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ライバルとラムネ

作者: 霜月とおる

学校の宿題代わりに書いたものです。

考える青春 第9回「青春のエッセー 阿部次郎記念賞」に応募し落選したものを、改稿しています。

また、霜月の高校の校内文芸コンクールにも応募しています。

レイテ沖海戦で栗田艦隊が突入し、その後日本が米国と講話した設定……なのかな?

空戦は無しです。

「……クソッタレ!」

 ガン、という鈍い音が、更衣室に響く。音の発生源である彼は、自分のロッカーを見て、先の衝撃で歪んだりしていない事を確かめる。

 作戦は、彼の考え付く中では完璧だった。つまり悪いのは、自分の力量。その事実は灰色のロッカーを蹴ったぐらいでは動いてくれないのだ。

 彼は最後に飛行用ヘルメットをしまい、手鏡で徽章などの位置を整えてから、出入り口に向かおうとして、

「大尉っ!? いつからそこに?」

扉のすぐ近くに上官の姿を認めた。直属ではないにしろ、実戦部隊の隊長だ。下手を打てば色々と厄介だろう。彼は急いで頭を下げて敬礼をするが、大尉は砕けた挙手敬礼を返しながら、事も無げに答える。

「少尉が制服に着替え終わった辺りから」

「……ロッカーに八つ当たりしてすみませんでした」

「私に誤ってどうする。まあ壊してないんだし、気にすんな、若いの」

 彼は自分の顔が、戦闘機のエンジンノズルのように熱くなるのを感じた。八つ当たりなどという子ども臭いところを見られ、おまけに慰めまでされた。フルコースだ。彼はそのままロッカー室を出ることも出来ず、立ち尽くすのみだった。

 大尉は彼には構わずに自分のロッカーを開け、制服を脱ぎだす。彼は、あれっ、と思い、大尉に問う。

「大尉、飛ぶんですか? アラートも訓練もなかったはずでは?」

「頼まれ仕事だよ、海軍連中から。新型の12・7ミリの実射訓練やるから、標的機の曳航をしてくれってさ」

「それなら海軍にも支援機がいるじゃないですか」

「相手が速いほうがいいんだと。で、二三式を採用してるウチにお鉢がまわってきた」

 彼は、なるほど、と思う。海軍の採用しているのは主にレシプロの艦上戦闘機で、ジェット機は研究が始まったばかり。それに対し、彼ら空軍は黎明期からジェット戦闘機を運用してきた。世界の空は恐らく今後ジェットが主流になるだろうし、彼らとしては「つなぎ」に、レシプロ機で高速機の相手をする練習がしたいのだろう。

 彼は自室へ戻ろうとしたが、扉のノブに手をかける前に、大尉に呼び止められる。なんでしょうか、と言いながら振り向いた。大尉は答える。

「今時間あるか? ラムネ奢ってやるよ」


 言われた通りに屋上で待っていると、果たして大尉はやってきた。服装は飛行服だが、対G装備はしていない。手には二本の青みがかったガラス瓶。そのうち一本を手渡されるが、彼は言う。

「いいんですか? 標的機の曳航は」

「飛ぶことになってる四人のうち、二人がまだアラート待機なんでな。暇なんだよ。着替えんのが早すぎた」

「だからって。勤務中ですよ? 机仕事は?」

「細けえことは気にすんなよ、禿げんぞ?」

 反論は幾らでも思い付いたし、自分も飛行後の報告書はまだ仕上げていない。しかし彼はその言葉群を飲み込んだ。反論は予想が付く。「黙って飲め。上官命令だ」であろう。やむを得ず、ラムネの瓶を受け取った。

 栓を開け、すぐに口を付ける。そのまま少し飲んで、瓶を戻す。大尉は一気に三分の一ほどを呷り、むせる。計画性無し。そう思うが、その言葉も飲み込んだ。

 ラムネは嫌いではないが、苦手だ。炭酸が喉に引っかかって気になるし、なんだか胃がむかむかする。そんな心持ちを知ってか知らずか、大尉は少尉の隣に立った。距離は三メートルほど。

「で、だ。少尉。いたく悔しがっていたみたいだが」

「あれですか……たいしたことじゃ、ないですよ」

「ならば話してみなさい。この現役操縦士に」

「話すほどのことじゃないです」

「ならば、話せ。これは上官命令である。……いいから話せよ。訓練飛行隊への助言も仕事のうちだしな」

 少尉はため息をついた。こうなってはもう反論しても無駄だ。ラムネを一口飲み、滑走路の方に歩きながら、口を開いた。

「訓練飛行隊の同期に、どうしても勝てないんです。機体はどっちも同じジェット高等練習機ですし、他の条件も一緒なのに……」

 フェンスに体を預ける。かすかな金属音と共に、金網は彼の体を受け止めた。

「始めの頃は自分の方が強かったんです。でも段々追いつかれて、抜かれて……。やっとの事で、もうちょっと、ってところまできたんですけど、そこからが全く……」

 大尉は黙って、少尉の背中を見ながら聞いていた。少尉は振り返る。

「あと一ヶ月もしないうちに、今の訓練飛行隊からは卒業です。そのあとは、多分別々の隊に配属されると思います。できれば、その前に勝ちたいんですよ。彼に」

「かーっ! 青いねえ」

「青いのはわかってますけど……」

「いいんだよ、そのくらいで。若いんだから。『あいつさえいなければ』、そう思ってなければな」

 危うく飲みかけのラムネを落としそうになる。大尉は、図星かよ、と言った。少尉は答える。

「……そんなこと思ってない、っていうのは嘘になります。でも、それ以上に許せないのは、自分の弱さです……」

「私も少尉と同じ隊にいたことがあってな。同じようにどうしても勝てない奴がいた」

 少尉は顔を弾かれたようにあげる。いつの間にか俯いていまっていたようだ。

 大尉はラムネを飲み干し、少尉の横に陣取る。視線は空に向いていた。遠くを大型の四発レシプロ機が飛ぶ。

「その時から訓練飛行隊で戦闘訓練をやっててな。成績いかんで最初に配属になる実働飛行隊が決まる。だから必死だったよ。で、どうしても勝てない奴がいた。……私はどうしたと思う? 傑作だよ。私はそいつの機体に細工してやった」

「ちょっと、え!?」

 大尉の口調には、自嘲や後悔などの負の印象は無かった。ただ、可笑しくて言っている、そんな感じだった。

 まさかこの大尉はそんな汚い手段で、今の精鋭部隊に入ったのか……そんなことを思っていたのが見透かされたか、大尉は、黙って聞けって、と笑ったまま言った。

「相手の機体に細工したのは自動空戦フラップでな。その日の訓練はよく覚えてるよ。ラダーの効きが、やけに悪かった。私は空戦の時はあまり使わないから、気にしなかったがな。管制から離陸許可が下りてから、やっと自分のしでかしたことの大きさに気付いたよ……」

 少尉は息を飲んだ。戦闘機にはたくさんの人が関わっている。その中でも自動空戦フラップは重要な部分だ。そこに不具合があり、事故が起きでもしたら。責任問題になるだけでなく、味方であるそのライバルを殺しかけたのだ。

「後席の教官にも誰にも言えず、編隊を組んで訓練空域に向かい、一対一の空戦が始まった。思った通り、相手の旋回は鈍っていた。だがこちらも集中できなくてな。当たり前だが、負けたのは俺だった……。だが笑い話はここからだ」

 少尉の方に向き直る。顔も声も、可笑しくてたまらないといった状況だった。

「私は、降りたら教官たちと相手に土下座して、その足で富士の樹海に行くか、その場で十文字に腹を捌こうと思っていた。軍人として、いや人として、男としてやっちゃいけないことをしたわけだからな。

 私の機が着陸して、ハンガーで降機すると、相手も降機して、メットを脱いで待っていた。ああ、私の細工がばれたんだな、と思ったよ。だが奴の口から出たのは予想外の言葉だった。

『済まない! 今日お前の機体に細工をした。俺は卑怯な手段で勝った! どうか俺を気の済むまで殴ってくれ!』」

 少尉は目を丸くして、なんとか言葉を絞り出した。

「そ、それってつまり……」

「そう。彼は俺の機体のラダーに細工をしたんだ。さっぱり使わないラダーにな。奴は泣いて土下座してたよ。俺はその告解を聞いた後で、ラダーはあまり使わないから気にするなと言って、俺もまた土下座した。自動空戦フラップへの細工のことをな。そうしたらあいつなんて言ったと思う?」

「……ひょっとして!」

 少尉も少しだけ笑った。大尉は続ける。

「そう! 『いつも手動でやってたから気付かなかった』だよ。要はお互いたいして迷惑をかけたわけでもないのに、自分のしたことが気になって仕方なかったんだ! 私たちはお互いを見合わせて大笑いしたよ。つい一分前、泣いて土下座したのにな。そのまま仲良く営巣に朝まで入ったよ。次の日は朝日が綺麗だった」

 大尉は空き瓶を投げる。弾体は綺麗な放物線を描き、瓶用のゴミ箱に収まり、澄んだ音を立てた。

 階段から、大尉を呼ぶ声が聞こえる。大尉は大きな声でそれに応えた。おそらく次の飛行の僚機だろう。大尉は階段を下りようとして、その前に言う。

「少尉。こんなダメ大人の言うことで申し訳ないが、まあなんだ、気楽にやれや」

 少尉はその背中を見送った。残りのラムネを飲み干すと、その甘さと炭酸の刺激が、自分を励ましてくれているような気がした。

 空は、空き瓶と同じように、どこまでも青かった。


「ところでよ。さっき何話してたんだ?……まさかお前!」

「いいじゃねーかネタにしたってよ」

「まあ俺はいいんだが……つか、まだ忘れてなかったのかよ」

「そのぐらい反省してるってことだよ、相棒」


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― 新着の感想 ―
[良い点]  戦闘機のエンジンノズルのように熱くなる顔や、体を預けると軋むフェンスといった、ひとつひとつの事柄の描写が丁寧で、心地よく作品の世界観に浸ることができました。 また、上官命令で少尉の悩み事…
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