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一日一輪 ~女子校の日々はときめきに満ちている~ 作者:扇智史
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第135話「いっしょに罪を犯したら、私たちどうしようかしら」

 翠林女学院から駅まで向かう広い道の途中で、改修工事が始まっていた。地面を打ち付ける機械から間断なく轟く耳障りな音と、熱されたアスファルトの鼻につくにおいが、工事現場の周辺に漂って、下校する生徒たちの眉をひそめさせる。
 工事中の道路の周辺には、人をひれ伏させるような緊張感がある。公の目的のもとに、問答無用に始まって、否応なしに人々の行動を制限しながら、いっさい臆するところはない。現場に建てられた看板や、お辞儀する作業員のピクトグラムも、その様式性にむしろ、威圧感を感じることがある。

 その緊張感に、(なつめ)沙智(さち)は、疲れたため息をつく。

「苦手なのよね、私、こういうの」
「通学路、変えれば?」

 小田切(おだぎり)(あい)の提案は、安易だが効果的だ。とはいえ、沙智はそれも気が進まない。

「慣れた道を変えるのも、あんまり落ち着かないよ。いちいち意識しなくちゃならないし。もしもうっかりいつもの道を通っちゃったら、それだけでへこみそう」
「繊細なのねえ」
「愛さんみたく図太くないの」
「……あれ、私、そんなイメージ?」
「あんまり物事には動じないよね。だいたい……」

 つきあい始めたときだって、と、口にしそうになって、沙智はちょっと目をそらす。告白は成就しているわけだし、幸福な記憶には違いないのだが、思い出すのはいささか恥ずかしい。度が過ぎる幸せとはそんなものかもしれない。
 愛はきょとんとして、沙智の顔をのぞき込んでくる。その丸っこくて純粋な視線を向けられると、いっそう、沙智は思い出を呼び起こされて赤面してしまう。頭の中で、ちいさな炎が上がっているみたいに、思考の温度が上昇していく。

「……だいたい、気づいた? 今朝のクラスの空気」

 ごまかそうとして、口を開いた。しかし愛は視線をそむけないまま、前のめりの姿勢で歩きながら沙智を見つめ続ける。

「ん? 新学期でみんなテンション上がってたね。やけに仲良くなってるとこあったけど、あれ、つきあい始めたのかな?」

 愛はあっさりという。なんだか、薮蛇だったかもしれない、と思いながら、沙智はかすかにうなずいた。

「休みの間に、何かしらあったんだろうね」
「誰と誰がつきあってると思う? 私はねえ」
「大声でそういうのいわないの」

 沙智がたしなめると、愛はちょこんと首をかしげて、頭を引いた。
 ふたり並んで狭くなった道路を歩く。工事の大音響は遠くなったが、震動はまだ沙智の胸のあたりをふるわせているように感じられ、何か落ち着かない。平らなはずの道路さえ、波打っているように思えた。

「じゃあ、賭けをしよう」

 ふいに、愛が口を開いた。

「カップルの名前を予想して、メールに書いて送るの。私と沙智さんで、予想がぴったり合ってたら勝ち」
「勝ったらどうなるの? だいたいどっちが勝ちなのよ」
「決めてない」
「じゃあ賭けにならないじゃない」

 呆れてしまうが、まあ、発想は嫌いではない。沙智自身も、気になっていたのだ。
 端で見ていて、誰と誰が前より親しくなっているかは、なんとなく察しがつく。そういう組み合わせは、ふつうに喋っているときも、以前より距離が近くなっていたりする。逆に、意識して距離を置こうとするカップルもいるけれど、その不自然さがむしろ際だって見える。
 本人に訊かなければ、確かなことはわからない。それは前提としても、人間観察してそういう予想をするのは、密かな楽しみとしては、悪くないように思えた。

 沙智が考え事をしながら歩を進めていると、メールが届いた。見れば、愛からだ。いつのまにか足を止めていた彼女は、数メートル後ろからこちらに手を振っている。

「送った! あ、でも絶対開かないでね。駅に着くまでのお楽しみにしようよ」
「はいはい。こっちからも送るから」

 立ち止まり、送信用のメールを開いて、沙智は自分の予想を書き送った。愛は自分のスマホを見つめ、にんまりと笑ったかと思うと、やけにうきうきした足取りでこちらに駆け寄ってくる。

「なんか、こういうの楽しいね。一瞬だけだけど、共犯者みたい」
「そうね」
「いっしょに罪を犯したら、私たちどうしようかしら」
「最初っから巻き込む前提でいるのやめてよ」
「えー、手伝ってくれないの? 組んでやろうよ、銀行強盗とか」
「大きく出たわね……」
「でもそういうのって、やっぱ強盗じゃない? おそろの覆面つけてさ」

 愛のいうこともわからなくはない。映画やなんかでも、大金を銀行から奪って逃げる銀行強盗には、独特の爽快感がある。殺人の取り返しのつかなさや、窃盗や性犯罪の生々しさとは違う、奇妙な高揚感。大金を奪って巨大な車で逃走する、という見栄えの良さのおかげかもしれない。
 ただ、どのみち犯罪は犯罪だ。

「やるなら、もっとおとなしいことにしようよ。罪にならない奴」
「罪にならないとスリルもないから、つまらないけど」
「スリルが欲しいならジェットコースターとか」
「違うなあ、もっとこう、どきどきする奴……やっぱ、秘密が欲しいよね。ばれたらどうしようもない奴」

 そういって、愛はこちらを見て、にこにこ笑うのだ。

「わたしたちの関係、スリルかな? 秘密かな?」
「……別にどっちでもないでしょ。誰かに話した?」
「ううん、訊かれないし」

 沙智も特に隠しているわけではないし、隠す理由もない。翠林の生徒同士がつきあうのは、さほど珍しいケースでもないし、格別注目されたりもしない。美女同士ならともかく、愛と沙智はどちらかといえば平凡なほうだ。
 こうして、並んで道を歩いていても、翠林生であるという以上に目立ったりはしない。

 そんなふたりでも、ささやかな隠し事を抱え込んで、胸をときめかせて、そっと目配せしてほほえみあったりする。

 交差点をわたると、工事中の道路の音はすっかり消えていた。国道の向こう、低い建物ばかりの並ぶ宅地の先に駅ビルの陰がうっすら見える。ホームルームも早く終わったこの放課後、ふたりで遊ぶ約束をしたのは、始業式の日よりもずっと前だった。
 その約束を違えることなく、ふたりでともにいられるのが、なんだかすごくうれしい。

 沙智はふと、すぐそばにあった愛の手を握る。クロスさせるように、ぎゅっと手首を絡めて、互いの手のひらにいちばんぴったり触れられるようにするのが、自然だった。
 愛の手のひらは、いつも通り、やわらかくて、沙智を安心させてくれる。

「うちのクラスの誰かさんたちも、こんなふうに、手を握ってるのかね」

 いたずらっぽく、沙智がいうと、愛は横目でこちらを見つめた。

「沙智さんより、愛情強く握れる子は、そんなにいないと思う」
「……そうかな」
「絶対」
「それは、相手が愛さんだからでしょ」

 言い合うと、お互い、なんだか押し黙ってしまう。初々しいなあ、と、沙智は我ながら恥ずかしくなる。久しぶりに制服で会ったせいで、すこし、距離感がおかしいのかもしれない。
 でも、その恥じらいこそ、この関係の醍醐味であるような気もする。

 ちいさな謎を互いの手に抱え込んだまま、ふたりは駅までの道を歩く。その歩幅は、すこし、名残を惜しむみたいにゆっくりとしていた。
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