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一日一輪 ~女子校の日々はときめきに満ちている~ 作者:扇智史
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第144話「したいようにしてたって、悪くいう人はいないよ」

「別のとこにしない? なんか、ほかの子に見られてそう」

 同じ言葉で3度、西園寺(さいおんじ)るなの提案を断ってしまったことに気づいた。新城(あらしろ)芙美(ふみ)はうなだれるようにして、斜め下からるなの顔をのぞき込む。彼女は、怒っているよりは、むしろ困ったような顔つきで、あごの先をかるく指で引っかいていた。
 るなが、芙美の顔を見下ろす。

「その調子だと、どこも行くとこなくなるよ」
「……わかってるけど」
「隠れ家みたいなとこがいいなら、そりゃ探すし、見つかると思うけど。そんならそれで、あらかじめ準備しとかないとだし」

 制服姿のふたりは、いつもの学院からの帰り道をいくぶん東に外れた、細長い通りを歩いている。工事中の通りを迂回して入り込んだ区画は、家も道路も、標識さえもどことなくよそよそしい。そのわりに、同じ制服の生徒たちの姿は、周囲からひどく浮き上がって見えた。
 小綺麗な看板を出したちいさなカフェの前を通り過ぎて、ふたりは、細い街路をのろのろと進んでいく。

「てか、さ。そんなに気にすることなくない?」

 首をひねりながら、るながいう。彼女は周囲の視線など気にならないか、意識しながらあえて無視できるほど心が強いのだ。だから、芙美といっしょに放課後の時間を過ごすこの状況も、誰はばかることなく過ごしていられる。
 けれど、芙美はそうじゃない。

 彼女にとって、るなとの関係はこれまでになく特別なもので、だからずっと大事にしておきたかった。周囲からの視線にさらされて、その関係に苦しさや後ろめたさが増すようなことは、できるだけ避けたい。
 けれど、るなに対して過剰に遠慮するのも、また違う。

「……うん」

 あいまいに芙美がうなずくと、るなは、眉をひそめた。こちらの内心を推し量って、まだ、芙美の心が整理できていないのを察しているのだろう。芙美のわがままを、るなは寛大に受け止めてくれる。
 その上で、きっちりといいたいことをいうのが、るなの素敵で、ちょっと鬱陶しいところだ。

「ごめん」

 芙美が目をそらしてつぶやくと、るなはすこし呆れたような息をつく。

「謝ることじゃないって」
「でも……」

 いいかけた芙美の視界の片隅に、ちいさなかき氷屋が目に入った。古びた商店の軒先を借りた、という雰囲気の、安普請そうな店だが、店頭を飾る写真を彩っている様々な色のシロップは、芙美の目をぐっと引きつけた。
 芙美がそちらを指さすと、るなも嬉しそうにうなずいた。夕方とはいえ、まだ気温は高いし空気は湿っぽい。かき氷にはぴったりの時間帯だ。

 メロン味のシロップをたっぷりかけてもらって、芙美は店頭のベンチに腰を下ろす。スプーンで氷をすくって思い切りかき込むと、頭からおなかの先まで、キーンとした冷気が貫いていく。目を閉じて、頬をふるわせ、わずかに顔を上向かせて、夏の味覚を堪能する。

「ん~っ」
「芙美さんって、いっぺんスイッチ入ると激しいよね」

 るなが苦笑しながら、なんだかよくわからない七色のシロップの先っぽを、ちょっとすくって口に入れる。味については何もコメントがない。訊かない方が良さそうだった。

 頭にしみる冷気に目を細めながら、芙美は街並みを眺める。夏の終わりの夕暮れは、しかしまだ日没には遠い。西から差し込む強い日射しを、白く清潔な家々が反射している。ベランダの物干し棹が、ちかちかと点滅するように光る。
 まぶしくて、芙美はすこし顔を伏せた。るなに横目を向けると、彼女はちょっとずつかき氷をすくい取って、ちいさな口を満たしている。

「……るなさん、さ」

 芙美がいうと、るなが目線だけをこちらに向けてきた。安っぽいプラスチックのスプーンが、唇の端からにょきっと飛び出して、間抜けな顔になる。

「私といっしょにいて、楽しい?」
「もちろん」

 るなは即答した。

「何、まためんどくさいこと考えてたの?」
「めんどくさいとか……」

 反論しかけて、芙美は首を振る。面倒なことばかりいっているのは事実だ。むやみに自意識を肥大化させて、それにるなを巻き込んで、いろいろ迷惑をかけている気がする。
 口ごもった芙美の頭の後ろ側を、るなが、そっとなでる。手触りがあたたかくて、彼女の力加減はいつだって芙美を気遣う柔らかさで、だからそうされるとほっとしてしまう。
 優しくされすぎるから、きっと、甘えてしまう。

「まあ、人目を気にしすぎ、とは思うけどね」
「……だって。どんな顔して学校で会えばいいか、まだよくわかんないよ」

 休みの間は、人目なんて気にせずに、ずっとるなのそばにいて安心していられた。
 でも、学校が始まって、ほかの生徒たちの目が自然とふたりを見るようになって、急に芙美は怖くなった。たいせつに保存しておいたものが、空気にさらされて、劣化してしまうように思えた。
 人に見られることで、自分が変わってしまう。そんな気がした。

「大丈夫だよ」

 るなはおおどかに、堂々と、るなの頭をなで続ける。

「したいようにしてたって、悪くいう人はいないよ。もしいたとしたら、逆に、そいつが悪いんだから。人のこととか、間柄を勝手に決めつけようとする奴のほうが」
「でも」
「芙美さんは、好き嫌いも、人生も、ぜんぶ人に決めてもらうつもり?」

 つぶやくるなの、寂しげな声に、咄嗟に芙美は首を横に振った。こつん、と、彼女の手首が頭とぶつかる。

「ご、ごめん」
「痛くないよ、このくらい」

 謝る芙美に笑い返するなは、ひらひらと手を振って、かき氷に差し込んだスプーンを手に取る。
 かき氷を思い切り口に入れたるなは、ちょっと顔をしかめた。きっちりと精密にメイクされた顔が、一瞬、おどけたようにゆがんだ。

「……ありがとね」

 ぽつりと芙美は、つぶやいた。
 芙美の前で、いつも強くて自由であろうとしてくれる、るなのことが、いっそう愛おしく思えた。彼女だって、決して常に強靱ではないし、束縛されることだってたくさんあるのを知っている。それを承知で、なおもるなは弱音も吐かず、芙美のそばにいてくれる。

 その関係が心地よくて、すこし後ろめたくて、それがよけいに、甘美だった。

「るなさん」
「ん?」

 スプーンをくわえたまま首をかしげるるなに、芙美は、勇気を出して、告げた。

「……それ、ひとくち、ちょうだい」

 せめて、勇気のひとかけらでも。
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