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一日一輪 ~女子校の日々はときめきに満ちている~ 作者:扇智史
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第113話「それっていってみたら、ふだん着だよね」

「そういえば青衣さん、今年も夏祭り、それで行くの?」

 いつも通りに普段着のゴスロリ服をまとった光原(みつはら)青衣(あおい)に、小田切(おだぎり)(あい)は訊ねた。
 一瞬、青衣は言葉の意味がわからない様子だったが、ちらりと自分の格好を見下ろし、わずかにスカートをたくし上げ、あらためて首をかしげた。

「おかしいかな?」
「自分がいいなら、かまわないとは思うけれど」

 彼女たちは、ひとけのない公園の木陰のベンチに並んで腰を下ろし、ソフトクリームを食べている。
 住宅街からも市街地からもちょっと離れて、錆び付いて動かない動物の乗り物しかない公園は、夏の白昼でさえいくぶん不穏な気配が漂っていて、子どもも老人も寄りつかない。静寂に満ちた、都市のエアポケットのようなその木陰は、愛と青衣にとっては憩いの場となっていた。
 とはいえ、実のところ、ここに人が寄りつかないのは青衣のせいかもしれない、と愛は思っている。薄暗い木陰で見ると、彼女のたたずまいは、いささか幽霊めいて見えるからだ。

 愛と青衣の家はわりと近く、子どものころから互いの顔は見知っていた。青衣がゴスロリを着始めたのは中等部のころからだった、と愛は認識しているが、その当時から、他の私服を見た覚えがない。
 それは、毎年恒例の夏祭りでもおなじだった。

 コーンから垂れるソフトクリームの端っこをちょっと舐めて、愛は青衣に横目を向ける。

「でも、お祭りって、けっこう服が汚れない?」
「馴れてるから平気」
「ふうん」

 もちろん汚れるのに馴れているのではなく、汚れないような所作を身につけている、ということだろう。いまも青衣は、ソフトクリームがスカートに落ちないよう、細心の注意を払い、こまめに手首を返しつつ、クリームを唇でついばんでいる。

 あんまり口出しすることでもない、とも思うが、愛はどうにも気になって、ぼんやりと昨年の夏祭りを回想してみる。当時の中等部の友達といっしょに屋台を回っていた、その途中で、ヨーヨー釣りに挑戦する青衣を目撃したのだった。
 幾重にもフリルのついたスカートを丁寧に折りたたみ、つやつやの革靴で地面を踏みしめながら、色とりどりなヨーヨーの浮いた水槽を、青衣は真剣な顔で見すえていた。高揚して熱の宿ったお祭りの空気と、重々しさすら感じる服装の奇妙なコントラストが、いっそう非現実的な光景を生み出していた。
 出店の提灯の明かりが、青衣の真っ白い横顔に赤い光を落としていたのを、愛はよく覚えている。

 いま、そっとソフトクリームを食べている青衣の横顔は、あの夜の面影を残していた。

「……でも、それっていってみたら、ふだん着だよね」

 ふと、愛はそうつぶやいた。そして、その言葉が自分の胸のうちにしっくり来たので、我ながらなんだかちょっと嬉しくなって、かすかに笑う。
 気づいてみれば、納得だった。いくら青衣の服装が浮き世離れしていても、いつも着慣れている服ならばふだん着と変わらない。

 青衣は、ちょっとびっくりしたような目でこちらを見た。彼女はときおりカラーコンタクトをしているのだが、今日はきれいな漆黒の瞳だ。マスカラやチークで縁取られた、不穏さゆえに魅惑的な気配をたたえた目が、まっすぐ愛を見すえる。
 彼女の手の中で、白いソフトクリームが垂れる。青衣は見もせず、それを右手の指でそっとすくって、指先をちろりと舐めた。
 そして、深く深くうなずく。

「そうねえ。たしかに、お祭りのときくらい、ちょっと工夫してもいいかも」
「青衣さん、素材もいいんだから、たまには変わったファッションにしたっていいと思うよ」
「……え?」

 青衣は目を見張った。垂れ気味の目がくっきりと大きく見開かれると、ちょっとコミカルで、おどけたピエロのように見えた。

「どうかした?」
「そんなこといわれたの、初めてだから」
「変わったファッション?」
「じゃなくて……素材が」
「え?」

 今度はむしろ、愛のほうがきょとんとする番だった。

「かわいいじゃない、青衣さん」
「本気?」
「すくなくとも私は本気」
「そう……」

 青衣は背中を丸め、半分くらいになっていたソフトクリームを一気に平らげて、顔をしかめる。容姿を褒められ慣れていない、というのはわかるが、すこしふしぎだった。ゴスロリを着ているときならともかく、すっぴんの彼女もなかなかかわいらしい、というのは、沙智も同意するところだった。
 かりかりと、青衣がコーンを食べ終えるのを見計らって、愛は青衣に話しかける。

「浴衣とまではいかなくてもさ、何か、変わったアクセでもつけてみたらいいと思うよ。なんなら、私が何か見繕ってあげようか?」
「愛さんが?」
「私の見立てじゃ信用できない?」
「いや、そうじゃなくて……いいの? 私に、そんなふうにちょっかい出して」

 気遣わしげな青衣の言葉を聞いて、愛は笑いをこぼした。

沙智(さち)さんなら平気だよ。青衣さんがかわいくなるぶんには、あの子も喜ぶでしょ」
「……ふしぎな関係ねえ」
「そうかな。かわいい女の子がもっとかわいくなれば、誰だって幸せじゃないの?」

 愛と沙智の間では、はっきりとその感覚が共有されている。互いを好きであることと、かわいい女の子を眺めて楽しむこととは、心の棚の別の抽斗に整理されている。
 青衣は、そんな愛の言葉に一瞬ふしぎそうな顔をしたけれど、唇にちょっと笑みを浮かべて、リボンのついた革靴のつま先で地面をつついた。静まりかえった公園に、遠いセミの声と、土を掘るつま先の音だけが響いた。

「……いいな」
「いいでしょう? いつもとは違う着飾り方も」
「それもそうだけど」

 青衣は顔を上げて、愛を見つめた。

「愛さんのこと」
「私が?」
「誰かの幸せをイメージできることが、ね。笑顔にしたい相手がいる、ってこと」

 そんな、気恥ずかしいような言葉を紡ぐ青衣は、優しい笑みを浮かべていた。闇の濃いメイクをも平然と越えて、きらきらした輝きを内面から放つような、古めかしくも懐かしい提灯の明かりにも似た笑顔だった。
 木陰にそっと灯るその光明は、なにか、とても愛おしく思われて、愛は目をすがめる。

 導かれるように、そっと、青衣の前髪に手を触れる。青衣はぎょっとしたように目を上げた。

「な、何?」
「え、ううん、えっと」

 愛も途惑いの声を発して、手を引いた。芯の強そうな黒髪の感触が、愛の指先に強い印象を残していた。愛はしどろもどろで、どうにかつぶやく。

「えっと、そう、髪をね。飾れば、いいかな、って思って」
「……そういえば、あんまりいじらないな、髪」
「でしょう? 和風のバレッタでさ、アクセントつければいいよ。ちょっと前、モールのショップでいい感じの、見た覚えあるから」

 そして、それからふたりは、駅前のショッピングモールまで行ってバレッタを選んだ。愛が目星をつけていた品はちょうど売り切れで、お盆休みのあとまで入らないということだった。
 でも、愛と青衣といっしょに選んだ紅と漆のバレッタは、青衣の髪にしっくりとフィットした。それだけで愛は満足だったし、そんな愛を見ていた青衣も、なんだかとても嬉しそうだった。
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