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第2話:勇者求む!
「で、例の件はどのようになっておる?」

 朝。王の執務室。
 新しくその主となった少女は、目の前の宰相に聞いた。

「れ、例の件と申されますと……?」

「何をとぼけておる。ほら、ほーさくだ。ホーサク」

 ホーサク? ほーさく……方策!
 25歳の宰相、レイモンド=オルフェンの頭はようやく女王の言の意味に追いついた。

 パンダール王国の女王となったキュビィ=パンダールは、その最初の政治方針を魔王討伐に定めた。
 王国のほとんどを奪い取った魔王を倒す。それは、侵攻を受けて以来20年間の悲願である。
 最高位の大臣である宰相となったレイモンドは、早速その具体策をまとめなければならなかった。

「ああ、魔王を倒して、この国を再び統一する事……の方策についてですね?」

「そうだ。それ以外に何があると言うのだ」

 キュビィはそう言って、不機嫌そうに腕組みをした。
 これは彼女がイライラしている時のクセだ……。

「はあ、昨日ご指示を頂いてから、夜通し各大臣たちとも協議しましたが、まだ具体的な策までは……」

 レイモンドは頭をかいた。
 先代の王や大臣たちが、20年間頭を絞っても出なかった解決策が、一晩で出るはずも無い。

 しかし、その答えはキュビィの不満を増すだけであった。

「遅い! 遅すぎる! そんな事では、方策が出る頃には王国は滅ぼされておるわ!」

 昨日はさほど乗り気でなかったように思えたレイモンドは、女王の心変わりに驚いた。

「し、しかし陛下……。その課題を頂いたのは昨日ですよ? それに……」

「ええーい、だまれ!! 口ごたえをするでない!!」

 レイモンドが言い終わらないうちに、女王の怒声が飛ぶ。

「とにかく、今日中に、何かしらの策を出すのだ。これを最優先課題とする!」

 キュビィはピシャリと言って、執務室からレイモンドを叩き出した。

 だめだ……。こうなってしまっては、テコでも動かない。
 キュビィが生まれた時から13年仕えているレイモンドは、誰よりもその事が骨身に染みていた。
 

 
 宰相は、各大臣を取りまとめるのが、役割の一つだ。
 この日の朝、そのレイモンドに各大臣の不満は集中した。
 なぜなら、昨日徹夜で続いた会議の続きが、また今朝から始まると知らされたからであり、大臣達の非難も当然と言えた。
 しかし、レイモンドは苦労しながらも、何とか大臣たちをなだめすかし、どうにか会議を進行させた。
 
「とにかく、何をするにしても、資金が足りません」

 これが2日間合計で18時間におよぶ会議で出た結論だ。
 ちなみにこの結論は、18時間のうち、最初の30分で出たものとまったく変わっていない。

 キュビィは、そのばら色に染まった可憐な頬をふくらませて、レイモンドの報告を聞いていた。

「それならば……」

 まるで子供が口喧嘩でも始めるような調子で、キュビィは続けた。

「城には衛兵がおる。彼らを討伐に向かわせればよかろう」

「いえいえ、彼らがいればこそ、王都は守られているのです」

「では、新しく兵士を雇えばよいではないか」

「そのような資金はありません」

「ではその資金を調達せよ」

 じょじょにキュビィの顔色が変わってきた。

「このような辺境の土地では、十分な税収が得られません。産業も育っておらず、調達先がないのです」

「税率をグーンとあげるのはどうだ?」

「へ、陛下! それだけはおやめ下さい。陛下が魔王と呼ばれてしまいますよ!」

 ゴゴゴ……という音が聞こえてきそうだ。キュビィの顔色は赤く、そしてレイモンドの顔色は青くなっていく。
 キュビィの緑色の目が異様な光を放った。

「ムキー!! じゃあどうすれば良いのだ!!」

「ひっ!?」

 部屋にキュビィの怒号がとどろいた。
 こうなってしまっては、手が付けられない。怯みながらも、慌ててレイモンドはなだめる。

「で、ですから、我々も頭を悩ましている所なのです。……まずは農地の拡大、産業の奨励を推し進めるのが肝要かと。」

「愚か者!! それでは、今までとまったく変わらんではないか!! そんな消極的な事でどうする!?」

「は、はあ……」

「これでは、八方塞がりではないか! とにかく、わらわは早く平和な王国を……取り戻したいだけなのに…………」

 キュビィの声は最後になる程小さくなり、最後は消え入りそうな声になった。
 愛らしい顔は憂いに曇り、彼女の長いまつ毛が、緑色の瞳に影を落とす。

 そんなキュビィの悲しげな顔を見ると、レイモンドの胸は、またキュっと締め付けられてしまう。

「陛下、またどうしてそんなに急がれるのですか?」

 レイモンドには、キュビィの突然の心境の変化が解せなかった。

「急いでなどおらん。父上が今まで何もしなかった事を考えれば、遅すぎるくらいだ」

「昨日はさほど乗り気ではないように思えましたが……」

「しかし、もうわらわは女王だ。この国の民に責任がある以上、魔王を倒す事は避けては通れん。わらわはその運命を受け入れると決めたのだ」

 13歳の少女にこの国の運命がすべて任される。
 それはレイモンドが宰相として感じている重荷とは比べ物にならないだろう。
 その上、この少女は本気で魔王を倒し、そして平和を取り戻そうとしている。そんな大人が今までいただろうか?

 レイモンドの胸はさらに苦しくなった。

「ご安心下さい陛下。私が何とかしてみせます。必ずや魔王を倒す手立てを考えます」

 キュビィはふっと、表情を和らげた。

「頼りにしておるぞ。わらわは臣下の中でよく知っているのはレイだけなのだ」

「何か思いもよらぬ良い手立てがあれば良いのですが……。昔話に出てくる勇者マリーンのような……」

 勇者マリーンとは、このパンダール王国の建国にまつわる伝説の人物だ。
 人々が困っている時に、いつも起死回生の策を思いついて世の中を救う、という物語がいくつも残されている。
 今ではマーリンは、知恵者の代名詞までになっている。

「勇者か……」

 キュビィはつぶやいた。

「小さい頃、よく勇者マリーンの絵本を読んでもらったな」

「はい。何度も何度もねだられました」

 まだこんな跳ねっ返りではなかった、可愛い頃のキュビィの姿がレイモンドの脳裏に蘇る。
 キュビィの眠れない夜は、いつもベッドでレイモンドが絵本を読んであげていた。
 その奇想天外な物語に目を輝かせていた少女の姿をレイモンドは昨日の事のように思い出し、おもわず顔がゆるむ。

「あれは、幼心にも胸躍る冒険だったからな……」

 次の瞬間、キュビィの顔がパアっと明るくなった。
 まるで天使が新しいイタズラを思いついたような笑顔。

「そうだ! 勇者だ! マーリンだ!!」

「へ!?」

 レイモンドは思わず間抜けな顔になった。

「勇者を探そう! そして、魔王をやっつけさせるのだ!」

 レイモンドは放心していたが、我に返ると、すぐさま首を振った。

「陛下、しかし、その話はおとぎ話で……」

「やかましい!! お前らの方策を待っていては、いつまでたってもこの国は変わらん!! さっそく触れを出せ!! 勇者をさがすのだ!」

 わがまま女王の人差し指は、まっすぐ新米宰相の青い顔を捉えていた。

 その日の午後。
 小さな王都には、そこかしこに立て札が立てられた。
 その立て札には、こう書かれていた。

【勇者求む! 見事魔王を討ち果たした者には、金1万が贈られる。パンダール王国女王キュビィ=パンダール】

 金1万といえば、孫の代に至るまで裕福に暮らせるだけの金額である。
 もちろん、それだけの余分な資金は脆弱な王国には存在しない。が、その金額で大陸がすべて奪還できるなら、安いものである。
 それぞれの立て札の周りには、にわかに人だかりができた。
 そして、その日からこの前代未聞の御触れに、小さな王都の人々は騒然となった。
 


「レイ、どうだ。我こそは、という勇者は現れたか?」

 キュビィは、お触れを出した日以来、毎日のように、そうレイモンドに聞いてきた。
 それも、1時間ごとに呼び出されては聞かれるので、レイモンドはたまったものではない。

「陛下、あれから一週間が経ちますが、そのような者はまだ現れません」

「何? まだ一人もか?」

「はい、残念ながら……」

 これも、この一週間何度も繰り返したやり取りだ。
 そして、その後決まって女王は機嫌が悪くなる。

「何をやっておる! ちゃんと札は立てたのか!?」

「はい。それはもう。王都のすみずみにまで立てております。昨日でその数300になります。」

 この300の立て札も、キュビィの命によって毎日のように追加されてきた数だ。
 100……150……200……と。
 こんな小さな都では、もちろん300枚の立て札など必要ない。せいぜい30枚もあれば十分に知らせる事ができた。

「ええい、まだ札が足らんと見える! あと100枚追加せよ!!」

「へ、陛下、少し落ち着き下さい」

「これが落ち着いていられるか! そうだ、立て札が小さいのではないか? 巨大な立て札を用意してだな……」

「陛下陛下、それはもう結構です。すでにお触れは、すべての王都の民に届いております」

「ぬぅ……。ならば、どうすれば良いというのだ?」

「そ、それは……。まだ待つしかないかと……」

「ぬおおおー!! 結局それか!! 本当にお前らときたら……!!!」

「ひいい!!」

 レイモンドはまた叱責が降りかかると思い身構えたが、予想した衝撃が来ない。
 恐る恐るキュビィを見ると、何かを思いついたような、悪戯っぽい笑顔がそこにあった。

「そうだ。民が本当に札を読んでおるかどうか、見てみればよいのだ」

「は?」

「すぐに支度せい! これより街に出る。供をせよ」

「えええー!?」

 言うが早いか、キュビィは執務室を飛び出した。



「ここが王都の街か。わらわははじめてだな」

「しっ!! 声が大きすぎます!! 誰かに聞かれたら……」

 キュビィとレイモンドは姿を変え、城下町に来ていた。
 女王は、目深にフードをかぶり、その目立つ美しい顔立ちを隠している。誰も女王とは気付かないだろう。
 レイモンドも、どこにでもいるような、町人の格好をしている。

「見たことの物ばかりだ!」

 小さな街とは言え、街の中心部はなかなかの活気だ。いくつもの店が軒を連ね、商人たちの威勢のいい声が響く。
 キュビィが街を歩くのは生まれて初めての事だった。
 彼女にとっては何を見ても新鮮で、すべてが好奇心の対象となった。緑色の瞳が、キラキラと輝いている。
 逆にそんな姿を見るレイモンドは、女王に何かあっては大変、と生きた心地がしない。

「レイモンド! これはなんだ!?」

「これは、胡麻だんごという菓子です」

「うむ。美味だ!」

「ああ! もう食べてる!!」

 レイモンドは謝りながら、店の親父に代金を支払う。
 その間にキュビィは別の店へ走る。

「これは面白いなー。レイモンド、これはなんという玩具だ?」

「それは万華鏡でございます……。あー!」

 キュビィはまた別の店を見つけたのか、キャッキャと笑いながら、手にした万華鏡をそのまま持って走って行ってしまった。
 またしてもレイモンドが代金を支払い、彼女の後を追う。
 それが何軒も続いた。

「今まで、城の窓からのぞいたり、馬車からチラリと見た事はあったが、実際にこうして歩くのは楽しいな」

 キュビィは棒付きの飴をなめながら歩いている。城下町を堪能し、上機嫌だ。
 そして街のそこら中に立てられた、【勇者求む】の札を見るにつけ、満足げに笑う。

 「ふふふ。これだけ立てておれば、いやでも目に入るというもの。しっかりと民には届いておるな」

 その後ろを息を切らせたレイモンドが歩く。

「遊びに来たんじゃないでしょう? お忍びなんですから、派手に動き回るのは、お控え下さい……」

「ふむ。では、あそこの店で休んでいくとするか」

 そう言ってふいっとキュビィは横にあった店に入った。
 その看板を見て、レイモンドの顔色が青くなる。

「そ、その店は……!」

 看板には『酒場』と書かれていた。

 慌てて追いかけるレイモンド。
 店の戸を開けると、ムっと酒の匂いが鼻を突いた。
 暗い店内には一見してならず者と分かる者たちが、ゴロゴロといる。
 手前の空いているテーブル席には、すでにキュビィがちょこんと座っている。
 
「……!」

 レイモンドは声にならない声をあげた。
 ここは子供が入れない店だ!いや、それ以前に女王であるキュビィには危険すぎる場所だ。

「何をしておる。さっさとここに座らんか」

 キュビィは何食わぬ顔で自分の向かいの席を示した。
 彼女は連れがまだ座らぬうちに、親父にミルクを2つ頼んでいた。

「陛下、ここは危険すぎます!」

 レイモンドは席につきながら小声で言った。
 レイモンドですら、こんなガラの悪い店には入った事がない。彼は、もともとの身分は高くないとは言え、城務めのエリートなのだ。
 キュビィは彼の忠告を無視し、聞こえないフリをした。

「へ、陛下……!」

 レイモンドは言葉を失い、店を見渡す。
 昼間だというのに、いかつい体つきをした男たちが、大勢酒を酌み交わし、大声を張り上げている。
 幸いにして、レイモンド達には、気付いていない様子だ。
 男たちは、陽気に飲んでいるわけではなく、なにやら不平不満をわめき散らしている。
 
 大筋で男たちの言っている事はこうだ。

 一、仕事がない。金がない。

 二、それは魔物のせい。

 三、それを取り締まれない王国は無能だ。

 というものだった。

 中でも、勇者募集の立て札については、もっとも槍玉に挙げられていた。
 いくら金を積まれても、そんな命知らずはいない、と。
 王国の失政を、国民に頼むようでは、先は長くない、とまで言う者もいた。
 最後はあの立て札の数300枚の話になり、酒場は下品な笑い声に包まれた。

 話声を聞いて、レイモンドは恐る恐る横目でキュビィを見る。
 案の定、キュビィは下を向いて、両手を握り締め、プルプルと震えていた。
 例のゴゴゴ……という音が聞こえてきそうだ。

(これはマズイ!)

 レイモンドは直感的に判断した。
 彼女はキレる寸前だ。目が不気味な色に光っている。
 レイモンドはミルクの代金を多めに置き、キュビィの手を取って風のような速さで店を飛び出した。



「何なのだ! あの輩は!! 不敬罪で皆殺しにしてくれる!!」

 街はずれの川のほとり。この辺りには誰もいない。
 13歳の女の子が言うには相応しくない物騒な事まで口走って、地団駄を踏んでいる。

「まあまあ、陛下。あの者達は、陛下がいる事を知らないで言っているのですから」

 レイモンドがなだめる。

「愚か者! だからこそ許せんのだ。普段からああ思っている事は明白ではないか!」

 確かにその通りだ。
 しかし、この調子で、あの酒場で爆発されては、あの男達にケンカを売っているに等しい。
 あの人数が相手では、レイモンドのさほど得意でない剣技だと、到底太刀打ちできそうにない。

 それにしても、とレイモンドは思う。
 あれだけの人数のいい大人が、真昼間から酒場に入り浸っている事が問題だ。それだけ、この国が上手くいっていない事を如実に示している。
 そしておそらく、男達が酒場で言っていた事は真実なのだ、とレイモンドは思う。

「仕方ありません。あの者達が言う事にも、一理あります。だからこそ、我々が何とかしなければな……ブっ!」

 最後の妙な音は、神妙に話すレイモンドのみぞおちに、キュビィの小ぶりな拳がめり込んだ時に発せられたものだ。

「わらわはくやしい!! 必ず目に物を見せてくれる!」

 腹を押さえてうずくまるレイモンドの目には、キュビィの背後に怒りの炎が見えた。

「皆にわらわの触れが届いている事は、もう嫌という程分かった。レイ、帰るぞ!」

 レイモンドは腹を押さえたまま、少女の後ろを追いかけた。



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