「センパイ、わたしをセンパイの愛人にしてください!!」
「………は?」
放課後の校門前。生徒達がこれからの予定を語り合い笑いながら下校する中、俺と同じく生徒会に所属している後輩の、どことなく小動物じみた仕草が可愛いなにかと面倒を見ることが多い長瀬ひかりという女の子に、俺は告白された。
いや、告白? ………告白? 告白なのか?
俺は聞こえなかったフリをして、いや実際俺の聞き間違いだろうからひかりに問い返した。
「今、なんて……?」
「だからっ! わたしを、愛人に、して、くださいっ!!」
ひかりは先程を上回る、かくや天にも届こうかという程の大音量で叫んだ。恥じらいの欠片もない大声で。そして俺の聞き間違いじゃなくて、ひかりは本当に愛人と言った。
周りの視線が一気に俺とひかりに集まる。ひかりには同情と哀れみを、俺には憎悪と殺意をその視線に付加して。仮に視線が力を持つとしたら、俺は簡単に宇宙の彼方に吹き飛ばされるだろう。
つか愛人!? 高校生の身分で愛人!? 普通はお付き合いじゃないか!? そしてどうしてこんなにたくさん人がいるところでそれを言うんだ!?
俺は色々混乱して空回りする頭で、必死にこの場を切り抜ける方法を考えた。無い頭を使って考えた。
「今日の晩御飯はどうしようかなぁ〜」
結論、スルー。
俺は何事も無かったかのようにひかりの横を通り過ぎようと歩き出した。こんな俺の理解を超える現実は流すに限る。都合の悪いことは忘れられるのが人間の利点だ。ビバ人間。
「スルーはないでしょう、スルーは」
そうは問屋が卸さないとばかりに、がしりと右腕を掴まれた。そのまま、ぐいとひかりの正面に立たされる。
………しまった、さっきよりも事態が悪化した………。
先程は少し距離を置いていたが、今のこの状態はほとんどゼロ距離。つまり密着。心ならずも顔が赤くなるのを感じる。俺の方が背が高いから自然とそうなる彼女の上目遣い気味の視線や、制服の向こうに感じる女の子らしい柔らかさが俺の鼓動を高鳴らせた。
「センパイ、黙ってないでパッと答えてください!」
ひかりは俺に、ずいっとにじりよる。俺は寄られた分、一歩後退した。
「ちょ、ちょっと待て! 一つ聞きたい!」
「……嫌ですけど、いいですよ」
ひかりは不満そうな顔だったが、質問に答える気はあるらしい。
俺は未だにゼロ距離に居座るひかりの肩を掴んで引き離し、一つ息を吐いてから問うた。
「俺が聞きたいのは一つだけだ。………どうして愛人なんだ?」
「………はい?」
今度はひかりが首を傾げる番だった。いや、何処に首を傾げる要素がある!? 高校生にとっての漠然とした憧れの彼女なんて俺にはいない。それなのにいきなり愛人に飛躍するってどういうことさ!?
「あのですね、現在過去未来において愛されるのはいつも本妻じゃなくて愛人なんです。わたしは形式的な繋がりとかどうでもいいから、愛が欲しいんです」
『おぉぉ〜』
周りから感嘆のため息が漏れた。顔を上げて周りを見ると俺達を中心に輪のように人だかりができていた。………気付かんかった………。
ひかりはまだいいたいことがあるらしく、少し躊躇ってから口を開いた。
「それにセンパイには、もう彼女さんがいるじゃないですか……」
「え!?」
俺も知らなかった新事実! 俺って彼女いたんだ!!
ギャラリーからの視線が赤一色、殺意のみに切り替わった。一瞬で空気が重くなった気がする。
それでも聞かずにはいられない俺の彼女さんという女の子の名前。俺は殺気に押しつぶされそうになりながら声を絞り出した。
「俺の彼女って誰さ?」
ひかりは一瞬目を見開いて、俺を本気で睨んできた。その瞳には純粋な怒りがメラメラと燃え上がっていた。
「わたしに、それを、言わせるんですか……?」
俺は、ひかりのあまりの剣幕に一歩後ずさった。が、俺は命の危険よりも好奇心を優先した。
「い、いや、俺に彼女なんていないから誰が勘違いされてるんだろうなって思って……」
「ここまで来て、まだとぼけるんですか……?」
ひかりはさっきのように俺に、ずいとにじり寄る。俺はじりじりと後ずさった。さっきと似たような状況だが、心臓はときめきではなく恐怖で早いビートを刻んでいる。
「と、とぼけてるわけじゃない! 本当に心当たりが無いんだ!」
「………生徒会長です」
ひかりの聞こえるか聞こえないかの小さな呟き。ていうか俺には良く聞き取れなかった。
「何だって?」
「生徒会長です! 会長以外にセンパイの彼女さんなんて考えられません!!」
「あいつが、あいつが俺の彼女だって?」
俺は笑った。本当におかしくて笑った。何か周りからの殺気が倍増した気がしたけど気にせず笑った。
生徒会長は俺の幼なじみで腐れ縁ってやつだ。その関係が腐り落ちることはあっても、恋人なんてものに昇格するわけがない。
「あいつとはただの腐れ縁だ。敵同士になることはあっても、恋人なんて大層なものになるわけない。第一、俺が嫌だ」
「え……? それじゃセンパイってフリーだったんですか?」
「ぐっ! そんな簡単に言うなよ。これでも辛いんだ」
「そっかぁ、フリーかぁ……」
ひかりは俯いて何かぶつぶつ呟き出し、突然にぴょこんと顔を上げる。その仕草はどことなくうさぎに似ていた。
「センパイ! さっきの愛人宣言は取り消しの方向で!!」
「あ、あぁ。俺もそっちのほうが何かと助かる」
特に周りにいるけだもの共にリンチされずに済むってのが重要事項だ。
「じゃ、センパイ! また明日!」
「あぁ。また明日、生徒会室でな」
風のように駆けていくひかりを右手を上げて見送った。ギャラリー共も、
「全くつまんねぇなぁ」
「そうそ。ついに奴を血祭りに出来ると思ったんだがな」
「近いうちにまたチャンスが廻ってくると思うぞ」
「そん時が楽しみだな」
なんて心底穏やかじゃない話をしながら、のろのろと散っていった。
すっかり傾いて赤くなった太陽が俺と学校を照らす。
「やれやれ、何とか死なずに済んだか……」
俺は小さくため息をついて校門の方に振り返った。と、校門の前に誰かが立っている。その誰かは西日を背負っているため、顔がよく見えない。とりあえず何か棒らしきものを肩に乗せているのは分かった。
「あんた、さっきあたしのこと敵同士とか言ってたわね……?」
その声で校門に立っている人間が誰なのか一撃で理解する。そして本能が叫ぶ。逃げろ、と。
「逃げても無駄よ。北門は既に閉めたわ」
奴、俺の幼なじみにして腐れ縁の生徒会長はゆっくりとこちらに歩き出した。そして、持っている棒の正体が段々と姿を見せる。
そいつは考えられる最悪の装備。不良さんの標準装備、釘バットだった。ところどころについているどす黒いシミがその釘バットの歴史を物語っていた。
「そうねぇ。今日がその敵同士の日かしら」
俺には、奴が、死に神に、見えた。
「まてまてまてッ! 冷静になれ! 争ったって砂漠が世界に広がるだけだッ!!」
「そんなのはあたしに関係ないわ。今日はちょっとあんたを血祭りにしてみたいだけだから」
目と鼻の先に迫った奴は釘バットを両手で握り締めた。俺の手元にあれに対抗できうる武器はない。そして逃走路は奴を挟んで向こう。
「絶体絶命だな……」
「そうよ。大人しく釘バットのシミになりなさい!」
「争いは何も生まないから! 話し合えば分かるから!!」
「分かりたくもないわ! 兎に角今日は星になれ!!」
「ぐぎゃあぁぁあぁ!!」
俺の意識は、奴の振るう釘バットの一撃で軽く粉砕された。意識が飛ぶ前に見た夕日は血の色に見えなくもなかった……。
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