかないだけ。自分が進む未来の道筋が、まだぼやけていて、見えてこないだけだ。

 機械のように、準備すれば過たずにちゃんと動く、なんて都合良く進んだりしない。

 スマートフォンの画面が、凛のメッセージを表示して止まる。歩の言葉は、なかなか帰ってこない。筐体の中で何かが壊れているのではないか、と、ふと不安になって、凛は側面にそっと触れる。うっすら暖かくなったスマートフォンは、なんだかぬめっとした感触だった。
 時計やオルガンよりはずっと複雑で、電気的な構造が、この中で必死に回転している。そんな事実を、ふいに意識する。機械はおおむね、何か精密で複雑な仕組みで動いている。おおざっぱな認識だけど、たぶん間違いじゃない。

 デジタル表示の数字が、1秒、また1秒と移り変わる。凛には見当もつかないプログラムの挙動が、あの機械式時計よりずっと精密に、時を刻んでいる。
 知らず、息を止めていた。

 そして、歩の言葉が返ってくる。

『どっちにしたって、私は、凛さんの行動を肯定するよ』

「あぁ……」

 思わず、深い深い、息がこぼれた。
 歩の言葉に、胸の奥まで貫き通されるみたいだった。

「そっか」

 凛は、その瞬間、大切なものを見つけた、と思った。

 歩は凛を肯定してくれる。失敗したって、きっと認めてくれる。好きなものを見つけたら、きっと応援してくれる。
 自分の好きなことをうまく確かめられなかった凛に、歩は、後ろ盾をくれる。

 人から認められないと、何かを好きになれないなんて、つまらない人間かもしれない。
 だけど、自分の中だけで心を凝り固めて、何も好きになれずにいるより、ずっといい。

 彼女と同じ音楽を共有できる八嶋妙も、そうだ。
 彼女の気に入るものを見つけだしてくれた真木歩も、同じ。
 自分を肯定してくれる人がいればこそ、凛はまっすぐ立てる。

『ありがとう』

 ひとまず、そのメッセージだけを返した。
 明日会ったら、もっと、たくさんのことを喋れるかもしれない。うつむいたりせずに。
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