22話 パンツはいてない
商会を出たとたん、サティがぺしゃんとこけた。
「だ、大丈夫か?」
「いつも、転ぶので。大丈夫です」
しょっちゅう転ぶから、頑丈なんてスキルがついてるのか。少し歩くとまたこけた。【ヒール】をかけた後、仕方ないので手をつないで引っ張ってやってる。ちょっとだけうれし恥ずかしい。
「マサル様は、治癒術師なんですか?」
「そうだな。回復魔法も使えるが、他のも使える。魔法使いだな」
「すごいです。獣人は魔法が使えないので」
魔力3じゃ無理だろうなあ。
家に戻る途中、古着屋に寄った。サティの服を適当に選んで買っていく。サティは棚にぶつかって倒しそうになったので、入り口のあたりに立たせてある。あと下着か。さっきちらっと見たけどパンツはいてなかったように見えた。女性店員を捕まえておそるおそる聞いてみる。
「あの……あの子の下着が欲しいんですが」と入り口のサティを指しながら言うと、すぐに持ってきてくれた。かぼちゃパンツか。5枚ほどもらい、服とまとめて会計をする。
サティを連れて、家に入る。
「ここがおれの家。今日からサティの家でもある」
「はい」
サティを椅子に座らせる。さて、メニューを調べないと。操作はできるみたいだ。スキルリストも同じようだ。サティには見えてないのか?メニューを閉じたり開いたりしてみるが、反応はまったくない。スキルリストを調べていると、
「あの」
「ん?」
「何かお仕事はないですか?なんでもやります」
「とりあえずすることはないな。そのまま座ってて。ああ、ちょっとお腹がすいてきたな」
アイテムから弁当を2個取り出し、1個渡す。
「はい、どうぞ。食べていいよ」
「ありがとうございます」
スキルリストを見ながら弁当を食べようとすると、サティが動かないのに気がついた。お弁当は持ったままである。
「どうした?お腹がすいてないか?」
「いえ、奴隷の分際でマサル様と一緒に食事を摂るなんて、とんでもないです。でもここに座ってろと言われたのでどうしようかと」
「いいよ、ここで食べな。この家には食堂はここしかない。食事は2人で一緒に摂る。いや、違うな。食事は好きなときに好きな場所で摂っていい。おれの前でも、おれがいないところでも。でも一緒に出された食事は一緒に食べること。同じテーブルでね。さあ、食べて食べて」
「はい。わかりました」
サティが弁当を食べ始めた。おいしいです、おいしいですと言いながらがつがつと食べている。
「奴隷商であまり食事はもらってなかったの?」
「はい。朝と夜の2回だけで。食事もパンと具のないスープだけでした」
「それはひどいな」
「いえ、あそこにいた時は、部屋でほとんど動かなかったので十分でした。村にいたときのほうがもっとひどかったです」
一日2回のパンと具のないスープの食事よりひどいってどんなのだ。木の根とかかじってたんだろうか。サティはもう弁当を食べ終わったようだ。弁当に残った細かい食べ物も取ろうとスプーンでつついている。もう1個弁当をだして渡してやる。
「いいんですか?」
「いいから食べなさい。もし足りなければもっとあげるから」
サティが2個目のお弁当に取り掛かるのを見ながらメニューを再び確認する。やはり奴隷か忠誠心のどっちかだな。こういうシステム的なことは、伊藤神に聞いてもまず答えてくれない。確かめるにはもう一人奴隷を買うくらいしかないが、とりあえずはサティの目をどうにかしないと。
サティ 獣人 奴隷
レベル3
HP 18/18
MP 5/5
力 12
体力 5
敏捷 2
器用 1
魔力 3
忠誠心 50
スキル 15P
視力低下 聴覚探知Lv3 嗅覚探知Lv2 頑丈
【視力低下】敏捷と器用にマイナス補正
【頑丈】肉体へのダメージをカット。HP回復力アップ
視力低下のマイナス補正による、敏捷と器用の数値はひどいものだ。魔眼で何か使えそうなのはないかな。千里眼、未来視?うーん、違うな。敏捷アップと器用アップも意味ないか。心眼。
【心眼】心の眼で敵の攻撃を見切る。回避大幅アップ。
ちょっと違うか。暗視、鷹の目。
【鷹の目】視力にプラス補正。
これだ!まさしく探してたものだ。5Pだし取ってみよう。
2個目のお弁当も完食したようだ。まだ食い足りなさそうにしていたので、野ウサギの肉の串焼きを2本渡してやる。よく食うな。お腹壊さないだろうな?
「お腹いっぱいになったか?」
「はい。でもあとお弁当1個くらいなら食べられます」
あれでまだ腹8分目か。持ち帰りの弁当はサイズが小さめとは言え、そこらの冒険者並みに食べるな。このペースで食われるとエンゲル係数が跳ね上がりそうだ。自炊も考えないと。
「とりあえずは我慢しておけ。あまり一度に食いすぎると体に悪い。晩にまた食わせてやるから」
「はい。美味しかったです」
「では、今から目の治療をする」
「また回復魔法でしょうか?」
「そうだ。でもさっきのと違うやつだ。目を閉じて」
メニューを開いて、【鷹の目】を取得する。さてどうだろうか。
「目を開いていいよ」
サティがぱっちり目をあける。数秒はなんともなかったが、不意に目を見開いた。
「あ……あ…あああ」「目を閉じて!」
目の治療した人って確か、部屋を暗くして少しずつ慣らすんだっけ。窓を閉じて、部屋を暗くする。窓は木なので閉じれば光を通さないが、昼間なのですきまからの光でかろうじて部屋の中は見える。
「ゆっくり深呼吸しろ。吸って、吐いて、吸って、吐いて。落ち着いた?」
こくりとうなずくサティ。
「目を閉じたまま、下を向いて。そうだ。ゆっくり目を開くんだ。自分の手が見えるか?」
「見えます。ちゃんと見えます!」
「よし、じゃあ次はゆっくり顔をあげてみろ」
「見えます。マサル様の顔が見えます!わたしの目、治ったんですか?」
「そうだ。治った」
厳密に言うと鷹の目と相殺しただけなんだが、説明も無理だしそういうことにしておこう。
「わ、わたし……ずっとこのまま目が見えなくて……ずっと、ううう」
サティがぽろぽろと涙を流しだした。
「落ち着け。ほら、大丈夫だから」
何が大丈夫だかよくわからんが、とりあえず大丈夫と言っておく。泣いてる子とかどうしていいかわからん。
「ううううう……こ、鉱山に……死ぬんだって、うええええええん」
それであんなに必死だったのか。あの禿の人、こんな子脅したらだめだろう。
「ああ、もう大丈夫だから。ずっとうちにいていいから。な?」
「わたし、わたし……ちびだし、何にも……家でも……怒られてばっかりで……、売られたあとも……ずっと誰にも……買ってもらえなくて……だから、だから……嬉しくて……」
サティはぐすんぐすんと泣きながら、ぽつぽつと話す。なんだか、苦労してきたんだな……
「それだけでも……なのに、目まで……あ、ありが……ありがとうございます……」
「うん、うん。わかったから。ほら、これを食え」と、野ウサギ肉の串焼きを差し出す。受けとったサティはくすんくすんと泣きながら、もちゃもちゃと食べだした。餌付け成功だ。だんだん落ち着いてきたみたいだ。
「もうこれからは、普通に仕事でも遊びでもなんでもできるんだからな?ほら、目が治ったら何がしたかった?何かしたいこととかあるだろ?」
サティは食べるのをやめて、こちらを驚いたような顔で見つめた。顔は涙でぐちゃぐちゃになってる。
「なんでも?」
「そう、なんでもいいよ」
手に残った串焼きに視線を落としたサティが話し出した。
「あ、あの。わたし、料理とか……、ずっとしてみたくて、で、でもだめだって……家の手伝いも、壊すからってやらせてもらえなくて……それで、それで……」
いかん、また泣き出した。
「そうか、料理か!料理だな。じゃあ夕飯からさっそく手伝ってもらおうかな!」
「は、はい。がんばります。お手伝いします!」
「ほら、まだ肉残ってるだろ。食え食え」
サティが残りを食べてるのを見ながら、どうしようかと思う。料理するって言っても、たぶん全くの未経験だよな。初心者って何からやるんだっけ?おれの最初はカップラーメンだった気がする。お湯をわかして3分。簡単でいいな。こっちにはカップラーメンとかないし。ああ、お湯を沸かしてもらうか。お茶でもいれてもらおう。いきなり包丁とか怖いし。
「じゃあお湯を沸かしてもらおうかな。お茶が飲みたい」
ええと、鍋がこれで、薪は少しだけ、前の人が残していったのがあったな。水は魔法でも出せるけど、今後も考えて井戸だな。水がめとかないな。この大鍋でいいか。サティに大鍋を持たせる。色々買い物がいるな。生活用品が圧倒的に足りない。
「もてるか?大丈夫か?」
「はい。持てます!」
「じゃあ井戸に水を汲みに行くぞ。ついてこい」
外に行こうとして、はたと気がつく。サティの格好が奴隷商から連れてきたままだ。パンツもはいてない。着替えさせないと。
「ちょっと待った。先に服を着替えよう。ほら、さっき帰りに服屋で買っただろ」
サティに大鍋を置かせて、服とパンツを机の上に出して広げる。これでいいか、とワンピースタイプの服を選んで、パンツと一緒に渡そうと振り返る。
「!?」
サティはすでにすっぽんぽんだった。一瞬がん見して固まったあと、目をそらし服を渡す。やっぱりパンツはいてなかった。
「ほら、これを着なさい。あと、女の子は人前で裸になってはいけません」
「はい。でもここにはマサル様しかいません」と、服を着ながらサティが言う。
「おれがいてもいけません。恥ずかしいでしょ」
「あ、あの……わたし、ちびでやせてるから、お気に召しませんでしたか?その、男の人は裸を見せると喜ぶと聞いたんですが……」
サティは涙目になっている。誰だ、そんな知識教えたのは。
「いやいや、見せなくていいから」
「そうですよね。わたしの裸なんて見たくないですよね……」
「いや、ちょっと待って。違うから、見たいから」
いやいや、見たいんじゃないぞ。見たいけど。なんて言えばいい?
「その、あれだ。子供は人前で服を脱ぐよな?でも大人は人前では服を脱がないだろう?そう!大人なら、お風呂とか、好きな人の前以外じゃ脱がないもんなんだよ!大人になるなら裸は見せちゃいけないものなんだ」
「えっと。わたしはマサル様のことが好きなので脱いでもいい?」
くっそ、考えろおれ。今こそアニメや漫画で得た知識を総動員するんだ!見たいといえば、即裸になりそうだ。見たくないといえばきっと泣く。見たいといいつつ、脱衣を阻止するんだ!
「サティの裸は見てみたい。あっ、あっ、脱がなくていい。そう。見せろって言うまで見せなくていい。見せてって言った時以外は見えないところで裸になるように」
サティはちょっと悲しそうな顔だ。
「いや、見たいから。そのうちたっぷり見せてもらうから!ほら、今から料理だろう?外に水を汲みにいかなきゃ」
「そうでした、料理です!」
サティに大鍋を持たせて外にでる。現実にこういう状況になると、なんと無様にうろたえることか。唐突すぎるんだよ。
「はい、ここが井戸ね。水を汲んでー」
平静を装って指示を出す。サティは一生懸命井戸から水の入った桶をひっぱりだしている。ざばー。大鍋に水がはいる。
「よし、じゃあ帰ろうか。重くない?持てるか?」
「大丈夫です」
ひょいっと持って歩いていく。両手がふさがっているサティの代わりに扉をあけてやり、中にはいる。サティが小鍋に水を移し、かまどにかける。薪をいれてと。
「火って普通の人はどうやってつけるの?」
「火打石でつけます」
なるほど。今日は魔法でつけるかと考えていると、サティがしゃがんでごそごそしている。
「ありました!」
はい、と見せてくれる。前の住人が残してくれたのか。
「火はつけられる?」
「やってみます」
座ってかちゃかちゃやり始める。お湯を沸かすだけでめんどくさいぞ。魔法なら10秒もかからんのに。やはり外食メインにするべきか……?ほどなくついたようだ。手際いいな。以前みたTVだと、火おこしに30分は最低かかってた。火種から薪に火がうつり、ぱちぱちと火があがりだす。サティは真剣な目で鍋の水を見ている。見ていても湯はできんのだけど、じっと見てしまう気持ちはわかる。そーっと指を突っ込もうとしてたので止めた。
「温度は指ではかったらだめ。沸騰したら、泡がぽこぽこ出てくるから。見てなさい」
「あ、泡がでてきましたよ!泡が!」
かまどは結構火力が強い。というかお湯を少し沸かすだけなのに、薪を投入しすぎたようだ。すぐにお湯は沸いた。
「よし、じゃあ鍋をこっちに。お茶の葉をいれよう」
鍋敷きはないし、直接でいいか。小鍋はすすがついていて、テーブルが少し汚れそうだ。あとで浄化しとこう。いや、サティに任せればいいのか。仕事したがってたし。
マギ茶を布に一つまみ出し、巾着のように紐でしばってお湯に投入する。簡易のティーパックだ。サティはそれをじっと見てる。できたマギ茶をサティにいれてもらい飲む。うん、うまい。最初は変な味だと思ったけど、慣れれば日本で飲んでたお茶と変わらんね。サティにも一口飲ませたら微妙な顔をしていた。
「これはマギ茶って言ってね。魔法使いの魔力をほんの少し回復してくれるお茶なんだ」
余ったお茶を水筒にいれながら説明する。お湯を沸かすだけ。とても料理とは言えないが、あとは具材を切り刻めればスープくらいは作れるだろう。
「じゃあ、あと片付けてくれる?」
「は、はい」
サティが鍋とコップを流しに持って行く。もちろん水道などついてない。サティは大鍋から水を汲んで、手であらっていく。ええと、スポンジはないだろうから、たわしとかか?あとは流しに置く、桶かなにかもいるな。雑巾、布巾、洗剤ってあるのか?油物作ったらないと困るな。揚げ物用の鍋とか、道具。キッチンペーパーはさすがにないか。ここの人はどうやってるんだろう。そういえば、から揚げとかとんかつとか食堂で出てきたことがないな。そういう調理法が存在しないんだろうか。ドラゴンの肉でから揚げとか美味しそうなのに。洗い物も終わったようだ。とりあえず買い物に行くか。
異世界の現実は少女を否応なく戦いの渦に巻き込む
次回、明日公開予定
23話 サティ、冒険者見習いになる
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