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一日一輪 ~女子校の日々はときめきに満ちている~ 作者:扇智史
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第148話「フラフラして、オロオロして、そのうち別の場所にたどり着く」

 校門の前まで戻ってきたけれど、結局、落とし物は見つからなかった。春名(はるな)真鈴(まりん)は肩を落として、隣にいた桂城(かつらぎ)恵理早(えりさ)に頭を下げる。

「ごめんね、つき合わせて」
「平気。こういうの、嫌いじゃない」

 恵理早の飄々とした態度が、真鈴には好ましく映った。いまひとつつかみ所のない彼女だが、捜し物を手伝ってくれる程度にいい人であることがわかって、すこしほっとしていた。他人のために歩ける人に、悪い人はそういない。

 真鈴は鞄に手をやる。中等部の頃からつけていた、お気に入りのマスコットは、今はそこにはない。だいぶ紐が弱くなっていたし、いつちぎれてもおかしくなかったから、どこかで自然と切れてしまったのだろう。
 帰り道を引き返し、足下をじろじろ見ながらマスコットを探していた真鈴に、声をかけてくれたのが、恵理早なのだった。

「そういえば、恵理早さん何であんなとこにいたの? 帰り道、ぜんぜん別だよね」

 真鈴の家は駅よりずっと南の古い住宅地だ。気が向けば歩くけど、たいていは学院の近くのバス停からバスに乗って帰る。
 一方、恵理早は、学院の西側にある函坂(はこざか)の高級住宅街に住んでいる、と聞いたことがある。帰り道はまったく重ならないはずだ。

 恵理早は、首をかしげて、きょとんとした目で真鈴を見つめた。

「理由、必要?」
「……いや、いいよ」

 つまり、恵理早はそういう人らしい。たまにわけもなく授業をさぼったり、誰にも見つけられない場所に潜んでいたかと思うと、絶妙のタイミングで人の困っているところに現れたりする。

「神出鬼没、っていうのかしら」
「デタラメなだけよ」
「それ、自分でいう?」

 真鈴は大声で笑って、さて、ときびすを返す。

「ま、見つからないものはしょうがないっか。帰ろ、恵理早さん」

 恵理早は自分のあごを指さして、さっきと逆方向に首をかしげた。私も? とでも言いたげなそぶりだ。

「手伝ってくれたお礼、缶ジュースでもおごるよ」
「何もしてないし、何も見つからなかった。お礼されるいわれは」
「報酬ってのは手間と時間に支払われるものなの。成果はおまけみたいなものよ」

 それは真鈴の信念みたいなものだ。うまくいかなくて、結果が出なかったら、すべてが無駄なんてことはあり得ない。

 手招きして恵理早を誘い、真鈴は歩き出す。恵理早は、足音も立てず、ふわふわと後ろをついてくる。たっぷりした長い髪が、背中で左右に揺れているのは、なんだか妖精の羽根のようだ。
 そして、歩きながら、恵理早は口を開く。

「ヨロヨロしてる」
「え?」
「ストラップ落としたせい? なんだか、バランスが崩れてる」

 真鈴が振り返ると、恵理早は、両手を顔の横に差し出してこちらを見ていた。合掌から、そのまま両手を左右に開いたみたいな感じ。手の間の幅は、だいたい、真鈴の顔と同じくらい。
 そのまま手を前に出せば、恵理早は、真鈴の頭をぎゅっとつかまえることができる。

「なぁに、それ?」

 笑いながら真鈴が問い返すと、恵理早は、黒目がちの目をいくぶん見開く。

「欠けたものがある」

 抑揚のない言葉は、すとん、と真鈴の胸の内に滑り入ってきた。薄いナイフが、チーズを切り裂くように、抵抗なく。
 それはほんとうのことだからだ。

 真鈴は立ち止まった。そのタイミングを知っていたみたいに、恵理早も足を止める。真鈴の顔の前で、まだ開かれたままの恵理早の両手が、彼女を叩こうとするように広げられている。
 叩くのであっても、抱きしめて引き寄せるのであっても、それはなんだか、恵理早らしい気がする。
 それは、彼女が何となく眺めて、何となく知っている、不思議な少女の姿そのままだ。一学期からちっとも変わらない。

「そうなんだよねえ」

 だからだろうか、真鈴は素直に口にした。

「二学期になってから、なんかみんなつきあい悪くて。元々、放課後はひとりのほうが多いんだけど、ずっと、いつも、よそよそしくてさ」

 夏休み、真鈴がボランティアや何かに明け暮れている間に、友人たちの関係に何かがあったらしい。休みのうちはぴんとこなかったが、その雰囲気は、二学期の教室で顕著に現れてきた。
 西園寺(さいおんじ)るなと新城(あらしろ)芙美(ふみ)、そして内藤(ないとう)叶音(かのん)。真鈴が親しくしていた彼女たち。
 表面上はあまり変わらないし、真鈴が仲間外れにされているのでもない。ただ、その関係の微妙なバランスがどこか崩れていて、奇妙な緊張が感じられるのだ。

 放課後も、だから、うまく彼女たちは輪を作れない。るなと芙美はふたりでいることが多いし、叶音はひとりか、それともほかの誰かを捜している。
 そして、真鈴だけが、何となく取り残される。

 そこまで難しく考えることでもないのだろう。一学期なんてお試し期間だ。合わなくなったら、別のグループに合流したっていい。幸いにも翠林、というか撫子組は平和なクラスだし、多少のグループの移動で和が乱れるような感じでもない。

 だけど、やはり、つかのまでもひとりになるのは心細い。

「鈍くないつもりでいたんだけど」

 人間関係には敏感でいて、過度に浮き上がったり、味方を失ったりしないよう、注意しているつもりでいた。その程度の処世術は、中学の頃には身につけているつもりだった。
 ため息混じりの真鈴の言葉を、恵理早は冷たくあしらう。

「失敗なんていつでも起こるよ」

 そして、恵理早は、真鈴のほっぺたに両手をさしのべる。
 彼女の両手は、想像以上に繊細な肌触りだった。理系が得意で、生物部で、実験ばかりしているというから、もっと荒れた手肌をしていると思っていたので、真鈴はそのなめらかな指の感触に、一瞬、ぞくりとした。

「フラフラして、オロオロして、そのうち別の場所にたどり着く。それでいいじゃない」
「……恵理早さんも、いつもそうしてるの?」
「私は迷ったりしないもの」

 いつでも迷走しているみたいな彼女が、平気でそんなことをいうので、真鈴はあきれてしまう。
 でも、彼女の手のひんやりした感触を頬に受けていると、意外とそのことばも合っているような気がしてくる。
 その透明な手は、目に見えない何かをつかまえているのかもしれなかった。真鈴の捜し物は見つけられなかったけど、もっと別のものをつかまえたりする。

「……恵理早さん、時間ある?」
「人と同じ程度には」

 わかったようなわからないような返答に、真鈴は苦笑する。

「じゃあ、ちょっとつき合ってよ。お礼、ケーキもつけるわ」
11/15:恵理早の名前の記述ミスを修正しました。このあたりから何話か、恵理早の名前に間違いが多く、修正をかけています。
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