#2 戦いをもたらすもの・3
『機会』が訪れたのは、それから数日後のことだった。
「哨戒……ですか」
「と、いう名の下に行われる威力偵察さ」
端末を抱えたまま薄ぼんやりとした新人に向かって、大仰なジェスチャーでマイスト・リーズは言った。照明が落とされた部屋で点る大型モニタの明かりが、隣に立つ長身の男の金髪を際立たせている。
ここは、ピル・ソアテ市街の西側に位置する軍事基地の、地下中央部を占める、HAL部隊専用の作戦管制室だ。この基地に所属する全て――七機の〈ストライクリザード〉の作戦行動や整備状況は、全てここで一括管理される。
所在無さげに周囲を見渡すと、各々の機器、コンピュータと格闘する管制員の姿が嫌でも目に入る。総勢、二〇名前後だろうか。そして、自分以外の操縦兵、六人の姿も。
壁に据えつけられた、新人の背丈を優に上回る大きさの画面には、国境――少なくとも共和国が主張する――地帯周辺の監視情報がリアルタイムで更新され続けている。光学映像然り、高空を恐る恐る飛ぶ早期警戒管制機(AWACS)然り。そして実際に地面を駆ける〈ストライクリザード〉や、有人観測所からの情報も、だ。
そして、ビリヤード台かカジノ・テーブルを大きくしたような、腰ほどの高さのステージには、国境地帯の地形を立体投影した画像と、各機の整備・出撃状況がモニタされている。案外起伏に富んでいるんだな、と考えながら、七つ並んだ〈ストライクリザード〉と、その装備品の模式図へ目を遣る。今は、全機が格納庫で待機中だ。
整備・調整中の箇所は、黄色く塗りつぶされている。例えば、『Scar2』、マイスト機は頭部のみが黄色、他は緑に表示されている。頭部の狙撃用センサ・ユニットに、何らかのトラブルが発生したのだろう。だが、赤い表示でないところを見ると、深刻な状況ではないらしい。出撃不能なほどの故障・損害が発生していると、該当箇所は画面の中で、赤く塗られるのだ。
その他の機体も、どこかしらにトラブルを抱えているらしく、黄色の表示が点々と存在する。『Scar4』、松下機は市街戦仕様脚がトラブルのため仕様不可、『Scar5』――下に表示された名前には見覚えが無い――は、両肩のオプション兵装にイエローの表示が点っていた。
その中で、即出撃可の全身緑表示が二機。新人と、美琴の機体だ。
「いつまでもシミュレータばかり弄っているわけにもいかないだろう」ジェズイットが、指示棒を指の上で回転させながら言う。「書類上は初の出撃だ、ミヤケ」
「書類上? この間のあれは……」
「さすがに、訓練期間を明けたばかりの二等兵が戦果を挙げてしまうと、色々と問題があるのだよ。上はいつでも頭が堅い」そう言って、彼は親指で天井を指す。
この管制室が地下にあるのだから――基地指令のことでも指しているのだろうか、と新人は思う。
(或いは……)
もっと上。東の、軍上層部。カーバネル・ジェズイットという男は、そちらの方にもコネクションを持っていると聞いたことがある。抜け目なく情報を仕入れ、杭を引っ込め打たれないようにしたのだろうか。
考えすぎか、と新人は息を吐く。
「それはさて置いて……」
ジェズイット一同へ向けて言い、手元のコンソールで画面を操作。すると、立体表示された地形図の一部が赤く描画され、起伏に沿った長い矢印――おそらく巡回ルートだろう――が表示された。
「武装した上でこの地域に展開し、帝国の動きを牽制……大まかにはそのルートを通り、できる限り交戦は避ける」押し黙っていた美琴が口を開いた。「これでいいですか?」
「正解よ、ミコト。ただし、そこの小僧と二人で、ね」
「小僧ですか、僕は」
美琴の頭を撫でながら言うヒールレイス・リヴェッサに、新人は僅かな苛立ちを覚える。
女同士だからなのか、保護者の面影でも見ているのか、美琴は、ヒールレイスにだけは心を許しているように見えた。自分ではなく、ヒールレイスに。手本にしているのか、手本にさせたのか、彼女らの機体の装備も似通っている。まるで姉妹のようだ、とも新人は思う。姉妹という存在を目にしたことも無ければ、姉と妹という概念もいま一つ理解できなかったが。
隣に立つマイストのほうを見ると、にやけ顔で頷きを送ってくる。
(機会って、こういうことか……)
彼女と否応無しに二人きりになる機会。成程、と頷く新人をよそに、他方から手が挙がった。先日の坊主頭――松下肇伍長だ。スムーズに思い出せた自分に、新人は安堵する。
何だ、と促すジェズイットに応じ、松下は踵を揃え、肩幅に開き、手を後ろに組み、非の打ち所の無い『休め』の姿勢を取って言った。
「自分は反対であります、大尉殿」
「何故だ、伍長」
「ルーキー同士で組ませるのは、危険ではありませんか? 人型強襲陸上戦闘機という兵器は、恰も人体の延長のように操れる反面、もし一度随意に動かせなくなると、操縦兵は容易くパニック状態に陥ってしまうことが報告されております。また、日が浅ければ浅いほど、その傾向が強い、とも。実戦のストレスが彼らにどういう影響を及ぼすか、未知数であります」
「分かっている。故に、お前とシュミットに後を追わせる。俺も慣らしを兼ねて出る。それに二人とも実戦は経験済みだ。不満があるか、伍長?」
シュミット、という聞き慣れない名前に訝しむ新人に向かって、松下の隣、地形図卓の反対側から手を振る、見覚えの薄い人影があった。見た目は、若い。新人と美琴を除けば、恐らく最年少だろう。二〇台の前半くらいかな、と新人は彼を値踏みし、彼が『Scar5』、五番目の操縦兵なのだろう、と類推する。
改めて彼の機体の簡易表示へ目を遣る。かなり激しい改造を施された、重砲撃戦仕様機だ。背中の迫撃砲に、両肩には戦闘ヘリにでも付いていそうな、蜂の巣みたいな形をした無誘導ロケット砲が装備されている。
整備に手間が掛かりそうだな、と思いながら彼、シュミットの方を見ると、親指を立て、白い歯を見せた笑みを送ってくる。
この無言のやり取りを知ってか知らずか、ともかく、松下は何事も無かったかのように言った。
「はい、不十分であると、自分は考えます」
「ならば、貴様の考えを述べてみろ」
「近い場所でのフォローの方が有効かと、自分は考えます」
「哨戒の基本は二機一組だ。グランド・ルールを曲げることになるが?」
「彼らの将来のために、今回は曲げるべきだと考えます」
上官相手でも、松下は譲らない。彼はそういう男なのだと、新人はようやく理解した。どこまでもストイック、どこまでも厳格。裏を返せば――。
(面倒な人なんだな)
美琴は腕を組んで何事か考え込み、ヒールレイスは肩を竦めて呆れている。そしてマイストは、新人のほうを向いて、小さく手を合わせた。その目が「悪りい、しくじった」と語っている。
二人になる機会を作ることがそんなに重要なのだろうか、と新人は疑問に思う。今のままで何か問題があるか、と問われれば、無いと即答できる。彼女との距離が縮まることが嬉しいか否かと訊かれたら、答えは是、なのだが。
松下が言うのは正論だ。彼が言うことを否定するに足る理由は、何も無いのだが――。
「お前は頭の可塑性が足りねえんだよ、マツシタ」
新人の結論を代弁したかのように、深い溜め息と共にマイストが言った。
「将来のため? なんかアレな響きっすね」青年――シュミットが、噴き出しそうになるのを堪えているような、心底愉快そうな表情を浮かべる。「許されざる関係……愛のためにしきたりを打ち破る二人……そして国境線への逃避行……ああ、なんだかカビの生えた悲劇を思い出すねえ」
「茶化すな、シュミット兵長」と松下は言い、シュミットの、短く刈り上げた頭を掴んだ。「ですが……彼らの単独任務に向けた演習としては、打って付けかと。バックアップを万全に行う、そして通常任務よりも簡略化させるという条件であれば、自分も彼ら二名のみを先行させることに反対は致しません」
表情を変えない松下に頭を締め付けられたシュミットの悲鳴に重なり、隣のマイストが安堵の息を漏らすのが聴こえた。同時に、空気の色が変わったのを、新人は感じ取る。
(上官に楯突く伍長、作戦要旨説明中に軽口を叩く兵長……。人間関係のためだけに、高リスクな作戦を立てる軍曹、曹長。挙句にそれをあっさり許可する大尉殿、か)
規格外だ、と新人は思う。だが、それも、人型強襲陸上戦闘機などという、規格外中の規格外を扱う部隊だからこそ、なのかも知れない、と新人は自分を納得させた。
とはいえ、そもそも、軍人らしい人間が半分もいない。それぞれにはそれぞれの――例えば新人には徴兵という――理由があって、ここにいるのだろう。銃を取るには余りにも似つかわしくない、マイストやシュミットのような青年が、戦いに身を投じているのにも。彼らには、銃弾飛び交う戦場よりも、木漏れ日の降るキャンパスの方が似合っている、と自分のことを棚に上げて新人は思う。
(マイストさんは年食いすぎかな……二六だっけ)
ともかく、と逸れかけた思考を元に戻す。
真の意味で、この第一六特殊機甲中隊という世界の一員になるには、彼らのことを知らなければならない。何故、彼らはここにいるのか。彼らの言葉の意味、行動の理由。そして何故――彼らは戦うのか。
新人は何も知らない。余りにも知らな過ぎる。その事実は漠然とした不安に変わり、新人を、足元の覚束ない焦燥へと駆り立てる。
青年二人のことだけじゃない。ジェズイットのことも、ヒールレイス・リヴェッサのことも、松下肇のことも――美琴のことだって、何も知らない。それでいいのかという自問には、駄目だという自答が即座に返ってくる。
不意に、誰かが肩を組んできた。
「大丈夫さ。心配すんなってえの」見透かされたのか、と思わず身を強張らせた新人に、マイスト・リーズが言った。「共和国中西部はバランサーなんだ。特に攻める価値が無い故の価値、とでも言うのかな。ここに手を出すってのは即ち、彼我間のミリタリー・バランスの崩壊を生むのさ。ピル・ソアテを陥とすってことは、共和国を本気で潰すということであり、共和国も本気になる。そうなったらただの資源……経済の取り合いじゃなくて、プライドとプライドのぶつかり合いになっちまう」
「ま、相手もそれを分かってるから、マジな戦いにはならないと思うわよ」ヒールレイスが、言葉を継いだ。「敵が余程の馬鹿でない限り、ね」
「その『余程の馬鹿』ですが」と、松下。「南から、帝国のエースが一人、こちらに飛ばされてきたとの噂を、小耳に挟みました」
「ああ、それ、あたしも聞いたわ。何だっけ、破砕柱使いの、確か……」
思い出そうと顎先に手を添えたヒールレイスに、シュミットが言った。
「スカルヘッド」
「ああ、それそれ。ナイスよ、シュミット。確かクソ悪趣味な白塗り髑髏を装甲にくっ付けてるとか……」
何かが落ちる音がした。落ちたのは、〈ストライクリザード〉と操縦兵を繋ぐ端末。落としたのは、呆然と、思考がブランクになったかのように立ち尽くす、巳澄美琴の両手だった。
「す、すいません!」
彼女が止まっていたのは一瞬で、すぐさま落とした端末を拾い上げた。
(何だ……?)
訝しむ新人の思考は、すぐに遮られる。
「よーし、決まりだ」ジェズイットが、一同へ向け宣言した。「やかましいのが黙ったところで解散と行こう。出撃予定の奴らは一〇分後に格納庫。いいな?」
周りに混じり、新人も「了解」と応えた。状況は、待ってはくれない。
見渡す限りの、赤茶けた荒野だ。だが、先程のグラフィックの通り、意外に起伏があるのだな、と新人は思う。一見すると、地平線の向こう側まで見通せそうだが、あちらこちらに点在する卓状大地や枯れ川の跡が、小さいながらも死角を作っている。手元のパネルに表示される、CG描画された地形図だと、それがよく分かる。見晴らしが良いようでも、見通せない場所は幾らだってある。
〈ストライクリザード〉の足元に、潅木が見える。乾燥地帯特有の、緑色が妙に薄い植物だ。名前は知らない。いつか写真を見たことがあった、と新人が思い出したのに一瞬遅れて、両脚が、大地に僅かに生えたその植物を押し潰した。
あちらこちらには、建物の跡も見える。遺跡、というには文明的だが、とても人が住めるような状況ではない。築かれ、打ち捨てられ、朽ち果て、指を触れれば崩れそうな――八メートルの巨人の指では、比喩にならないかも知れないと新人は苦笑し――建造物が、点々と存在し、容赦の無い陽光と熱風に晒されている。
目を凝らせば、人で賑わうストリートの面影が残っているような気がする。消えてしまった部分を頭の中で補いながら、新人は、かつてここに存在したであろう灯火へ、思いを馳せる。かつては西の果てだった、ともするとピル・ソアテの未来の姿であるかもしれぬ風景は、ありもしないものの気配を感じさせる。
浮かび上がったのは、故郷の並木道だった。
(僕はまだ、あそこに戻りたいと思っているのか……?)
思い出も、未練も、何も残してきていないあの街へ。友人も、会いたい人も――家族と呼べる人さえいないというのに。
戻りたいだなんて、思っていない、と新人は強く否定する。思い出せる街並みが、一つしかないというだけの話だと、自分を納得させる。
『不思議な風景ね』隣を行く〈ストライクリザード〉から、美琴の声がした。音声のみで、映像は無い。
「不思議?」突然の言葉に、やや上ずった声で新人は応える。
『何も無い……何もかもバラバラだからこそ、色んなものが想像できる。思い出したくないものまで、思い出す』
彼女の思い出したくないもの、即ち、破壊された故郷の風景だろうか。どんなに嘆いても、願っても、決して戻ってはこないもの。
そう、戻っては来ない――と言おうとして、新人は口を噤んだ。
『どうしたの?』
「いや……何でもないよ」
取り繕って、新人は前方に広がる、大きく、浅い窪地へ、〈ストライクリザード〉の双眼をフォーカスした。
「あそこ、元は湖だったのかな」
『何でそう思う?』
「あれ」
新人の動きに追従し、暗赤に塗装された右腕が、窪地からやや離れた場所に転がる構造物を指差す。一見すると、何かの建物のようだが――。
『船?』
「そうだね。魚とか貝とか、獲れたのかも。土壌が細かいし」
今のこの場所からは想像も付かないが、と新人は改めて、無限にも思える荒野へと目を戻す。
かつて、新人が生まれるよりも、共和国や帝国が成立するよりももっと前には、ここにはどんな世界があったのだろう。緑が広がっていたのだろうか。水が流れていたのだろうか。人は、笑っていたのだろうか。
リセットされたか、シャッフルされたのか――この世界、大陸には、まるで、元あった全てを捨て、もう一度一から作り直したかのような不自然さが付きまとっている。
(実際その通りなのかも。大変動以前のことは何も分からないし、そもそも大変動が何なのかだって、ハッキリしていないんだ)
地球規模の地殻変動とも気候異常とも言われる、大変動。その具体的な記録は、何も残されていないのだ。何があったのかは、想像するしかない。今の状況を生むに相応しい、理由を。
不意に鳴った通信音に、新人は思考を妨げられた。後方を行く三機からの定時連絡だ。曰く、行軍に若干の遅れ、とある。
(気を遣われてるな……)
新人は、敢えてゆっくり歩を進めているに違いないジェズイット大尉の姿を思い浮かべ、溜め息を漏らす。
カーバネル・ジェズイット大尉の、先日目にした、腕の太いカスタム機、シュミットの重砲撃戦仕様機、そして松下の高速機動格闘戦仕様機の三機が、後続部隊の内訳だ。
『後ろ、遅れてるみたいね』
「そうだね……。合流予定ポイントまで後どれくらい?」
美琴が、計器を操作している音が聴こえる。こういうことは彼女に主導させたほうが上手くいく、と新人は学んでいた。
『このままのペースで進めば、三分掛からない』
「……進む?」と、尋ねた新人に、美琴は即答した。
『ここで待って、合流する』言って彼女は、窪地の淵沿いに機体を停止させる。
「それは……」都合が悪い、と新人は言いかける。進めば僅かなりとも、時間を稼げる。
ここまで周りにお膳立てされて、何も無いでは申し訳が立たない。彼女との関係がさして重要だとも思わないが、改善されるに越したことは無い。何せ、一六特機隊には三〇〇人からの人員がいるが、同年代なのは彼女くらいなのだ。今のままでは余りにも居心地が悪い。
『あたしはここを見ていたい』彼女の〈ストライクリザード〉が、何も無い、干上がった湖の跡を見る。『ここなら、何も思い出さずに済むから』
思い出してしまうのは、何なのか。分かりきっている答えに、新人は唾を飲み込む。訊いていいのだろうか、彼女の口から敢えて語らせることは、苦痛でしかないのではないだろうか、と僅かの間に逡巡し――新人は、乾いて貼り付いてしまった唇を引き剥がして言った。
「……故郷のこと?」
『うん。壊れた街を見てると、壊された街を思い出しちゃう……思い出しても仕方ないって、分かっているんだけど』
彼女が拳を握り、怒りと苦しみと、諦めに満ちた視線を落とす姿が、映像が無くとも目に浮かぶ。何とかしたいと思うが、どうにもならない。彼女の感情を、受け止めることができない。
そう、言葉で応えることはできても、何をすることもできない。何故自分はこんなにも無為で、こんなにも空虚なのか。空っぽな生き方しか、してこなかったのか。自分の存在を薄めることで、辺りに吹く風をやり過ごさなければ、今日まで生きてこられなかった――そのような下らない言い訳を、後何回重ねるつもりだ、と新人は自分に問う。
言葉で、理由で、理屈で、無理矢理納得させなければ、自分の生き方一つ、肯定することができない。納得できず、苦しむ彼女の方が余程正しいのだ――この砂漠に散る砂一粒程の価値も無い理屈で、まやかしの納得をしている自分より。
今の自分が得ている肯定は、ジェズイットの言葉を逃げ道にした、仮初めのものに過ぎない。あの男の自己肯定と、新人のそれはまるで違う。力があるか、否か。違いによる結果として――新人は、ジェズイットの手を取った。だが美琴は、取らなかった。
「くそっ……」
唇を噛み、暖かさを象徴する太陽が降り注いでいても尚、寂寞たる景色をひたすらに映し出すモニタを、新人は睨みつける。前後左右に流れる映像に、動くものは見当たらない。
結局、哨戒といっても敵に出会うことも無い。彼女との絶対的な距離を、縮めることもできない。何もかもが無駄――そう思った矢先だった。
アラート音、センサに感。即座に、索敵画面が立ち上がる。二時方向、距離は――。
「アサルト・ライフルの射程内だ! 美琴!」
『分かってる!』
叫ぶと同時に、身体が動く。動力供給レベルを戦闘時に。同時に、ブレイン・バイパス・システムがリンク係数〇.六へ上昇させる。頭に痛みとは違う、違和感が走る。あの、『見られている』ような感触だ。だが、気にしている余裕は無い。
推進剤に点火、両脚が軋み、〈ストライクリザード〉が弓から放たれた矢のように疾駆する。直後、寸前まで、新人と繋がった、巨人の両脚が踏み締めていた地面を、弾丸が抉った。
後方へのGに顔を顰める。一呼吸の間に、時速一八〇キロメートルを突破。走行方向を転換し、敵の射程外へと退避する。交戦は避けろ、と言われた。戦うにしても、敵の戦力も把握できず、こちらはルーキー二人。余りにも分が悪い。
「……いた」
枯れ川の溝を塹壕代わりにして、二機の〈ベルキャット〉がこちらに射撃を仕掛けている。射線を避け、センサの情報を閲覧しようとして、新人は思わず手を止めた。
レーダーが死んでいる。敵機の接近を感知したのは、音響探知式のサブセンサだ。熱探知のものもあるにはあるが、この環境では誤作動も多く、余り当てにならない。とにかく、電波の跳ね返りで接近する機影を探知する機構がまるで機能していないのだ。
「電子戦仕様のモビリティ・アーマード・インファントリがいる? どこに? 敵は、あの二機だけじゃない!」
何故今の今まで気付かなかった。サブが優秀だったから良かったものの、もしここが市街地等の雑音が多い場所だったら、今頃自分は死んでいた。下らない物思い等に気を取られていて、ここが戦場だという事実を、忘れていたのか。或いは、目を背けていたのか。自分自身――この、操縦服のグローブに包まれた両手もまた、戦いをもたらすものだということに。
何を思おうと、何を考えようと、弾丸は無慈悲に冷徹に、人の命を奪う。そしてヒューマノイド・アサルト・ランドファイター〈ストライクリザード〉のコクピットに座り、この手で引き金を引く限り、自分達もまた、奪う側の者に他ならない。奪われた、壊された、失っただけの存在では、ありえない。
新人自身を苦しめた、そして今も苦しめ続ける『どうにもならない力』の渦に、既に自分だって巻き込まれている――人を、苦しめる側として。
「ECMかECCM、簡易なものでも付けて置けばよかった」
呟き、新人は現実へ戻り、事実から目を背ける。考えるのは後でもできると、自分にまた、言い訳を一つ。
再び、センサが敵を認識する。一〇時方向に、一機。目視確認、新人の両目が、目標を捉え――そして、驚愕に見開かれた。何かの錯覚ではないか、と二度三度目を瞬かせても、目に見えるものは変化しない。右手に把持された武装も、胸に刻まれたエンブレムも。
「破砕柱装備、胸に髑髏……」
名を思い出すよりも、敵意が、弾丸の形を取って向かってくる方が遥かに早かった。緊急の回避運動。出撃前に交わされた、会議中の操縦兵同士の会話――敵のエース、という言葉が、新人の脳裏に浮かぶ。そして勝てない、と頭脳が結論する。逃げろ、と。後続との合流を待て、と。
新人はその命令に従い、間合いを広くする方向へ進路を取る。そして、現状唯一の味方である美琴に、後退を促そうとして、視界の端に彼女の〈ストライクリザード〉を収めた時、新人は再び、驚きに身体が強張るのを感じた。
炎の尾を引き、両脚で足元の乾いた砂を巻き上げながら、〈ストライクリザード〉が敵陣へ一直線に突撃していた。双方から撃ち掛けられるライフルの火線が交叉し、何も無い砂漠のキャンバスに、弾痕のドットを刻んでいく。
「無茶だ! 何をしているんだ、君は!」
『うるさいっ!』
いつもより遥かに激しい、こちらを竦ませる怒気を孕んだ叫びが、新人の言葉を拒絶する。シェード・アイ――センサ類保護のための、サングラスをかけたように見える〈ストライクリザード〉の瞳までもが、その名の通り影となって、言葉の当たる陽だまりを遠ざけている。見詰め合うことを、拒絶している。
語られていた帝国のエースの仇名は、『スカルヘッド』。それを聴いた時の彼女の、あからさまな動揺を、新人は思い出す。
「勝てるわけが無い、戻れ!」
『うるさいって言ってんのよ! あれは、あの髑髏は……』張られた弾幕に、〈ベルキャット〉の群れへ近づくことすらできない苛立ちをぶつけるように、美琴は叫んだ。『あたしの、両親の仇だ!』