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第29話:隠された力
 
 ライナスが集落から戻ってきたのは、夜半のことであった。
 その翌朝、レイモンドはライナスから集落の様子を聞いた。馬を返しに行ったついでに、ライナスはあの押しかけてきた五人の男についても探りを入れておいてくれていたのである。

「レイモンドさんたちの事は、ピケ共には知られていませんでした。ですから、フラムさんを小屋へ移すのは今日でなくてもいいでしょう」

 寝不足からか、少し赤い目をしてライナスは言った。
 ピケたちに知られていない、という事は、あの五人はすべて魔物にやられたという事だ。それはそれで、あまり気持ちのいい話ではないのだが、身の安全を考えれば、まずは一安心である。
 レイモンドとルカ、ルネの三人は集落のことは何も言わず、ただ山へ行くとだけライナスに伝えた。
 それを聞いたライナスは特別に気にする風もなく、笑顔で三人を送り出した。

 出かけるとすぐに、

「こっちよ」

 と言ってどんどん先に歩くルカと、そのすぐ横を歩く少年ルネ。その後をレイモンドがついて行く、といういつもの格好となった。
 目的地はかなり遠いらしく、平地を随分と歩いたのち、山へと差し掛かった。
 平地でも辛かったレイモンドは、その上歩く山道にげんなりとしたが、それでも行きたいと言い出したのはレイモンドなので泣き言は言えなかった。荒くなる呼吸を抑え、足を前へ前へと繰り出す。が、レイモンドは次第にルカたちから遅れだしてきた。
 心配したルネ少年がレイモンドに歩調を合わせてくれたが、ルカは相変わらず自分の速さで歩いている。

「とっとと歩いてくれないと、日が暮れちゃうんだけど」

 振り返ってルカは睨む。

「ご、ごめん……」

 レイモンドは苦しい呼吸の中で、そう言うのが精一杯だった。それから目的地の山の頂上へ着くまでの間に、レイモンドとルカは同じやりとりを五回も繰り返したのだった。



 山の頂上からは、付近の様子が一望できた。

「ここからなら、連中に見つかることもないわ。あれが集落よ」

 そう言ってルカが指差す方向に、かなり遠くではあるが、集落らしきものが見える。
 だだっ広い平原に、突然のようにポツポツと家が固まっており、その周りが柵でぐるりと囲われていた。柵のすぐ内側には耕地がいくつかあり、柵の外側には東西へと川が流れていた。目をこらすと、耕地には豆粒よりも小さく、人らしきものが動いているのが見えた。事前にピケの話を聞いていなければ、何の変哲もないただの小さな村のようにしか思えない。

「ここからじゃ分かりにくいけど、あの柵はすごく高いのよ。魔物から集落を守るためにね」

 大体レイの三倍くらいの高さかしら、とルカはレイモンドと集落を見比べながら言った。その横ではルネ少年が目を細めて集落を眺めている。それから、柵は丸太を隙間なく並べられているため、間を抜けて中に入ることもできない、ともルカは言った。

「そこまでいくと、まるで城壁だ。……さすがにそこは王都とは違うな」

 レイモンドは感心して言った。
 王都のすぐ近くには、魔物がほとんど現れることはない。そのため、高い城壁で王都を囲うようなことはしなくても良かったし、周辺は狭くはあるが農地を確保することもできた。

「王都はいいところなのね」

 レイモンドの話に、俯き加減にルカが言った。表情に影がさしている。気の強いルカではあるが、中央ササールの暮らしで、辛い思いをしてきたのだろう。

「ここもいつかは王都と同じようになるさ。砦は落としたんだ。今に王国軍が来る」

 王国軍の手にかかれば、ピケなどひとたまりも無いだろう。王都から派遣された者が代わって統治してくれる。いや、統治させる。

「きっと今よりずっと平和に暮らせるようになるさ。そんな遠い先の話じゃない」

「うん……」

 レイモンドの言葉に、ルカはいつになく素直に頷いた。

「レイは優しいね」

「いや、本当の事を言っているだけさ」

 そんな二人の会話に飽きたのか、足元ではルネ少年がしゃがみ込んで、地面にいた虫をいじって遊んでいた。
 無邪気なルネの姿を見ながら、しかしレイモンドは考えていた。王都からの兵が来るのを待つことなく、何とか独力でピケ一党を集落から追い出せないものだろうか。

「敵は六十人……」

 レイモンドはフラムと二人だけで勝つ方法を探していた。そのために、是非とも集落の様子を見ておきたかったのである。フラムに人を斬らせるのは心苦しいが、一度に全員を相手にしない状況を作れるならば、体調万全のフラム=ボアンを持ってすれば、六十人は勝てない人数ではない。
 だが、実際に集落の様子を見て分かったのは、高い柵に囲まれた備えを、力押しで正面から攻めるというのは不可能だという事だ。
 では、内部に潜入するのはどうか。
 それにしても、集落の人間でもないレイモンドとフラムがただ単に入り込んだだけならば、たちまち見つかり、厳しく取り調べられてしまうだろう。戦って勝つどころではない。

――せめて、集落の人たちに反抗する気持ちが残っていてくれていたら協力を得られるのに……。

 二人だけで集落を落とす、など、そもそも不可能なのだろうか。小さな力で、大きな力に対抗する。難しいことではある。

――でも、魔王を倒し、大陸を魔物の手から奪還する、という事だってそうだ。

 王都でそれをやってきた。少なくともやろうとはしていたではないか。レイモンドは王国軍が来る前に集落を解放する方法を、本気で考えはじめていた。

「集落の様子は大体分かった。帰ろうか、ルカ、ルネ」

 そうね、とルカは答えた。もう表情は暗くない。やはり感情の切り替えが早いのだろう。そして、退屈しきっていたルネも、いじっていた虫を放り出し、待ちわびたかのように立ち上がった。
 しかし、帰り道に事件は起きた。



 山を降る道。途中で疲れて眠ってしまったルネを背負いながら、またしても息を切らして必死で歩くレイモンドと、それとは対照的に涼しい顔のルカ。今度はルカがレイモンドの歩調に合わせてくれているため、二人で並んで歩いていた。
 と、突然、茂みから、見慣れぬ黒い影が姿を現した。

 それは魔物であった。

 レイモンドとルカは恐怖に血の気が引いた。

「こ、この辺りには魔物は出ないんじゃなかったけ!?」

 レイモンドは眠っているルネ少年を背負いながら、悲鳴のような声を上げた。だが、その声にもルカはぶるぶると首を振るだけである。しかし、現実に黒い毛に覆われた魔物は目の前にいる。
 手には武器などない。

――どうする!?

 じりじりと後ずさりながら、レイモンドは必死で活路を見出そうとした。額を汗がつたう。
 仮に武器があったとしても勝てるかどうか分からないレイモンドである。丸腰で魔物と戦うなど自殺行為に等しい。逃げたとしても、魔物から無事逃げおおせられる自信もない。

――いや、ルカとルネだけなら……。

 そう思い直したレイモンドは、無意識のうちに叫んでいた。

「ルカ! ルネを連れて逃げるんだ!」

 ルカは、レイモンドの背に負われたルネ少年を抱き取ると、力いっぱい揺さぶった。

「ルネ! 起きて! 魔物よ!」

 魔物は、今にも飛び掛ってきそうな勢いである。当然、寝ているルネを起こしてから逃げる、などという悠長なことはしていられる状況ではない。
 レイモンドはそんなルカとルネをかばうように立ちふさがると、鋭い声を上げた。

「何をしている! そのまま担いで逃げろ!」

 だが、ルカはレイモンドの声が聞こえないかのように、まだルネを揺さぶっている。
 やがてルネの目が開いた。
 その時。

――うっ。またか……。

 突然、またしてもレイモンドを耳鳴りが襲った。

「に、逃げるんだ……」

 強烈な耳鳴りの衝撃に、レイモンドは片膝をつきそうになりながらも、懸命にルカに声を飛ばした。だが、ルカは何を思ったか、微動だにしない。そして、ルネも、まるで魅入られたかのように、じっと魔物の方を見ている。
 次の光景に、レイモンドは目を疑った。

「魔物が……」

 何と、今まさに襲い掛からんとしていた魔物が、くるりと背後を向いたかと思うと、そのまま茂みの中へと消えていったのである。
 それを見届けると、ルネ少年がふう、と息をついた。と、同時にレイモンドの耳鳴りが嘘のように治まった。
 レイモンドはハッと目を見張った。

――この感じは……あの時と一緒だ……。

 まるで強烈な光のように、頭の中に映像が蘇った。それはライナスの屋敷の前で、カラスの魔物が現れた時、屋敷の中から外を見つめるルネの姿だった。
 レイモンドの耳鳴りはもうなかったが、まるで頭を殴られたような衝撃を感じた。頭の中を様々な考えが廻った。
 突然現れたかと思えば、ピケの手下だけを狙って襲ってきたカラスの魔物。そして、ルネが目を覚ました途端に、不自然に姿を消した魔物。
 さらにはルカの言葉。

――集落には魔物が現れるが、ライナスさんの屋敷付近には魔物が出ない……。

「ルネ……まさか君は……」

 レイモンドの声が震える。
 ルネは怯えたように姉のルカの後ろに隠れた。ルカも、明らかに動揺している。

「あのね、レイ、違うの……」

 どうにかルカは誤魔化そうとしているようだが、レイモンドの耳には届かない。それどころか、ルカのその態度はレイモンド頭に浮かんだ仮説を返って裏付けることとなった。
 
――考えられることは一つしかない。ルネは魔物を……。

 それを口に出そうとしたレイモンドをさえぎるように、ルカが素っ頓狂な声を上げた。

「ま、まあ運が良かった、って事でいいじゃない! ね? レイ? ね? ね?」

 ルカは哀願するような顔で、何度もそう言った。その後ろのルネは、顔色を悪くして、怯え切っている。

――震えている……。

 そんなルネに気付いたレイモンドは、もうそれ以上、何も言えなくなってしまった。
 余程の事情が二人にはあるのだろう。いずれは必ず確かめなければならない、とレイモンドは思いながらも、今はその時ではない、という気がしてきた。
 聞きたい気持ちを無理やり心に押し込めると、レイモンドは息を一つ吐き、つとめて笑顔をつくった。

「そうだね。さ、また魔物が出ないうちに、山を降りよう」

 レイモンドの声に、ホッとした表情を浮かべた姉弟は、顔を見合わせてから、嬉しそうにコクンと頷いた。



 ライナスの屋敷に戻ったレイモンドは、その足でフラム=ボアンが居る部屋に行った。
 
 ルカはその後姿を見送ると、ライナスへと向き直った。表情に緊張の色が浮かんでいる。

「レイにルネのことを気付かれたかも知れない……」

 だが、ライナスは顔色を変えず、小さく、そうか、と言った。ルカは意外であった。まるでこの事態をライナスが予期していたように見える。

「驚かないの?」

「……ああ。昨日の魔物の一件から、遅かれ早かれこうなるとは思っていたよ。山で何があったかも、大体想像がつく」

「そういえば、ルネが『力』を使ってるとき、あいつ、どうしてだか気分が悪くなるんだよね」

 さっきもそうだった、とルカは山で魔物に遭遇した時の事を話した。
 内緒で集落を見に行ったにも関わらず、ライナスはそれを聞いても別段怒らなかった。

「レイモンドさんはもしかしたら、特別に勘がいいのかも知れん。ルネの『力』に対して敏感な体質なのかもな」

 そう言ってライナスは少しだけ笑った。ルネがその『力』を使ったところで、当然ルカもライナスも何も感じない。変なヤツ、とルカは小声でこの場にいないレイモンドに毒づいた。

「それよりも、どうするの? ルネの『力』のことを知られたら。ピケの奴みたいに、ルネを『魔物の子』だとか言って殺そうとしたりしないかな」

 早口で心配そうに言うルカに、ライナスは優しい目を向ける。

「レイモンドさんがそんな人じゃないという事は、ルカが一番良く知ってるんじゃないか?」

 え? とルカは言った。
 意味深なライナスの言葉に、ルカは思わず動揺した。暑くもないのに、汗が出てくる。

「ま、まあ、変なヤツではあるけど、悪い人間には見えない……かな」

 ライナスは優しい目で微笑んだまま、そんなルカを見つめている。ルカは居心地が悪くなった。
 それを察したかどうか、ライナスはすこし改まって言った。

「レイモンドさんは王城の臣下でも相当な上位……恐らく大臣かそれに相当する身分の方のはずだ」

「ええ? まさかあ」

 ルカはそう言ってライナスを見たが、冗談を言っているような顔ではない。

「フラムさんがレイモンドさんを『閣下』と呼んでいたのを聞いた。閣下などと呼ばれるのは、大臣くらいのものなんだよ」

「信じられない……あんなパッとしないヤツが……」

 王国の事など何も知らないルカだが、元王国軍医だったライナスの言葉だとしても、とても信じられるものではなかった。ルカから見たレイモンドなど、少々剣は使えるものの、頼りない優男にしか見えず、どうひいき目に見ても大臣というガラではない。

「身分が高いにも関わらず、我々に対しても横柄な所なんて微塵もない。きっとあの人は偏見など持たず、ルネを理解してくれるんじゃないか、という気がするんだ」

 真剣にライナスはそう言う。
 それはレイモンドを買いかぶりすぎだ、とルカは思わなかった。それは、数日の間ながらも一緒に居て分かったことだ。

「アイツなら……そうかもね」

 レイモンドはきっとルネを貶めたりしない。理由はないが、ルカの直感がそう言っている。その直感にも、妙に自信がある。だが、信頼、というのとは少し違うような気もするが、ルカにはそれを上手く言い表せられなかった。

「もしルネをあの人に守ってもらえるのだったら、きっとルネ本人にしても、今よりも幸せなのではないかと思うんだ」

「それって、ルネをレイと一緒に王都へ行かせるって事?」

 ルカのその問いかけに、ライナスは答えなかった。ただ、少し寂しそうに微笑むだけであった。



 フラム=ボアンは誰かが部屋に入って来る音で目を覚ました。

――あわただしい音……ライナスさんじゃない。

 目を上げた先にいたのは、レイモンドであった。レイモンドはフラムと目が合うと、やあ、とだけ言った。身体を動かせないフラムは、それに目で答える。

「調子はどうだ?」

 レイモンドは決まってこう聞いてくる。一日や二日で骨折が劇的に回復することはないので、いつもフラムは少しだけ答えに困る。

「おかげさまで、少しずつ良くなっているのが分かります」

 勿論、フラムにそんな実感などない。だが、レイモンドはそれを聞くと、心底安心したような顔をして喜んでくれる。その顔を見るフラムも、また嬉しかった。

――閣下は本当に心配性なんだから。

 そう思わずにはいられない。それは王城に居るときでもそうだった。常に女王キュビィの事を心配ばかりしていた。きっと、今こうしてフラムの回復を気にかけている最中でも、レイモンドの心のどこかで、遠く王城にあるキュビィの事を心配しているに違いない。そう考えると、フラムは少しだけ複雑な気持ちになる。

「集落を見てきたよ」

 そんなフラムにはお構いなしに、レイモンドは先程見てきた集落の話をはじめた。
 
「防衛はかなり考えられている。魔物といえど、簡単には入り込めないだろうな」

 レイモンドは少し遠くを見るような目をした。だが、その目は鋭い光を放っているように見えた。その目を見て、フラムは、レイモンドが何を考えているのか察した。

――もしや、集落を攻めようとなさっている……?

 集落のこと、そしてピケたちのことは、フラムも既にレイモンドから聞き及んでいる。
 今こうして集落のことを話すレイモンドの目の色は、砦の戦いの時に見せた、戦略を考えている目であった。普段は争いごととは無縁の性格のレイモンドではあるが、ある時こうして眼差しを強いものにする。フラムには、その目が強く印象に残っていた。
 レイモンドはそれから何事かを考えていたようだったが、ややあってふと、表情を曇らせた。

「閣下? どうなさいました?」

「フラム……」

 レイモンドの顔に、苦悩の色が深くなった。何事か言いよどんでいるようである。

「何でもおっしゃって下さい」

「今まで、人を……斬ったことはあるか?」

 レイモンドが聞く、という事は、裏を返せば、人を斬って欲しいという事である。

「人を斬った事はありません。……ですが閣下のご命令とあれば」

 それはフラムの偽らざる本心であった。
 レイモンドはフラムの言葉に、さらに苦しそうな顔をした。

「君の剣は魔物と戦うためのものだという事は良く分かっているつもりだ。だが、どうしても君の力が要る」

「はい。私でお役に立てるならば……」

 そうか、とレイモンドは頷いた。
 フラムの剣は、魔物に虐げられる者をなくすための剣であり、魔物を倒すための剣である。砦へ向かう途中、そんな話をしたことを、フラムは勿論覚えている。だが、レイモンドがピケ一党と戦おうとしていることは、その表情からして間違いない。そのために剣を振るうのであれば、フラムには何も迷うことはなかった。やはりそこには暴力によって虐げられている者がいるからである。

「明日から我々は少し離れた小屋に移る。詳しくはそこで話そう」

「え? ……あの……わ、分かりました」

 小さな小屋に、レイモンドと二人きり。

――それは、閣下と一緒に住む、ということ?
 
 ピケの手下から姿を隠すために小屋に移るのである。良く考えれば、フラムだけでなく、レイモンドも一緒に隠れなければ意味がない。だが、レイモンドと二人きりで暮らす、など考えもしなかったフラムには、その当然の流れが思いつかないままでいた。
 真っ白になったフラムの頭からは、人を斬る話のことなどどこかに吹き飛んでいた。


どうも、イチロです。
更新が遅れがちなことをまずお詫びします。

さて、前回の質問の続きです。
ちなみに、前回書き忘れたのですが、質問文は簡易にまとめておりますことをお断りしておきます。

Q.魔物が出現する中、どうやって農産物やその他の物資は調達されているのですか?領土も減っているので、物資はかなり不足するはずですが。

A.王都では細々ながら、農業が営まれています。
 農務大臣アデュラ=パーピュアが少しでも生産量を増やそうと頑張っています。その他の物資も、わずかずつながら王都で産出されています。新しい商工大臣ノウル=フェスが頑張ってくれることでしょう。
 貨幣経済についてもそうですが、現在の王都に逃れてたばかりの頃は、食料や物資も極端に不足し、本当に混乱したはずです。それを見事に乗り切った先王レクスは、かなり有能な王だったと言えるかもしれません。作中では、キュビィは父親のことを散々に言っていますが。


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