61話 加護
「神様ね。本当なの、ティリカ?」
エリーがティリカに尋ねる。そこはおれに直接聞こうよ。
「嘘は言ってない」
「そう。でもそもそもどうして神様に日誌を書いて報告してるのよ?」
「仕事を探してたんだよ。それで就職斡旋所みたいなところがあって……」
ハロワに行って仕事を見つけてギルドに入るあたりまでの話をする。
「……ずるいわ」
「あー、うん。そうだね」
「アイテムボックスも空間魔法じゃなくて、神様にもらった能力なのね。そんなのずるい!私にも寄越しなさいよ!」
「いいよ。おれの使ってるアイテムボックスは無理だけど、空間魔法なら」
「え?いいの?ほんとうに?」
「うん。今日はそのあたりの話もあるんだ」
メニューを確認する。ティリカのレベルは4、エリザベスが15。
実はエリザベスのレベルが低すぎるんじゃないかと日誌で神様に確認してみたんだ。4年間冒険者生活をしてたにしては低すぎる。そして珍しく解答がきた。
おれの経験値やステータスの上昇には伊藤神の加護によりブーストがかかっていたのだ。つまり通常の冒険者だと4年間Bランクのパーティーでがちがちと魔物とやりあったとしてもレベル15。なかなか厳しい世界だ。
「実はサティとアンには既に能力は分け与えてある。神様は加護って呼んでいたな」
「サティは……まあいいとして、アンにもあげて私に今までないってどういうことよ?」
「ほら、あれなのよ。親愛度っていうか、愛情度。わかるでしょう?ある程度仲良くないと能力が分けられないみたいなのよ」
忠誠って言い方がなんか嫌だったので親愛度とか愛情度みたいな感じで説明してある。
「そうそう。結婚式前くらいには加護が分けられるくらいになってたんだけど、ごたごたしてたから今まで待ってたんだ。ゆっくり話がしたかったからね」
「私ももらえるの?」
「うん。もちろんティリカにもあげるよ」
おれとサティ、アンの現在のスキルを紙に書いて見せてみる。
マサル スキル 1P
スキルリセット ラズグラドワールド標準語 時計
体力回復強化 根性 肉体強化Lv3 料理Lv2
隠密Lv3 忍び足Lv2 気配察知Lv4
盾Lv3 回避Lv3 格闘術Lv1
弓術Lv3 投擲術Lv2 剣術Lv4
魔力感知Lv1 高速詠唱Lv5 魔力増強Lv5 MP回復力アップLv5
MP消費量減少Lv5 コモン魔法 生活魔法 回復魔法Lv5
火魔法Lv5 水魔法Lv3 風魔法Lv3 土魔法Lv4
サティ スキル 3P
頑丈 鷹の目 心眼 肉体強化Lv4 敏捷増加Lv4
料理Lv2 家事Lv2 裁縫Lv2 生活魔法
隠密Lv3 忍び足Lv2 聴覚探知Lv4 嗅覚探知Lv3
剣術Lv5 弓術Lv5 回避Lv4 盾Lv2
アンジェラ スキル 2P
家事Lv2 料理Lv3 棍棒術Lv1
魔力増強Lv2 MP回復力アップLv2
魔力感知Lv1 回復魔法Lv4 水魔法Lv2
ポイントやスキルについてざっくりと説明していく。エリザベスが使えるのは75P。ティリカが20Pだ。
「空間魔法よ!」
まあそうだろうね。
「一度取るともう戻せないから慎重に考えてね」
「マサルの持ってるスキルリセットはどうなの?」
「これはおれ専用みたいなんだ。サティには使えなかった」
「ふうん。でもやっぱり空間魔法ね!」
エリザベス 75P
魔力感知Lv1 高速詠唱Lv1
回復魔法Lv1 空間魔法Lv1
火魔法Lv1 水魔法Lv1 風魔法Lv4 土魔法Lv2
エリザベスのスキルをチェックする。回復魔法に加え全属性使えるとかやっぱりすごいんだな。高速詠唱なんかもあるし。75Pもあればすごい魔法使いに成長させることができそうだ。
「じゃあ取るよー。はい取った」
空間魔法をとりあえず2段階上げた。消費10Pで残り65P。1から2で4P、2から3で6Pだ。属性魔法とかの倍ってことだろう。10、4、6、8、40になるのかな。でも40だとちょっときついな。
「え?もう?これだけ?」
「もう新しい空間魔法を覚えてるはずだよ」
【空間魔法】①アイテムボックス作成 ②短距離転移 ③長距離転移
「これ……これなのね」
突然エリザベスが立ち上がって詠唱を始める。
「あ、おい。やめろ!」
とっさにエリーを引っ張って座らせる。
「ちょっと!転移を使ってみようと思ったのに何するのよ」
「だめだろ。アイテムボックスの中身出してからじゃないと」
「あ……」
「たぶん気絶してたぞ」
転移の時には重さで魔力消費が増える。それはアイテムボックス内の物もカウントされる。アイテムボックスに物を満載した状態で転移を発動しようものなら、魔力を使いきって気絶した上に魔法が発動しませんでしたってことになるだろう。
「そう。そうね。ごめんなさい。ちょっと浮かれてたみたい。ありがとう、マサル」
部屋に戻ってアイテムを出してくる。そう言ってエリーが居間から出て行った。
「私は召喚魔法がいい」
なんでそんなレア魔法選ぶかな。
「そんなレア魔法使ってたらきっとすごく目立つよ?」
「平気。召喚魔法を使ってみたい」
うーむ。まあ本人の希望だし仕方ないか。これが騒ぎにならないといいんだけど。
ティリカ 20P
料理Lv1
魔眼(真偽) 水魔法Lv3
実にシンプルだ。料理も最近覚えたものだろうし、魔眼を除けば水魔法のみ。レベル3は結構すごいんだろうけど。
「じゃあ召喚をとりあえずレベル1にするね。はい、上げたよ」
これで10Pを消費。残り10P。
「……覚えたみたい」
試してもらおうと思ったら、エリーが部屋から戻ってきた。
「マサル!から揚げを預かってちょうだい。冷めちゃうわ」
「ああ、そうだね。冷めると美味しくなくなるもんね」
エリーのから揚げ好きはもうどうしようもないレベルだ。揚げポテトやらカツやらフライやら天ぷらやら他にも色々と揚げ物を提供してみたのだが、これが一番気に入ったようだ。エリーのアイテムボックスには常にから揚げが入っている。太らないか本当に心配だよ。
エリーがぽんぽん出してくるから揚げをこちらのアイテムボックスに収納していく。結構入ってるな。こっちに戻ってから追加したんだろうか。
「では本邦初公開、短距離転移魔法よ!」
おー、ぱちぱち。みんなで拍手をしてやる。
ほんのりとから揚げの匂いがする中、エリーが魔法の詠唱を始める。
「転移!」
そして姿がふっと消え、部屋の端にあらわれた。
「どうよ!」
「すごいです、エリザベス様!」
「でもアイテムボックス空にしないといけないから、普段の冒険だと使えなくないか?」
「そ、そんなことないわ!きっとこの子にも使い道があるはずよ!それにアイテムボックスは大きくなったみたいだし、長距離転移もあるしね」
「長距離のほうはどんな感じ?」
「そうね。飛べるのは登録をした3箇所までね。これは現地まで行って登録しないとだめみたい。登録できる箇所はレベルが上がるか練習すれば増やせるんじゃないかしら」
3箇所か。思ったより不便な感じだな。それに現地まで行かないとだめっていうのがなんとも。
「魔力の消費もきついから、そうぽんぽんとは使えないわね」
3箇所は、まずはこの家。そしてエリーの実家とナーニアさんとオルバさんの行く予定の村にしようと言うことになった。早いうちに両方を訪ねてみるつもりだ。
「私が急に来たら驚くでしょうね、ナーニア。ふふふふふ」
くすくす笑っているエリーを見ているとティリカに袖を引っ張られた。
「マサル様!見てくださいよ、これ。可愛いですよ!」
ティリカの手のひらに白いねずみが乗っている。はつかねずみだろうか。
「召喚した」
みんなでティリカを囲んでねずみを鑑賞する。
「かわいいじゃない」
「そうね。でもこの小さいので何ができるの?」
「簡単なお使いならできる」
ティリカがそういうとねずみが手のひらから飛び出して居間から出て行った。
「視覚や聴覚も共有している」
「偵察とかに便利そうだな」
ほどなくねずみが小さいスプーンをくわえて戻ってきた。
「ティリカちゃん、すごいすごい!」
サティがねずみからスプーンを受け取って喜んでいる。サティに褒められてティリカもほんのり嬉しそうだ。無表情のようにみえて、表情がわずかに変化するのが最近ようやくわかってきた。
「この子は魔力でできた精霊のようなもの。実体があるように見えるけど」
ふっと手のひらのねずみが消える。そしてまた出てくる。
「こうやって出し入れ自由」
「他のは召喚できないの?」
「一度に呼べるのは一匹。でも時間はかかるけど他のに変えることもできる」
ねずみはサティの手に渡り、エリーとアンの3人に可愛がられている。
「いまのポイントであと2段階あがるけどどうする?」
「あげたい」
「じゃあ召喚魔法をあげるよ。はい、上がった」
ティリカがこくりとうなずいた。これでティリカのポイントは使いきった。
「試してみる」
ねずみがティリカのところに戻ってきて消える。
「次は何を呼ぶんだ?」
「どうしよう?犬とか狸くらいのサイズならいけそう」
「タカとかどうだい?」と、アンが言う。
飛べる奴がいたら空からの偵察に便利だろうな。
「やってみる」
ティリカが詠唱を開始する。
「タカ、タカ、来い。かわいいやつ」
いいのか。そんな詠唱で。
だが詠唱は無事完成し、ティリカの前の床に光とともにタカがあらわれた。ぴいとひと鳴きし、ばさっと翼を広げた。つぶらな瞳と頭をくりくりと動かす仕草がかわいい。
「かわいいですよ!名前、名前を付けましょうよ!」
「もしかしてねずみにも名前付けたの?」
「はい!ぱにゃって言うんですよ」
よくわからんセンスだな……
「ホークなんてどうだ?」と、とりあえず適当に言ってみる。ホークは英語でそのまま発音した。
「ほーくですか」
「ほーく。ほーく。こっちおいで」
ティリカはどうやら気に入ったようだ。手を差し伸べてほーくを手に止まらせようとする。
「痛い」
ほーくはすぐに離れて、謝るようにぴぃぴぃと鳴いた。
「あー、血が出てるね。ほら、【ヒール】」
「爪が鋭いから、乗せる場所は皮とかつけないとだめだよ」
「わかった。ほーく、ここに」
そう、椅子の背を示す。ほーくは素直にばさばさと羽を動かし椅子の背に飛び乗った。
みんなでほーくを囲む。
「結構かわいいわね。触っても噛まないかしら?」
「大丈夫。安全」
「ふわふわですよ!」
「そうね。羽毛のいい手触りだわ」
おれも触らせてもらったが確かにふわふわでいい感触だ。
「マサル。大変」
「ん?ティリカどうしたの?」
「レベル3を試す魔力が足りなくなった。どうしよう?」
ティリカが悲しげな目でこっちを見る。
「ああ、よしよし。いま魔力の補充をしてやるから」
「ちょっと待って。いま聞き捨てならないことを言ったわね。魔力の補充?」
「魔力の補充だよ。回復魔法のレベル5でできるんだ。アンは知ってるよね?」
「知らないよ」
「でもこれ、砦の司教様に教えてもらったんだけど」
「うーん。私クラスの神官だとそんなに情報を教えてもらうわけじゃないからね」
「そういうものなのか。まあとにかく回復魔法で魔力も回復できるんだ」
ティリカに向き直る。
「じゃあやるよ」
「うん」
【奇跡の光】詠唱開始――回復魔法はいらない。範囲も切って、魔力の補充だけ。初めて使うがこんな感じかな。
奇跡の光が発動し、ティリカがぼんやりとした光に一瞬包まれる。メニューを確認するとMPはちゃんと満タンになっていた。
「これで魔力が最大まで回復してるよ」
「ありがとう、マサル。大好き」
「お、おう。これくらいならいつでも」
「ちょっと。私の時はしてくれなかったじゃない。どういうことよ?」
「あー、砦の時はまだ覚えてなかったんだよ。王国軍が来る直前くらい?そのくらいだともう必要なくなってただろ」
「あら。そうね。疑って悪かったわね」
「それにおれが大好きなエリーを助けないわけがないだろう!エリーのためなら全魔力でも差し出すよ!」
実は今日はエリーの日なのだ。こうやって機嫌を取っておくとサービスがよくなる。いや、言ってることはもちろん本心なんだけどね。
「そ、そう?もちろんそうよね。信じていたわ」
「それにその前に指輪を渡したろ」と、そう言って手を取り握る。
「うん。大事な指輪を譲ってくれたんだものね」
あ、こいつすっかりもらったつもりでいやがるぞ。まあいいんだけど。
おれとエリーがいちゃついてる間に召喚が終わったようだ。グルルルルと声がして、目の前のエリーがおれの後ろの何かを見て顔色を変えた。振り向くとそこにはでかい、白い虎がいた。
「お、大きいわね」
「お、おう」
それほど大きくもない居間に巨大な虎がいるというのは得も言われぬ恐怖感がある。ティリカの召喚獣だとわかっていても恐ろしい。
「だ、大丈夫なの?」と、アン。
「大丈夫。おいで」
ティリカの呼びかけに従って白虎が近寄り、ティリカに頭を擦り付ける。
「この子も触り心地いいですよ!」
「名前、どうしよう」
「虎だしタイガーかな」と、少し投げやりに言う。
「たいが。たいが」
あっさり決まったようだ。日本の人が聞いたら呆れるだろうな。虎にたいが。鷹にほーく。こっちの人だと異世界の言語が新鮮に聞こえるんだろうか。
アンとエリーも恐る恐る触りに行く。おれも触らせてもらったがこいつもなかなかの触り心地だ。もっと剛毛かと思ったが意外と毛並みがいい。
「これだけ大きければ乗れるわね」
「乗る」
それを聞いて白虎に抱きついていたティリカが虎の背にまたがった。
「行け」
たいががゆっくりと居間を周回する。
「ティリカちゃん、私も!私も!」
結局、全員乗せてもらった。いやー、この虎いいわ。
「それで何の話をしていたっけ?」
たいがいじりに満足したおれたちは居間のソファーにまったりと座り直す。たいがはティリカの横に寝そべっている。出しっぱなしでも特に魔力の消費とかはないらしい。
「マサルが勇者だって話でしょ」
「いやいや、違うから。使徒だって言ったでしょ」
「勇者だって使徒だったんでしょ。似たようなものじゃない」
「エリー、無理強いはだめだよ」
「だってもったいないじゃない。これだけの能力があるのよ。世の為人の為にって思わないの?」
「そりゃちょっとは思うけど、勇者は無理だって。おれが魔境に行って魔王を倒せると思うか?」
「……思わない」
エリーだって勇者の物語は読んでいるのだ。勇者がどれほど厳しい戦いをくぐり抜けたのかよくわかっている。
「だろう?第一、別に好きにすればいいって神様は言ったんだ」
「だったら勇者になるのもありよね。名乗りでたら確実に勇者認定されるわよ」
「頼むからやめてよね?」
「わかってるわよ。マサルの胃に穴が開いちゃうものね」
「開くどころじゃないよ。死ぬよ!」
「はいはい。みんなこのことは絶対に秘密にね」
「あっさり司祭様にばらしちゃったのは誰かしら?」
「うっ。でも司祭様黙っててくれるって言ってくれたし……」
「エリーもアンをいじめない。身内みたいな人なんだし、いつかばれるのは仕方ないだろ。もともと使徒だって疑われてたんだし」
「まあマサルがいいって言うならいいわ。でもそうね。本当に魔王が復活でもしたらどうするの?」
「そうだね。その時はできるだけのことをするよ。勇者はやっぱり柄じゃないから名乗りたくはないけど。それに案外他のところに本物の勇者が生まれたりするかもよ」
今まで世界の破滅のことはなるべく考えないようにしてきた。だがそろそろ正面から向き合うべきときが来たのかもしれない。家族が出来た今、逃げるという選択肢はもはや断たれた。みんなは絶対に守らなければいけない。そう心のなかで決意した。
「さっき言ってた特記事項第三項ってなんなの?」
隣を歩くティリカに尋ねる
「第三項とは世界の趨勢に関わる事態にあった際の規定」
そりゃ、大きく出たなって師匠の人が言うはずだよ
「おれが使徒ってだけじゃ世界の趨勢うんぬんは言い過ぎだと思うんだけど」
「マサルのその能力。なぜ神がそんな力をマサルに与えた?」
「そりゃテストをするためだろ」
「なぜテストの必要が?」
「なんでだろう……」
次回、明日公開予定
第三章最終話 62話 家族
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
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