#2 戦いをもたらすもの・2
「意外と暇なんだなあ」三宅新人は、格納庫の何も無い壁をぼんやりと見上げながら呟いた。
この街の名、ピル・ソアテは、何でも地名が生まれた頃の――言語体系が今とはまるで違う時代に使われていた言葉で、『果ての街』を意味するらしいと、新人は小耳に挟んだことがあった。
中西部には資源が無い。特筆すべき産業も無い。あるのは四六時中、年がら年中燦々と淡々と降り注ぐ太陽の光のみ。そんな場所に都市が成立しているのは、偏にここが『果ての街』であるからだ。つまり、都市が存在していることで、共和国の枠内に入っている、という主張を行っているに過ぎないのだ。
帝国と共和国の国境線は、明確には引かれていないため――そもそも、明確に定めるだけの友好関係があれば、戦争状態には至っていないのだが――ピル・ソアテと、そこに駐留している部隊には、主権の及ぶ範囲を守るという大きな存在意義が課せられている。果ての街だからこそ、奪われるわけにはいかないのだ。
とはいえ、北と南が主戦場になっている現在、この街は安寧そのものだ。ほんの時折、郊外――放棄都市群の存在する国境エリアで散発的な小競り合いが起こる程度で、激しい戦闘が起こることは滅多に無い。市民は、日々の生活を楽しんでいる。
何も無い壁から目を放し、新人は、金属製のアームで、片膝を付いた状態に固定された〈ストライクリザード〉によじ登った。不恰好に長い爪先を乗り越え、装甲表面に作られた梯子代わりの突起に足をかけて、開き放しのハッチから内部へと身体を滑り込ませる。
出撃があるわけではない。大まかなメンテナンスは専門の人間が行うが、内部システムの調整には操縦兵自身の関与が不可欠なのだ。個人の癖や、動作の手順、戦闘スタイル等が如実に反映されるのがHALであり、その自動調整されたSMCF(形状記憶カーボン・ファイバー)の電圧対応可変プログラムを、更に自分に合うように調整してようやく、HALは真価を発揮する。
モニタを起動、まだ確信を持って操ることのできない制御卓を操作し、パワー・レベルを平時へ。ハッチ閉鎖。前に倒れていた頭部が、元の位置へ戻る。メンテナンス・モードへ切り替え、B2システムと動作の連携を限界まで低下させる。両手を動かすと、〈ストライクリザード〉の両腕がぎこちなく、筋肉の使い方を知らない赤ん坊のように動く。
後は、コンピュータとの格闘だ。キーボードを引き出し、動作シュミレーション画面を起動。同時に、現実の機体は力を失う。手持ちの端末を接続し、先刻のシミュレータの結果を同期させる。B2システムのリンク係数を、〇・五まで上昇。イメージし、両腕両脚を操作。画面の中の〈ストライクリザード〉が、対応して動く。
だが、微妙にずれがある。ライフルを構えてから、照準するまでの一連の動きが、思っていたものと違う。左腕が、付いてきていない。利き腕ではないから、意識の配り方が少ないのだろうか。
この齟齬を、手作業で修正する。何度も動かし、キーボードを叩き、考えていた動きへと近づける。
一段落付いた頃には、陽は既に傾きかけていた。だが、これを怠れば、待っているのは死だ。思うがままに動かせない八メートルの巨人など、棺桶と同義だ。
いつの間にか、額から汗が滴っていた。西部内陸の気候は肌に合わない、と新人は思う。モニタ越しに見える、開け放しの、滑走路に通じるシャッターの向こうには、憎たらしいほどの青空が砂にくすんでいる。太陽は、いつもと同じ満面の作り笑いを湛えている。新人の住んでいた南西部沿岸は、もっと過ごしやすかった。
同じ国でもこんなに気候が違うのだ。国土の広さが文字通り、骨身に染みる。自分が、遥か遠くの場所に来てしまったという事実も、また。
(でも、帰りたいとは思わないな)
あの場所――オンライン・カジノにのみ繋がった、閉じた扉の内側――が、自分の帰りたい場所だとは、新人は思えなかった。
ならば、今いるこの場所は、帰りたい場所なのだろうか、と自分に問いかける。ややあって、分からない、という答えが返ってきた。
(分からないことばかりだな……)
分からない振りを、無意識の内にしているのかもしれない。違う、という答えを出してしまいたくないから。
書き換えたプログラムをSMCFが読み込んだのを確認し、動力炉を停止。B2システムも止め、モニタの電源も落とす。ハッチ、解放。篭った空気が一気に溢れ出し、外の生暖かい――それでも、コクピット内部に比べれば新鮮な空気と混じり合った。
身を乗り出して辺りを見回すと、丁度、格納庫に三機の〈ストライクリザード〉が帰還したところだった。ルーチンワークである、郊外、国境地帯の哨戒任務だろう。
「足元に近寄るな!」と整備兵が怒号を上げている。各部関節には緩衝剤と共に、衝撃を熱へと転換して排出する機構が搭載されている。迂闊に近づけば、火傷では済まない。攻撃のためにあるわけではないが、この機構は多くの兵士の命を奪ったと言われている。ロボット兵器の黎明期、歩兵のみを相手にしていた頃のことだ。
三機のうち、先頭に陣取っているのはカーバネル・A・ジェズイット大尉の機体だ。余剰パーツと回収された残骸を組み上げ、改造を施し、一体へと仕上がったこの機体は、両腕が異常に肥大している。一・五機分のパーツを掻き集めたと聞いているが、それが何のためなのか、新人は知らない。大口径砲でも扱うのだろうか、と勝手な推測を巡らせてはいた。もっとも、そんな憶測をする暇があったらむしろ、一週間で組み立てを完了させた工兵たちの努力に、拍手を送るべきだろう。
後ろに控えた二機はいずれもシェード・アイ、センサ保護用の樹脂プレートで目の周りを覆ったタイプだ。一六特機隊には、二体しかいない。即ち、先日のヒールレイス・リヴェッサと――巳澄美琴だ。
一目見るや、新人は、乗り出していた身を、コクピットのシートの上へと戻した。
会いたくないな、と思う。一方で、話さなければならない、謝らなければならないと思う。だが新人は、操縦席の奥に隠れている。
あの日の通信以来、彼女とはまともに口も聞いていないどころか、顔を合わせてすらいない。新人が、自責を意識したくないばかりに彼女を避け続けているためだ。
シートからは、外の様子は見えない。
「卑怯だな、僕は」
間違いを犯したと分かったなら、謝って、改めればいい。なぜ、そんな簡単なことすらできないのか、と新人は頭を抱える。
「やっぱり、人間の屑だ」
自分の独り言が短くなった。少ないとはいえ、信頼することができないとはいえ、誰かと話しているからだろうか――と、新人はまた、何の関係も無い、場違いなことを考える。
ジェズイットの言葉を思い出す。
『お前は、屑でいいと思っている。俺は、そうではない』
「僕は……」
凝として身を強張らせたまま、新人は深く――周りの音が聴こえなくなるほど、どれだけの時間が経ったのか分からなくなるほど――考え、そして結論する。屑でいいとは思わないと決めたのだ、と。だから〈ストライクリザード〉で戦うことを受け入れた。
よし、と頷き、新人は、何も見えないコクピットの底から立ち上がった。
だが、そこにはもう、〈ストライクリザード〉の姿は無かった。あるのは、力を失い、頭脳たる操縦兵が立ち去った、ただの巨大な機械の塊のみ。車両に牽引され、整備用のハンガーへと固定される姿を見送り、新人は落胆と安堵の入り混じった溜め息を吐いた。
落胆のほうが大きいことを信じつつ、機体を降りる。
「っと……」
足場を二三度踏み外しかけながら、どうにか地面に足を着くのと同時に、背中から、冷たい視線を感じた。
振り向くと、遠くに――彼女がいた。吹き込む砂混じりの風に、セミロングの黒髪が乱れている。だがその目はこちらを見据えて、動かない。生ぬるい空気が、新人の汗ばんだ肌から体温を奪う。
(どうして僕を見るんだ、君は!)
逃げ出したくなる思いを無理矢理抑え付け、新人は呻き、操縦服姿のままの彼女、美琴の方へ一歩、足を踏み出す。すると、見計らったかのように、彼女は踵を返し、格納庫から続き棟になっている建物の中へと姿を消した。
行ってしまうならそれでもいい、と誰かが言う。お前はそれでいいのか、と誰かが応える。
良くない、と新人が答える。
「待ってよ!」
叫びが、自分の口を突いて出たことに驚いた時には既に、新人の身体は美琴を追って、走り出していた。
点々とLEDの照明が点った廊下は明るい。白い明かりが、目を突き刺すように染みる。窓は無く、天井の低さも相俟って圧迫感が強い。
大人二人が、どうにかすれ違えるか程度の廊下の真ん中で、先を行く美琴が不意に立ち止まった。簡単に追いつき、新人も、彼女の三歩手前で走りを止めて、すっかり上がってしまった息を整えた。
(一分も走ってないのにな……)
それだけ、B2システムの使用は疲労するのだろうか。或いは、彼女を追いかけることが、苦しいのか。
「何?」それ以上言葉を交わす気は無いと言わんばかりに短く、彼女は言った。
「あのさ、えーっと……」
何から、どうやって言ったら良いのか整理できず、頭の中の混乱を、そのまま言葉にすることしかできなかった。言うべきことを纏めてくれば良かった、と新人は後悔する。
落ち着け、と自分に言い聞かせる。何を思った、どうしようと思った。何よりも大切なのは、何だ。
「僕には君の気持ちは分からない」
新人は言った。背を向けていた彼女が、こちらを向いた。表情は、無い。顔面の筋肉が、微塵も動いていない。それでも、目線は新人を射ている。思わず俯いて、視線を躱す。戦場で向けられた銃口に似ている、と新人は思う。
「君が失った物が何なのか……家族とか、家とか、故郷とか、そういう意味じゃなくて」縺れた思考の糸を少しずつ解きながら、新人は言葉を編む。「それらが君にとっての何だったのか、僕には分からない。僕と君は違うし、君にとっての家族と、僕にとっての家族は違う物だし、いや、そうじゃなくて……」
違う、と声に出して叫びたかった。家族の存在の重さが、人によって違うのは当たり前だ。そんなことを言おうと思ったのではない。
目の端で彼女の方を見る。表情は変わらない。まるでこちらを品定めしているかのようだ。
自分の心臓の拍動を聴きながら、新人は大きく息を吸って、吐いた。
「僕は君を知らないから、君の失った物の大きさも分からないんだ。だけど、喪失って何なのか、ちょっとだけなら、僕にだって分かる。どうしようもないことを、どうしようもないと諦めきれないのは当然だ。当然なんだよ。僕は、それを忘れていたんだ。ずっと、どうしようもないことに囲まれていたから……周りのことなんて全部、どうでもいいって思っていたんだ。だって、僕が何をしたって、どうにもならないんだから」
新人は一度言葉を切り、黙ったままの美琴を見る。重なる目線が何かを伝えたのか――美琴の、漆黒の瞳が、僅かに揺らぐ。
「でも、だったらどうして、僕はあの時……君に『戻ってはこないのに』と言い返された時、あんなにも苦しかったんだ? どうでもよくなんかないんだ。ほんの少し言葉を交わしただけの相手だって、大事なんだ。彼らの命に報いるためなら、自分の命を懸けて戦ったっていいって、思えるくらいに。そうだよ、諦めることなんてできないんだよ。人間の屑でも構わないなんて、思えるわけがないんだよ。僕にはそれが、分からなかった。失うことがこんなに苦しいなんて、知らなかった。だから、美琴……」
新人は目を伏せる。彼女の顔が、視界から消える。
「君に謝りたかった。何度殴ったっていい。このままここから立ち去ってくれてもいい。だけど、ごめんって、言わせてくれ」
これで良い、と新人は思う。言いたいことも、思ったことも、全部伝えた。だから――。
(僕は美琴に、どうして欲しいんだ?)
求めている結果があったわけではない。許しを願っているのでも、寛容が欲しいのでもない。伝えなければならないという思いに、突き動かされただけだ。
彼女は何も言わない。新人は何も言えない。立ち込める沈黙に耐え切れず、彼女の顔へ視線を戻す。
新人を睨みつけていたあの冷たい視線が――床目を彷徨っていた。
「分かってる。全部分かってる!」
下を向いたまま、地に向かって美琴は叫ぶ。握られた拳は、震えていた。
「言われなくても、あんたの考えてることなんて全部分かるの! だからあたしはあんたを許さなくちゃならないって、分かってる。でも……でも、あたしは、許せない! あたしを踏み躙ったあんたも、あたしから何もかも奪った帝国の奴らも!」語気の強さにたじろぐ新人をよそに、彼女は続ける。「恨みや報復、憎しみだけで生きてちゃいけないって分かってるから、スタン・トンファを使った。だけど、本当はあいつら全部、バラバラに引き裂いてやりたい。叩き潰してやりたい。あんたを睨むだけじゃなくて、もう一度殴ってやりたい! この衝動は、止められないの!」
「殴ってくれて構わない。僕はそうされて当然だ」
「喋るな! 声を聴けば聴くほど、あんたが憎くなる。あんたを許せなくなる!」腕を抱き、唇を噛んで美琴は言う。「こんなの嫌。こんなあたしは、あたしじゃない。こんな自分が……どんどん嫌いになる。どうして? どうしてあたしは憎むことも、許すこともできないの? いっそ流されるか……全部忘れてしまえれば、楽になれるのに。あたしは戦う機械にも、父さんや母さんみたいな大人にもなれない!」
やはり彼女と自分は違う、と新人は思う。新人にとっては常だったこと――流され、忘れることを、彼女は許容できない。諦めることができない。彼女の存在は、新人のそれより遥かに確からしいのだ。
「新人、あたしはどうすればいいの?」
「え?」
「あたしは、衝動に任せてあんたを殴ってもいいの? 復讐のために、戦場にいてもいいの? 全部許すことなんか、できない! 許せない自分が、許せない!」
叫ぶ美琴の目が、僅かに潤んでいた。少しだけ考え、新人は口を開く。
「それも人間だよ。感情に押し流されることも、押し殺すことも、どちらも正しいとは思わない。違う道だって、あるはずなんだ。どっちつかずからでも、何かの道を見つければいいんだよ、きっと。焦ることはないと思うけどな。僕は一六、君は一七なんだし、さ」
「達観してるのね」
「違うよ、達観じゃない。僕は、今だけで精一杯なんだ。だから、考えるのは後に回すことにした。今を、精一杯生きることにしたんだ」
「あたしは、そんな風に考えられない」
「考えられないからって、考えなくていいわけじゃない」
そう、何もできないから、何もしないのでは、かつての新人と同じだ。進歩のない自分を、肯定してはならない。
「僕に怒りを向けても、許してくれても、どちらでも良い。今は、答えは出さなくたって良い。だから……」新人は、目を伏せたままの美琴へ右手を差し出す。「僕の、友達になってよ」
「……は?」目を丸くした彼女が、新人を見た。
「そうだよ。僕を見てよ。僕の手を掴んでよ。僕は君に……」
どうして欲しいのか、新人は今一度自分に問い直し、全ての記憶を呼び戻す。まだほんの僅かだが、新人にとっては途方もなく重い、徴兵されてからの日々を。そしてそこに確かに存在する、彼女を。
悩むこと――迷うことに疲れて、全てを投げ出し諦めてしまっては、新人と同じだ。それだけは嫌だ、と彼は思う。ならば、どうするのか。
浮かんだ答えは、極めてシンプルだった。
「僕は君に、笑っていて欲しい」
「でも、あたしは……」
また俯こうとする彼女へ、新人ははっきりと告げた。
「大丈夫。矛盾に耐えられなくなったら、僕が君を助けるから。僕がいる。〈ストライクリザード〉がある。君は、一人じゃない」
宙に静止する新人の手を、美琴の目が、じっと見詰める。緊張に、掌の温度が上がる。
彼女の右手が、ゆっくりと上がった。そして二人の間を彷徨い、新人の掌へ近づき、指先が、触れ合おうとした時――彼女は、手を引き戻した。
「どうして……」半ば悲鳴のように、美琴は言った。「どうしてあんたが、そんなこと言うの!?」
新人の全身が、鞭に打たれたように、ぴくり、と震えた。思考が凍り付く。頭の血が消え失せる。視界が一瞬、色を失う。
そして次に新人が認識できたのは、人影疎らな廊下を、靴音を鳴らして走り去っていく、彼女の背中だった。
「僕は……!」
腹の底から声を吐き出し、新人は拳で壁を叩く。痛い、と呟き、両手を握り締める。
その肩を、誰かが叩いた。
「いよう、少年。残念だったな」
聴こえてきた東の言葉に、新人は頭をスイッチする。
「……見てたんですか、マイストさん」
「通りがかりに、たまたまさ」野戦服の袖を折り上げたマイスト・リーズ曹長が、肩を竦めた。
「盗み聞きなんて、性質が悪いですよ。出てきてくれれば良かったのに」
「出ていくにいけない雰囲気作っといて、なあに言ってやがる……まあ、お前は良くやったと思うぜ、俺は」
「良くやったって、何ですか」
妙に上からの物言いに苛立ちながら、新人は応じる。上からでなければならないという、強迫観念に駆られているかのようだ。
「あの子の表情があんなに変わるのを、俺は始めて見たぜ。お前よりちょっと前だったから……ウチに来て三週間は経ってる。なのに、俺はあの子の笑った顔どころか、能面みたいな顔しか見たことねえ。訓練期間の彼女は、どうだったんだ?」
言われて、新人は考える。美琴はどんな表情をしていたか。どんな目線を、自分に向けていたか。
「分かんないです。思い出せないです」いつだってそうだ、と新人は思う。「肝心なことは、何も覚えていない。僕は、美琴の顔を見ているつもりで、見ていなかったんです。僕は彼女を見ていない。何も、見ていなかったんです。僕は、何も」
目線は向けていても、見てはいない。見てはいけないとすら、新人は思っていた。現実からも、目の前の少女からも目を背けることが新人の生き方であり、そうすることでしか自分を保つことができなかった。
美琴に手を差し伸べようとしたところで、上手くいくはずがない。新人は、彼女のことを知らない、理解していない――彼女のジレンマを解く答えも、持っていないのだから。
「底抜けに優しいんだよ、きっと。だから人を憎む自分さえ、憎んでしまう」
「優しい……」
「まあ、あんまり気にするな。後は何とかしてやるよ」そう言って笑い、マイストは歩き出す。
「何とか?」
新人も、彼について歩く。格納区画から生活区画へ続く廊下に、人影は疎らだ。
「フォローも、リベンジの機会も、この俺が作ってやるって言ってんだよ。このままじゃ釈然としねえだろ?」
「確かに、そうですけど」
わざわざお膳立てされることの方が、もっと釈然としない、と新人は思う。
(大体、彼に僕の何が分かる?)
傲慢だと分かっていながら、そう思わずにはいられない。余計なお世話だ、とも。
廊下の交叉点に差し掛かったとき、不意に、マイストが小さな声で言った。
「黙って、左見な」
口調の強さに驚きながら、言葉に従い左の、交叉するもう一方の廊下を見る。
「え……」思わず、新人は息を呑んだ。
そこに見えたのは、ヒールレイス・リヴェッサの渋い顔と――彼女の胸に縋り付いて嗚咽を漏らす、美琴の姿だった。
「これも、あなたが作ったフォローとやらですか」何も見なかったかのように平然と通り過ぎながら、新人は言う。
「いいや、通り掛かりに、たまたまさ」マイストは答えて笑い、「じゃあまた後でな、少年」と言って、新人に手を振った。向かう先は、格納庫らしい。
彼を見送り、新人は大きく溜め息を吐く。
「大尉の物真似は、僕にはまだ早いってことか……」
誰にも聴こえぬ声で呟き、誰もいない廊下を、新人は足早に歩いた。見えない何かから、逃げ出すかのように。
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