昼休みだが、世界観が違う
私は外食での相席が出来ないタイプである。
別に人見知りではない。カウンターでお店の人に話しかけたり、観劇なども平気だ。
ただ外食は………「あれっ、歯に牛すじ挟まってないよね?」みたいな。食べ方気にしちゃう。
だから昼食中、ど正面に紫垣がどさりと座り込んだとき、思わず「やべ、コーンついてないよな」と口元を覆った。勿論当学園自慢のレストラン、昼セットの自信作コーンポタージュにそんなことあるわけないが。
「黒瀬、なんで授業中スマホ止めたんだよ」
「逆に聞くけど、止めない教員がいる? あと「先生」つけて?」
紫垣は不満顔のままだ。
「それに古典の授業は古典に集中。他の教科の宿題禁止、けじめをつけてきっちり覚えるもの。スマホはもっての他」
あと赤宗に連絡したら、あの男子生徒の学校生活が始まる前に終わりそうだし。
だが口には出さなかった。紫垣の左斜め前、私の右横に、赤宗本人が微笑みを浮かべて座っているので。
ちなみに食事中無言で横に座られるのも苦手だ。普通にひびる。
「琉晟、黒瀬先生のおっしゃることはもっともだ。先生が話している最中スマホをいじるとは失礼にも程がある。
それに、まず姿勢が悪い、座りなおせ。
後ろの寝癖は何だ、いつもはねているじゃないか。みっともない」
赤宗とは反対側に座っている青景が、紫垣に説教をする。
眼鏡を押し上げ、マナーに口うるさい様子はまるで母。
彫刻を思わせる、硬い感じの顔立ちだが、薄い唇は神経質で、さらさらした黒髪が落ちる切れ長の目尻は繊細に流れている。細く長い足を、持て余し気味に机の下におさめている。
「黒瀬先生、申し訳ありません」
「けっ。邦優は俺のかあちゃんか。うるせえんだよ」
青景に対してはうるさそうにしていた紫垣だが、赤宗に薄い微笑みを向けられ、首をすくめた。
「琉晟、授業のスマホは」
「わあったよ」
赤宗は満足そうに微笑を深め、青景は呆れて紫垣を見つめた。
学園の頂点は、無論「皇帝」赤宗真輝である。その周辺にいる数名は、それぞれに学園で名を馳せている。
ある者は学園の中でも指折りの名家の出身。
ある者は芸術で才能を発揮し。
ある者は人望があり。
ある者は美貌。
それぞれの才と血筋で、ヒエラルキーのトップに所属している。
中でも優れて見目よく、才に秀で、赤宗に目をかけられ長い時間を過ごした者らは、全員が姓に色を持っているため、総じてレインボーズと呼ばれる。
彼らは羨望の的であり、彼らのとお近づきになるというのは、学園での栄達が約束されたということなのだ。
………それがよりにもよって、食堂はかなり広いというのになた、ぜ私と同席する?
周辺からの視線を痛いほどに感じながら、コーンポタージュを口に運んだ。
瑠守良実学園はお金持ち学校である。
かつての学費は、一般家庭の4、5倍だったという。今でもなかなか高額で、更に上流階級の子息が通っているため、幼稚園から大学院までの卒業者や保護者の寄付金も、結構なものになる。
これらの金は、最近まで惜しみなく学校環境に注がれていた。
白く瀟洒な校舎は冷暖房完備加湿機能、空気清浄機能付き。
大学院までの各学校のラウンジは飲食も充実しており、外部には温水プール、テニスコート、野球場、サッカーグラウンド、体育館は第7まで、講堂は壮麗でコンサートホールは別にある。
今いる中高合同の食堂も、食堂というよりレストランだ。いや、なんか看板に、多分フランス語でなんやかんや書いてあったのは「レストラン」ではなかったから、もっとお洒落な何かだ。
食堂のおばさんや、白づくめで大鍋をかき回すおじさん、学食にたかる食べ盛りの青少年の血肉わき踊る戦いもない。
シェフとスタッフがカウンターで注文を受け付け、吹き抜けのホールに、白の洒落たテーブルとデザイン性の高いシルバーの椅子が並ぶ。
二階にはまた違ったデザインの椅子やテーブルが置いてあって、二階からの眺めが楽しめる。
実際、保護者の方もこちらでランチを召し上がる。
非常勤で初めてこの学園に来た時の衝撃はすごかった。ドン引きした。世界観が違った。
「黒瀬先生が食堂を使うのは、珍しいな」
「忙しくて弁当作る暇もなかったんだよ…」
食堂という立場でありながら、食事のお値段はお高い。
外のレストランで食べるよりマシ、というレベル。非常勤の時は一切使用しなかった。
「お昼のおすすめセットメニュー」があってよかった。単品メニューから選べと言われたら奇声を上げてしまうところだった。コトレッラ?ウフアラネージュ? 意味わかんね。
紫垣はふてくされて、姿勢悪く足と腕を組んだ。
「…授業やりにくいだろうと思ったから、テルに相談しようと思ってよ」
「テル」とは赤宗のことだ。目を伏せると紫垣は黙りこくってしまった。
私はうっかり感動してしまった。やはり紫垣は、見た目は不良のテンプレだが、女子どもに優しい素直なエロガキなのだ。やってることは「告げ口」だしね。
でも最終兵器にはまだ早い。
「そういえば紫垣、3月に金髪に染めたって聞いてたんだけど」
常勤講師に切り替わった際、多少バタバタしていてわからなかったが、ついこの間まで、もう少し髪は長くなかったか。
今では立派なイガグリ頭だ。いつも後頭部と前髪が逆立っているが。意外に大きな三白眼が可愛らしくなっていいとおもう。
すると、紫垣がますますふてくされた。青景が珍しく、無言のジェスチャーを示してきた。え、バリカン?
青景は柳眉を潜めた。
「仕方なかった…琉晟が染めた日、琉晟の母がそれを見て爆笑し」
「…ううん」
「翌日幼馴染たちが指さして笑いながら写メをしスマホで共有して、颯翔を並べてまた爆笑し…黄葉颯翔は地毛が綺麗な砂色で」
「…ううん」
「翌々日、幼馴染の送った黄葉との写メを見て、真輝が琉晟に、「眉毛とまつ毛も染めろ」とマスカラを傘下の会社の製品から根こそぎ持ってきて」
結局、刈ってしまうのが一番だということに落ち着いた。
青景は見た目は冷淡なのに、実は一番ハートの優しい常識人だった。
無言で匙でスープを運んでいると、いきなり背後から、かなり重みのあるものに、頭から背中からのしかかられた。
「百合ちゃんさあ、何でうちの授業担当じゃないの?」
「重い重い重い!…なんだ小緑かいや重いな!? 「先生」をつけよう「先生」を!だめ重い!」
柔らかそうな黒髪を、ハーフアップにして団子にしてまとめた青年が、私の頭に腕をのせ、もたれかかっている。見えないけど。
赤宗と同クラスの小緑だ。彼も「レインボーズ」の一員である。やたらめったら背が高く、私の背中を包み込むようにしても、まだ長い手足をもてあます。
「なあ、何で?」
「何でも何も重い重いつむじイタイ顎で押すな腕を乗っけるな!」
雰囲気はゆるゆるだが、背が高い上にスタイルも良くて、体重がかなりある。シャレにならないくらい痛い。そして重い。
「百合ちゃん先生の授業、ほどほどだったのに」
「あなた去年の私の授業、ほとんど寝てたじゃな………え、「先生」そういう風につけんの?」
「百合ちゃんは、居眠りバレテいちいち起こしてきて、そこは面倒くせえ」
「それが仕事!」
2メートル近い身長でなぜばれないと思った。というか赤宗もそうだけど、近いよ。
「獅央、昼を持ってきたらどうだ」
「へーい。真輝、席とっといて」
小緑はのっそり身を起こすと、カウンターの方に歩んでいった。赤宗は紫垣とは反対側の自分の隣に小緑の席を確保した。だからなぜここに席をとる。
「テル!」
「サネテルさん!」
まばゆい限りの笑顔でかけてくる彼らも、「レインボーズ」がさらに二人やってきた。
中3の黄葉と橙野だ。直接の面識はないが、一目でわかる。
「あ、百合ちゃんじゃん」
「先生をつけなさい先生を」
黄葉は噂通り、「レインボーズ」の内でも王道のイケメンだ。
癖の強い、話通り長めの美しい砂色の髪、きらきらしい顔立ちに浮かぶ、これまた麗々しい笑顔。
ちょっと顔を見かけたことがあるだけの先生に、いきなり「百合ちゃん」呼びとは、やりおる。
「百合ちゃん先生はテルのお気に入りだもんね、受けたかったのにな。こんなカワイイ先生の授業受けられるなんてさ」
「最近の流行は「先生」ってそうつけるもんなの?」
黄葉の美しく切れ上がった目が、ひんやりと私を観察してくる。
「よろしくね」と笑うと、素晴らしく美しい愛想笑いになった。
「あ、あのっ」とぎこちない声がしたので、今度はそちらに向き直る。あちこち跳ねる、巻き毛の頭に、くりくりの釣り目をしたのが、気を付けの姿勢で私を見ていた。
これもまた顔がきれいだが、どちらかといえば元気な少年っぽい可愛らしさだ。
「とーの太陽です!橙色の、野原で、とーの! 百合先生、サネテルさんから話聞いてました! よろしくお願いします!」
「おっ、よろしく。寝なきゃ、大体点数とれるから」
元気の良い挨拶に、ひらひら手をかざして応えると、橙野はヒャクッ、としゃくりあげたまま固まった。
……私は「簡単に成績とれるよ」という意味で言ったのだが? なんでそんな後ろめたい表情をするのかな?
「颯翔と太陽じゃん、何してんの」
私が橙野を問い詰める前に、小緑が戻ってきて黄葉と橙野に声をかけた。
手元の盆には、山盛りのスイーツが零れ落ちそうになっている。
私は絶句してしまったが、レインボーズには見慣れた光景なのか、臆した様子もなく小緑の方へ寄っていく。
「シオウさん、虫歯にならないの?」
「俺家では頭脳労働派だし。糖分使うんだよ。太陽、これ好きだったよな。一口やる」
「いいの? やった!」
「一口だけだから」
頭脳労働? 青景は再び顔を顰める。
「ITに関しては日本で一、二を争います。天才ハッカーと言ったら、わかりやすいでしょうか…本当にハッカーはしてません、させてませんから。黒瀬先生」
私は耳を塞いだ。聞いてない。聞こえない。
青景に無理やり塞いでいた手を外されると、再び仲の良い会話が聞こえてくる。
「獅央、相変わらず前髪長いねー。これあげるー」
言うと、黄葉はポケットからヘアピンを取り出し小緑の前髪を止めてやった。
「颯翔、何これ」
「クラスの女の子からもらった。やー、似合うね!」
ぴったり寄り添った姿からは、長い付き合いの上での気安い関係が見て取れた。割って入る隙間もない。そんなつもりは毛頭ないが。
赤宗は微笑ましくその光景を見やると、威厳はそのままに優しく年少組を促した。
「颯翔、太陽も昼を持ってきなさい」
黄葉と橙野は元気よく返事して、自分の上着を紫垣の右隣に、並べて置いてカウンターに走った。
…これが男子高校生の距離感か。赤宗が父か、お前ら立ち位置はそれでいいのか。
この調子じゃ、 「レインボーズ」全員勢ぞろいするんじゃあるまいか。
「おー、お前ら仲良いな」
「泰心」
「泰し…藍原先生」
「ち、泰心かよ」
フラグの回収が早い。思わず頭を抱えた。
今度は藍原先生が寄って来た。赤宗、青景、紫垣と次々と声をかけていく。付き合いが長いからか、青景以外は下の名前を呼び捨てだ。
先生は気にした風もなく、いつものにこにこ笑顔だ。手元にはでかい皿が一つ、どんと乗っている。
「…藍原先生、メニューは?」
「肉うどん。裏メニューで作ってもらっているんだ」
頼めたんだ、そういうの。
「泰心も座るか?」
「いいのか、じゃあ遠慮なく」
赤宗に促されると、藍原は私の左隣に腰を下ろした。
……ずっと、ずうぅっと思ってるんだけど、他に席があるでしょ、向こう行って?
食堂は広いだろうに、なんでこの近く。あなた方お互いに距離感近いからって、何で私とも距離感詰めてくる?
学園の誇る「レインボーズ」が一堂に会したおかげで、客観的に見れば目の保養だが、ところがどっこい、おつりがくるほど、周りからのストレスがすごい。
教職員から生徒まで、四方八方から周りの視線が痛いほど刺さってくる。
じゃ、私の代わりにここに来ればいい、と思うけれど、レインボーズは赤宗の「身内」だ。みだりに手を出して、粗相をすることを考えれば、遠巻きにしている方がいいのだろう。
ちらりと視線を動かすと、教えたことのある女生徒と目が合った。女生徒はにこっと気遣いの愛想笑いを浮かべ、すぐにさっと視線をそらした。そんな、見捨てないで。私もそこに連れて行ってくれ。無理か。
さっさと飯食って立ち去ろう。再び匙を口に運びだすと、一際鋭い視線を頬に感じた。恐る恐る顔を挙げる。
A子嬢が物凄い目つきで見ていた。彼女はとことん私を避けているらしく、姿を見たのは久しぶりだ。
なぜこんな凄まじい目を、と困惑し、すぐにわかった。
「レインボーズ」のことを、A子嬢は「攻略対象」だと思い込んでいる。つまり、A子嬢にはこの光景が、「レインボーズ」を「黒瀬百合」が無理やり侍らせているように見えるわけだ。酷い誤解である。
A子嬢はこちらには来ない。ただひたすら睨みつけてくる。視線がまるで…何と言おうか? とにかくこれまでの人生で浴びたことのない鋭さと執着の目で見てくるものだから、他から刺さる好奇の目と相まって、居心地が最悪だった。
A子嬢の視線は怖いし、回りは騒がしい。
これからは弁当にしよう。そうしよう。
深い深いため息をつくと、赤宗が慈愛深い微笑みを向けてきた。
「黒瀬先生、ため息など。せっかくの昼食が、冷めてしまいますよ」
薄笑いで返しておいた。
イケメンたちに囲まれ、視線に刺されて食べるコーンポタージは味がしない。
レインボーズ全員集合。見た目は美形、見た目だけは。
連載用に設定や名前を変えました。取り敢えず、イケメン、不良、ショタ、包容力の大人、インテリ、ゆるい系を揃えて、色にはめ込みました。
「レイン坊主」のお言葉を頂き、紫垣のヘアスタイルが決まりました。これから紫垣は伸ばすのに必死です。
2015.2.15 ルビ機能があることを初めて知った。
2019.12.12 改訂