恋愛ゲームの経過報告
恋愛、ゲーム、学園といった書き慣れないジャンルの習作です。
シリーズ前作を読まないと意味が判らないと思われます。
これまでのシリーズとは異なり微ヤンデレ要素があります。苦手な方はご注意下さいませ。
俺――――垣崎 尚人が初めて彼女に会ったのは中学3年の頃だった。
最初から俺達を見下したような、それでいて媚びるような、一つ下とは思えない狡猾な光を目に宿した女子生徒。それが池田 美咲の第一印象だ。綺麗に手入れされた直毛の黒髪と大きな目に、運動などしたことがないのかと思えるような白い肌を持つ中学生には見えない女子でもあった。その上、出会って早々俺の仮面の一つを見破ってもいる。まぁ見破られたそれも仮面の一つにすぎないのだが、当時大人ですら騙せていると思っていた俺は心の中で驚いたものだ。それと同時に池田という女子生徒に強い興味を持った。
可憐な容姿と内に秘めた醜さを当人だけが持ち得る正義によって同居させていた彼女だが、俺達が高校2年にあがったある日、とんでもないことを俺に打ち明けてきた。
それはこの世界が恋愛ゲームの世界だというものだった。詳しく話を聞くとヒロインと呼ばれる女子が来春入学してきて、見目の良い男を捕まえて逆ハーレムを築くつもりなのだという。正直、信じられる話ではない。人一人を手に入れるということがどれほど困難なことなのか、俺は嫌と言うほどよく知っていたからだ。
だが、これは好機だとも思った。
その頃になると俺は美咲から目が離せなくなっていた。独りよがりの正義を振りかざし、自分のすることは俺を含めた男達のためなのだと盲信する愚かさが愛らしく、逆ハーレムなんて酷すぎるといいながら攻略方法で俺達を落とそうと画策する馬鹿で可愛い女を、俺は本気で手に入れたいと思っていたのだ。
今のところ美咲がこの話をしたのは俺一人だけだという。そこで俺は全面的に信じたふりをして、その恋愛ゲームとやらの設定を詳しく聞き出した。そしてまず一番に邪魔になるであろう書記の双子を、エサで釣って他の高校に入学させた。自分達を見分けることで相手を好きになるなんて馬鹿だと思うが、それ故に美咲に傾倒しかねない。俺とはタイプが違いすぎるからこそ、彼女を確実に手に入れるために邪魔な者は排除するほうが安心だ。代わりに山田 一佳の双子の兄妹を生徒会に入れることにする。二樹は部活が忙しくてほとんど生徒会室に来ないだろうし、三久は女子で一佳に似た真面目な生徒だ。書記の仕事を蔑ろにするようなことはないだろう。
生徒会長の冬夜は問題ない。美咲はあいつの好みじゃないからだ。冬夜は自分を偽って近づく女を無意識に嗅ぎ分け、そういった女を無意識に恋愛対象から外すという動物的勘を持ち合わせていた。
あとの峰岸 勇太はヒロインの容姿に一目惚れするのだから美咲に惚れることはないだろう。
問題は渡辺 朱里だが、逆にヤツは美咲の趣味じゃない気がした。中学時代から仲良くはしているようだが、俺の方が女子の扱いに長けている上にヤツを生徒会に入れなければ美咲との接点は限りなくゼロになる。美咲を生徒会に入れて時間を拘束すれば、あいつに付け入る隙を与えることは少ないはずだ。大人の対応を好む美咲は渡辺よりも俺を選ぶに違いない。
攻略相手をヒロインではなく自分の味方に付けようと画策する美咲を手伝いながら、俺はいつこのことを暴露しようかと仮面の裏で笑う。自分はみんなに好かれる要素があるのだと、好かれて当然なのだという彼女を、一人孤立させるタイミングを密かに待っていた俺の前に美咲の言っていたヒロインが現れたのは幸運だった。
はっきり言えば彼女は美咲よりも可憐な容姿をしていた。なるほど、一目惚れを引き起こすのに最適な要素が詰まっているように思える。そして美咲のセッティングしたヒロインを糾弾するための場で、彼女――――渡瀬 桜はその性格すら美咲以上の人間性を魅せた。
『どうして貴方達と付き合わなければならないの? 私にだって好みはあるのに』
俺は彼女の言葉に肯くしかなかった。そして優しく穏やかで、可憐でありながら凛とした佇まいと自分の意志を貫く芯の強さを持つ渡瀬より、自分の弱さを隠しながら確実に判る現実にしか手を出せないのに、全てを自分の思い通りにしたいと願っている狡賢い女の方が俺の好みなのだと実感させられたのだ。
我ながら性格の悪さが滲み出ていると思うのだが、長年培ってきた好みは変えられない。性格の歪んだ女が好きなのだと白状したら、美咲はどんな顔をするだろうか。それを考えるだけで背中がゾクゾクする。
「どうして……どうしてみんな判らないのよ!」
糾弾の場でヒロインから強烈なカウンターを思い出した美咲が怒り狂う。
「あんなモブ男をあの女が好きになるはずないじゃない! 嫉妬させて自分に振り向かせようって魂胆なのに……それにシークレットの山田 一佳を使うなんて……ゲームじゃ中盤にならないと出ないキャラなのに……」
爪を噛みながらイライラと歩き回る姿が滑稽で、俺は落ち着かせる為に美咲の肩を抱いた。
「勇太はメールをしても返事を返さないし、冬夜はあの女とモブ男と三人で会うようになった。朱里は会っていても上の空だし……やっぱりゲームの設定に縛られているのね!」
自分の意に染まぬことは全て渡瀬とゲームのせいだと叫ぶ美咲が愛おしい。だから俺は美咲の好きな黒い笑みを浮かべて彼女に寄り添う。
「本当、馬鹿な奴らだよな。あれだけ美咲が親切に教えてやったのに」
真実を暴露する前に美咲から離れていった連中を笑った俺に、一人になった彼女は縋るような目で見上げてきた。
「見た目に騙される男はこれだから……その点、尚人は人を見る目があるものね」
「そうだな」
同意しながら唇の端をつり上げる。遠くから観察した渡瀬の恋愛は純粋で真っ直ぐで俺には眩しすぎた。相手を思いやれない恋愛しかできない俺は、だからこそ美咲の希望通りに渡瀬を『潰す』のを止めたのだ。美咲が嫉妬に狂う様を愛でたいが為に。
無駄に高いプライドが、悪役女のような真似はできない彼女を更に追いつめる。
自分が直接手を下すのはいや。でも渡瀬のクラスメイトはほぼ渡瀬とその彼氏の味方で唆すこともできない。冬夜達と親しくなったと言っても彼等の間に恋愛感情があるようには見えないが、『親しい』という事実でさえ恋愛に見えてしまうらしい美咲は自分の位置を保持するために彼等を扱き下ろした。
「あんな……誰にでも愛想笑いを浮かべて、思わせぶりな態度を取って……ちょっと強引に誘われれば戸惑う演技をしつつ誰にでも付いていく尻軽女なのに、どうして判らないのかしら?」
その言葉をそっくりそのまま返したい気分に陥りつつも、今はまだその時ではないと笑いを堪える。美咲は知らないのだ。彼女が媚びるように冬夜や他の男に触れるたびに、俺がどれだけ我慢しているのか。全員を味方に付けたといって嬉しそうに笑う美咲を誰の目も届かない場所に閉じこめ深く汚してやりたいと、笑顔の裏で常に考えているのだと。
「攻略相手のほぼ全員が渡瀬に好意を向けているからね。ゲーム補正なのかな? 驚くばかりだよ」
俺の言葉は甘くジワジワと染みこむ毒のように美咲を蝕んでいく。寄り添うふりをして依存させるのは得意で、表情と声音を駆使して安心感を醸し出せば美咲はあっけないほど簡単に手の中に落ちてくる。思慮深そうに見えるが案外短絡的な彼女は蜘蛛の巣に引っかかっていることすら気付かずに敵意を燃やし続けるのだ。
「それで? これからどうする?」
もう少しこのゲームに興じたい俺は掌で転がる駒を愛おしげに見つめて問うと、美咲は艶やかな黒髪を揺らして勝ち誇ったように笑った。
「もう少しで悪役女があの女に濡れ衣を着せるイベントが起こるの。ゲームではヒロインの友人があの女を助けるんだけど、それを阻止してやればあの女は浅ましい本性をさらけ出すんじゃないかしら」
「ああ、それはいい」
その濡れ衣を美咲が被れば完璧に彼女は孤立するだろう。更に心が傷付けば誰かに慰めて欲しくなり、その時そばにいるのは俺だけだと気が付くはずだ。
美咲とは微妙にずれたところで同意した俺に彼女は嬉しそうに笑いかけてくる。その笑顔すら用意周到に計画された表情であることを知っている俺は、騙されたふりをして美咲の手を握った。
「君は本当に優しいな」
心を許したような表情と共に告げた言葉は焦れったいほど少量だが、これでいい。美咲の言うような好感度を一気にあげる選択など現実にはあるわけがなく、信頼とは日々の積み重ねで培うものなのだから。
これは君と俺の恋愛ゲーム。主導権を握るのは君だが、どの選択肢を出すかは俺が決める。
そしてエンディングのストーリーを決めるのも……
シリーズ残り2作となります。
次回は池田 美咲視点でのあれこれ(で済めばいいなぁ^^;)