#2 戦いをもたらすもの・4
一瞬、全身の動きが止まった。それが理由なら仕方が無いと、彼女が死へと走るのもどうしようもないことだと、理解してしまった身体が、動くことを拒絶する。止めなければならないという意志が、伝達されること無く拡散し、自分の手足が、まるで別の誰かの持ち物になったかのような気味の悪い感覚が、胃の底から脳天へと這い登ってくる。
「だからって!」
新人は叫ぶ。気味の悪さを打ち払い、心のままに動かない身体を叱り付けるために。自分の自己肯定を、力のある、まやかしでないものへと変えるために。
『だから、何!?』
「死んで、終わりで、良いわけないだろ!」
『死なない! 終わらない! あいつはあたしが、この手で倒す!』
「一人でやったって、無駄なんだよ! 何もできやしないんだよ!」
僕は知っている、と呟き、美琴の〈ストライクリザード〉の正面へと躍り出る。『邪魔するなら!』という叫びと共に彼女がこちらへ銃口を向けるのに構わず、速度を上げて接近。
真正面から衝突し、縺れ合うようにして、半ば倒れながらも新人は両足のペダルを踏む力を強くする。左腕を動かし、〈ストライクリザード〉の腕が、彼女の機体の腰を抱く。
『離せ、馬鹿!』
「突っ込めば良いってもんでもないだろう!」
『うるさい、いいから離せ!』
「嫌だ!」
腰の後ろに据えつけられた推進器が炎を吹き、加速。速度が上がらない、と毒づきながら、新人は、美琴の機体を手近な岩陰へと引き摺り込んだ。
即座にダメージ・チェック。右半身の各部に着弾の損傷があるが、軽微だ。戦闘続行には何の支障も無い。HALを一機抱えた左腕の関節・駆動系にも、目立ったトラブルは見受けられない。
画面の向こうの右肩を掴み、通信形式を切り替える。装甲同士を接触させれば、ダメージ・コントロールにも用いられる、装甲板の複層構造内に張り巡らされた光ファイバーを介して、直接音声通信のやり取りが行える。電波通信に否応無しに付いて回る傍受の危険性が無いため、会敵時にはしばしば用いられる手段だ。
「落ち着きなよ。闇雲に突っ込めば良いわけじゃないって……君だって、分かってるんだろう?」
正面のモニタ一杯に映った〈ストライクリザード〉が身動ぎした。そして、影の落ちた両目が、新人ではない別の何かの方へと向いた。
やはり、彼女だって分かっている――だからこそ、新人の方を向いてはくれない。
美琴が大きく息を吸い込み、吐き出す音が聞こえた。
『ちょっと、話を聞いてもらえる?』
「……話?」つい先刻までとは打って変わった落ち着いた口調に戸惑いながら、新人は応じる。
『ええ。あたしが……軍に入ろうと決心したときの話』新人の返事も待たず、彼女は語り始める。止めどなく、だが、ゆっくりと。『あの日の朝までは、何も変わらない一日だったのよ。朝の空気がきれいだったから、ちょっと遠回りして学校に行って、遅刻して、先生に怒られて。いつものように授業を受けて、友達とどうでもいい話をして。それで、いつものように遠回りして家に帰ろうとしたら……』
彼女の〈ストライクリザード〉が動く。銃を握った右手には力が篭り、何も持たない左手は自らの頭を抱える。動作の同期を切断していない――することすら忘れさせる程の苦痛なのか、と新人の頭の、冷静な部分が分析する。
そう遠くない距離に、榴弾の炸裂音が聞こえるのにも構わず、彼女は続ける。
『目の前に〈ベルキャット〉がいた。民間人の避難も何も無い。あの時の攻撃は本当に突然で、何の前触れも無かった。あたしは……必死で逃げた。だって、それ以外に、何の力も持たない人間にできることがある? 無いでしょ?』
そうだね、と新人は相槌を打つ。敵群の中には曲射砲装備の支援仕様機もいるのか、とまるで目の前に彼女など存在しないかのような分析が、頭の中を止めどなく駆け巡る。
『今、色んな資料を見ていても、あの攻撃は本当に理不尽……と、いうか、合理性がまるで無いものだった。ま、そんな予測不可能な攻撃で、情報統制とかもやりようが無かったからこそ、あんな風に戦闘の様子がマスコミによって中継されることになったんだけれど。あんたも、見てたんだっけ』
「うん、見てた。僕に召集令状が来たのが、中継映像が途絶えたすぐ直後だったから、よく覚えてる」
『それで、共和国側も〈ストライクリザード〉を出して、後は野となれ山となれ。ほんの数時間前まで人々が普通に暮らしていた空間で、四三ミリが飛び交う光景が、想像できる? 地獄絵図ってのはこういうことを言うんだ、ってあたしは思った。民族独立派のテロなんかより、もっと性質が悪い。爆撃機が空を飛べた時代ならともかく、あんな前時代的な戦争、ここ一〇〇年は起こってない。建材が焦げる臭いを、コンクリートが貫かれる音を、あんたは知ってる?』
彼女の問いかけに、新人は口を噤む。木材独特の臭いと、有機溶媒が混じりあった煙、砂利が飛び散り、鉄筋が破壊される轟音――それ自体を想像することは容易くとも、破壊を目の前した人間の思いなど、新人には知る由も無かった。
『そう、あんたには分かんないのよ。分かりっこないのよ。泣きながら逃げ惑って、帰り着いた自分の家は粉々の瓦礫で、しかもそこにいた〈ベルキャット〉が……』美琴の言葉は、叫びへと変わっていく。『父さんと母さんのいた家を踏みつけながら、笑ってたのよ! 外部スピーカー全開で、壊すことが楽しくて仕方ないって、叫んでた! 右手に持った棍棒を、何度も何度も地面に叩きつけて、左手のアサルトライフルを、当たり構わず乱射して!』
破砕柱――ブレイクロッドか、と新人は思い当たる。その名の通り、見た目は棍棒か、金属バットだ。他の格闘戦兵装のような超音波振動機構は取り付けられておらず、重量による純粋な破壊を目的とした武装である。
装甲板を切り裂くブレードが主流の今、破砕柱を使う操縦兵は少ない。そう、例えば――。
つい先刻、一六特機隊の操縦兵たちが交わしていた会話を思い出す。それを聞いて、不意に端末を取り落とした美琴の表情、そしてたった今、目撃した敵の姿。
「あ……」
『あの場所で大笑いしてた、破砕柱装備の、あたしの故郷を壊したあの機体には、胸に真っ白な髑髏の装飾があった。そんな悪趣味な改造をする奴は、ただ一人』
「……スカルヘッド? あの、帝国のエースパイロットだっていう、そこにいる?」
『そうよ。今日のあたしは運がいい。軍に入ったら、南西部戦線へ行ってリザード乗りになって、絶対にあのスカルヘッドを倒そうと思ってた。だけど配属されたのは西の砂漠。もう、生きた心地がしなかったわよ。目的を……家族の仇を討つこともできずに、名も無い兵士の一人として死ぬのかって思ったら、笑う気になんかなれない。表情を変えるのすら億劫だった。
でも……奴がこっちに来てる、しかも今、ここにいるっていうなら話は別。あたしは、軍に入った目的を果たせる! あいつにこの手で復讐できるなら、あたしは……』肩に掛けた右手が、彼女の機体の手に払われる。接触回線がダウンし、自動で通常回線へ復帰。そして、次第に強まる敵の電波妨害による激しいノイズの中に、美琴の叫びが聴こえた。『今ここで、死んだっていい!』
新人は、沈黙した。君はそれで良いのかと、問い返そうとした言葉は音声にならず、只の空気の流れとなって口から発せられた。もう一度彼女の肩を掴むことも、止めろと怒鳴ることもできない。止めてはならない、仕方の無いことだ、と繰り返す本能を、黙らせることができない。
短い、だが重い衝撃に我に返る。自らの〈ストライクリザード〉が押し退けられ、目の前から、彼女が離れていく。頭部のカメラアイが自動で追尾し、その後姿が大写しになる。
「待って!」
ようやく言葉を成した新人の叫びは、加速の轟音に掻き消された。そして彼女の、優しい武装と評されたスタン・トンファが使われぬままにマウントされた背中が、時速二二〇キロメートルで、遥か彼方の戦場へと遠ざかる。
追わなければならない。だが、追って良いのか? 追うべきなのか? 動けという意志と止まれという意志がぶつかり合い、迷いと焦りの火花を散らす。
「追え、三宅新人!」
そうして自分に別のところから命じてようやく、身体が動く。機動を停止していたため、自動で巡航時レベルまで落ちていた動力炉出力を戦闘時まで上昇。両フットペダルを操作し方向転換、加速して遮蔽物から陽の下へと飛び出す。同時に、近接戦に備えて超音波振動ナイフの充填を開始。すぐ左方に敵一。主武装の七二ミリ榴弾・散弾砲をアクティブにし、射程の長いスラッグ・ショットで牽制射撃を掛ける。いい加減な狙いでは直撃せず、遥か後方の地面に着弾し、低い爆発音が鳴る。
美琴に呼びかけようと通信機器を操作するが、死んでいる。敵のECMの効果で、最早彼女に、一方通行の言葉を叩き付けることすらできない。くそ、と悪態を一つ漏らす。
「敵は何機だ、どこにいる!」
無意識のうちにそう叫んだ直後、数メートル脇に曲射砲の榴弾が炸裂する。更に速度を上げようとするも、メータは既に振り切れている。フルドライブ、最高速度。
前方二方向、左右からアサルト・ライフルの射撃。咄嗟に身を捩り、速度が多少死ぬのにも構わず無理矢理な方向転換で左へ逃れるも、右肩へ着弾。即座に立ち上がったダメージ・コントロール画面が、戦闘に支障は無いことを伝えている。だが、右肩の接触通信機構が破壊されていた。そして舌打ちと同時に、目の前に爆炎が上がる。
「曲射砲の狙いが正確になってる……機動を読まれた?」
紙一重だった。もっとスムーズな回避運動を行っていれば、速度は殺されること無く、遠方からの敵支援砲撃が直撃していたかもしれない。正しく命拾いした状況に、意志に反して、冷たい汗が流れる。
落ち着け、と自分――コミュニケーションできる唯一の相手に語りかける。慌てるな、状況を整理しろ。そうしなければ、突破口は決して見えない。
「ECMで掻き回してるのが一機、後方から大口径の迫撃砲か手持ちのバズーカ……射角から考えて背部固定式の迫撃砲……で支援砲撃をしている一機、アサルト・ライフルで僕と直接交戦してるのが二機、か」
四対一。分が余りにも悪すぎる、と新人は毒づく。頼みの綱の味方とは、今の状況では連携など期待できない。だが、しかし。
「妙だな……」新人は呟く。
設計思想から、〈ストライクリザード〉は改修、改造や固定武装オプションの取替えが比較的容易に行える。そのため、こんな戦略価値の低い辺境に配備されている機体であろうと、見た目のシルエットが変化するような改造を施すことも不可能ではない。例えば、先程模式図を見た、シュミットの機体のように。
(シュミット兵長、で合ってたよな……)
怪訝な顔の新人に陽気に笑って見せた彼の顔を思い出し、そしてすぐさま逸れかけた思考を叱り付ける。
そう、ヒューマノイド・アサルト・ランドファイター〈ストライクリザード〉は改修が容易な一方、モビリティ・アーマード・インファントリ〈ベルキャット〉は、構造・設計思想上の問題で非常に改修がしにくい――逆に言えば、一機で完成されている。帝国の尖兵であり、一つの姿に一つの意志、即ち帝国に仇成す者は容赦なく破壊するという思想の象徴でもあるためだ。
つまり、手持ち火器の変化はともかく、ECM装備や固定の曲射砲装備などという機能特化が許されるのは、ごく一部のエース部隊に限られる。
「そんな部隊が出張ってくるほど、帝国は本気ってこと? それとも……」
出撃前にヒールレイス・リヴェッサが語っていたように、敵の指揮官が『余程の馬鹿』かつ相当の実力の持ち主なのか。
再び、進行方向上に爆発。同時に、左脚の一部にアサルト・ライフルが着弾し、途轍もなく分厚い扉をノックされているような音がコクピットの新人の耳まで届く。装甲を抜けたかもしれないが――まだ戦闘には問題ないはずだ、と新人は再び自動で立ち上がったダメージ・コントロール画面を強制終了させる。
敵のエース――スカルヘッドと仇名される相手も、今、ここにいる。
「合わせて五体……」
まともにやり合ってもこちらがスクラップにされるだけだ、と新人は奥歯を噛み締める。連携、せめて手信号でも構わないからコミュニケーションが取れれば、と思った時だった。
『聞こえるか、共和国の兵隊さん!』
一瞬、通信かと勘違いしたそれは、集音機が拾った、敵機が外部スピーカ越しに怒鳴り散らしている声だった。同時に、正面の卓状大地上に反応。熱、音響の各センサが絶叫する。
目を上げると、髑髏があった。
「来た!?」
『始めましてか? 噂に聞いてて始めましてな気がしねえか? また会ったなは有り得ない。なぜならこの髑髏を、二度拝める奴はいねえからな!』
「ちっ!」
右手に振り上げた棍棒を、一〇メートルはある高低差の加速に任せて振り下ろす〈スカルヘッド〉の姿を認識したときには既に、身体が動いていた。右腕は主兵装の榴弾・散弾砲〈クロス・ファイア〉を背中のラッチへ、同時に左腕は、左大腿部の武装ラックへ。武装管制画面を視線同調で呼び出し、左手の操作でアクティブな武装を切り替える。
飛び出したグリップを逆手に掴み、勢いに任せて振り上げる。直後、ブレードの研ぎ澄まされた金属が棍棒の凹凸の激しい表面に衝突し、オレンジ色の火花を散らした。
重量を一身に受けた左腕が軋む。高負荷が掛かった関節・駆動系のSMCFが発する悲鳴が、エラー・メッセージとなって画面に躍り、警報音となって耳朶を打つ。
棍棒自体に振動機構は無い。ならばナイフで切断できるか――と考え、左腕に篭める力を強めるも、刃が立たない。表面の微妙な、只の継ぎ接ぎにも見える凸凹に邪魔され、破断面を取れない。
『俺様の名はジョニー・メイフェン。人呼んでスカルヘッド! 冥土の土産に覚えておきな、兵隊さん!』
「誰が!」
思わずそう怒鳴り返し、推力を限界まで上昇させる。このまま組み合っていたのでは埒が明かないのに加え、格闘戦では向こうの装備の方が明らかに上。一時離脱して体勢を立て直す他に無い。
腰背部のスラスターが火を吹き、同時にサブの推進システムである、両脚に搭載された振動推進機構が起動する。スキーを履いているとも喩えられる三.五メートルの長い足の接地面を、ブレードの技術の応用で共鳴振動させ、推進力を得るものだ。副次的効果として、爪先にある程度の破断能力が生じる。
全てのパワーを爆発させた〈ストライクリザード〉が、半ばジャンプするように前進、すれ違いながらに棍棒を振り払う。
「近接格闘では分が悪い。でも、中・近距離での射撃戦なら……!」
ナイフを収め、再び七二ミリ榴弾・散弾砲をセット。加速を殺さずに一八〇度ターン、銃口を向け、バック・ショットで発砲。三連射、合計して六〇〇にも達する散弾の射角内に――〈スカルヘッド〉の姿は無かった。
再び、センサに感。上だ、と気付いたときには既に、目の前に〈ベルキャット〉の四つ目が光る頭部があった。
「あの一瞬の間に、台地の上に飛び乗って回避、更にこれだけの距離を詰めたっていうのか!?」
〈ベルキャット〉の両腕が伸びる。砲を持った右腕の手首が、灰色の掌で押さえつけられ、背後の孤立丘へと叩き付けられる。コクピットの衝撃吸収機構を通して尚有り余る衝撃に新人は歯を食い縛り、岩盤が砕け、飛び散った赤茶けた石塊が、〈ストライクリザード〉の装甲に施された暗赤色の塗装を抉り取る。
『壊れちまいな、〈ドラゴン〉!』
掌同士が触れ合って開いた接触回線から、男――ジョニー・メイフェンの声が聞こえる。共通の規格であることに、ここが戦場であることも忘れて場違いに驚き、帝国の側におけるコードネームである〈ドラゴン〉という呼称に違和感を覚える頭の一部を殴り付け、新人も怒鳴り返す。
「ドラゴンじゃない、〈ストライクリザード〉だ!」
『どっちでも、壊れちまえば皆平等! そうだ、どんな物でも、どんな使われ方をしても、壊れちまえばみんな一緒なのさ!』
「破壊に、真理とやらでも見出してるつもりか!」
『ご名答!』〈ベルキャット〉が右腕と、手に構えた棍棒を振り翳す。〈ストライクリザード〉の双眼に、一筋の影が掛かる。『たまらないぜ! こんな単純なことなのに、誰も気付いていない……壊す楽しさは、俺様で独り占めなのさ!』
「ええい!」
咄嗟に、叩き付けられ力を失っていた左腕を動かし――ややレスポンスは遅いものの――破砕柱の握られた〈ベルキャット〉の手首を掴む。先刻から、モニタは真っ赤に染まっている。傷つき流れ出た血のような赤い色の照明が、コクピット内に明滅する。
「そんなの正しくない! お前は楽しくたって、お前以外は誰も楽しくない……誰だって、それが分かっているから、お前のように考えることを否定する! 僕もだ!」
新人は、湧き上がる言葉をそのままに、髑髏のエンブレムへ叩き付ける。
(こんな男に……こんな男の気まぐれに!)
なぜ彼女は、あんなにも苦しめられなければならない? 快楽のために壊す、快楽のために戦う――歪みきった、本能と衝動の権化に。
腰のスラスターが断続的に吹かされ、背後の岩盤との衝突時に混入したであろう小物体を排除する。この過程無しの再加速は、エンジンの爆発を生む危険を孕んでいる。
踵を返し、膝に力を込め、前へ。関節部から、衝撃吸収のための緩衝剤が気化した白い煙が間欠泉のように噴き出し、脚の圧熱転換機構からは高温蒸気が排出されて、地面に僅かに生える緑を吹き飛ばす。
右手の砲を抑えられながらも、左手で敵の破砕柱を抑える。両手に組み合い、四つ目と二つ目が真正面に相対する。
『やるじゃねえか、兵隊さん! 名乗っておけよ、この俺様が記憶に留めてやるからよ!』
「誰が……っ!」
『おぉっと! 必死の形相で応じるのは兵隊さんじゃない、まだ子供じゃあないか! いや、子供だけど兵隊さんかな……声で分かるぜ、俺様にはな。しかしぃ!』
〈ベルキャット〉の両腕に、一層の力が篭る。一度は押し返した、組み合った腕がじりじりと、力任せな灰色に押し込まれていく。
「くっ……地力では、〈ベルキャット〉の方が上か?」
『そぉうだ! その上コイツはこの俺様、ジョニー・メイフェン様専用に特別にカスタマイズを許された機体だ! そんじょそこらの子猫ちゃんと一緒にしてもらっちゃあ、困るんだよ!』
やはりこの部隊は、相応の――自由な改造を許されるだけの実力を備えた敵。先刻の推測に、一片の回答がもたらされる。では、この攻撃は正式な作戦行動なのか、それともこのジョニー・メイフェンと名乗った男の独断に過ぎないのか。帝国が本気でこちらを潰しにかかっているのか否かは、そこで分かる。
「ジョニー・メイフェン……お前は、どうしてここにいる!」
『決まってる! テメエら共和国の腑抜けたトカゲちゃんを、ぶっ壊して回るためだよ! 俺様がこの地に立った記念だ!』
「身勝手な!」
『勝手で結構。上の馬鹿共はこの俺様を、破壊の権化と恐れられるこの俺様を、こんな辺鄙な場所に追いやりやがった! だから教えてやるのさ……ジョニー・メイフェン、ここにありってな!』
「状況を見れないのか!?」
『テメエが俺様の破壊衝動を満たしてくれるなら、その状況とやらを見てやろうじゃねえかよ! 弾けそうだ! SMCFが、関節のオイルが、全てのセンサが、壊したくて壊したくて、爆発しそうだぜ!』
左の肘関節から、火花が散った。想定を遥かに超える高負荷を長時間に渡って掛けられたために、関節部に内蔵されたアクチュエータ機構が破壊されかかっているのだ。加えて、先刻の格闘兵装での衝突時に受けた、内部機構への損傷もある。
限界か、と舌打ちした、その時。右方から、全開で吹かされたスラスターの轟音が聞こえた。〈ベルキャット〉は、一部の特殊な仕様・装備を除けば推進剤を一切用いない。ならば近づいてくるこの音の主は〈ストライクリザード〉。コクピットに座るのは――。
「美琴!?」
果たして、彼女の〈ストライクリザード〉が、真横からジョニー・メイフェンの操る〈ベルキャット〉に衝突。縺れ合いながら、孤立丘や卓状台地の密集した見晴らしの悪い場所から抜け出し、砂塵を巻き上げた。なだらかな傾斜や僅かに突き出た岩盤はあるものの、自然の侵食作用が生み出した、HALの身長程もある障害物に囲まれたそのスペースは、まるで――闘技場のように見えた。あたかも、外からの干渉を許さず、孤独に、孤高に戦おうとする彼女の意志を、世界が汲み取ったかのように。
『〈スカルヘッド〉……ジョニー・メイフェン!』
『ははははっ! ガキの次はお嬢さんの声だ! 共和国軍はいつからハイスクールになったんだい?』
外部拡声器越しに怒鳴りあう二人の声が聞こえる。損傷確認。各部に細かいダメージがあるが、左腕が一番危険だ。戦闘継続可能な、ギリギリのレベルまで損害が及んでいる。だが、引くわけにはいかない。
彼女を追って、機体を加速させようとすると、目の前に曲射砲弾が炸裂する。同時に、二方向からアサルト・ライフルによる射撃が容赦なく襲い掛かる。
「くそっ! 邪魔を……」
無理矢理にでも前進しようとすると、右半身に着弾。徹甲弾に装甲が抉られ、不気味な音を立てる。頭部を巡らせると、岩盤の影からこちらに突き出された銃口が見える。腹立ち紛れに、バック・ショットで応射。飛び散った散弾が岩を削り、粉塵が上がる。だが、直撃はしない。
「これ以上は、無理なのかっ!?」
他方から再び浴びせられる四三ミリの連射に、唇を噛みながら後退。ジョニー・メイフェンと戦う美琴の姿が、遠ざかる。
『あんただけは、絶対に許さない! あたしの故郷を滅茶苦茶にして、大声で笑っていたあんただけは!』
彼女の叫びに、〈スカルヘッド〉の高笑いが重なる。
『嬉しいよ! 最高だ! そうだ、そうやって向かってこい! 俺様の破壊が今のお前を動かしている。俺様の意志が、今のお前を支配している。お前は最早俺様の奴隷なんだよ、小娘!』
『誰がお前なんかに!』
『否定するのか、否定できるのか? お前を突き動かす衝動……この俺様を、壊してしまいたいという意志を! できないだろう!? ならばお前も俺様と同じ、破壊を、戦いをもたらすものだ。二つの腕があれば拳を作って殴り合い、石があれば、そいつを憎い相手の頭目掛けて叩き付け、銃があれば引き金を引き、兵器があれば戦争をやるのが人間だ。俺様は、そんな単純明快、自然な姿に、全ての人間を誘いたいのさ! お高いところに留まって、戦いを否定したり、戦争に変なプライドを持ち込んだりする輩が、俺様は大嫌いなんだよ! 戦いたいから戦う。その何が悪い!? 答えてみろよ、お嬢さん!』
『うるさい! あたしはあんたが憎いから戦う!』
『そうだよ! それでいいんだ! 敵を得ることは幸いである。憎んでこれを討つことは、その次に喜ばしい!』
次第に遠ざかる二人の叫びに、新人は違う、と呟く。何かが間違っている。だが、何が間違いなのか、分からない。ジェズイットならどう答えるのだろう、と想像しても、〈スカルヘッド〉の論理を否定できる言葉は浮かばない。
(もし僕が、誰かを憎んだことがあったなら、彼らを否定できるのかな)
自分を打ち捨てた両親に対してだって――新人は憎しみという感情を抱いたことが無い。あったのかも知れないが、既に記憶の彼方に消えてしまった。
「何もしなくていいわけじゃないんだ。間違ってるのは分かるんだ。だけど、何もできないし、答えだって分からない! 僕は!」
接近警報。右からの火線をほぼ無意識の動作で回避。上方からの敵支援砲撃も、加速の限りで回避する。だが、一つの動作をする毎に、美琴の側から離れていく。〈ベルキャット〉の四ツ目が、こちらを照準している。近づくな、お前に何かを言う資格も、権利も、能力も無い――と、その目が圧しているかのような錯覚にさえ囚われる。
がむしゃらな応射で、弾丸が尽きる。カートリッジを排除。空いている左腕を動かし右腰から新しい物を取り出そうとするが、上手く動かない。損傷の蓄積が、正常な動作を阻んでいる。
「動けよ!」
乱暴な動作で弾倉を毟り取り、叩き付けるようにして装填。残弾〇のエラー表示が消え、各弾六づつの正常表示へと復帰する。そして即座に照準、射撃するも、当たらない。損傷による照準のぶれを、システムが補正し切れていないためだ。
「邪魔をするな! 僕の前に立つな!」
マニュアル操作で照準を補正。〈ストライクリザード〉の銃を把持する両腕が、応えて微細に、かつ力強く動く。右手のトリガーを引く。強い反動に、照準が否応無しにぶれ、放たれた榴弾は標的を僅かに逸れて後方の岩盤を吹き飛ばした。
「そうだ……どんなに知った風な口を聞いたって、できる振りをしたって、僕には何もできない。力が無いんだ。センスがあるって言われてこんな兵器に乗ったって、弾の一発だって当たらない。空っぽで……僕の中には確かなものなんて、何一つ無い。だから、僕の言葉は、誰にも届かない!」
岩場に、〈ベルキャット〉の群れに阻まれ、もう彼女の後姿すら見えない。空爆を受けているかのような砲弾の炎と、アサルト・ライフルの弾丸が飛び交うここで、ただ逃げ回ることしかできない。できるなら、全部蹴散らして、彼女の手を掴みたい。だが、そうするには――力が、余りにも足りない。