街と宝石
『colores』の中心都市、オーラー。
さすが中心と呼ばれているべきというかなんというか、とにかく人・人・人の数がはんぱない。
そして、そのたくさんの人の数同様、様々な色が溢れかえる大通りに、美穂奈は一瞬、歩くのを忘れ周りを見渡した。
綺麗だと、そう思った。
「おい、何ボーっとしてんだ。行くぞ。」
リングにせっつかれ、我に返った美穂奈は慌ててその背を追いかけた。
中世ヨーロッパ風の町並みの向こうに、お城の様な大きな建物が見える。
街行く女の人は皆、これまた中世ヨーロッパ風の丈の長いワンピースの様なコットを着ていた。
美穂奈は自分を見下ろし服装を確認する。
部屋着の少し丈の長いワンピース。
ラズやリングが美穂奈を見た時に、服装が変だと思わなかったのは、この服を着ていたからかもしれない。
美穂奈は前を歩くリングの背中を見て、首を傾げる。
この世界の時代背景は、RPGゲームや小説などで良くある、中世ヨーロッパ風なのだが、男性の服装だけは少し違う。
Tシャツにジーンズ、とは言わないが、素材は違うにしろそんな感じの服装だ。
スッキリしていてシンプル。
無駄なヒラヒラ等はついていない。
(……男物の服の方が、動きやすそうよね。)
そう思いながら、人ごみをかきわけリングの背中を懸命に追いかける美穂奈は、ふと心配になる。
先程から自分で中世ヨーロッパ風と言っているが、もし文化レベルが中世ヨーロッパと同じだった場合。
お風呂といえば、常時入れるものではないし、宿屋は人が多ければ床で寝かされ、よしんばベットで寝れたとしてもノミ、ダニの宝庫。
(……魔法があるんだもの、さすがにそれはないわよね!)
美穂奈は自分が持ってる中世ヨーロッパの知識を頭を振って追いやった。
ラズとリングを信じよう。
うんうんと自分を納得させる様に頷いていると、リングが振り返えり止まった。
「ここで良いよな?」
言われて見上げた建物は、リングが選んだにしては、えらく可愛い感じのものだった。
「聞かれても分からないし、リングに任せるわ。」
「……じゃあ、面倒臭いし、ここで良いかもう。」
言うが早いか入口をくぐるリングの後を、美穂奈は慌てて追いかけた。
「いらっしゃいませ。」
宿屋に入ってすぐ、そう声をかけてきたのは、淡い水色の長い髪を後ろで1つに束ねた、落ち着いた雰囲気の若い女性だった。
「部屋、空いてるか?」
リングの素っ気ない質問に、女性はにっこり微笑みながら頷いた。
「えぇ。お二人かしら?」
「いや、こっちだけ。何泊かは決めてないんだが、しばらく頼む。」
くいっと親指で差され、美穂奈はペコリと頭を下げた。
「かしこまりました。すぐにお部屋をご用意致しますので、少々お待ち下さい。」
そう言って、2階にある部屋に向かう女性の後ろ姿を見送りながら、美穂奈はホッと胸を撫で下ろした。
先程追い払ったばかりだが、やはり少し心配だった。
贅沢を言える身ではないが、ノミ、ダニ、カビ等と仲良くはしたくなかったし、宿屋というと一階は酒場みたいになっており、二階が宿泊設備の物が多い。
強面の乱暴な男性が大勢いたらどうしようとも思っていたが、この宿屋の一階は酒場ではなく食堂の様になっていて、テーブルの上には花などが飾られ、とても清潔にされている。
この分だと、部屋の方も大丈夫だろう。
それに、オーナーと思わしきあの女性。
とても優しそうな雰囲気であり、何より同じ女。
何がどうって事はないが、女性というだけで、少し安心したのだ。
……そこまで考えてくれたのだろうか?
こっそりリングを盗み見ながら、美穂奈は自分で自分の考えを否定した。
(ないな、だってリングだし。)
ラズならともかく、リングにそんな細やかな気配りが出来るとは思わない。
出来たとして、女の美穂奈を気遣ってくれるはずがない。
「……なんだよ。」
美穂奈の視線に気付き、煩わしそうにそう言うリングに美穂奈は首を振った。
「別に。」
そうこうしているうちに、部屋の準備が整ったのか、宿屋の女主人が階段から下りてきて、ニッコリと笑いながら、鍵を差し出してきた。
「では、ごゆっくりどうぞ。」
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「うわ!凄い、凄い!!ねぇねぇ、リング。見てよ、凄い!!」
大興奮でリングを手招きする美穂奈にリングは呆れた表情を見せた。
「いや、普通だし。」
「普通じゃないわよ!うわー、凄い!!」
手を叩きはしゃぐ美穂奈に、リングは興味なさげに溜息を吐いた。
美穂奈大興奮の原因は、少し前に遡る。
部屋に入り、早速部屋の中を物色していた美穂奈は、待望のお風呂場を発見し、喜んだ。
「あ、お風呂!良かった、お風呂があるのね。」
リングが帰った後にゆっくり入ろうと思った美穂奈は、ふと違和感を覚えた。
「あ、れ?蛇口はどこ?スイッチ式?」
キョロキョロと風呂場内を探してみるが、それらしいものは見当たらない。
「おい、風呂は後にしろ。今後の事をサッと説明したら俺は行くから、話を…。」
「ねぇ、リング。お湯はどこから出るの?」
話をぶった切られた事にイラッとしたのか、リングの眉が若干つり上がる。
「おまえは、本当に俺の話を聞かねーなぁ?」
「聞いてるわよ。今後の事をサッと説明したら、リングは帰るんでしょ?その前に聞いておかないと駄目じゃない?」
リングは大きな溜息を吐き出しながら、脱衣所の近くに置いてある籠の中から、拳大の石を2つ取り出した。
「風呂は宝石を使うに決まってんだろ。」
「宝石?」
言われて出てくるものは、ダイアモンドやサファイヤ、エメラルドなど。
美穂奈の常識からいって、それらでお湯を沸かせるはずがなかった。
「決まってるって言うけど、私は異世界の人間なんだってば。」
「……おまえの世界じゃ風呂がなかったのか?」
「あったわよ。でも、お風呂のお湯をはるのに、宝石なんて使わないの。」
美穂奈の言葉に、また説明かとリングが頭をかく。
「とりあえず、今日は簡単にな。説明のし過ぎで俺も若干疲れてきたし。」
「そうね、私もそろそろ頭から煙が出そうよ。」
リングの言葉に、美穂奈は了承の意を込め、そう頷いた。
「宝石ってのは、この世界で生活していく上で欠かせないものだ。生活の補助的役割を担ってる。簡単に言うと、中に魔法を閉じこめた玉だ。」
言って、リングは赤い宝石と青い宝石を美穂奈の方へ投げつけた。
「え、ちょ、まっ!!」
慌ててキャッチした宝石は、赤い方が温かく、青い方が冷たく感じた。
「魔法を閉じこめるって言ったが、俺等が使う魔法を閉じこめてる訳じゃない。宝石に閉じこめられてるのは、自然魔法だ。」
「……自然魔法?」
魔法に自然も不自然もあるのだろうか?
「今、おまえが持ってる赤い宝石は火。青い宝石は水の自然魔法が入ってる。赤い方は温かく、青い方は冷たいだろ。他にも、緑の宝石には風、橙には土、黄色には光、紫には闇が入ってる。」
(あ、魔法っぽい。)
その説明に、美穂奈はポツリと心の中で呟いた。
美穂奈の知っている魔法の知識は、ゲームや小説の世界だが、大抵その手のものを見たときにくっついてるのが属性。
赤系統や青系統などの色でなく、火属性や水属性といった四大元素+αである。
自然界にある元素を使った魔法なので、自然魔法と言うのかもしれない。
「俺等が使う色魔法は、割と消耗が激しい。個体差があるし、魔力の少ない人間が一日家事をするのに魔法を使えば、疲労困憊だ。だから、日常生活ぐらいは、この宝石を使って補う。赤い宝石を使えば、竈に火をおこせるし、青い方を使えば洗い物が出来るだろ。」
美穂奈は手の中にある赤と青の宝石へと視線を落とす。
「つまり、応用すれば、お湯を沸かせる事が出来ると。」
「そういう事だ。青い宝石を軽く湯船の底に叩きつけてみろ。」
言われた通りに、美穂奈は青い宝石を手に、湯船の底に叩きつける様に落とした。
瞬間、宝石が割れ、中から大量の水が溢れ出してきた。
「うわ!凄い、凄い!!ねぇねぇ、リング。見てよ、凄い!!」
大興奮でリングを手招きする美穂奈にリングは呆れた表情を見せた。
「いや、普通だし。」
「普通じゃないわよ!うわー、凄い!!」
手を叩きはしゃぐ美穂奈に、リングは興味なさげに溜息を吐いた。
「次、赤い宝石にヒビ入れて、水の中に突っ込む。」
もう片方の手の中に残った宝石を、卵を割る時の要領で壁にコンコンとぶつけ、美穂奈は湯船の中に放り込む。
赤い宝石は、ゆっくりと沈み、底にコンと当たった瞬間、水からぶわっと湯気が立ち上った。
「うわ!凄い、凄い!!あったかい!!」
湯船に手を入れ確認すれば、確かにお湯で、美穂奈は感動した。
あんな小さな宝石の中から大量の水が出てくる事、その大量の水を一瞬にしてお湯にする事。
なにより、それをしたのが自分だという事。
例え、玉を割るだけの簡単作業だったとしても、『魔法を使えた』という事実に、美穂奈は感動していた。
キラキラした瞳で水面を見つめる美穂奈を、リングは冷めた視線で見下ろした。
「くれぐれも、赤い宝石を先に放り込むなよ。風呂場が炎上するから。」
はしゃぎ過ぎている美穂奈にそう釘をさすようにそう言ったリングの言葉に、美穂奈は「うっ。」と言葉を詰まらせ頷くのだった。
「き、気を付けます。」
……やはり、どんなに簡単でも知識もなく使うには、魔法は危険なものの様だ。
しばらくは、簡単といえど宝石を1人で使うのは控えようと決め、美穂奈とリングは一旦部屋へと戻るのだった。