第十一話 ツインテールってオタク造語らしい
幼女の不良たちに対する説教は、十分間たった今でもまだ続いている。
「校長先生の話は確かに眠くなりますがー、ためになる話ばかりなのですー! それでなくともですねー、始業式はちゃんとした『式』なのであって――――」
プンプンといった感じで怒っている幼女は、人差し指を立てながら不良たちを見下ろして話している。見下ろして、というのは四人とも正座をして話しを聞かされているからだ。
先程の『自分はヤンキーですよオーラ』はどこへやら、四人ともすっかり萎縮して黙ってしまっている。文句を言う気配すらない。ごつい男四人が小学生並みの幼女一人に怒られているという絵柄はこの上なくシュールだ。
(……何者だ、この幼女)
ここからだと幼女の怒っている横顔しか見えないのだが、正面から見なくともこの子が尋常でない可愛らしさを持っていることくらいはわかる。見た目の年齢に相応な顔は少しふっくらとしていて、肌がぷるんとみずみずしい。くりくりと澄んでいる大きな瞳に反して、唇と鼻は小さく顔に乗っかっている。その子ども特有のアンバランスさが、持ってもいない自分の母性本能をかきたてる。あだ名は決めるまでもない、『幼女』だ。
「あなたたちも結婚式とかは大事だと思うでしょー? それらと同じだと考えれば――――」
この子が甲高い声を発し人差し指をふるふると揺らすたびに、艶やかに伸びた髪の毛が流れるように揺れる。妹の奈々と同じようにツインテールという髪形に縛っているそれは、輝くような金髪だ。顔立ちから見ても特に外国人のような印象は持たないから、ハーフかクウォーターなのだろう。一本一本が染めていない完全なブロンドに見える。
ぎゅっと左右に結んでいるその髪型は妹と同じなのだが、その先端だけは違い、三つ編みにされていた。もともと解いても髪の長さは肩の上くらいにしかならないのに、そうすることによってさらに短く見える。
「その後のー、ホームルームにも出ないとー、単位が取れなくて――――」
奈々より低い身長はこの幼女にぴったりであるのだが、この年にしては違和感たっぷりのモノをこの子は持っていた。それは古今東西世の男共を刺激する、胸である。横から見ているので余計に強調されているそれは、先程のツンデレ少女よりも確実に豊満だった。幼女の着ているものが華美でない質素な服だったので、その膨らみが良く見える。
この子と対峙したら、思春期でない男でもそこに一番に目がいってしまうことは間違いない。現に不良の四人中の四人すべてが胸を凝視している。正座をしたら自然と幼女の胸が目の前にくるとはいえども、それは男として、というか人間としてどうだろう。
「――――なのですよー。わかりましたか?」
「「「「はい!! わかりました、かすみん!!!」」」」
「もー! かすみんって言わないでください! 先生は日野先生と呼べと言っているのですよー!」
「「「「はい!! わかりました、かすみん先生!!!」」」」
「むむむー!」
(かすみん?)
知り合いなのだろうか。あだ名で呼ぶくらいならそれなりに親しいのかもしれない。ああ、だからこの幼女が近づいてきたら焦ったような表情をしていたのか。叱られるだろうからな。
……幼女のセリフの後半は幻聴だろう。
うざったいほどに元気よく返事をした、どことなく恍惚顔の不良どもは、足早にその場から去っていった。それにしてもすごいなこの子。知り合いとは言えど、一人で四人の不良たちに立ち向かう勇気は絶賛ものだ。しかもそいつらを説き伏せてしまうのだから、今すぐに拍手をして褒めてやりたい。
「ふう……。あの子達にも困ったものですー……。なぜちゃんと呼んでくれないのでしょうかー――――え、あれ?」
一人で憂いに似た表情をしていた幼女が、一人で突っ立っていた俺に気づく。
「あなたそこで何をしているのですかー? もう始業式終わっちゃいますよー?」
どうやらここの生徒と勘違いしているらしい。……いや、今日から俺もここの生徒か。
「それはお前も一緒だろう。中等部は向こう側だぞ。そんなところに居ていいのか?」
本当は小学生に見えていたのだが、初等部はここにはないので違うと判断。指で東側を指しながら言う。
すると幼女はまたもや怒り顔に。
「し、失礼な生徒ですー! 私はここの中学生なんかじゃありません! れっきとした先生なのですー!」
ああ、また幻聴が。
「それより、職員室はどこにあるか知らないか。ちょっと今から行かなきゃならんのだ。……中等部のじゃなく、高等部の職員室だぞ?」
「だから中学生ではないと言っているでしょー!?」
「おお、案内してくれるか、すまんな。初めて来たのでどこに何があるかわからんのだ」
「無視しないでくださいー!」
「……それにしても、学校に私服で来ちゃダメだろう、幼女よ」
「話を聞いてくださいよーー!! ――――って、初めて? 初めてこの学校に来たのですか?」
今までぎゃあぎゃあ喚いていた幼女が、少しだけ冷静になって俺に問う。何だもう終わりか。楽しかったのに。
「ああ。今日からこの高等部に転入することになった。お前とは違う、高等部だ。中等部ではなく、高等部だ。最終学年では堂々とエロ本も買える年齢の、高等部だ」
「高校生ということを強調しすぎですー! それに最後の言葉は聞き捨てなりません! そういうモノはこっそりと購入すべきです!!」
「突っ込むところはそこか」
顔を真っ赤にしながら真面目な顔で抗議する幼女だが、ちょっとずれている気がする。
「――っじゃなくて! もしかして転入生ですか? 転入生の、春日井楼火君ですか?」
本気で、ちょっとびっくりした。
何しろ見知らぬ幼女がいきなり俺の名を呼んだのだから。
「ああそうだが。……なぜ知っている?」
「ああやっぱり! この学校、少し広いから迷っちゃったんですねー? でも大丈夫、先生が職員室に連れて行ってあげる!」
いやいや、質問に答えろ、この幼女。それに――――
「なあ、いつまで先生ごっこやっているんだ? そろそろ飽きてきたんだが」
「ままごとだと思ってる!? 違います! 先生です! 私は桜坂高校数学教師の日野霞ですぅーー!!」
「な、なんだってーーーーーー!!!!!!」
「気づいてたくせに……」
せっかく俺が、歌舞伎役者もびっくりな大見得を切るようにして驚いて見せたのだが、幼女、もとい先生はお気に召さなかったらしい。口を尖らせてむーと言いながらにらみつけてくる。
確かにさっきの会話から幼女が先生ということは気づいていたが、
「最近の学校は十三歳でも雇うのか――――」
「誰が十三歳ですかー!? 先生はちゃんと成人してます! そして成人式から五回も誕生日を迎えているんですよ!?」
「…………………………………………………………あ、ああ、わかっていた。冗談だ」
わかるかそんなこと。この幼女が先生だってことだけでもびっくりなのに、年齢は俺の予想の倍だって? 奈々より幼く見えるのにどんだけロリなんだ。
……ん? 二十歳を過ぎているということはタバコを吸えるということか?
……絶対通報されるな。
幼女は俺の言ったことが信じられないのか、疑わしい目でこっちを見ている。
「さ、さあ幼女。職員室に行こうじゃあないか!」
「よ、幼女!?」
「ああ、すま――すみません。日野先生でしたか?」
先生に対しては敬語が礼儀だろうと思い、ちゃんとした言葉遣いで言う。
うむ、これぞ紳士。
すると幼女の顔がパァァと輝くように明るい表情になっていく。
「は、はは初めてですー!! 先生を日野先生と呼んでくれた生徒は! し、しかも敬語で!! この日野霞、教師生活四年目にして初めての経験ですぅぅー!!」
「…………」
初めての経験ってどっかで聞いたことあるセリフだな、などと思っている俺は、あまりに嬉しそうな幼女がどこか気に食わない。周りから先生扱いされないこの幼女も気の毒だが、奈々に似ているところがあるから、なんかヤダ。
ということで、
「おら、早く行くぞ。幼女」
「………………夢を見させてくれて、ありがとうございましたー……」
――――……ときどきは、敬語を使ってやるか。
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