職員会議ではお静かに
いろいろ面倒なので、赤宗の名前変えました。サネテル君です。
ここでは登場しませんが、よろしくお願いいたします。
赤宗の背中を見送って、準備室に鍵をかける。
かちん、と錠の落ちる音と同じくらいに声がかけられた。
「黒瀬先生、職員会議、覚えている? ああ、やっぱり準備室だった」
「藍原先生」
平均より頭一つ分高い背に、長めの髪を流した端麗な容姿。社会科の藍原先生だ。探しに来てくれたのか。
慌ててポケットに鍵を突っ込む。
「すみません、お待たせしました」
「いや、全然。理事長も来るから、早めに会議室に行った方がいいかもしれないから。教材研究か?」
「そんなところです」
「そういやさっき、赤宗もいたらしいな。あいつが声出して笑うのは珍しい。仲が良くて嬉しいよ、俺は」
藍原先生は笑いながら、私の頭をぐりぐり撫でまわす。
いや、撫でまわすというか。
背も、手も大きくて、力も強くて、「頭を撫でまわす」というより、「頭をもぎ取る」感じだ。思わず顔を顰める。
「新任は忙しいよな、いろいろ面倒な研修もあるし、雑用言いつけられるかもな。同じ高1の担任だから席も近いし、出来る限り手伝うから、遠慮なく相談しろよ」
「ありがとうございま…首がとれる!」
「とれないとれない。ちょっと首こりがひどいな? 田舎のばあちゃんが、こりにはすっぱいものがいいって言ってた。小梅いるか?」
「…いただきます」
……藍原先生、いい人なんだけど。
藍原の見た目と中身のギャップに、まだ慣れない。まあいい、もらえるもんはもらっておこう。
小梅をありったけもらい、藍原と会議室まで歩きながら、一緒になってこりこりこりこり。
「こりこり…藍原先生は1Bの担任ですね。どんな様子ですか?」
「ああ。今年の生徒はフレンドリーな奴が多い…こり」
「フレンこリー?」
「よく話しかけてくるんだ……こりこり」
「そういわれても、藍原先生は、いつも生徒に話しかけられていらっしゃるでしょう」
そういえば、藍原先生のクラスには、紫垣と、あのA子嬢がいたはずだ。彼らの様子はどうだろう。
藍原は少し悩んだ後、簡単に説明してくれた。
「一人、距離感の近い女生徒がいた。
先生の悩みを聞いてあげたい、とか。愛に正直にあるべきだ、とかどうとか。あんまり話しかけてくれるから、親愛のしるしに小梅をやった」
「なるほど」
定めし戸惑ったろうな、A子嬢は。
しみじみ藍原先生を見ようとして……気合いを入れて上を向かなければ、彼の顔を見られないことに気がついた。
「これ」が、攻略対象、というやつかぁ。
体格もいい。厚みのある胸に長い足、形のいい眉と唇。切れ長の目元から凄まじい色気を垂れ流す時もある彼が、ただの教員であるというのが、未だに信じられない。ホストと言った方がしっくりくる。
A子嬢の「乙女ゲーム」という発想、直ぐに否定できないのは、こういうところかもしれない。現実感が皆無だ。
私の視線に気がついて、藍原先生は目線を下ろすと、ふと目元を緩ませた。
「もう小梅はないぞ」
「いえ………もういいです…………」
もう……攻略、しにいったのか。この掴み所のない天然・藍原先生を。…果たしてA子嬢は、いや、A子嬢に限らず、落とせるのか?
藍原が私に見せている反応も、教員として普通で、冷静に見える。異常に気にしたり、あるいは嫌っている様子もない。
いや、明らかに喜んでたら、足の一つも踏んでやるけれども。だって先生だもの。
しかしこんなハンサムがいるなら攻略対象でもおかしくない、と思う一方で、「この世がゲームの世界だ」なんて荒唐無稽、どうして信じられるだろう。
「………なんで私が高1の学年付きなんでしょう」
「いやなのか?」
いやだ。だが正直にそんなこと、言えるわけがない。なので、一部本音を省略して答えた。
「赤宗や青景たちがいるでしょう。なんといおうか……クセがつよいから、私より適任がいるんじゃないかと」
A子嬢が昨年度、私のことを「紫垣の担任」だと言っていたのも気になる。何となく、彼女の「言葉」に近づくのは、何かを助長する、気がする。
「ちゃんと担任には考えた相手を任せてるから。それに、黒瀬先生は自信をもっていいぞ。レインボーズの扱い、上手いじゃないか」
いやな顔をもろにしてしまったらしい。
藍原が「そんな顔すんな」と背中を叩くので、つんのめって転びそうになった。
職員会議では、指定された席も藍原と隣り合っていた。会話は尽きなかったが、「幼稚園の園長が新しいヅラになった」とか、「高校に上がったレインボーズは所属クラブもそのままだろう」とか、とりとめもなかった。
A子嬢は、ーー乙女ゲームだの転生だの、詳しいことはわからないがーー今日の藍原の言動で、諦めてくれないだろうか。
別れ際の赤宗も気になった。なぜ、何もないふりをしたのだろう。怖気が走るほどの怒りは、どこへ消えたのか。
「どうした? 黙りこんで」
「あ、いや…理事長って、初めてみるなぁ、どんな人かなぁって」
「え、黒瀬先生。理事長知らないのか?」
「えっ、あっ…」
言われると大変ばつが悪い。
大学院にいた頃非常勤講師として引っ張ってこられて、そのままあれよという間に専任講師になったものだから、ろくに確認せず今日まできたのだ。
「…不勉強ですみません、経営者が赤宗財閥なのは知っているんですが」
「ふうん」
藍原先生は、にんまり笑った。え?
「まあ、期待しておくんだな」
その時、ちょうど管理職と呼ばれる方方々の入室が知らされた。なんということもなくドアの方を見て、入って来た姿を見て、むせた。
「なんだ? そんなに幼稚園園長の新しいヅラ面白いか?」
「んん、げっほ、いやそうじゃな…あの、理事長?!」
年を取った、壮年の赤宗がいる。
あまりにそっくりすぎて、むしろ違和感。赤宗をそのまま老けさせ、カリスマ性の増したような。遺伝子が仕事しすぎてる。いや奥さんの遺伝子が仕事してないのか。
「そう、赤宗の父ちゃんが理事長」
「り…!?」
「名前だけだけどな。お忙しい方だから、信用できるものを経営側に置いて、人事は各校長が決めて理事長が認可する。経学園には滅多に来られないな。そうか、黒瀬先生は会ったことないのかー」
あとで一緒に挨拶行くかー。
声が遠く聞こえた。絶句する私に、のんびり相槌を打った。
その顔が見たかった。藍原先生がにこにこ笑っている。
「就職おめでとう。これからよろしくな」
前面には、厳めしい壮年の赤宗が覇気をまとって座っている。その横には疲れた校長とストレスまみれの副校長。
私の横にはホストもどきのつかめない笑顔。
担当学年はチート複数、一名自称「乙女ゲームヒロイン」、破滅の予感は拭えず。
先生って、大変な仕事なのだ。
藍原さんは「信/濃のコロン/ボ」のイメージ。
結婚すると、「うちの嫁がね…」って言ってくれる。
かわいいですよね。あの刑事さん。
2019.12.11 改訂