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一日一輪 ~女子校の日々はときめきに満ちている~ 作者:扇智史
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第128話「贈ったほうは自慢げでも、受け取った側は困るでしょう?」

 2週間前とたいして変わらない顔で、近衛(このえ)薫子(かおるこ)内藤(ないとう)叶音(かのん)の前に現れた。そのことに、叶音は、何かひどく胸がざわついた。なんだか、彼女の2週間ぶんの物思いが、あっけなく無にされたような思いだった。
 叶音の思いなど知るよしもなく、玄関先でにこやかに笑う薫子は、北欧と北陸の土産を一緒くたに彼女に差し出した。

「おすすめは実家のほう。海外のお土産って、日本人の味覚に合うかどうかはギャンブルね」
「ありがと。……もっとネタっぽいものが来るかと思ってた。ほら、何かあるじゃん? 缶詰」
「ああ、シュールストレミング?」

 薫子の声音はなんだか、素人の思いつきのアイディアを鼻で笑うプロ、という風情だった。

「あの手の冗談は、結局自己満足だもの。贈ったほうは自慢げでも、受け取った側は困るでしょう?」
「まあ、そうかもね」

 実のところ、シュールストレミングの中身が何なのかさえ知らないが、とにかくすごいにおいの缶詰だということだけは知っている。薫子からもらったところで、扱いかねるだけだろう。
 一瞬だけのネタよりも、素直に満足できる品を選択する。それが、薫子らしい品格というものかもしれなかった。

「上がっていってもいいかしら?」
「もちろん。土産話、たくさん聞かせてよ」

 叶音はふたつ返事でうなずいて、ふと眉をひそめた。彼女の部屋には、夏休みの課題が乱雑に広げられている。この時期、たいていの高校生は似たようなものだろうが、それを薫子に見せるのはちょっと憚られる。

「ちょっと待っててくれる? 部屋、片付けないと」
「大丈夫よ。どうせ課題の真っ最中でしょう? 気にしないわ、そんなの」
「……わかっててわざわざ来たの?」
「邪魔なら帰るけれど」
「そーじゃないって、ごめんて」

 両手をぱたぱたさせ、叶音は薫子を招き入れた。きびすを返しかけていた薫子は、うれしそうに目じりをゆるめて、行儀良く靴を脱いで框に上がった。

 階段を上り、ドアを開け、机からはみ出したノートと床に散らばった教科書類を見やって、薫子はちょっと困ったように眉尻を寄せていた。叶音は、いたたまれないような気分で肩を縮める。

「だからいったのに」
「……いささか驚いただけよ。私だって、油断しているときは、このくらい散らかるもの」

 そういいながら、薫子は叶音より先に部屋に入って、床の上の教科書と筆記用具を片付け始めた。あわてて、叶音もそれを手伝う。教科書類をいっぺんにまとめ、シャーペンと消しゴムをペンケースに入れ、机の上に持っていく。
 と、薫子が、机の上の絵はがきに目を留めた。

「あら、ちゃんと届いたのね」
「そりゃ届くっしょ」
「エアメールだから不安だったのよね。何にせよ、距離が遠くなればなるほど、ことばは届きにくくなってあたりまえでしょう?」

 薫子はそういいながら、自分で書いた北欧の絵はがきを手にとって、ためつすがめつする。その横顔を見て、叶音はちょっと笑う。
 日当たりの弱い国を旅してきたせいで、白い肌には日焼けの痕も見えない。実家でおいしいものでもたらふく食べてきたのか、いくぶん顔立ちがふっくらしたようにも見える。そして、彼女の目は、どこかきょとんとしたように見開いている。

「……なんか、似てきてない? そいつに」

 向こうの国の有名なキャラクターが描かれた絵はがきに目配せして、からかうようにいう。薫子は、ピンとこない様子で首をかしげていたけれど、すぐに察して、不愉快そうに頬をふくらませた。

「失敬ね、こんなとぼけた顔してないわよ」
「ほら、それ」
「え、そう?」

 目を丸くすると、ますますカバっぽい。

「いやいや、似てる似てる。ごめ、ちょっとやばい。何それ、え、ひょっとして自画像?」

 薫子がわざとやっているみたいに思えて、叶音は胸を押さえ、背中をひくつかせて笑う。その様子を見て、薫子は怒るより、むしろぽかんとしていた。どうやら自覚はなさそうだ。
 そんな薫子の様子がいっそう笑いの発作を助長して、叶音はしばらく笑い続けた。

「ちょ、ごめ、面白」

「……何かの冗談なの?」

 首をひねって、薫子がつぶやく。叶音はその醒めた声を聞いて、ようやく落ち着きを取り戻した。笑い顔のまま、思い切り深呼吸。

「ひー……ごめんごめん、何かツボに入っちゃった」
「どうしたのよ、叶音さん。あなた、そんな性格だったかしら?」

 ぱたぱた、と、絵はがきをうちわみたいに振りながら、薫子はいぶかしげに首をひねった。旅立ちの前より伸びた髪が、肩の辺りでさらさらと揺れる。旅行のあいだも、実家での日々も、彼女はすこしも身だしなみに気を抜いていないのがわかった。
 そんな薫子の、気の抜けた面差しが、なんだかとても懐かしかった。

「……会いたかったよ、かおさん」

 笑いの直後に、ふと、感情が逆方向に揺さぶられた。
 一瞬、弱くなった心から、気持ちが滑り落ちた。

「何、いまさら」

 薫子はまばたきして、叶音のなかば伏せた顔を見つめる。いつもの持ち物が、知らないうちに別の誰かのものと入れ替わっていた、というような、いぶかしげな顔。

「だって」

 仕方がないのだ。2週間という時間は、長すぎる。
 薫子の知らないうちに、叶音の心は激しく揺さぶられた。
 元の形を保っていないのは、こっちのほうかもしれなかった。

「……いろいろあったんよ。ねえ、かおさん」
「何?」
「話、聞いてくれる?」

 これでは、あべこべだ、と思った。ほんとうなら、薫子の話を聞くはずで、向こうだってそのつもりで来ているはずだ。
 でも、きっと薫子は、叶音の頼みを断ったりしないだろう、と思っていた。弱っている相手を突っぱねるような子ではないし、我慢だって得意な子だ。
 それに甘えて、叶音は弱り顔をする。

 ほんとうに会いたかったはずなのに、その考えはひどく打算的で、気持ちを汚してしまうようだった。

 机の上の絵はがきに、ちらり、目をやる。
 遠くにいるあいだは、あんなに素直に、会いたかったのに。

「……ちょっと、落ち着いて、叶音さん」

 問いただすより、慰めるより先に、薫子は叶音の肩に手をかけ、その場に座らせた。その取り澄ました、けれど適切な態度が、叶音の胸に染みてきて、切なくなる。
 横座りして、膝に載せた手に力をこめて、叶音はすこし、泣きそうだった。

「話なら、いくらでも聞くから。私の話なんて後でもいいから」
「……ごめん」

 背中にかけられた薫子の手のあたたかさに、耐えかねたように叶音は、うつむいた。きっとこれから、自分は泣くだろうな、と思った。
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