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一日一輪 ~女子校の日々はときめきに満ちている~ 作者:扇智史
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第133話「夏休み終わるのに、なんか、学校行くのめんどくさくない感じ」

『今日何月何日?』

 画面に流れてきたメッセージを見て、西園寺(さいおんじ)るなは眉をひそめた。こうして文字で並べてみると、なんとなく似たような形が続いて読みにくい。
 こんな間抜けな質問をしてきたのは、新城(あらしろ)芙美(ふみ)だった。表示されているのは、最近作ったばかりの、彼女とふたりしかメンバーのいないグループ。
 芙美は何をやっているのか、と首をひねりつつ、正しい日付を教えた。

『ありがとー』

 素直なお礼がスタンプとともに返ってきて、ますます首をひねる。

『何の冗談? タイムトラベラーごっこ?』

 22世紀あたりからワープしてきた未来人がインターネットの掲示板で未来の出来事を書き込む、みたいな話をどこかで見たことがある。芙美もひょっとしてそれに影響を受けたのか、と思ったのだが。

『意味不』

 身も蓋もない返しをされた。ちょっとむっとして、るなはさらに問いつめる。

『んじゃ何よさっきの』
『いや、あれはほんとに今日がいつだかわかんなくなった』
『スマホで見りゃいいじゃん』

 1分ほどの沈黙があって、返ってきた芙美のメッセージは、ひとこと。

『私バカだ』
『知ってた』

『なんか、学校行く夢見て。それで目覚めて、新学期みたいな気分になってた』

 くすくす笑いながら、るなは芙美のメッセージを読む。よほど寝ぼけていたのだろう、そうでなければあんな頓珍漢な質問は出てこない。
 寝起きで混乱して、とるものもとりあえず、スマホに書き込みする芙美の姿を想像して、るなはちょっと楽しい。こちらも起きたばかりでいまひとつ頭が冴えていなかったけれど、芙美のおかげでだいぶ目が覚めた。

 ベッドの上で居住まいを正し、両手でスマホを手にして、上から降る電灯の光を頭で遮りながら、るなは画面を見据える。

『そんなに学校行きたい?』
『わからん。学校の夢なんて見るの初めて』
『自分の夢、覚えてるほう?』
『私ヘンな夢ばっか見るんだよ。空飛んだり、吊されたり、地面がマシュマロだったりするの』

 それはたいへん甘ったるそうな世界だ。においまで想像して、るなは思わず二の腕で口を押さえてしまう。

『一度分析してもらった方がいいんじゃない?』
『なんか胡散臭い、ああいうの』
『学校の夢も、なんか意味あるのかもしんないよ』

 るなの軽薄なコメントに、芙美は考える人のスタンプで返してくる。どこまで本気なのか、画像越しにはつかめない。自分の手と機械の熱で温まってきたスマホの手触りに、るなは、芙美の体温をイメージする。
 いつか、きつく抱きしめた彼女の体は、むしろすこし冷えていたような気がした。あのときは、ひょっとしたら、自分の体温のほうが高かったのかもしれない。

『でもやだ、夢でまで学校行くの』
『学校そんなに嫌い?』

『微妙』

 微妙、という答えはそれ自体が微妙だ。好き嫌いどちらとも取れるような気がするし、バランスがどちらに傾いているかによって、意味がだいぶ変わってくる。
 返答に迷っているうちに、立て続けに、芙美のメッセージがきた。

『宿題たまってるし、授業はだいたい好きじゃない』

『みんなと会うのも、別に、教室じゃなくていいし』

『でも、いまはちょっと楽しみかも』

 自然、るなの顔がほころんだ。

『よかったじゃん』

『何でだろ。夏休み終わるのに、なんか、学校行くのめんどくさくない感じ』
『真面目になった?』
『違うし。まだ宿題終わってねえし』

 そういわれて、るなのほうも、片づいてない課題が山積しているのを思い出してげんなりする。せっかくだから、今日は、芙美を誘って勉強会にでもした方がいいかもしれない。ふたりだと進みそうにないので、真鈴あたりも呼んで教えてもらうとか。

『るなさん以外とは、たいして仲良くなったわけでもないのに、ヘンな感じ』
『そゆもんだよ』
『何が』
『誰かひとりと仲良くなると、他の人へも見る目変わる』

 友達の友達、が友達に変わる。しらない人、がクラスメートになり、友達になり、その人と仲のいい誰かが、自分の友達になる。人間同士のつながりは、ときおりそんなふうに新しい方向に腕を伸ばして、ダイナミックに変貌していく。
 それとともに、景色もどんどん変わっていくのだ。ビーカーに薬品を垂らすと、いっぺんに色が変わるみたいに。

 芙美の返信はない。そのすこしの間に、るなはぼんやりと、まだカーテンも開けていない薄暗い部屋を見回す。芙美とつきあい始めて、まだ日は浅いから、まだ何かが変わったというわけではない。
 芙美はそもそも、自分の好きなものを表明することに慣れていないと思う。だからいつも、るなの好みにつきあわせてばかりで、あまり彼女の本音を聞けていない。いやがられてはいない、と思うけれど、自信はなかった。

 そのうち、芙美の好きなものの話も、ちゃんと聞いてあげたい、と思う。
 そうして訪れる新しい出会いが、るなの部屋や、るなの服や、るなのアクセや、るなの心を大きく変えてしまうかと思うと、なんだか、わくわくする。

 可能性があるだけで、世界は明るくなる。

 るなはカーテンを開けて、外を眺めた。昨日の雨のにおいが、まだ空気の合間を漂っているのが、屋内からでもわかる気がした。

『どうしよ』

 ぽつり、芙美のことばが飛んでくる。

『楽しくて、ベッドでぐるぐるしちゃった』
『犬かよ』

 転げ回る犬のスタンプをいっしょにつけて送ると、ふくれっ面のスタンプが返ってきた。ディスプレイを介した無邪気なじゃれ合いが楽しくて、るなはまたくすくすと笑う。

『朝ご飯食べたらそっち行くわ。宿題いっしょに片づけよ』
『ふたりだけ?』
『誰か適当に呼ぶ。でないと勉強になんないでしょ』

 そう告げると、芙美は照れ顔のスタンプを送り返してきた。意味がわからない。いや、わかるけど、わからないってことにしておきたい。

『バーカ』

 ちゃんと文字にして言い返すのは、たぶん、気持ちをちょっとごまかしている証だ。スマホから手を離し、ほっぺたに触れる。やっぱり、すこし体温が上がっているみたいだった。
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