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一日一輪 ~女子校の日々はときめきに満ちている~ 作者:扇智史
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第117話「会うならいまからでもいいよ」

昨日の116話を踏まえて。
 何も考えられないまま、1日ずっと過ごして、お風呂に入って、ベッドに入る時間が近づいている。
 けれど、ベッドに腰を下ろしてぼんやりと手元のスマートフォンを見つめたまま、新城(あらしろ)芙美(ふみ)は横になるのがもったいない心地で、まんじりともしない。

「……はあ」

 吐息をつき、肩を落とす。濡れ髪が耳からひと筋こぼれて、芙美の視界の隅にこぼれ落ち、頬に触れる。胸に押し出されてふくらんだパジャマに髪がかすめて、芙美は、体の奥の熱を意識する。

 西園寺(さいおんじ)るなの声が、ずっと頭の中を回っている。

 芙美の体に向けた視線を詫びるような、彼女の言葉には、教室でときおり交わされるような冗談の気配はなかった。祭りの熱に浮かされるような、しかし、決して浮ついてなんていないあざやかな声は、芙美の奥底におそろしい重量を持って飛び込んできたのだった。
 その重みが、いつまでも響き続けて、芙美の皮膚を内側からはち切れさせそうになっていた。

「……うう」

 芙美は頭も勘もよくない。学校の成績こそ悪くないが、テスト前に必死に勉強してどうにか形にしているだけだ。人の言葉を聞くのに一生懸命で、まともに受け止めればいいのか、裏の意味をじっくり考えればいいのか、そういう空気を読むのはちっとも得意じゃない。
 だから、るなの言葉を、どう受け止めればいいのかわからないでいる。そのまま受け入れるには重すぎるし、深読みするには複雑すぎる。

「だって……」

 体のこと、容姿のことをそういうふうに意識させられる機会は、いままでなかった。自分にそういう意識が向けられるのだ、ということさえ、あまり考えてこなかった。女子校育ちの環境が、彼女の感性を育んでこなかったのかもしれない。

 だから、いまさらになって、途惑わされてしまう。

 スマートフォンを握る手に、力がこもる。ぴし、と、筐体がかすかに曲がるような音がした。

 画面には、ずっとSNSの画面が表示されている。知人たちの他愛ないメッセージが流れて、ふわふわとしたコミュニケーションが際限なく続いていく。けれど、そこには芙美に必要なメッセージはひとつも現れない。
 あらゆるコミュニケーションが、人前に流れてくるわけではない。
 だからこそ逆に、大切にしたい言葉は、個人から個人に受け渡される。

 るながあのとき発した、声も、表情も、瞳の色も、それくらいの意味があった。

 あれから、芙美はすっかり舞い上がって、混乱して、ほとんど何も覚えていない。せっかくのお祭りで、るなとふたりで、すごく楽しめると思ったのに。
 綿あめの味も、跳ねる金魚の水しぶきも、夜空を輝かせた花火の色も、ほとんど記憶にない。
 ただ、最後に別れるとき、るなが、”ごめん”と謝った声だけは、やけに耳に響いた。

 芙美のせいで、るなを悲しませてしまったかもしれない。
 そう思うと、こちらから彼女に連絡を取ることもできないでいる。

 もしもできることなら、るなの家まで駆けていって、彼女に会いたい。
 だけど、それと同時に、彼女の顔を見るなんて恐くてできない、という思いもある。
 そのふたつを両天秤にかけて、心がどちらにもかたむかないまま1日が過ぎた。きっともう、るなに会いになんて行けない。

 うなだれた瞬間、ぽん、と、スマホの画面にメッセージが浮き上がった。

『起きてる?』

 るなだった。

『起きてるよ』
『起こしちゃった?』
『ううん。眠れなくてぼんやりしてたとこ』

 るながどんな顔をしてメッセージを打っているのか知りたかった。いつものように、自信たっぷりで、落ち着いた手つきでタッチパネルに触れているのか。
 それとも、昨夜のあのときのように、不安に震えているのか。

 何度も誤字を訂正して、タッチミスを修正して、必死にメッセージを打つ西園寺るなの姿は、まるで想像できない。
 彼女の想像にないからこそ、知りたかった。

『あのさ』

 ぽつりと、それだけがメッセージとして流れてきた。すぐに続きが来ると思っていたのに、なかなか画面は更新されない。
 芙美は困惑し、焦り、何かこちらから働きかけたほうがいいか、と思いながら、タイミングを逃したような気分で画面に触れられない。行き場を失った親指が、左右にふらふらと揺れている。

『何か喋って』

 いきなり理不尽なメッセージが飛んできて、思わず芙美はスマートフォンを取り落とした。がつん、と耳障りな音。

「わ!」

 慌てふためいて芙美はスマートフォンを拾い上げる。画面に傷がついていないか不安で、指先でごしごしとタッチパネルを左右に拭く。その拍子に、メッセージが送信されてしまう。

『あsgf』

『意味不明な言葉を喋れとはいってないんだけど』

 おそろしく素早いるなの返答に、芙美は噴き出してしまった。

『ごめん。スマホ落とした』
『気をつけて』
『うん』

 感謝する女の子のスタンプをつけてレスを返しながら、芙美は、すこし肩の力が抜けたのを感じる。
 すごい速さで長文の突っ込みを入れるるなも、ひとこと告げるのに数分迷い続けるるなも、おなじ西園寺るなだ。芙美の知っている、西園寺るなだ。
 そのことが、芙美を安心させた。

『明日、用事ある?』

 先ほどまでの躊躇いが嘘のように、るなを誘う決意ができた。自分のなかに眠っていた勇気が、いくぶん誇らしく思えた。
 明日、会って、きちんとるなと話をしたかった。
 彼女と腹を割った触れ合いができなくてもいい。たとえ、表層的で他愛ない会話に終始したってかまわない。
 それでも、彼女に会って、この夏の彼女をきちんと覚えておきたかった。

 けれど。

『会うならいまからでもいいよ』

 るなは、芙美の覚悟なんて軽々飛び越えてきた。

「えっ」

 思わず声が出た。いまの自分は、それこそ鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているに違いなかった。
 数秒呼吸し、正気を保ち、パジャマの胸をそっと撫で下ろし、ようやく彼女はタッチパネルに触れる。

『こんな夜中に?』
『私は平気』

 それは、あまりに甘ったるくて、冷え冷えとして、胸を締めつける誘惑だった。
 もう日付が変わりそうな時間。これから外出なんて、親が許すはずがない。人目を盗んで家を抜け出し、るなの待つ場所まで駆けて、会いに行く。
 そんな、ドラマみたいな瞬間が自分に訪れるだなんて、思いもしなかった。

 だけど、それは、思ってしまえば、もう一秒だって我慢できない。

『会いたい』

 ほとんど無意識に、そう打ちこんだ。
 後には引けない。芙美の胸のうちは、お祭りの夜よりもずっと高揚している。心臓がばくばくと跳ねる。
 その鼓動に、はじき飛ばされるようにして、芙美は立ち上がっていた。
明日予定の118話は直接続きます。日付をまたぐことでエピソードを2日に分けるやり方です。
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