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第4話:パンダールの酒場
 
 王都の東のはずれに、小高い丘がある。
 グレイはそこにある古びた家に住んでいる。
 周りには他に人家はなく、また恐ろしい魔物も少ないため、彼はこの静かな家が気に入っていた。
 
 しかし静寂を破って、グレイの家に、追われたウサギのような勢いで飛び込んできた男がいた。

「お、おい、グレイ、大変だ!」

 グレイは、その声の主を良く知っている。

「またか、ククリ。どうしたんだ」

 いつもの事なので、グレイはさして驚きもせず、目の前のククリを見た。
 自分よりも1歳年上の18歳のククリは、色が浅黒い背の低い男だ。
 しょっちゅう騒動を聞きつけては、こうしてグレイの家に飛び込むのが常のような、暇な奴だ。

「いいから、ちょっと街まで来いよ」

 ククリは肩で息をしながら、グレイにそういった。

「おい、どうしたって言うんだ?いきなり来いと言われて、ホイホイと付いて行くもんか」

 グレイは憮然としてそう言った。

「とにかく、酒場に来いよ。すごい事になってるから!」

 一歩も引かないククリに、グレイは呆れたが、グレイ自身も暇なのでとりあえずついて行く事にした。
 分からない事は、道々ククリに聞けばいい。

 二人は、王都の城下町へ向かって歩いた。
 グレイはその道程、ククリに詳しい話を聞こうとした。

「待ちに待った仕事だよ」

 それだけ言うと、ククリは浮かれながら先へ先へと歩いていく。
 まるで要領を得ないが、ククリは行けば分かる、としか言わない。
 話を聞くのをあきらめたグレイも、ククリの後ろをついていった。

 グレイは17歳。
 元々彼の家は木こりをしていたが、魔物の出現によって、家業は続けられなくなり、両親も魔物に襲われて死んでしまった。
 それ以来、街に出ては仕事を探し、わずかに得た金で細々と暮らす毎日であった。
 自分ひとりで暮らす分には、それで何とか事足りる。
 ククリもほとんど似たような境遇であったが、ククリには家すらも無く、木の上で毎日生活をしている変わり者だった。

 グレイの家から王都までは、ほぼ一本道だ。
 森の間の狭い道を通って、川を越えれば、王都に着く。
 その間、魔物が出る時もたまにあるが、このあたりに潜んでいる魔物など、たかが知れていた。



 家を出てから1時間弱。
 二人は魔物に会うこともなく、無事に王都にたどり着いた。
 ククリはまっすぐ繁華街へ向かう。グレイもその後を追った。
 日はすっかり傾いている。

「どうしたんだ、この人出は?」

 繁華街のはずれにある酒場は、今までに無い混雑振りであった。
 店内に入れない者が、入り口付近から並び、三軒隔てた辻にまで伸びていた。
 グレイは、人、人、人の群れに驚きを隠せない。

「へへへ、すごいだろ? ここで仕事をもらえるんだよ」

 そう言うとククリは得意げに鼻をこすった。

「仕事?」

「ちょっとばかしヤバイ仕事だからな。こうして並んでるのもそれなりに腕に自信のある奴ばっかなんだ」

 グレイが見ると、なるほど、ガッチリとした体格の気の荒そうな者ばかりが、順番待ちをしていた。
 気の短いものなどは、まだか、などと店内に向けて怒鳴ったりしている。
 そのたびに店員が中から出てきて、すみません、と謝っていた。

「一体、どんな仕事がもらえるんだ?」

 並んでいる者の風体や、数を見るにただ事では無さそうだ。
 グレイは自分の横のククリに聞いた。二人は行儀良く列に並んでいる。

「へっへ。魔物退治だよ。魔物退治」

「魔物!?」

「そうさ。魔物をやっつけて、ここに持ってくると、金をくれるんだよ。」

「魔物退治……」

 その響きに、グレイは目を見開いた。
 自分の身体に力がみなぎるのが分かる。血が沸騰し、全身にかけ巡る。
 彼は、常々こういう冒険を待ち望んでいたのだ。

「面白そうだな!」

「だろ!?」

 二人の若者は肩を抱き合って歓声を上げた。
 力の有り余る若者にとっては、興味を引いてやまない仕事だ。

「魔物をぶっ殺して、金までもらえるなんて、こんないい商売はないよな」

「ああ。ククリにしちゃあ、いい情報じゃないか」

 そんな事を言い合っているうちに、列はどんどん進んでいく。
 店の外にまで伸びる列に並んでいたグレイとククリだったが、あと一組でようやく店内にまで入れるところまで進んだ。

 しかし突然、後ろからズカズカと近づく者がいるかと思うと、そんな二人をグイと押しのけた。
 
「小僧ども、譲ってもらうぞ。こんな列、並んでられるか」

 見ると、2メートルはあるかという大男の三人組みだった。
 ニタニタと笑いながら、店の戸をくぐろうとする。

「おい、待てよおっさん。オレ達はずっと並んでるんだぜ」

 グレイは一人の男の肩を掴んだ。

 その瞬間、その男の拳が飛んできた。
 グレイは殴りつけられ、地べたに叩きつけられる。

「気安く触んじゃねえ!」

「やりやがったな!?]

殴られた頬を押さえながら、グレイは立ち上がった。

「ククリ、その場所をとっとけよ。オレはこのおっさんらに、順番待ちってもんをを教えてやるから」

 その言葉を聞いてお互いの顔を見合す男たち。
 そしてすぐにヘラヘラと笑い出した。

「何だ、小僧。オレ達とやろうってのか……?」

 さっきグレイを殴りつけた男が言い終わる前に、グレイの左拳がその男の顔面を捉えた。

「ぐあ……」

 男は声にならない声を出して、その場に崩れ落ちた。

「いいぞ、グレイ! やっちまえ!」

 ククリの声が店内から飛ぶ。キッチリ列に並んでいるようだ。このあたりは、ちゃっかり者のククリらしい。

「このガキ!」

 もう一人の男がグレイに殴りかかったが、それをヒラリとかわす。
 そして、振り向きざまに、殴りかかった男の腹にグレイの裏拳がめり込んだ。
 男はグウ、とうなると、そのままうつぶせに倒れこんだ。

「どうした。まだやるのか?」

 一人残った男にグレイがすごむ。
 男は憶えてろ! と捨て台詞を吐いて倒れた二人を引き起こして去って行った。
 その姿を見送ると、後ろに並んでいた者はもちろん、通りかかった者からも、わあっと声が上がった。
 グレイはその声に適当に手を振って応え、ククリが並んでいる列に戻った。

 ククリはもう店内にまで進んでいた。
 あと数組で受付のカウンターに到達できそうだ。

「相変わらず、渋いねえ」

 ククリが茶化す。
 グレイはそれには答えず、店内を見渡した。

「ここって、こんな感じだったか?」

 何度かグレイも来た事のある酒場だ。
 その時は薄暗くていかにもクセのありそうな者たちが入り浸っていた記憶がある。
 しかし、今は小奇麗で明るい店内には、多少身なりの良い者の姿も見える。

「ああ、ここは国が買い取ったんだよ。改装して、今はパンダールの酒場って名前なんだ」

 そう言って、ククリは店内に飾られた肖像画を指した。
 そこには最近女王になったキュビィ=パンダールの絵が飾られていた。

「それで、仕事の斡旋もするようになったって訳だな」

 グレイは肖像画に描かれた美しい少女の姿を眺めながらククリに聞いた。

「オレも詳しい事は良く分からんが、女王様の命令らしい。ま、オレ達にとっては、仕事をくれる女神様ってとこだな」

 女神様、か。確かに、この肖像画に描かれた姿は、天使や女神という呼び名が相応しいようにグレイにも思えた。

「綺麗な人だな……」

 グレイは無意識につぶやく。
 それを聞いたククリはニヤニヤしている。

「やめとけ、女王様じゃあ高嶺の花だ。そんな事より仕事、仕事」

 ククリはそういって、ついに順番が来たカウンターへと急いだ。



 カウンターでは、仕事を紹介する窓口の者がいた。
 おっとりとした印象を与える、20代中ごろの女性だ。

「いらっしゃいませ。今回はじめてですね?」

 はいはいはい! とククリは元気良く答えた。
 仕事がもらえるのが嬉しいのか、この女性が気に入ったのか。グレイにはその両方と思えた。

「では、まずは登録していただきます。こちらの書類に記入をお願いします」

 二人は手渡された紙に必要事項を書き込んだ。

「えーと、ククリ様とグレイ様ですね。…………ではこれが登録証です」

 布に名前やら、身分を示すものが書かれたものを手渡された。
 仕事を請けるのに必要なだけでなく、金を貰うときにも必要だという。

「これで仕事がもらえるって訳だ!」

 ククリはよほど嬉しいのか、はしゃいでいる。
 グレイも思い入れたっぷりに登録証をながめた。

「でも、最初はご自身のランクに合ったお仕事を選んで頂きます。いきなり危険な仕事だと命を落とす危険性もありますから」

 登録証をもう一度見てみると、ランクEと書かれていた。

「ランクは仕事をこなす事で上がっていきますが、お二人はランクEですので、お仕事はまだEランクのものしか選べません」

 そして窓口の女性は、ランクがDになればその上のランクCの仕事にも格上挑戦する事ができる、という事を教えてくれた。
 もちろん、上のランクのほうがもらえる報酬が高い。

「まずはEランクで腕試し、ってとこか。さっそくどんな仕事があるのか見せてくれ」

 グレイとククリは、手渡された仕事のリストに目を通した。
 20種もの仕事が記載されているが、あまり興味をそそるものはない。
 ほとんどが付近に生息する魔物を倒して持ってくる、というものばかりであった。

「こんな弱っちいの倒してもつまんないな。額も大したことないし」

 ククリは口を尖らせて言った。
 グレイも同感だが、とりあえずはそうした仕事からこなしていくしかない。
 二人は仕事の中でも多少報酬が良く、ランクアップできるポイントの高い仕事を選んだ。

「ありがとうございます。では、仕事内容は『キバイノシシ退治30匹』でよろしいですね?」

 二人は仕方なくうなずいた。



「さて、仕事も貰ったし、とりあえず、一杯やっていくか」

 ククリは身振りで飲むしぐさをしながら、グレイを誘った。

「そうだな。ま、オレ達はまだ酒は飲めないから、ミルクだけどな」

 グレイはまだ17歳だ。
 ククリにしてもまだ18歳である。

 と話をしていると、向こうのテーブルから二人に話しかける声が聞こえた。

「おおい、そこの若いの二人!こっちへ来ていっしょに飲まないか?」

 見ると、たくましい体つきをした、30代前半と思しき男が手招きをしている。
 腕っ節は強そうだが、粗暴ではなく、どこか柔和な印象のある男だ。
 その男の向かいには、対照的なひょろっとした男が静かに杯を傾けていた。

「どうする?」

「ま、いいんじゃない?大勢で飲んだほうが楽しいし」

 二人は誘いに乗る事にした。

 誘った筋肉男は、二人を迎えるなり、酒をすすめた。

「さっきの入り口での立ち回り見てたよ。若いのになかなかやるな」

「あいつらがだらしないだけさ。あの程度で魔物退治とは笑わせるよ」

 ククリは何もしていないのに胸を張った。
 そんなククリを横目に、グレイは未成年だから、と勧められた酒を断る。
 筋肉男はそれに気を悪くする風でもなく愉快そうに笑った。

「わはは、腕が立つだけじゃなく、真面目なんだな。結構結構」

 そう言うと二人にミルクを頼んで、おごりだ、と片目をつぶって見せた。
 見た目よりも気さくな性格のようだ。

 一方の細い男は、口元に静かな笑みをたたえたまま、そんな様子を見ていた。

「キミ達、年はいくつなんだい?」

 細い男が聞く。見た目どおりの穏やかなしゃべり方だ。おそらく育ちがいいのであろう。
 グレイが年齢を言うと、男は驚いた。

「17歳? それで魔物退治か。いやあ、すごいもんだね」

 グレイにしてみれば、何がすごいのか良く分からないが、細身の男はしきりに感心している。
 
「今まで、仕事がなかったからな。これでバリバリやって金を稼いでやるさ」

 グレイはそう言って、おごりのミルクを仰いだ。

「ランクが上がれば、もっと稼げる仕事ができる。まずはポイントを稼がなくちゃ」

 ククリは自信満々で言った。

「おじさん達も仕事を探しにきたのかい?」

 筋肉男は理解できるが、もう一人の細い男はどう見ても魔物退治という柄ではないように、グレイには見えた。

「私は酒を飲みにきただけだよ。キミ達みたいな勇者を肴にね」

 仕事の受付カウンターの周りには当然人だかりができているが、同じように酒を飲みに来ているものもかなりいた。
 ほぼ席は埋まっているから、かなりの繁盛ぶりである。

「さて、腹も減ったし、何か食うか。お前ら、好きなもの頼んでいいぞ」

 筋肉男は気前良く言った。
 グレイとククリは喜んでその好意に甘える事にした。



 パンダールの酒場の隣は宿屋になっている。
 夜遅くまで酒場にいたため、グレイとククリは宿屋に泊まることにした。
 筋肉男と細い男はそれもおごろうとしたが、さすがにそこまでしてもらう義理はないので、丁重に断った。
 
「それじゃあ、明日からの魔物退治、頑張れよ」

 そうして筋肉男たちと宿屋の前で別れた。
 
「なんだか、妙に親切な人たちだったな」

 ククリは暗闇に消えて見えなくなった男達の方を見て言った。

「ま、金には困ってないんだろうよ。それより、オレ達はまず武器を買いにいかなくちゃな」

 グレイもククリも手ぶらである。
 いくら自信があるとは言え、魔物相手にこれでは心もとない。

「近くにいい武器屋があるから、明日の朝行ってみるか。どうせ金は稼げるからいい武器を調達したいとこだな」

 そう言って二人は笑い、宿屋へ入った。



「なかなかいい少年たちだったな」

 酒場からの帰り道。
 軍務大臣グゼット=オーアは傍らの連れに言った。

「ええ。仕事が与えられる事で、生き生きしているんでしょう。これはいい傾向です」

 そう答えるのは、宰相レイモンド=オルフェンである。

「お前の苦労が報われるな」

 そう言ってオーアはレイモンドの労をねぎらった。

 勇者をつくる、という計画が発足してからの一ヶ月間。レイモンドはそれこそ寝る間を惜しんで働いた。
 ようやくパンダールの酒場の新装開店にこぎつけたのは昨日の事である。
 この日は視察もかねて、オーアがレイモンドを飲みに誘ったのであった。

「財務大臣に、顔を会わすなり『金はない!』と言われたのが、昨日の事のようですよ」

 レイモンドが苦笑する。

「ふふふ。それは今も変わらんだろう」

「しかし、あの酒場がオーア殿の所有物だったのは驚きましたよ。おまけにポンと国に寄付されるなんて」

 パンダールの酒場は、元々はキュビィが激怒したあの酒場であった。
 さらに、その所有者が軍務大臣オーアであったのは、驚きと共に、レイモンドにとって思いがけない幸運だった。
 
「なあに、大した事じゃないさ。オレのじいさんが借金のカタにもらった店だし、経営は人任せで、オーナーなんて名ばかりだったからな」

「でも、おかげで随分と予算が抑えられましたよ」

 もしあの酒場が無ければ、計画はもっと遅れていたであろう。もしかしたら計画自体が無くなっていたかも知れない。
 それゆえ、勇者をつくる計画はオーアの気前の良さに救われていた。

「しかし、今日の酒場の様子は、かなりの盛況ぶりだったな。これは期待以上だった」

 オーアは満足げにうなずく。

「でも、あのような年端もいかぬ少年達に魔物に立ち向かわせるのは少々気が引けます」

「まあそう言うな。彼らは彼らで喜んでいる。それに昔から10代で戦場に出るなんて事は普通だったんだからな。」

 オーアは軍人らしい慰め方でレイモンドを気遣った。
 レイモンドも頭では分かっているが、子供を戦いにやるのはやはり心に引っ掛かる。

 最初にレイモンドは登録者の年齢制限を20歳以上にしようとした。
 しかし、反対意見があがり、結局は衛兵採用の年齢である16歳以上に落ち着いた、という経緯があった。

「後で彼らの名前を調べてみます。無事に生き残ってくれたらいいんですけどね」

 それであの勇敢な少年二人の力になれる訳ではなかったが、何となくレイモンドはそう思わないではいられなかった。
 知らず知らずのうちに、あの二人の少年にキュビィの姿を重ねているのかも知れない。

「まあ、まずは第一歩を踏み出したんだ。あとは上手くいくのを祈るばかりさ」

 オーアは、ポン、とレイモンドの背中を叩いた。


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