白い追憶
この物語は、「春・花小説企画」参加の企画小説です。
五月。
眩しい日差しの中で、様々な花が咲き乱れる季節。
百花繚乱の季節に、私は日陰でひっそりと咲く。
目立たず、主張せず、邪魔にならない。そんな、花。
でも、私は知っている。こんな私を、必要としてくれる人間が居るのだと言うことを。
一人の娘が、私を摘み取った。
娘の手に触れると、その想いが私にも伝わって来る。
そう。好きな人が、どこか遠い所に行くんだね。自分との思い出に、私をその人に贈りたいんだね。
今まで知らなかったのだが、私の花言葉は、「白い追憶」というらしい。
なんだか綺麗な言葉だね。
娘の心の中には、純粋な恋心と別離の悲しさ、そんなもので溢れている。
今まで、私を誰かに贈ろうとするような人間は居なかった。だから私は、その娘の思いに晴れがましさと嬉しさを感じていた。
私があんたの力になれるなら、そんなに嬉しい事はない。
その人が、たまにあんたを思い出してくれるといいね。
きっと、そうなるよ。
私は、心からそう願った。
別れの時。私には可愛いピンク色のリボンが不器用な蝶結びでかけられて、娘の手の中にあった。娘から私を手渡された少年の顔は、何故か少し不満げだ。
あんた、こんなに可愛い子に花をもらって、何が不満なんだと言いたくなる。
「元気でね」
娘は今にも泣き出しそうな目で、少年を見つめていた。
「うん。可奈ちゃんも元気で」
少年は笑って小指を差し出す。
指切り。
「夏休みになったら、きっと遊びに来るから」
「約束だよ」
クラクションの音がした。彼の父親が車の窓を開けて、少年を呼ぶ。
少年はもう一度娘と指切りをして、車に乗り込んだ。
何度も何度も手を振る少年の手には、私が握られていた。
「可奈ちゃんに、何をもらったの?」
助手席に座る少年の母親が、ちょっと顔をしかめながら少年を振り返る。
「元気でって、これ」
少年が私を母親に投げる。こらこら、少年。せっかくの女の子からのプレゼントをどうしてそんなに粗末に扱うのか。
「元気でって、その草を? 可奈ちゃんって、子供のくせにおばあちゃんみたいな事をするのね」
私を手にとりながら、少年の母親がくすくすと笑う。
「窓開けてよ。すごい臭いよ、それ」
少年はさっきまで私を握っていた手の臭いを嗅ぎ、嫌な顔でそう告げた。
そうして新居についた家族は、私をドライフラワーにした。
人間は、美しい花の思い出を残すために、そういうものを作ると他の花仲間に聞いた事がある。
それは「白い追憶」の花言葉を持つ私に、相応しい姿だと思えた。そう思うと晴れがましい気分になる反面、何故か違う予感もしていた。
既視感、とでも言うのだろうか。
私はずっと昔から、そのようにされていた気がする。
私が完全に乾いた頃。
私は熱湯の中に投入された。
「はい、ドクダミ茶。可奈ちゃんの気持ち、受け取ってあげなさいね」
母親に言われ、少年は苦虫を噛みつぶしたような顔で、私を飲んだ。
完
ドクダミをイメージした小説を書こうと思って、花言葉を調べると、「白い追憶」と出ました。
それを見た瞬間に、今まで考えていた物語が消え失せ、こんな話が出来ました。(笑)
イメージした花、ドクダミ(十薬)
花言葉、「白い追憶」「野生」