#1 始まりをもたらすもの・4
「無意味だって、分かってる。だけど……」右目から、涙が零れた。「それでも僕は、意味が欲しいんだ! 自分の命が、言葉が、誰にも響かない、無意味なものだって、認めたくなかったんだ! まだだよ、まだ終わりたくない。やっと、僕はできるかもしれないんだ。僕にも、ここに存在する意味があるかも知れないんだ。だから僕は……」
両目を開き、新人は叫んだ。
「僕はまだ、死にたくないんだよっ!」
目の前に、光が見えた。コクピットに弾丸がめり込む。そして電送系がスパークし小爆発、火を吹き――〈ベルキャット〉が斃れた。
誤射――ではない。敵の兵装に、単発、高貫通力の武装は無かった。アサルト・ライフルは、連射での使用が主であり、散弾砲は、口径にもよるが、コクピットだけをピンポイントで破壊するには適さない。殆ど不可能といってもいい。ならば、答えは決まっている。
「味方……」
「長々距離からの狙撃だな。HALでこんな真似をできる奴を、俺は一人しか知らない……。全く、運が良かったよ」
耐え切った。安堵が、全身の力を奪い去った。縮こまった肩が痛み、両手の指は震えている。一〇分振りに、呼吸を意識した。
システムはダウンしていない。ぼやけた画面を操作し、目視で周辺を観測する。頭部が破壊されたため、レーダーが使えない。ようやく取り戻した統率をまた手放しかけている敵群の彼方に、数機の〈ストライクリザード〉が見えた。
先頭の一機が把持するHAL用対物スナイパー・ライフルの銃口から、硝煙が上がっていた。機体の基本構造は、量産モデルと変わらない。違うのは頭部の形状だ。額に羽根飾りを模した装飾が突き出し、その根本、丁度眉間に当たる部位にもう一つのカメラ・アイが設置され、光を放っている。
長距離狙撃時の補助センサー・ユニットだ、とジェズイットは言う。代わりに、ライフル本体にはスコープらしき物は見当たらない。
狙撃砲を対ロボット兵器に使用するのは、極めて珍しい部類に入る。拠点攻撃や施設破壊に用いるのが主なためだ。また、動き続けるのが基本中の基本であるHAL戦闘に、足を止める必要がある狙撃砲がマッチしないことと、使いこなせる技量を持つ人間が殆ど存在しないことも、大きな理由の一つだ。
機を降りれば優秀な狙撃兵であろうと、〈ストライクリザード〉に乗っても優秀であるとは限らない。HALにおける体性感覚、望む動きと実際の動きの一致――即ち、B2システムをいかに使いこなせているか、が要求されるのだ。
だが、あの機体はそれをいとも簡単にやってのけた。時速二〇〇キロメートルにも達する、高速走行下であるにも関わらず。
『そこのリザード! 聞こえっか? こちらは、第一六特殊機甲中隊所属、マイスト・リーズ曹長。生きてたら、所属と官姓名を』
どうにか使用可能だった通信機から、はしゃいだような若い男の声が聞こえる。本来ならば映像も出るはずなのだが、この損傷でそこまでは望めない。声がノイズに埋まらないだけ良い。
「ああ、聞こえている」機器の操作に戸惑う新人より先に、ジェズイットが応えた。「こちらはカーバネル・A・ジェズイット大尉並びにシント・ミヤケ二等兵。援護に感謝する」
『やっぱりあんたですか! 補給物資を動かすなんて無茶をやる人間、中尉以外に思いつかなかったんでね。飛ばしてきて正解だった』
「今は大尉だよ、マイスト・リーズ軍曹殿」
『はいはい、大尉殿。ちなみに俺も、今は曹長です』
「さっさと片付けてくれると助かる……俺が失血死するんでな」
『へえ、あんたでも死ぬんですか』
「口より先に手を動かせと、何度言ったら分かる?」
『了解。そこで大人しく寝てて下さいよ!』
知り合い、なのだろうか。新人の疑問にジェズイットは、俺は運がいいと重ねて呟き、勝利を確信した笑みを浮かべて言った。
「俺の元部下たちだよ。全く、デカい口を聞くようになった」
ジェズイットは、また笑う。
状況を飲み込めない新人にも、分かることがあった。自分は運がいい。彼らは強い。そして敵は、運が悪い。
頭上で、軽い爆発音。ようやく息を吹き返した脱出機構が、スクラップと化した〈ストライクリザード〉の頭部を吹き飛ばしたのだ。両手両脚のリングを引き剥がし、ヘッドギアを毟り取って新人はコクピットの外へと這い出す。
陽光を全身に浴びた。だが、気分は良くない。頭が重い。徹夜した後のような頭痛――脳の中心が疲れ切っている痛みがする。宙を舞う、夥しい量の砂が頬を打つ。カーキ色の野戦服は、血と汗と反吐に塗れて汚れている。
だが、悪い気分じゃない、と思う。決して良くないが、悪くない。
脚を抱えるジェズイットを引き摺り出し、戦場を俯瞰する。現れた味方は総勢三機。残存敵機は五機。壊れかけのモニタより、ズーム機能は無くとも自分の目で見たほうが余程良い。
従えていた二機を散開させ、遠距離、敵機の射程を遥かに上回る距離から隊長機――マイスト・リーズ機の対物スナイパー・ライフルが火を噴く。
「上半身を半固定しているな」胸の装甲の上に腰掛け、ジェズイットが言った。「足回りのセンサーから得られる地形情報と下半身の挙動をリンクさせ、上体を相対的に水平移動させている。つまり、操縦者からは、縦軸の彼我相対速度を無視できる、ということだ」
「狙撃の際に考慮しなければならない要素を、操縦技術で一つ消去している、ってことですか?」
「その通り。あの芸当は、奴にしかできない。本当に優秀だよ、あいつは」
「マイスト・リーズ曹長?」
そうだ、とジェズイットは短く応えた。繋がらないな、と新人は思う。
最前線とはいえ、目立たない、使い捨ての輸送中隊と、今や戦場の主役の名を欲しいままにしている〈ストライクリザード〉――特殊機甲中隊。何の関係も無い、叩き上げの軍人とヒロイックな兵士の典型には見えても、かつての上官と部下にはとても見えない。
先刻の彼の言葉が、新人の脳裏に蘇る。
『俺はもっと格好悪い。俺ほど多くの部下を失った人間を、俺は他に知らない。傷を負っても自分だけは生き延び、今も部下に全部任せて自分はこのザマだ。俺は信じるに足る人間ではない。裏切られ、後ろ指差され、泥と血に塗れるのが相応しい、人間の屑だ』
(何があった……?)
訊けば、答えてくれるだろうか。彼の横顔は、何も言わない。左腕の傷跡が、砂煙に隠れて見えなくなる。
「ミヤケよ、狂気が生まれるのは、どんなときだと思う?」唐突に、ジェズイットが口を開いた。
「狂気……ですか? 見当付かないですけど」咄嗟にそう答えながらも、両親の顔が、ふと浮かんだ。
「なら、教えてやる……。愛することを禁じられたときと、信じることを禁じてしまったときだ」
「は……?」
「後は、自分で考えろ。一六歳だろう?」それきり、ジェズイットの目は戦場へと戻る。
何を考えろというのか。狂気の問答が、今、彼がここにいる理由に繋がるとでもいうのか。考えれば考えるほど、頭の中が混沌としていく。答えは出ない。彼の瞳の色が、狼のそれのような琥珀色であることに、新人は初めて気が付いた。東の人間にしては珍しい。
狙撃砲が、〈ベルキャット〉の四肢を奪い、無力化していく。だが、意図したのかそうでないのか、最初の一撃のようなコクピットへの直撃弾はない。
「さっきは見事にコクピット直撃だったのに、どうして……」
「敵を我々から引き離すつもりなんだろう」ジェズイットから、即答が返る。「少量だがまだ、このリザードには推進剤が残っている。引火したら、俺とお前は消し炭になる」
「じゃあ、早く離れて……!」
「眩暈がする。さすがに、血が出すぎた。よって、故に、離れない……。安心しろ、まだ死なない。俺にはまだ、しなければならないことが山ほどある」
いつの間にか、顔が青白く――本当に青白くなるのだと新人はまた場違いに感心し――変化していたジェズイットは、右手でこめかみを押さえて言った。
「お前は、離れていろ」
「離れません」新人はすぐさまそう応え、左肩装甲の上へ腰を下ろした。「引火なんか、しませんよ。僕たちは、運が良いんでしょう?」
「信じているのか?」
「いいえ、分かるんです」新人は答えた。「何となく、ですけど。行動の結果がどうなるのか、見えるんです。周りを見ることだけは得意ですから」
自分を消せば、周囲の情報が身体に流れ込んでくる。後は、それを読み取れれば、何がどうなるのか分かる。だが、分かったところで、行動しなければどうにもならない。分かったからこそ、行動をしないことだってある。
「ネガティブなだけで、信じていれば不可能なことはない、っていう夢物語と、似ているのかもしれません。だけど今は、馬鹿馬鹿しい夢物語でも信じたい気分なんです。どうでもいい、じゃなくて……どうにかなる、とでも言いましょうか」
「行きすぎた夢や信頼もまた、狂気を生む」
また分からない。彼は、一体何を伝えようとしている?
訝しむ新人を無視したのか、気付かないのか、ジェズイットはまた戦場を見詰め、呟く。
「止めは……近接格闘戦で確実に無力化する気だな」
自分の心の行く末も、ジェズイットの言葉の意味も、今は分からないままで良い、と新人は結論する。考えることは、後でもできる。新人は今、生きている。
敵の数は、二体を残すのみだ。新人が目を戻した直後、内一体が頭部を破壊され、コクピットを貫かれて沈黙した。広く用いられているタイプ――新人が使った物よりも大型の、対装甲・超音波振動ナイフだ。
掌でナイフを一回転させ、太腿のラックに収めたその〈ストライクリザード〉の脚は荒地戦仕様ではなく、二脚の、『市街戦仕様』と呼ばれるタイプだ。特徴的な、重心制御補助用の制動尾ユニットが、 腰の後ろで鞭のようにしなっている。加えて、この機体は頭部の形状も違う。二つ目ではなく、目の辺りがまるでサングラスをかけたような、黒い一体の樹脂プレートに覆われている。
改めて三機を見直すと、何れも標準の型からは少し離れている。
「シェード・アイ仕様でしたっけ。感度の高いセンサー群を保護するための」
「そうだ。前線では、工場から出たままの姿でHALを使う奴なんて殆どいない。内面を合わせるのがB2システムなら、外面は改造で、操縦兵に合わせる。可塑性が高いのも、〈ストライクリザード〉……HALの特徴だな。戦車では、こうはいかない」
「あれの操縦者とも、知り合いですか?」
「ああ、良く知っている。上手くやるようになった」
二脚の機体は武装をアサルト・ライフルに持ち替えると後退。一転して支援射撃に専念する。敵に、一体だけを意識させない――常に多数と戦っているという意識を植え付けるためだ。そして入れ替わりに、荒地戦仕様の一機が、最後の一体に肉薄した。巧い、と新人は舌を巻く。
生き残った〈ベルキャット〉が、右手のアサルト・ライフルを目の前に迫った〈ストライクリザード〉に向ける。一直線、進行方向の軸が射線と重なっている。だが、危ない、と思う間も無く、その掌は遠方からの狙撃に撃ち抜かれた。残った手で手斧を構えようとするも、市街戦仕様の機体が張った支援射撃の弾幕に怯み、動作が一瞬、遅れる。そしてその一瞬は、命運を分かつ。
推進器の轟音が聞こえる。フルドライブ、時速二〇〇キロメートル超。カタログスペックの限界値、HAL‐M01の性能を証明する加速と共に、右手に構えたトンファが撃ち込まれる。装甲が変形する鈍い音。この荒地戦仕様機の頭部もまた、シェード・アイ仕様だ。使われた様子のないアサルト・ライフルが背中に固定されている。
『まだ終わりじゃない!』
通信機から、声が聞こえた。女――それも、まだ若い、少女と言っても良いほど幼い声だ。聴き覚えがある、と新人は思う。浮かんだ一つの名前を、記憶の奥底に沈め直す。
駄目押しとばかりに、トンファの先端が展開した。銀色の電極が露わになり、装甲に放電針が突き刺さる。
「電撃兵装か……優しいな。あれは、誰だ」ジェズイットが呟く。
青白い光と共に、炸裂音。〈ベルキャット〉が力を失い倒れる。電流は機体中枢を駆け抜け、駆動・制御系をズタズタにして、消えた。
ロボット兵器の駆動系には、一般に形状記憶性を持つ炭素繊維束が用いられている。形状記憶カーボン・ファイバー(Shape Memory Carbon Fiber、略称SMCF)と呼ばれるこの素材は、カーボンナノチューブの編み上げ構造に少量の希少金属粒子を添加した物だ。これに対し、外部から一定の電圧荷パターンが加わると、特異な形状へと変形する運動へと転換させることができる。このパターンを多種多様に変化させることで、人型ロボット兵器は柔軟な駆動を実現した。また、電圧パターンの種類はほぼ無限であり、B2システムからのフィードバックにより、一機一機違った駆動のプログラミングが半自動的に構築される仕組みになっている。
つまり、コクピットから右腕を挙げる操作が伝達されると、B2システムがそれを右腕を高く掲げて拳を作る動作に最適化し、対応した電圧パターンを各部のSMCFへ流し、既に構築されていたプログラム通りに対応する形状へSMCFが変化する――結果、今、目の前でガッツポーズを作っているマイスト・リーズ曹長機のような、柔軟な動作を生むのだ。
『いよぅし、掃討完了!』気取った声が外部スピーカーから垂れ流される。
電撃兵装は、そのSMCFの形状プログラミングを高圧電流によってリセットする兵器だ。優しい、とジェズイットが形容した理由はここにある。扱い方次第では、敵を破壊せずに無力化することも可能なためだ。
銃は撃ち抜き、ナイフは切り裂く。物理的な破壊によって、敵に勝利する。だが、電撃兵装はそうではない。SMCFの駆動を不可能にするだけであって、中の操縦兵に与える影響は比較的少ない。故に、優しい。
金属が軋む音が聞こえる。同時に、視界に影が差す。風圧で砂が目に入る。
全ての敵を屠った三体の〈ストライクリザード〉が、目の前に集結していた。
『ご存命でいらっしやいますかね、大尉殿』
再び、スピーカー越しのマイスト・リーズの声。ジェズイットは、左腕を易々と挙げて応える。挙がらないと言ったはずの左腕を。
他方からはもう一人が市街戦仕様の機体を降りて駆け寄ってくる。女性のようだ。黒地の操縦服は、高速機動時の衝撃を軽減する。両腕と両大腿部には、操縦席のリングが丁度収まる形の窪みがある。簡易な防弾能力もあるというスーツ越しでも、女性の身体の線は隠れていない。新人は、思わず目を背ける。
「ヒールレイス・リヴェッサ……やはりお前か。相変わらずのようで、安心した」
「人間、そう簡単に変わりはしませんよ、大尉」
彼女――ヒールレイスはジェズイットの肩を難儀そうに担ぎ、数分で医療班が到着する、と言いながら彼を引き起こす。そして蹲る新人に目を留め、間の抜けた声を上げた。
「ありゃ、何でこんな坊主がいるのよ?」
新人の肩が、小さく痙攣した。母の叫びが、聴こえた気がした。何故ここにいる、お前なんか要らないと、何度も何度も、繰り返し怒鳴られた記憶が、意識の表層へと染み出してくる。消えろ、引っ込んでいろ、と新人は念ずる。自分は自由なのだ、縛る物は何もないのだと自分に言い聞かせる。
そして伏せていた顔を上げたのと同時に、彼女の人差し指が、新人の額を小突いた。
「なーに縮こまってんのよ。取って喰いやしないっつーの、このガキ。徴兵組?」
「痛いです」
「非常時で他に手段が思い付かなかったから、俺が乗せた。筋は良いぞ」ジェズイットが言う。
嘘だ、と新人は思う。
(あなたの腕は動く。管制モードを調整すれば、片足でも動かせないことはない。あなたは、一人でも戦えた。だったらどうして、僕を乗せた? 僕を乗せなければならない必然は、どこにある?)
何か理由があるに違いない、と確信する。若者を――新人の人生にプラス影響を与えるために、敢えて試練を与えるなどという感傷には基づかない、打算的な理由が。カーバネル・ジェズイットは、感傷で死を選ぶ男ではない。彼はもっと、格好悪い。
「へえ、訓練も無しにやらせたんですか? また無茶を……」ヒールレイス・リヴェッサは呆れている。
「あの……」
自己紹介位するべきだろうか、と思い、新人はおずおずと口を開く。目の前で自分の話をされるのは、至極居心地が悪い。
「ヒールレイス・リヴェッサ。階級は軍曹。見ての通り、HAL乗りをやってる。よろしくね、少年」
「シント・ミヤケ、二等兵です」
先を越されたと歯噛みしながら、東の言葉で、新人も応えた。差し出されたグローブに覆われた手を握り返しながら、先程の、彼女の〈ストライクリザード〉が見せた機動を思い出す。派手さ、豪快さは見受けられなかったが、地の技量の高さと経験の裏打ちが無ければ、あのように巧みな――物理的にだけでなく精神的に、敵を追い詰める戦い方はできない。相当な熟達者であることは間違いない。
彼女も元部下だったとジェズイットは言った。戦い方は地味だが、実生活の方は派手好きなのだろうな――と、また新人は場違いな感想を抱いた。
もう一機の〈ストライクリザード〉を見上げる。荒地戦仕様の脚に、優しいと言われた電撃兵装、スタン・トンファ。小刻みに頭部が動き、新人を照準している。黒いシェード・アイの裏側は、見えない。まるで、見られることを、読み取られることを拒絶しているかのように。
通信機が拾った少女の声を思い出す。『彼女』であるはずが無いと、再び新人は否定する。彼女の声を、覚えているか。彼女の容姿を、覚えているか。
思い出せなかった。だが、痛みは忘れない。忘れることができない。
〈ストライクリザード〉は、何も言わない。
怪我人の収容等を後続部隊に任せ、第一六特殊機甲中隊の面々に新人とジェズイットを加えた一行が現地を後にしたのは、およそ六〇分後のことだ。
新人は、補給物資の三機の〈ストライクリザード〉の内、唯一残った機体――新人が壊したのが一つ、敵の攻撃で破壊されたのが一つ――を駆り、使い物にならなくなったトレーラーに、機体の残骸を積み上げて牽引していた。最強の陸戦兵器がスクラップ運搬とは、釈然としないが仕方ない。
向かう先は、国境にほど近い場所に位置する共和国軍基地だ。元々は空軍の管轄だった物を、曖昧な位置づけであるHAL運用用として陸軍が乗っ取った――と、いう噂がまことしやかに流れているが、真偽のほどは定かでは無い。事実なら、人型強襲陸上戦闘機の存在は、それほどまでに大きな物だという証左でもある。とにもかくにも、現時点では数少ない、HALが拠点とできる施設の一つだ。整備一つ取っても、現用兵器の常識など、かの大蜥蜴たちにはまるで通用しないのだから。
同期の新兵は、新人を除いて全員が、物言わぬ姿と化していた。生存者は、新人とジェズイットを含め一五名。三〇〇名近いの味方兵士がいたことを考えれば、正しく壊滅と言うに相応しい状況だった。ちなみに、死者の中にはこのHALのパイロット要員も含まれており、新人がこのように動かしている。やれと言われればやるしかないし、拒否する理由も、権利も無い。
原動機の一定の振動が、足元から全身を揺らす。リングを通した手足の部分が、血液の通る、拍動に合わせて痛む。
だが、死んだ者たちの痛みは、これとは比較にならないのだろうな、と新人は考える。彼らは、何を思ったのか。何を、望んでいたのか。彼らの声も、顔も、思い出せない。忘れてしまったのか――或いは、初めから記憶などしていなかったのか。
振り向けば、一瞬前まで自分が身を置いていた、戦場だった荒野が視界に入る。黒い煙が一条、空へと伸びている。視線を、精神を、引き摺られる。
死者はは何も語らない。だが、沈黙とは時として饒舌である。
彼らの声が、聴こえた気がした――『助けてくれ、新人』、と。
頭を振り、歯を食い縛り、その幻――枷を振り払う。だが、頭の中に響く声は止むことを知らない。自由であろうと足掻いても、決して自由にはならない。記憶の底に封印しようとしても、止めることはできない。声が、思念が、溢れ返る。
それでも尚、彼らの顔を思い出すことができない。
(僕は、彼らを知ろうとしたのか? していない。何も、知らない。それなのに、どうして……)
彼らの存在は、こんなにも大きいのか。
前触れも無く、通信音が鳴った。救われた心地で、新人はそれに飛び付く。
「はい?」
『死んだ仲間のことでも考えているの?』
救いでは無かった。
声の主は、彼女だった。あの、女というには幼すぎる、少女の声だ。隣を行く機体――スタン・トンファを備えた荒地戦、シェード・アイ仕様の〈ストライクリザード〉だ。新人は、轟然として主映像機、即ち頭部をそちらへ向けるが、当の相手は、通信を行っているという事実を隠すかのように、黙々と走りを続けている。画面に流れる表示は、それが二機間直接の、プライベート通信であることを知らせていた。
再び浮かんでくる名前を押し込めようとして、追い討ちを掛けるかのような言葉が、新人に突き刺さった。
『戻ってはこないのに、どうして?』
そう、戻ってはこない。それでも、人間は悲しむ。喪失は、耐え難い苦痛を生む。そんな簡単なことが、何故分からなかった?
(僕は、どうして……)
あんなにも残酷なことを言ってしまったのか。彼女――巳澄美琴に対して。
新人にできたのは、ただ通信機を切ることだけだった。そして何度も何度も、彼は自分を罵り続けた。馬鹿と、間抜けと、人間の屑、と。
砂塵の彼方に見えた街並みが、歪んでいる。蜃気楼か――或いは、自責の涙だった。
That`s the end of #1,"Draft Card,The Bringer of Beginning"
簡易設定資料〈ストライクリザード〉
制式名称 HAL‐M01A
呼称 ストライクリザード(Strike Lizard)
生産形態 量産型
動力源 疑似核融合炉
全高(頭頂高)七・六〜八・二メートル(脚仕様により変化)
重量 八・六トン
最大連続駆動時間 約八〇時間
最高速度 時速一六〇〜二〇〇キロメートル
共和国軍の大型二足歩行兵器、人型強襲陸上戦闘機(Humanoid Assault Landfighter)の第一期量産モデル。「初めに敵ありき」、帝国の人型兵器に対抗するために開発された人型兵器であり、一対一での性能ならば、帝国の〈ベルキャット〉を凌駕する。
二足兵器の登場当時、共和国首脳部はその有用性を軽視していた。だが、圧倒的な対地攻撃力、汎用性、精密性を受け、急遽開発されたのがこのHAL‐M01である。威圧、象徴性を持つ兵器によって付けられた傷には、同じ兵器を持って報いてやろうという、共和国の反骨精神が如実に現れた結果でもある。
開発に先行されたという焦りから、一機で多種多様な戦場に対応させようという意図がが生まれ、各部装甲には多数のハードポイントが設けられている。結果として、近接格闘戦武装から対地制圧・支援用の大口径砲まで、実に多種多様な武装を取り扱うことができる。また、フェイス周辺は、用途に応じて顕著に姿を変える部位であり、現場では「如何にフェイスを男前にするか」が一種のステータスになる、という奇妙なブームも起こっている。
脚部パーツにも、数種類のバリエーションが存在する。主な物には、約三・五メートルの『爪先』をジェット・スキー代わりにし、高速機動時の安定性を追求した『荒地戦仕様』、二本指と長く伸びた踵で大地を踏み締め、尾状の重心制動基を備えて敏捷性を追求した『市街戦仕様』等がある。
このように、〈ストライクリザード〉は、パーツの組み合わせや改造に自由度が高く、パイロットの好み、裁量に合わせて大きく姿、能力を変える。これが、内面のシステム、駆動系の特徴と合わせ、『人に合わせてくれる兵器』、また『最強の陸戦兵器』と呼ばれる所以である。
形式番号のHALはカテゴリを、Mはマスプロダクツモデルであることを、Aは後期生産型(M01B)が登場した際に新たに振られたものである。
HAL‐M01は量産機である。だが、同時に人型強襲陸上戦闘機の実験機(戦術、運用法も含め)としての性格も持ち合わせている。すなわち、〈ストライクリザード〉は、次世代、完成されたヒューマノイド・アサルト・ランドファイターへの試金石でもあるのだ。
基本カラーは暗赤色。2つのカメラ・アイを持ち、スマートで凶暴なフォルムは正しく、機械仕掛けの蜥蜴人間である。
帝国側のコードネームは〈ドラゴン〉。