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Magician〜居候は魔法使い〜
作:文月


人を信じることなんて、くだらない。

人を信じて、何になると言うのだろう。

「友情」なんて目に見えないものなんか、





私は、信じない。

裏切られることを、知っているから。








                    ***
 「ねえねえ七尾さん。今日うちで遊ばない?」


 「いい。」


私は本を閉じて、教室から出ていった。さっき話しかけてきた子――名前は覚えてない――がちょっと心配そうな目で、こっちを見つめているのがわかる。
私が廊下で外を見ながら立っていると、さっきの子に数人のグループが話しかけている内容は、全て耳に入ってきた。


 「山中さん、あの子は放っておきなさいよ。
あの子ね、前の学校でイジメにあってたんだって。こっちでも、男子が冷やかしてるの見たことあるでしょ?
山中さんまでいじめられちゃうよ。」



―――そうだ、私に関わらないで欲しい。

その子の言っていることに、間違いは無かった。



私は確かに、イジメを受けていた。


中学校に入り、仲良しの子と同じクラスになった私。
そんな私の変な噂が広まったことから、イジメは始まった。
噂の内容は、よくは知らない。
多分、私が夜中にたった1人で怪しい街を歩いているのが見つかったからだろう。
あの時は確か、父さんの仕事場に夜食を持って行ったんだっけ。


イジメの内容は、まずは机、ノート類に落書き。
黒板に嫌がらせの文字が並んで、上履きは汚れている。
落書きだらけのノートはいつのまにか姿を消し、放課後の教室で殴られたりバケツの水をかけられたりは、日課同然となっていた。



先生は、味方になってはくれなかった。
父さんと母さんは、見て見ぬフリをしていた。






そして、仲の良かった友達も









いつのまにか作っていた友達と、私を虐める側へと回っていた。
ニヤニヤと笑みを浮かべながら、バケツの水をかける姿を何度も確認している。








二年生へと上がる時に、ようやく両親は引っ越そうと言い出した。
そして、私達3人家族はその町の隣の隣の町へと引っ越したのだ。
だけど、私はそれ以来人を信じないようにした。





信じれば、裏切られる。




そうなると、分かっているから。
脆い鎧を付けるくらいなら、始めから戦わなかったら良い。

そう、思ったから。





チャイムが鳴った。今日、最後の授業が始まる。








                    ***
私は部屋に入った。机の上には数枚の手紙が置いてあった。
鞄を机の横にかけ、裏側を見てみると「会いたいよ〜」の文字が。



―――また、あの子達か。


私はその手紙を全て破り捨て、丸めてゴミ箱に捨てた。
こんなことをするのはあの子達だけだ。

私を虐めて、引っ越させてなお、私へのイジメを忘れない。


一回だけ、中身を見たことがあった。
衝撃的だった。



中には小学校の卒業アルバムの私の写真がくりぬかれ、赤い罰印をつけた後に、ご丁寧にカッターで頭と首から下の部分を切り分けていた。



私はベットに寝転び、制服の腕の裾をめくってみた。手首に何回も付けたカッターの傷。

―――まだ残っているんだ。
我ながら、その傷のしぶとさには感嘆してしまいそうになる。





これを最後に付けたのは一昨日の夜。
滴る血を見ると、どうしても心が安らいでしまう。


死んでみようか。

そう思ったこともある。




死んだらどこに行くのだろうか。




そんなことを考える方が、「人を信じる」なんてくだらないことよりも意義があるものだと思う。





カチ、カチ、カチチチチ。




机からカッターを取り出して、きらめく刃を眺めてみた。






―――死んじゃおうか、今日。







こんなつまらない世界にいるよりは、地獄に行く方が、まだマシだ。
でも…


チラリと時計に目をやる。まだ時刻は6時半。




もう少し後にしようかな。今日は満月が綺麗らしいし、どうせ死ぬなら、それを先に見てからでも遅くないよね。


私はゆっくりとカッターの刃をしまい、ゆっくりと目蓋を閉じた。
そのまま眠りにつき、闇の世界へと私は入って行った。









                   ***
目が覚めると、外はもう真っ暗だった。時刻は、10時半。4時間も眠っていたのか。
ベットから降り、ドアを開けるとお盆の上にご飯とおかずがちょこんと乗っていた。


引っ越してから1人で部屋にこもることの多くなった私を気遣っているのか、母さんはいつもそうするようになった。
最後の晩餐となるだろう食事を持って、ベットに座る。ご飯を口に運ぶと、もうすっかり冷めていて、少し固くなっていた。味噌汁も、鮭の塩焼きも同じだった。






食べ終わり、お盆を外においてから、私はポケットにいれていたカッターの刃を出した。迷う事無く、手首に当てる。















力を入れようとした瞬間、誰もいないはずの部屋に声が響いた。


 「お待ちなさいな、お嬢さん。」




顔を上げたその先には、風変わりな青年がいた。
黒いマントに身を包み、グリム童話のおじいさんがかけていそうな眼鏡をちょこんと乗せ手には分厚い本。
そして彼の足元には、小さな犬が立っている。白くて、ふさふさとした毛はとても温かそうだった。


 「あなたが夜にこんなことをしたのは、満月を見るためでしょう?
どうぞ、美しく輝いていますよ。」



なんでそんなことを知っているのだろう。そんなことを思っていた私の手からカッターを取って、顔を窓の外へと向ける。
そこには今まで見たこともない景色が広がっていた。









 「大きい…。」




窓に収まりきらないくらいの大きい満月が、こちらに顔を覗かせて輝いていた。顔を少し赤くした私を見て、彼がクスリと笑う。


 「でしょう?」


その笑い声で私ははっと気がついた。くるりと彼のほうを向いてまくし立てる。



 「あなたは一体何者?どこから入ってきたの?なんで私の思っていたことが分かるの?
というか、こんなに大きな月が、なんで私の目の前にあるのっ!!!」


そこまで言うと、彼は私の口の前に人差し指を立てて

 「静かに。お母さん達が上がってきてしまいます。」


私は大声を上げるのを止めて、小声でもう1度話しかけた。

 「一体、何者なの?」


 「僕ですか?僕の名前はシェゾ。
そしてこの子がドラコ。雄ですけど。」



ドラコのほうを向くと、ふいと彼は向こうを向いてしまい、私のベットに寝転んでしまった。シェゾは苦笑いを浮かべてから


 「ごめんなさいね、あまり人にはなつかない性格でして。」

と言った。
私はベットに座りなおしてから、まだ彼に警戒心を持ちながらも私は尋ねた。

 「名前よりも、あなた達が何者かを知りたい。」


 「あぁ、そうですよね。
僕は、まぁ簡単に言うと魔法使いです。」




―――バカor変質者決定。


私は携帯をポケットから取り出して、110番にコールする。だがこれも、シェゾにひったくられてしまった。通話終了ボタンを押してから、軽く溜息をついて話し出す。

 「僕は別に、嘘を付いているわけではないんですけど。」

 「じゃぁ、証拠見せてよ。」


 「証拠…ですか。
これならどうですか?」


シェゾはそう言うと分厚い古びた本を開き、訳の分からない言葉を呟き始めた。そして、その呟きが終わるのと同時にベットで寝ていたドラコが



 「シェゾ、お前また俺に使ったな?」


なんていう、まあ流暢な日本語を話し始めた。私は驚いて、口をパクパクと動かすこと以外何も出来なかった。パタンと本を閉じたシェゾがドラコと日本語で会話を始める。だけど私の耳には何も入ってこなかった。
本当に、魔法使いなのだろうか。

 「まだ疑ってますね。」

心の中を読まれたように、シェゾは私の方を向いて言った。
その爽やかな笑みで尋ねられると、ウンとしか答えようが無くなってしまう。私はコクリと頷いた。


 「しょうがないですね。
まあ信じてもらえなくて結構です。ドラコ、そろそろ仕事を始めましょうか。」


 「そうしろそうしろ。」

ぶっきらぼうにそう言うと、すっくと立って1つあくびをした。私が仕事って何?と聞こうとすると、シェゾはマントの中から取り出した木の杖を私に向けた。

 



 「これからあなたには、死んで頂きます。」








―――え。



シェゾは、さっきとは打って変わって真面目な表情になっている。それどころか、今の彼からは殺意のような物まで感じられる。

―――1歩も動けない。
でも





 「良いわよ、別に死んだって。」




私の口から出た第一声が、それだった。だけど、それは私の意思とは全く違う物だった。
私の意思に関係無く、私の口はぺらぺらと嘘を話し始める。




 「どうせ今から死のうとしていたんだもの。
いつ死んだって、変わりないわ。


殺すのなら、殺しなさい。」






違う、違う。私は、違う…。





そこで私は、自分がおかしいことに気付いた。

私がリスカをする時にも、同じようなことがあった。
自分のやりたくないという意志とは違う、別の意志が私の体を動かしていた。
今が丁度それと同じような感じだ。



 「そうですか、なら仕方ありませんね。


ルルケ=リシュケル=ロズニエル!」





―――魂の開放クロス・ソウル…!!



杖から放たれた眩い光が、私の体を包んで行く。あぁ、私は死ぬのかとはっきりと感じた。
でも不思議とその光は、私を包むだけで何もしようとはしない。

だが、私の丁度頭の位置から黒いもやもやとした物体が現れた。

 「死ね…。

リヴェル=ロクウ=ダルマン!!!」



光は私の体から離れ、その黒い靄へと集まり始めた。そして、それ以外にもある変化は起こっていた。ドラコの体が、見る見るうちに大きくなり、角の生えた馬の姿になったのだった。

それはまさしく



―――ユニコーン…




見とれるほど美しい姿になったドラコ。見とれていると、いつのまにか光はもやのみに集中していた。
そしてそのもやは、苦しむようにのた打ち回り、次第に小さくなって行った。
光が納まる頃には、小さなコンペイトウくらいの大きさになっていた。私が触ろうとすると、シェゾに手で制された。
それをドラコがぱくりと食べる。


そこでやっと、シェゾはあの笑顔に戻った。

 「終わりました終わりました。いや〜。なかなかやりましたね、ドラコ。」

 「不味かった。」

元の姿に戻るドラコをよそ目に、私はへたんとベットに座り込んでしまった。

 「何…今の。」


 「あぁ、あれですか…あれを説明するには僕達のことから話さないといけない。

聞いてくれますか?」



私は、コクンと頷いた。
彼は私の隣に座って話し始めた。魔法使いのこと、あのもやのこと。







   

                  ***
魔法使い、魔女。
そういえばだれもがその職業になってみたいと生涯に1度は話す。
不思議な魔法で、好きなものを出したり、夢を叶えたり、お菓子の城に住んだりしたい。
だけど、魔法を使うなんて無理なことだと年を経るに連れて気付く。


だが実際に魔法使いと言う職業は存在し、実際に働いている。
問題は、その内容とイメージにはだいぶ違いがあるという事だ。




確かに彼等は魔法を駆使し、人々を救っている。
でもイメージとの一致はそこまで。


彼等は人の心に忍びこむモノ、「ブラックゴース」――彼等の間では、「ゴース」と呼んでいる――を始末することである。
彼等は七尾のようにイジメにあったり、また大きな事件等による精神的打撃を受けた人間の、弱くなった心に忍びこむ。
そして、その人間の闇の部分と同化し、次第にその人間自身となっていくのだ。

憑かれた人間は、もう1つの意思に従い、自殺、犯罪に走る。



ゴースは死ぬ間際の人間の発する負のエネルギーを餌として生きているために、沢山の人間を死へと追いやるのだ。





私はそこまでの話を聞いて、ぞっとした。
私はもう少しで訳の分からない奴に殺されてしまうところだったのだ。

 「じゃぁ…ゴースを倒すコトのできる人間が、魔法使い…?」


 「そう言う事です。」

にっこりと笑うと、シェゾはまた話し始めた。




魔法使い、そして魔女はそんなゴースを倒す事の出来る、有一の人間。
その中で封印魔法、攻撃、守備魔法全てを使いこなせる魔法使いだけがゴースを倒す事が出来る。
彼らには必ず黒いマント、そして優秀なファミリアが渡されるのだった。



 「…と言う訳です。
つまり、僕結構これでも優秀なんですよ?」


 「そんな風には見えないけど。」

 「魔法使いなんて、そんな物です。

元はあなた達と同じ人間。ただちょっとおかしな職業についてしまった人間というだけなんです。」

 「ふー…ん。」



魔法使いのイメージが私の中で全く違う物になった。頬杖を付きながら改めてシェゾのほうを見ていると、急にシェゾが立ちあがった。


 「さて、と。仕事も終わった事ですし、そろそろ帰らないといけませんね。ドラコ、起きてください。」


ドラコが大きく伸びをしてシェゾの足元に駆け寄る。私はもっとシェゾと話がしたかった。だから、もう少しいてよと、声をかけたかった。
でもなぜかその一言は口から出ずに、シェゾを見上げる事しか出来なかった。
すると、シェゾが私を見て、しゃがんで話しかけた。


 「最後に、お願いがあります。


僕達のことは、誰にも話さないで欲しいのです。生涯、ずっと。」

 「…なんで?」



 「魔法使いと言う職業は、今までずっとそうでした。いつの時代にも魔法使いはいましたが、全てこうやって極秘にしてきました。
ですが、欲におぼれて僕達のことをある事ないことはなした人もいました。

その結果が世に不幸を…例えば魔女狩りを、引き起こしました。
結局、その人から魔法使いに関する記憶を全て消すしかなかったそうです。

その時から、記憶はなるべく消すようにと言う条例さえ、決まってしまいました。



でも僕は…そんな事はしたくはありません。」


シェゾはそこでいったん切って、私をぎゅっと抱きしめてくれた。
黒いマントかベットに広がる。
慌てる私も気にする事無く、彼は続けた。

 「せっかく出会えた貴方には、僕を忘れて欲しくないから…。
せっかく神によって作られた偶然を、無駄にしたくはないから。


だからお願いです。

僕の事は、誰にも話さないで下さい。
もし話してしまったら…僕は貴方の記憶を消さないといけなくなる。」



彼は私から離れて、私の顔を覗き込むようにしばらく見つめていた。私はちょっと躊躇ってから、言った。


 「良いわよ、別に。
私だって…シェゾの事忘れたくないもの。」


そう言うと、シェゾはにっこりと笑ってくれた。そして、あの分厚い本を開いて短い呪文を唱えた。すると、私の手首に桃色の淡い光が集まって来た。光が収まり、恐る恐る裾をめくると、カッターの傷は綺麗さっぱり無くなっていた。
本を閉じてからシェゾは微かに微笑んで


 「プレゼントです。
…まだ、貴方は死にたいですか?」


と言うものだから、私は目にじわっと涙を浮かべてしまった。ぽろぽろと大粒の涙が流れるのが分かる。






 「生きたいっ…。」



俯き加減に言った言葉を、シェゾは笑顔で受け止めてくれた。そして、さよならと一言残すと、ドラコと共に姿を消してしまった。
私が慌てて窓の外を見ても、あの大きな月は消えて、申し訳無さそうに小さく夜空に浮かんでいた。


でも、夢ではない事ははっきりと分かった。

私の手首の傷は消えていたし、もう死にたいなんて思ってはいなかったからだ。









                   ***
 「七尾さん、今日うちこない?」

今日も彼女は私に聞いてきた。
昨日までの私だったら断っていただろう。でも、今の私は違う。



 「うん、行きたい。山中さん、だよね?」


人を完全に信じるという事は、まだ出来ないけどなんとなくこの人と一緒にいたくなったのだ。
私がそう言うと、山中さんが顔に満面の笑みを浮かべた。私の手を握って、

 「そう!山中、恵美っていうの。
メグミって呼んでくれたら良いから!

よろしくね!」


と、本当に嬉しそうにそう言ってくれた。私も、しばらく人に見せなかった笑顔を浮かべて

 「こちらこそ、宜しくね。
七尾、美羽みうだから、ミウって呼んでくれたら良いよ。」


 「うん!」


そう言うのと同時に、朝一番のチャイムがなった。恵美はまだ嬉しそうにしている。そんなに、嬉しかったのだろうか。でも、それを見ているとこちらまで嬉しくなってくる。
なぜか教頭先生が、教室に入ってきた。
ざわめく教室の教壇に出席簿を置くとううんと咳払いをして、こんな話を始めた。

 「え〜。このクラスの担任の先生が産休に入ってしばらく学校を休まれます。
そこで、しばらくの間代わりに担任として働く先生を紹介します。

魔龍先生、どうぞ。」



マリュウ?変な名前だ。
不信に思っていると、その先生が入ってきた。
黒いスーツに銀の髪。グリム童話のようなおじいさんの眼鏡をかけた彼。

女子陣がはしゃぐ中、にっこりと笑うと彼は自己紹介をした。



 「はじめまして。魔龍シェゾです。
一応、ハーフと言う事になってますけど日本語は話せます。

これからしばらくの間、宜しくお願いします。」



私は思わず叫びそうになった。でもそこはぐっとこらえて、放課後になるのを待った。
メグミと帰る前に、教室でシェゾに茶封筒に入った手紙を貰った。
中身はこんな物だった。



 「どうやらこの辺りにゴース達の本拠地があるらしいのです。
ですので、もうしばらくここにいます。黙っていてくれたようで、ありがたいです。

あぁ、あと僕達住む所が無いので七尾さんちに泊まらせて下さい。もちろん、御両親には内緒で、です。

ドラコがもう部屋にいるはずですので、宜しくお願いしますね。

  シェゾ。」






勘弁してよ…。
そう言うわけで、私の部屋に1人と一匹の居候が増えてしまった。














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