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一日一輪 ~女子校の日々はときめきに満ちている~ 作者:扇智史
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第147話「いっしょにいるの、申し訳ないような気がして」

 今日、真木(まき)(あゆみ)宇都宮(うつのみや)(りん)に教えてくれたのは、広い市立公園の片隅にある、静かな博物館。

「面白かった……!」

 古めかしい硝子扉を出ると、もう外は黄昏時。ようやく涼しくなり始めた空気を全身に浴びながら、凛はぐっと体に力を込めて、感慨深く声を発した。

 彼女がもっとも心引かれたのは、明治から大正の時代に存在した、古い楽器にまつわる展示だ。古めかしいディスクオルゴールオルガンや、戦災で焼け焦げたピアノ。古い海外製の自動演奏オルガンの、精巧で磨き上げられた歯車の回転を、凛は飽くことなく見つめていた。

「なんか、私、ああいう機械とかそういう仕組み、ちょっと好きみたい」

 つぶやきながら、知らず、凛の胸の奥から笑いが漏れてくる。そのはしゃいだ声に、歩も嬉しそうに目を細める。

「ずいぶん気に入ったみたいだね。凛さん、1時間ぐらいじーっと見てたもんね」
「……え、うそ、1時間も?」
「嘘うそ、せいぜい30分ぐらいかな」
「それでも長いよね……」

 凛はちょっと肩を落とす。

「ごめんね、退屈しなかった?」
「まさか」

 あっさり首を振った歩は、凛のまとまらない髪をわしゃわしゃとなでる。歩の遠慮のなさに最初は戸惑ったけれど、いまでは凛も、その手のひらをだいぶ自然に受け入れられるようになっていた。
 その手が導くままに、凛は、歩と並んで歩き出した。
 博物館の裏手にまわり、鬱蒼と茂る木々の間を抜けて、公園の外に出て行く。周辺にはカフェや飲食店が建ち並んでいる。公園のスポーツ施設や博物館を利用した人々が、自然と、そのあたりに吸い込まれていくような立地だった。
 店先を、ふたりで物色しながら歩く。

「私、あんまり人といて退屈することはないんだよね」
「……そうなの?」
「凛さんは、飽きちゃうほう?」
「っていうより、なんか、自分のほうが恐縮しちゃう。いっしょにいるの、申し訳ないような気がして」

 自分のふだんの態度を思い起こしてみると、凛はへこんでしまう。

 あまり親しくない相手とは、うまく話せなくて、すぐに自分から会話を切り上げる。そうでなければ、黙り込んで、気詰まりな時間ばかりが過ぎる。好きなものの話をしようとしても、相手がちょっと食いつきが悪いとわかると、すぐに引っ込めてしまう。趣味のよほど合う相手でなければ、話がかみ合わない。
 つまりは、話をするのが下手なのだと思う。

「……ほんとに、歩さんは、飽きたりしない?」
「するわけないよ。凛さん、見てて面白いから」
「え?」

 びっくりするようなことをいわれ、きょとん、と、凛は歩の顔を見つめて立ち尽くしてしまう。半歩先で足を止めた歩は、ゆるやかにほほえみながら、右手で自分の横を指さす。

「どうしたの? ここがいい?」

 はたと振り返れば、パスタ屋の真っ赤な看板が目に入ってきた。店の前に並べられたサンプルは、どれも猛烈なドカ盛りで、横にはパスタのグラム数がこれ見よがしに表示されている。どうやら、量がご自慢の店らしい。

「いや、これは無理ムリ」
「そう? 大食い自慢だったらつき合ってもよかったけど」
「やめてやめて、本気で無理だから」

 ぶんぶん首を振って否定する凛。冷や汗が背筋からにじみ出る。むしろふつうのファーストフードやファミレスのパスタだって食べきれないのだ。
 彼女の反応を見て、歩はかるくそっぽを向いて、吹き出した。

「やっぱ凛さん、面白い」
「うー……」
「ここじゃないなら、どっか好きなとこある?」

 歩はそういって、目配せする。しかし、いきなりいわれても、とっさに思いつかない。路上に並ぶ派手な店構えは、どれも彼女を威圧してくるみたいに思え、後込みしてしまう。
 困惑して視線を巡らせていた凛は、ふと、さきほどのパスタ屋と隣のファーストフードの間に、小さな目立たない看板が出ているのを見いだした。看板の矢印をたどると、実はそこには狭い路地があって、奥には地味で古めかしい家々が立ち並ぶ。

 そのうちの一軒が、どうやら、ちょっとしたカフェをやっているらしかった。

「……ん」

 凛の視線を追って、歩もそこに気づいたようだった。とたん、彼女はにんまり笑う。

「いいじゃん、ちょっと行ってみない?」
「え、でも」

 海のものとも山のものともつかない、路地裏だ。そんな場所に歩を誘うのは、気が引けた。失敗したら目も当てられない。
 凛の遠慮など知らん顔で、歩は彼女の背中をぐいぐい押す。

「だいじょぶだって。凛さんが見つけたんだもん、外れじゃないよ」
「そんな」
「私、凛さんの勘、信じてるから」

 あっさりと、平然と、歩はそんなことを言い切る。

 自分を信じるに足る理由なんて、凛には思いつかない。
 いいたいこともうまくいえないし、わがままだし、そのくせすぐに自信をなくして落ち込むし、デタラメなことばかりだ。
 どうしたいかなんて、自分でも、よくわからない。

 なのに、歩は、そんな凛の感情をわかっているという。
 それを信じているという。

 歩は、いつも、凛の理解を越えている。

「心、ひかれたんでしょ? 行ってみたい、って、思ったんでしょ?」
「……うん」

 だから、想像の外からやってくる歩の言葉に、凛はうなずくしかない。

「それは好きってことだよ」

 そして歩の言葉は、凛の知らなかった凛を教えてくれる。

 彼女の右手が、また、凛の頭をくしゃっともてあそぶ。それは不安で、心がざわざわして、だけど、とっても心地よくて、離れがたい。

 狭くて暗い道の奥に、ふたりで踏み込んでいく。足下を、さっと冷えた風が吹く。落ち着かないけど、怖くない。歩の手のひらを、後ろに感じているから。
 この気持ちの正体だけは、ずっと前から、知っている。
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