#2 戦いをもたらすもの・1
『スカー7、エンゲージ』
『索敵範囲内敵機数、二』
『パワーレベル、コンバット。戦闘機動を開始』
無感情な機械音が、そこに存在する事実を次々と突き付ける。広範囲レーダーにはそれが敵機であることを示す赤い光点が2つ、明滅している。二対一、決して有利な戦いではない。
前方から射撃。咄嗟に進行角を変化させ、射線上から逃れる。
「もう撃ってくるなんて……!」
火器管制画面を呼び出し、主武装をアクティブに。同時に、また合成音声ががなり立てる。
『榴弾・散弾砲有効射程範囲内敵機数、〇』
『接近を推奨』
その声に従い、新人は両脚のペダルをもう一段踏み込み、〈ストライクリザード〉を加速させる。側面モニタに流れる景色も――無味乾燥な岩肌ばかりだが――速度を上げて、遥か後方へと飛び去っていく。自分自身の、過去のように。
再び敵機からの射撃。フルオート連射されるアサルト・ライフルの弾丸の一部が、右半身の装甲を叩く。即座に左手親指のボールを動かし、ダメージ・コントロール画面を開く。損傷は、軽微。戦闘機動に支障無し。HALは、そう簡単には堕ちない。それでも、新人のこめかみを、汗が伝う。
円弧を描きながら、曳光する火線を避け、二つの、敵接近を警戒したのか固まっている光点へ向けて機を走らせる。
敵性体――二機の〈ベルキャット〉が、背中合わせになっていた。交互の射撃が、〈ストライクリザード〉を追いかける。速度を更に上昇。フルドライブ、時速二二〇キロメートルに達する。追いつけるものか、と新人はほくそ笑む。弾丸が空を裂く。性能ならば、こちらが上だ。
周囲を旋回しつつ円周を縮める。射程内。焦るな、と自分に言い聞かせ、一呼吸。無闇に撃つな。必殺の隙を見つけろ。関数の極値を見極めろ。こちらの弾丸一発が、最大の効果を生む一瞬を――その時、一方の敵機の弾丸が尽きた。
「今っ!」
両膝のロックを一時解放。安定走行のために半固定されていた膝・足首関節を、転倒しない――摩擦係数の許す限界まで屈曲。円弧だった軌跡が変わり、中央へと向かう太極の曲線を描く。突撃、敵、正面。ロックオン、砲セーフティ解除。
メイン兵装、七二ミリショット・キャノンの引き金を引く。散弾砲の名に相応しくなく、外見はアサルト・ライフルにも似るこの武装の最大の特徴は、大きく開いた銃口が縦に二つ並んでいることだ。上が射角の広い散弾用。下がライフリングの施された、榴弾用。それぞれ便宜的にバックショット、スラッグショットと呼び分けられている。複数種の弾丸をワンタッチで撃ち分けることが可能なのだ。
放たれた無数――二〇〇以上の散弾を、二機は左右に飛び退いて避ける。だが、完全に避け切れるものではない。致命傷や行動を制限するには至らないが、弾丸の一部は、マガジンを入れ替えていた方の〈ベルキャット〉の、灰色をした装甲を打つ。バランスが、僅かに乱れている。
「まだ、これから!」
ターンしながら、敵機が体勢を立て直して次のモーションに移る前に続けざまに二発。だが、こちらも安定した体勢で照準できなかったためか、右肩を吹き飛ばすに止まる。思わず舌打ちが漏れる。
この一手で決めたかった。強襲で一対一の形を作り、性能差で圧倒するのがベスト。もし、仕損じたら――?
傷を負わせた一機に止めをを刺そうと、殆ど無意識で狙いを定めた瞬間――背後に回っていたもう一機の銃口がこちらを向いていた。
咄嗟に緊急跳躍。再び下半身のロックを解除し、身体のバネとノズルを偏向させたスラスターから吐き出される多量の運動エネルギーで、右へ。機体が一瞬、宙に舞う。
『左腕部損傷、重心制御パターン変更』
『爆発の危険有り。左肩部より切り離しを推奨』
衝撃と、僅かに遅れてエラー・メッセージ。
回避し切れなかった弾丸が、左腕の肘から先を吹き飛ばしていた。断続的に、オレンジ色の火花が散っている。推進剤に引火したら、一巻の終わりだ。左右重量バランスの急激な変化は、安定走行の重大な障害になるが、仕方ない。制御システムの自動調整機構が優秀であることを信じる他無い。
親指を動かし、パージポイントを指定。
「くそっ……!」
悪態を一つ。自分の左腕の、操作に対する寄与を極限まで下げ、壁の赤い、拳大のスイッチを叩く。機体が大きく震える。緩衝剤が白い煙を上げて吹き出すと共に左肩関節が外れ、肘から先が失われた左腕が地面に落ちる。
「再セットを!」
重さの中心がどこにあるのかが分からなければ、八メートルの巨体が時速二〇〇キロメートルで走行できるはずが無い。腕が落ちた状態で不用意に加速すれば、また転倒する。脚切り離しなどという荒業は、そう何度も通用する物ではない。あの時は、生き延びることができたのが、不思議なくらいだ。
重心制御は、B2システムを介した操縦者からの直感制御と、地形情報等を総合して自動で行われる。腕を丸ごと失ったら、一呼吸程の間が必要になる。
減速し、一度距離を取って仕切り直そうと、新人の、〈ストライクリザード〉の眼が周囲を走査した、その時。方向転換した正面に、手斧を構えた隻腕の巨人が立ち塞がった。こちらの初撃、二撃で右肩を吹き飛ばした〈ベルキャット〉だ。
零距離。マズい、と呟き咄嗟の動作でにショット・キャノンを向ける。照準、ロックオン――間に合わない、と直感が叫ぶ。振り下ろされる斧の方が、明らかに早い。
ならば、どうする。狙うまでも無く、ロックオンするまでも無く、引き金を引けば的中する方法。斧、回避できないのなら、防御。
「……」
視界が一瞬、狭まり、暗くなったかのような錯覚が、新人を捕らえた。目の前の一点しか見えない。そこへ向かって進めば良い一点だけが、光を受けている。こうすればいいと、誰かが――或いは自分自身が言っている。どうすればいいか、新人は理解する。これが正しい。こうすれば次へ進める。ここから先へと、歩むことができる。
「ここだ」
両腕が、独りでに動く。鈍い音を立てて、手斧が止まる。軽い衝撃がすり抜ける。
七二ミリの銃口が〈ベルキャット〉の手首ジョイント部に突き立ち、完璧なバランスで受け止めていた。ほんの僅かでもずれていたなら、散弾砲か〈ストライクリザード〉本体のいずれかが、超音波振動する手斧に切り裂かれ、破壊されていただろう。これが最善であり、これ以外の選択肢は無い。新人には、それが分かった。
冷静に、右手人差し指のトリガーを引く。一発、二発。超至近距離で炸裂した散弾が、敵機の腕、そしてコクピットを粉々に打ち砕いた。
そして残る一機を、即座に視界に収める。数値を見ていては間に合わない。相対距離を目算、散弾では決定打にならないレンジ。だが、向こうのアサルト・ライフルの射程内。ならば。
「スラッグ弾装填、当たれっ!」
こちらなら、散弾より射程が長く、威力も命中精度も段違いに高い。視界の隅で、火器管制画面が変化。いける、と呟き、トリガーを引く。
螺旋に刻まれた腔線から、炸薬を充填した一発弾が、機動装甲歩兵の四ツ目を破壊せんと撃ち出されたのと同時――分一一〇〇発のアサルト・ライフルが、〈ストライクリザード〉の双眼へと吸い込まれた。
ブラック・アウト。
「少しは、マシに戦えたかな」
『撃墜されました』の表示が画面に明滅し、新人は現実へと引き戻された。汗で全身に張り付いた服が、気持ち悪い。これが敗北の味なのかな、と思い、違う、と思い直してヘッドギアを外す。頭が、軽くなる。
ふぅ、と息を一つ吐くと、足元のスイッチを捻る。同時にモータ音。頭上のドームがゆっくりと開き――新人は、HALコクピットの形を模したシミュレータから降りた。
動く機体も飛び交う弾丸も仮想世界の映像とはいえ、シミュレータの内部構造は実機と何ら変わりない。ただ本物の〈ストライクリザード〉に繋がっていないだけだ。戦闘機動の仮想再現にはかなりの容量を喰うらしく、外見は、実機から切り離したコクピットを一回り大きくしたような形だ。増えた分には、演算機が積まれているのだろう。また、機械ハードにかかる負担も相当なものなようで、一〇分の稼動毎に最低一〇分のインターバルを取ることが規定されている――もっとも、徹底はされていないが。
ここは、共和国の西の果て。街の名を、ピル・ソアテという。
あの日――初めての戦闘を経験した日の明くる朝から、ここが新人の配属場所となった。例の、壊滅した輸送中隊の人員は再配置され、同時に、この街を根城にする、今はまだ数少ないHAL運用部隊の一つである『第一六特殊機甲中隊』は、二三輸送中隊の生き残りを吸収する形での再編成を受けたのだ。カーバネル・A・ジェズイットは、特殊機甲中隊長への復帰が決定していた。「暴れまわる方が俺の性に合っている」と言って、彼はいつものように笑っていた。
どういう事情かは知らないが、更迭された人間が、こうも簡単に部隊長――それも一番華々しい、HAL乗りとして捲土重来を果たすことに、新人は違和感を覚えていた。何か、ジェズイットを一線へ連れ戻さなければ鳴らない理由があるのか、或いは、想像も付かない理由が。本人に問い質しても、曖昧に笑うばかりで答えてはくれない。手続きだって、早すぎる。
(上に疎まれてるんじゃなかったのか……?)
疎まれているなら、なぜ彼にとっては天職とも言えるHALに乗る資格を与える? 矛盾している、と思う。だが、想像も付かない理由なら、想像しても仕方ない。
(まあ、いいか……)
新人は、考えないことにした。
そして彼は、一六特機隊の、七人目のHAL乗りとなった。先刻の『スカー7』は、彼のコール・サインだ。傷跡の七番で、スカー7。
七番目とは即ち、他に六人の操縦兵が存在することを意味する。その内の二人が、疲れ切った新人を待ち構えていた。
「ふむ、ヘーゲル・シュミット社製七二ミリ榴弾・散弾砲。どうやら確定のようだな」
先に口を開いたのは、向かって右に立った坊主頭の男だった。年の頃は二〇代、としか新人には判別できない。格闘技を嗜んでいた(と、新人は聞き及んでいる)らしく、体付きは均整が取れている。身長はそれほど高くない――とはいえ、一六〇センチをメートルを少し越えた程度の新人に比べれば十分高いのだが――にも関わらず、彼の身体は酷く大きく見える。ジェズイット大尉とは違ったタイプの圧力がある、と新人は思う。
新人は一六特機隊に配属されて、もう一週間になる。坊主頭の彼とも、面識はある。だが、彼の名前を思い出せなかった。階級は伍長、出身は新人と同じ、南西部。だから、倭名だということまでは、分かる。
思い出すより先に、彼は言った。
「いかがですか、曹長殿」
水を向けられたのは、隣でシュミレータのハッチに腰掛けた、マイスト・リーズ曹長だった。先日の戦いで、新人は彼に命を救われている。あの、狙撃仕様機の操縦兵だ。
「ああ、一番マトモな戦いだったぜ。ギリギリ及第点ってとこだな。疲れただろ、シント?」彼は、肩を掠める程度の金髪を、鬱陶しそうに払って言った。
彼の名前の方はしっかり覚えているのだな、と新人は自分の現金さに苦笑する。
今のマイストは、一六特機隊の副長を務めている。ジェズイットの不在時には隊を率いていたのだから、あからさまな降格だ。それでも、不満を持っている様子は無い。むしろ、降格できて良かった、ようやく重荷を下ろせた――そんな、現状の方が幸福だと言わんばかりの態度が目立っていた。
隊を再編成する旨が通達されたときの、マイスト・リーズの複雑な表情を、新人は一週間近く経った今でも思い出す。落胆しながらも安堵した、まるで悪戯を見咎められた子供のような顔だった。決して、減俸で青ざめているような顔では無かった。
責任を負うことが嫌なのか。ジェズイットの下にいることが安息なのか。或いは――自分は責任を負ってはいけないと思っているのか。
「どうした? さすがに六連戦は疲れたか」
今となっては珍しい、マイストの透き通った碧眼が新人を覗き込んだ。青い目は遺伝的に弱い。かつてはともかく、今は淘汰され、人口比の数パーセント程しか存在しない。共和国内なら、北西部系の人種に僅かにいるだけだ。
「はい……。疲れました」
ニュー・カマーの武装選定と、ルーキー歓迎の意味もあった今日の訓練だ。これもある種の宿命なのかもしれない、と新人は思う。自分の名前を音読みすれば、そのままニュー・カマーの意味になると、彼は一人頷く。東や北の人間には、分かるまい。
「センスあるぜ、お前。さすが大尉が見込んだだけのことはある。微分すれば、俺より勝ってるところもあるくらいだ」
「微分?」
「ある一部分、限定した領域ならば、ってことさ。具体的には、土壇場での、思い切りと精密さだな」腕を組み、マイストは言う。「な、マツシタ?」
「同意します」と、坊主頭――松下肇は応えた。
ようやく思い出せた、と胸のつかえが下りた心地で新人は息を吐く。
「ただなあ……ファースト・アプローチは確実に仕留めろ。あそこで撃墜してれば無茶な機動で機体に負担を掛けなくても済むし、弾薬の無駄使いもない。あんな機動ばかりやっていたら、整備のオッサン共に奢る酒代で破産しちまうぜ?」
マイストは、自分の言葉にうむうむと頷きながら言った。対して松下は仏頂面を崩さない。
「スラッグに換装するタイミングが遅い、と思った。自分なら腕を切り離した直後に換えている」
なるほど、と新人は頷く。あの時換えていれば、射程の長い砲による牽制射撃ができた。接近されて、格闘戦に持ち込まれることも無かった。
「お前だったらあそこで砲捨てて格闘乱戦になりそうだよな、マツシタ」腕組みを解いたマイストが笑って言った。
「曹長殿なら?」と松下が応じる。
「円周上から狙撃だな。あの距離なら、いくら榴弾・散弾砲の銃身が短いったって、直撃させて見せるぜ」
「あなたなら、そうだと思いました」
「やっぱり?」
薄暗い室内に、二人の軽やかな笑いが吹き抜ける。新人の横を、すり抜ける。
他愛の無い楽しさを共有できる関係は、まだ築けていない。彼らがどう思っていようと、新人は、心の底から笑いを共有することができない。輪から排斥されているわけではない――むしろマイストなどは、輪の中に巻き込もうと躍起になっている節もある。それでも新人は、彼らの中に、自らを曝そうとは思わない。
信じることに、怖さは無い。ただ、自分には、信頼への意欲が欠如しているのだ――と、新人は思っていた。
「ただ、実機に音声ガイダンスは無いぜ。分かってるな?」
そう、考えるのは自分。判断するのは自分。命を賭すのは自分。そう思えば思うほど、新人が自分の周りに引いた一線は、ますます濃くなっていく。戦場では、誰もが一人だ。一人でいなければならないのだ。〈ストライクリザード〉という名の、閉ざされた世界の中で。
「……はい」弱々しく、新人は応える。
同時に、手元の端末へ、シミュレータの情報が転送される。
「それ、ちゃんとセットしとけよ。得たモーションを機体にフィードバックさせないと、幾らシミュレータで頑張ったって意味無いからな」
了解、と新人は応え、二人に礼を言ってその場を後にした。
端末の画面には、〈ストライクリザード〉のコクピットに表示される物と同じ、火器・武装管制画面が表示されている。
装弾数は六×二、主に中〜近接戦で絶大な威力を発揮する兵装である、七二ミリ榴弾・散弾砲〈クロス・ファイア〉。目標物に触れた瞬間だけ超音波共鳴振動し、貫入、グリップに仕込まれた炸薬が弾けて装甲を破壊する、一二本の対装甲炸裂ダガー。そして超音波振動ナイフが一振り。
これらが、新人の機体に装備されることになった。
「あいつはああ見えて思い切りがいいから、散弾砲は似合ってると思うがな」とはジェズイットの言。
なんて皮肉なんだ、と新人は毒付く。
(僕の本質は優柔不断なのに)
一人の自分に何かが決められるのか。何かができるのか。新人には、全く分からなかった。それが本当に、自分の本質なのかさえも。
この大陸は、東西南を広大な海洋に囲まれている。そして北方には急峻な山脈が連なり、古来よりこの地域は文化・経済的に他から遮断され、独自のコミュニティを発達させてきた。無論、貿易等が一切存在しないわけではない。だが、あくまで『大陸』という地域は、一つの地域で完結している、という一種のプライドのようなものが、人々の精神の根幹に染み付いているのだ。
現在、大陸には二つの国家組織に大別されている。帝国と、共和国だ。
『帝国』は、大陸南西部に一大勢力を持つ、その名の通りの帝政国家だ。かつて――一世紀ほど前には共和制・民主主義が執られていたが、建国の理念でもある世界国家政策による国土の拡大と共に少しづつ統治が困難になり、中央集権、やがて現在の帝政へと移行した。
世界国家政策とは、多種多様な民族の集合体である人類、は強大な一国が統治しない限り平和も安定も得られない――その為、世界は緩やかに統一、帝国化(社会・政治的に)されなければならないという、帝国のあらゆる政策の基本になる思想のことだ。とはいえ、しばしば誤解されるのだが、これは侵略戦争を正当化しているわけではない。あくまで帝国の傘の下に全てを収め、一元管理を行う――一種の神として振舞うのであって、被支配地域の文化、経済様式を完全に破壊する物ではない。むしろ、社会基盤の整備等、支配される側のメリットも少なからずある。
国民の皇族に対する畏敬の念や、世界国家政策に対する信奉は、非常に強い。弱き物に手を差し伸べ、世界を遍く包み込む存在に、自分達が属しているという事実は、人々の間に自信と喜びを生む。支配地域が一つ増えるたびに、被支配地域もまた(帝国化されることで)支配側になるのだ。皇族は、力を振るえど持てる権力を自ら放棄し分け与える存在――即ち、英雄として受け入れられている。
社会は、階級制度が敷かれている。だが、階級という言葉の響きに反して、世襲の力は極めて弱い。これは、誰もが一六歳と二五歳の時の二回、自由に自分の属する階級を選べることと、上層階級であればあるほど社会的デメリットは多いことに由来する。精神の自立がなされる時期に一度目の階級選択をさせ、自らに何が相応しいのかを理解させたうえで、経済的自立がなされる二五歳で、自分の未来を決める――結果的には、一度目で保留し、二度目で自分の親のどちらかと同じ階級を選ぶことが多いことが、統計で証明されている。ちなみに、階級はミドルネームで区別される(=ミドルネームに親の名は入らない)。階級の内訳は、第一層が騎士、第二層が戦士、学士、第三層が技士、農士、文士である。例外として、完全世襲の皇族が存在する。
このような社会制度により、帝国は理想的な人・物・金の流動性を保つことに成功している。
一方の『共和国』が成立したのは、半世紀ほど前のことだ。初めは三つの民族がそれぞれに独立した国家を持っていたが、自由貿易協定に始まる経済共同体から政治統合へと発展し、現在の姿になった。
地理的には大陸南東を占め、南と東を海に、北を山岳地帯に、西を砂漠に囲まれている。中東部には広大な沃野が広がり、計画的大規模農業が営まれている。また、天然資源に恵まれ、北部や南の一部では、各種鉱石の採掘が基盤産業になっている。港湾部は貿易、海上油田の存在により大いに栄え、高い国力と屈強な軍隊を有する。
帝国の歪さ――ある種の危うさとは対照的に、共和国は、独立と安定、自由と平等を旨とする民主主義で成り立っている。だが、今に至るまで、即ち、三民族による三国家が融和し、統合される以前は、安定とは程遠い闘争の世界だった。
自由であることは、エゴイズムの台頭と表裏一体である。換言するならば、体制への反発だ。故に、自由とは、そもそも生きるとは、戦って勝ち取るもの――勝者に許される権利である、という考えが根強い。
今の安定は自分達の祖先がが戦った結果として勝ち取った物だ、というエゴから生まれる誇りが、共和国を支えている。そしてそれは、愛国心という概念と等号で結ばれる。侵略に対しては頑として譲らず、力を持って相対するのが、共和国の流儀なのだ。
戦時の徴兵制度が議会を通過したのにも、そういう背景がある。平時は志願制なのだが、守るための戦いに疑問を持つ人間は、共和国にはいない。
斯くして、今がある。
現在――〈ストライクリザード〉の投入以来、戦況はほぼ拮抗状態だ。共和国内では、戦略的価値の高い、北西部や南西部の港湾地域を中心に、断続的に戦闘が発生してはいるものの、大規模な軍事行動には、双方が至れていない。
では、戦略的価値が比較的低く、周りを見回しても荒野ばかりの中西部は、というと――。
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