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第5話:女王の憂鬱

 パンダールの酒場が新装開店してから、半月が過ぎた。
 その間、仕事を求める者達は後を絶たず、登録者は日を追うごとに増えていった。

 宰相の執務室。
 レイモンド=オルフェンは、その報告を補佐官のノウル=フェスから受けていた。

「順調ですね。このままいけば、王都付近の魔物を殲滅するのも時間の問題でしょう」

 フェスは嬉しそうに、そう言う。

「だといいんだけど。……ところで、頼んでおいた、登録者のリストの更新版はあるかい?」

「はい。これが昨日までの分です」
 
 レイモンドはフェスからリストを受け取ると、目を通した。
 彼の目当ては、酒場で会った少年二人である。

 彼らの事が気になったレイモンドは、出会った次の日、早速リストからそれと思しき者を見つけ出し、この半月、折を見てはチェックしていた。
 17歳の登録者など、ほとんどいないため、それと思える者はすぐに見つける事ができた。

 グレイと、ククリ。

 酒場では名前は聞かなかったが、会話から、17歳と答えたのがグレイで、色黒のがククリであろう事は分かった。
 今、フェスから受け取った最新の登録リストには、彼らがランクEの仕事を順調にこなしている事が示されていた。

「気になる者でもいるのですか?」

 そう聞くフェスは、不思議そうな顔をしている。彼にしてみれば、頻繁にリストを見たがるレイモンドの方が気になるのだろう。

「うん。フェスと年が変わらない子が登録していてね。どうしてるんだろう、って思ってさ」

「僕と変わらない……。それはすごいですね」

 フェスは感心したように言った。
 彼はさほど身長も高くなく、体格もレイモンドのように痩せ気味で、およそ体力勝負に向いているとは見えない。
 魔物と戦う同年代の少年の話に、フェスは憧れのようなものを感じているのだろう。

「彼らもうまい事やっているみたいだ。登録してからもう8件の仕事をこなしているから、大人顔負けの早さだな」

「8件というと、もうすぐランクDですね」

 自分のランクに合った仕事を大体10件前後こなすと、次のランクに上がれるというシステムになっている。
 大体10件、というのは仕事によってポイントが違うため、高ポイントの仕事をこなせば、それだけ早く昇格する事ができるという事だ。

「うん。次の仕事をこなせば、Eランク卒業みたいだな。あれ? これは登録者全体でもトップレベルだぞ」

 ほかの登録者と見比べて、レイモンドは少年二人の突出した早さに気付いた。
 酒場での乱闘騒ぎを見ても、彼らの腕前が相当なものだとは思っていたが、ここまでの実力があるとは意外だった。

「それなら、あんまり心配いらないみたいですね」

 フェスは笑った。

「そのようだ」

 レイモンドも笑って肩をすくめた。



 その日の午後。
 財務大臣ハロルド=ギュールズは、思いもかけない好況にホクホク顔であった。
 いつもは宰相レイモンドに出くわすだけで胃痛に顔をゆがめるギュールズだったが、今レイモンドを目の前にしてもその笑顔は変わらない。

「いやはや、勇者サマサマですなあ」

 ギュールズは大臣達の中でも最年長の38歳である。
 中肉中背で色が白く、やや神経質な印象を与える男である。

 レイモンドは自分の部屋に訪れた珍しい客を、いぶかしい表情で迎えた。

「ギュールズ殿、どうなさったんですか? 執務室に来るなんて珍しいですね」

 レイモンドの頭には、いつもは会うたびに『金はない!』と言い放つ、ややヒステリックなギュールズの顔が思い浮かんだ。
 しかし、今、眼前のギュールズは、相好を崩し、いつになく上機嫌である。

「例の勇者の件ですよ。仕事を求める者達のおかげで、付近の武器屋や道具屋は大繁盛です。今月の税収も一気にアップしました」

 ギュールズは笑いが止まらない、という感じで、思いがけない景気を伝えた。

「なるほど。あまり想定してませんでしたが、酒場の登録者が増えれば、それだけ武具や薬の需要も増えるという訳ですね」

 これは財政が苦しい王国にとっては、嬉しい副産物である。
 ギュールズは嬉しそうにうなずいた。

「いやあ、私もはじめはこの計画には反対だったんですが、こうして成果が出てくれたら、そういう訳にはいきません。もう諸手を挙げて協力させて頂きますよ」

 勇者計画の最大の難関は、資金の問題であった。
 しかし、こうして最大の障壁がみずから友好の手を差し伸べてくるなど、昨日までのレイモンドには夢にも思わない事だった。
 そして、あれほど邪険にしてきたのに、何のわだかまりも無く、素直に手のひらを返す財務大臣の姿に、レイモンドは思わず吹き出しそうになる。

(悪い人ではないのだな。)

 本来なら呆れるところなのだが、何となく憎めない所が、ギュールズにはある。

「ギュールズ殿の協力が得られるならば百人力です。おおいに助けになりますよ」

 レイモンドは笑顔でギュールズの手を握った。

 味方は一人でも多いほうがいい。
 大臣達の中でも、今のところ、この計画に賛同してくれていたのは、軍務大臣のオーアだけである。
 しかし、こうしてギュールズまで手を貸してくれるとなると、他の大臣の協力も期待できる。

「ところで、宰相殿」

 ギュールズは笑顔を絶やさず、改まった。
 レイモンドも、なんでしょう、と笑顔で返す。

「この機会に、武器屋や道具屋を拡大するというのは如何でしょう? 王国から資金を無利子で貸し付け、拡張費用に当てさせるのです」

「なるほど。そうすれば、さらに多くの武具を用意できる。税収も上がるし、登録者達も武器や薬が豊富になれば助かるでしょう」

 レイモンドはすぐさまギュールズの案に賛同した。
ギュールズは、それを聞いて、今までに輪をかけた笑顔を見せる。

「では、さっそくヴァート殿とすすめます」

 ギュールズはそう言うと、弾むような足取りで宰相の部屋を出て、商工大臣トッシュ=ヴァートの部屋の方へ向かっていった。
 ヴァートが苦手なレイモンドにしてみれば、丁度いい折衝役が現れてくれた。
 年長のギュールズならば、ヴァートもそう傲慢ではいられないだろう。

 ギュールズの後姿を見送っていると、入れ替わるようにフェスが部屋に入ってきた。

「何かあったんですか?ギュールズ閣下があのようにご機嫌とは」

 驚いている少年補佐官を見て、レイモンドは今までこらえていた笑いがこみ上げてきて、思わず吹き出した。



 王城内は、パンダールの酒場のひとまずの成功に、喜びの声がそこかしこから聞こえた。
 ここ何年もなかった明るい話題なのだ。こうした話に、みな飢えていたのだろう。

 しかし、ここに一人、素直に喜べない者がいた。
 誰あろう女王キュビィ=パンダールであった。

 目の前の宰相に、久しぶりにキュビィの不機嫌な顔が向けられていた。

「あの……陛下。勇者をつくる計画は順調に運んでおります。なにかお気に召さない事でも?」

 レイモンドは恐る恐る言う。
 キュビィは首を振った。

「その計画は良い。上手くいって何よりだ。しかし、レイよ。わらわの不興について、身に憶えはないか?」

 身に憶え……。
 レイモンドの思考が、しばらくあちこちへ廻る。
 ……まさか!

 レイモンドはハッと気付いた。
 それは1ヶ月前の事だった。

 酒場の立ち上げに忙殺されていたレイモンドは、その合間を縫ってキュビィの世話をする侍女を手配した。

 キュビィが女王になる前は、身の回りの世話をすべてレイモンドが行っていたので、侍女は必要なく、一切置かなかった。
 王女に対して、侍女を置かないのは不自然なのだが、これは、できるだけ身の回りの事は自分でさせるためのパンダールの伝統であった。
 当然、世話係の男性は、着替えや、沐浴など女性の立ち入った場には入らず、王女がすべてを自ら行う。

 しかし、王族が成人した場合は話が変わってくる。
 特に王位にあるものは、侍従を置き、身の回りの世話をさせてきた。
 レイモンドも、その流れに沿って、侍女を手配したに過ぎない。

「まさか、侍女の件、ですか?」

 レイモンドはこわごわと聞いた。

 キュビィは無言でうなずく。

 やっぱりか……。

「侍女が何か粗相を致しましたか?」

「違う。おババは良くしてくれている」

 侍女は60歳代のベテランである。キュビィはどうやら、彼女をおババと呼んでいるらしい。
 やんちゃな女王の世話に苦労をしてきたレイモンドは、できるだけ経験豊富な侍女をつけたのである。

「良くしてくれているなら……」

 文句はないだろう、とレイモンドは思った。
 キュビィは、キッとレイモンドをにらむ。

「問題はレイ、お前だ」

「は? 私ですか?」

「ここのところずっと、仕事にかまけて、わらわの所に顔を出さんではないか。すべておババにまかせっきりだ」

 仕事にかまけてって……。それはあなたが言い出した勇者うんぬんの為でしょうが! と言いたいが、言えないレイモンド。
 言ったら最後、もっと恐ろしい事になる。ここはグッとこらえる。

「た、確かにそうです。しかし、こうして度々ご報告にあがっているではありませんか?」

「それでは足らん。もっと、こう……、遊びに来い!」

「は? 遊びに、ですか?」

「そうだ」

 キッパリとキュビィは言い切る。
 宰相に遊びに来い、という女王。そういうものなのだろうか。
 しかし、どうであれ、言い出したら最後、言う事を聞かないのは、レイモンドも良く分かっている。
 酒場も開店し、勇者計画もひとまずは落ち着いた今、ここは素直に従った方が良さそうである。

「わ、分かりました。ではこれから、折を見て、遊びに伺います」

 しかし、まだキュビィの顔色は依然として険しいままだ。

「それだけでは足りん。これまでの埋め合わせをしてもらわねばな」

 何を言い出すのか、と、レイモンドは嫌な予感に身構えた。

「また二人で街に出かけたいな。パンダールの酒場にも、行ってみたい」

「なんですって!?」

 レイモンドの予感は的中した。
 よりにもよって、何てことを言い出すのだ、この娘は!!
 レイモンドはあの生きた心地がしなかった街での出来事を思い出して、また嫌な汗が流れた。

「良いではないか。わらわは、街を歩くのが気に入った。また胡麻だんごを食べたいし」

「そういう訳にはいきません! もし陛下の身に何かあったら、どうするんですか!?」

 レイモンドは取り乱した。
 キュビィは、しかしさらに駄々をこねた。

「行きたいったら、行きたい!」

「駄目ったら、駄目です!」

 キュビィはいっこうに引かない。
 だがレイモンドも、もちろん引く気はない。
 キュビィが言い出したら聞かない事はレイモンドも分かってはいる。だが、これでは話が進まないため、レイモンドは妥協案を出した。

「街に行くのは危険です。ですが、胡麻だんごだけでいいなら、買ってきて差し上げます。それでご納得頂けませんか?」

 しばらく、むー、と唸っていたキュビィだったが、やがて口を開いた。

「仕方ない。それで勘弁してやる。そのかわり、城の中庭で一緒に食べるのだ。それは譲れん!」

 ようやく話をまとめる事ができたレイモンドはホッと胸をなでおろした。

「わかりました。では、使いの者を出しますので、お待ちを」

「うむ。急げよ」

 やっと機嫌が直ったキュビィが嬉しそうに言う。
 レイモンドはその顔に安堵しつつも、急いで自分の執務室へ戻り、フェスにメモを渡した。

「え? これを買いに行くのですか?」

 フェスは目を点にしてレイモンドに聞いた。

「すまないが、頼む。大至急で」

 とても女王の命令とは言えない。もっと言うと、宰相補佐官にさせるような仕事ではない。
 しかしながら、レイモンドが頼めるのは彼しかいないため、事情の飲み込めないフェスをやや強引に買いに行かせた。



 王城の中庭。そこに王のために作られた庭園がある。
 手入れの行き届いた庭は、レイモンドも名前を良く知らない花が咲き誇っていた。

「うむ。やはり美味だな。わらわはこの素朴な味が好きだ」

 二人は、椅子に腰掛け、侍女が用意した茶を飲みながら、胡麻だんごを食べた。
 ちなみに、いくつ買ってよいのか分からなかったフェスは、散々悩んだ末、山盛りのだんごを買い付けていた。

「なあ、レイ」

 キュビィは遠くを眺めながらお茶を飲んでいる。

「何ですか?」

 キュビィは少し言いにくそうに、少し間を空けてから口を開いた。

「レイは……、わらわの事が嫌いになったのか?」

 思いもよらないキュビィの問いに、レイモンドは含んだお茶を噴き出した。

「そんなことありませんよ!」

 咳き込みながら、レイモンドは即座に否定する。
 キュビィはレイモンドの方を見た。いつになく真剣な目だ。

「本当か?」

「はい。本当です」

 しばらくキュビィはレイモンドの目をじっと見ていたが、やがてまた遠くに視線を移した。

「あの時から、避けられているのかと思った」

 さびしそうにポツリと言う。

 あの時?
 レイモンドはポカンとした。
 そんなレイモンドに、じれったそうにキュビィが言う。

「この前、わらわの部屋で、レイが怒って出て行ったではないか」

 それで、レイモンドはようやく思い当たった。

 執務室でキュビィに抱きつかれた時の話だ。
 あの時は、突然抱きつかれた気恥ずかしさから、思わずキュビィを引き剥がして部屋を出た。
 しかし、それを彼女は拒絶された、と思っているのだろう。
 おりしも、その直後から勇者計画に忙殺されたレイモンドは、キュビィと会う機会が激減した。それも誤解を招いた一因と考えられる。

「いえ、あれは怒った訳ではありませんよ。ちょっと、恥ずかしかっただけで」

「わらわが抱きつくと恥ずかしいのか? 今まではそんな事なかったのに」

 キュビィはまたレイモンドを見た。まっすぐな目だ。

「それは陛下が小さかった頃の話です。陛下はもう13歳におなりなのですから、抱きつかれては困ります」

「もしかして、成長したわらわが抱きついて、ドキドキしたのか?」

 キュビィは急にいたずらっぽい笑顔になって聞いてきた。
 レイモンドはそんな彼女のあどけない姿に、思わず笑いそうになる。

(成長って言ってもなあ……)

 可憐な容姿で国民から絶大な人気のある女王。
 あと数年もすれば、大人の女性として、ますます美しくなっていくであろう事は想像に難くない。
 だが、レイモンドの目に映る彼女は、まだまだやんちゃな妹であった。

「そうですね。そういう事にしときましょうか」

 レイモンドはそう笑って答えた。

「なんだ。つまらん」

 そんなレイモンドの落ち着き払った笑みに期待を裏切られたのか、キュビィはおどけた風に頬を膨らませた。

 しかし、レイモンドは同時に、あの時感じた不思議な胸の高鳴りも憶えている。
 それは、単に恥ずかしかっただけだからなのだろうか。
 次第に美しくなっていくキュビィ。
 果たして、彼女が大人になった時も、今のように妹として見ている自分がいるのか、レイモンドには分からない。

「どうした?何を考えておる」

「あ! い、いえ。何でもありません」

 のぞき込むようにして自分の顔を見るキュビィに、頭の中までのぞかれている気がして、レイモンドは慌てて頭に浮かんだ考えを振り散らした。
 顔色を見られないよう、レイモンドは庭の様子をぐるりと見渡した。

 柔らかな日差しが中庭に降りそそぎ、気持ちのいい風が、やさしく花々を揺らす。
 その横には、生まれたときから仕えている女王が、穏やかにお茶を楽しんでいる。

(今は、それでいい)

 レイモンドは、素直に今の時間を楽しむ事にした。
 キュビィは、変なヤツ、とつぶやくと、思い出したように再び口を開いた。

「遊びに来る約束は忘れるなよ」

「ええ。約束です」

 こうして宰相レイモンドに、『女王の所へ遊びに行く』という新たな任務が加えられたのだった。


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