#4 翼のある使者・2
さて、戦争、或いは戦闘の概念自体がかように変化した現代において、夜間戦闘の際に最も重視される要素とは何だろうか。共和国陸軍、第一六特殊機甲中隊の面々が、その問いに返す答えは様々だ。ある女は経験だと言い、ある男は勘だと言い切る。鍛錬こそ何にも通じる究極のエレメントだと主張する男もいる一方で、あんまり考えたこともない、と能天気な答えを返す者もいる。
さて、人の間で意見が断裂し、そうして尚一人一人が意見を譲らないとき、そこに勃発するのは何か。この問いに対する答えは、どれだけ時が経ち、時代が移ろおうとも変わらない。即ち、衝突、闘争だ。そして、第一六特殊機甲中隊の面々が、闘争の手段として選ぶ物は、彼らにしか操ることの叶わない、八メートルの巨大な乗り物、或いは兵器――HAL‐M01〈ストライクリザード〉である。
「それにしても……」と、『ある女』であるところのヒールレース・リヴェッサは呟いた。「何でこんなことで喧嘩する羽目になるのかなあ」
『譲れないものは誰にでもある。それが我々の場合は、偶然にも夜間戦闘のセオリーだったというだけの話だ』肩越しの接触通信回路から、『ある男』であるところのカーバネル・ジェズイットの声が聞こえた。
結果として選択された手段は、二対二での夜間模擬戦だった。ヒールレイスはジェズイットと組み、他の二人と戦うこととなったのだ。思わず、こう叫ばずにはいられない。
「馬鹿馬鹿しい! こんなことのために、わざわざ演習場使いますか、普通。大の大人が大人げもなく、基地中丸ごと巻き込んで」
『演習の良い口実にはなる。丁度、手のかかる奴らが不在だ。大人気ないことをやるには、またとない機会だ。そうだろう、ヒールレイス?』
「あなたがそう言うんなら、あたしは構わないんですけどね、隊長」手のかかる少年、少女、そして若造の顔を思い浮かべながら彼女は言った。
『済まないな。ある種の男の世界だ。女であるお前には、理解できんかも知れん』
「女は捨てたも同然ですよ。随分と前に」
『そう思わせぶりなことを言って構ってもらおうとするところを見ると、捨てきれないようじゃないか、二六歳?』
「からかうのは小僧と小娘だけにして下さいよ、バツイチの……来ましたよっ!」
センサーが警報を発するよりも、彼女の反応の方が二呼吸ほども早かった。B2システムの稼動効率は既に戦闘領域に入っている。機体のパワーレベルも戦闘時を維持している。ヒールレイスが舌打ちをし、半ば蹴り殴りつけるようにしてリングに拘束された四肢を振るうと、それに応えて市街戦仕様の〈ストライクリザード〉が、仮想防壁に設定した投棄家屋の影から、しなやかな動作で跳躍。直後、巨大な蜥蜴が歩いた後とも形容される足跡の残った地面に、上方から曲射軌道を取った榴弾が落下、炸薬の代わりに少量詰められた発光剤が瞬き、水色のペイントが散乱した。
「正確な砲撃……。あんにゃろう、やるじゃないの」頭の中に描いた『能天気』ことエール・シュミット兵長の顔に、ヒールレイスは唾を吐きかけた。「敵に回すと、意外と厄介なのね」
駆動音を最小に設定。間接の屈曲運動に一瞬の間が置かれるが、位置を完全に把握される――砲手の勘に捕捉されるよりは良い。但し、負担が大きいために長時間は使えない。何より、彼女の性に合わない。同時に熱排出も最低レベルまで抑える。各部への物理的ダメージを熱の形へ変換し排出する機構が鈍るため、これも長引けばオーバーヒート、形状記憶カーボンファイバーの失活にも繋がりかねない。SMCFは熱的破壊より物理的損害に弱いと言われるが、それは外部から破壊しようと思ったときの話だ。内的機構のトラブルは平等に降りかかる。
『ヒールレイス、お前は中距離からの支援に徹しろ』激しくなったノイズが、通信方式が無線に切り替わったことを証している。『シュミットの砲撃は正確だが、奴はデータを重視しない。勘に頼ったところがある。幾らでも欺くことは可能だ。やれるな?』
「勿論」
『結構。後は支援しつつ、センサーユニットで、あのニンジャリザードを炙り出せ。あの男には美学がある。一撃必殺という、下らん美学が。故に、決定的一撃の瞬間まで、あいつは身を潜め続けるだろう』
「当面の敵はシュミット一機?」
『そうだ。俺が奴の設定したと思われる砲撃陣地に突撃をかける。後ろを取られたら敵わん、背中は任せた、軍曹』
腰背部のスラスターに点火したジェズイットの荒地戦仕様機が、返事も待たずに遠ざかっていく。いつも通りとはいえ、真っ先に突っ込んでいく指揮官に嘆息しつつも自分の仕事をこなすべく、彼女は自機の頭部観測機群の感度を最高まで上げた。
ヒールレイス・リヴェッサがその手にかけて仕様変更した〈ストライクリザード〉は、シルエットだけを取れば一般仕様とさして変わりはない。違うのは頭部だ。一般機の双眼に対し、彼女はセンサ類の保護や内部容積確保、廃熱に優れたシェード・アイ仕様を採用している。シェード、即ち日よけという名称は、ともすればサングラスにも見える外観に由来している。
変更の理由は、王道を少しだけ逸脱したいという彼女の趣向に因るところが大きいが、あと二つの重要な意味がある。一つ目は、情報処理のパートを担うことで、狙撃手の負担を減らす観測手としての役割だ。勿論これは、狙撃仕様のマイスト機と組んで初めて機能する。もっとも、喜ぶべきか悲しむべきか、マイストの技量は十分に高いので、彼女のサポートを必要とするような状況は、今のところ皆無なのだが。
そして二つ目は、指揮官のバックアップとしての役割である。観測できる情報が多いとは、戦場を俯瞰できる立場にいることと同義だ。光学、熱量、音声、振動。ありとあらゆるデータから、彼女は敵の位置と味方の配置を検証できる立場にいる。ジェズイットに万が一のことがあれば、残された味方を率いるのは彼女の役割なのだ。
「万が一……億が一にもありえないわね。あの人、殺しても死ななそう」
通信が途絶えがちになったのを確かめてから、彼女は呟く。上方から警報。連装ロケット砲、多数。撃ち落とすにはタイミングも、状況も悪すぎる。身を潜め、敵を欺き炙り出そうというときに、真上目掛けてマズル・フラッシュを焚いてしまっては、わざわざこちらの位置を知らせているようなものだ。
「もうちょっと頑張ってね、あたしのリザード!」
駆動モードは静音のまま、面攻撃の広い射角から逃れる。脚だけを使っていたらあっという間にオーバーヒート――こちらのそういう状況を、シュミットは読んでいる。腕、肘、膝。地を這う蜥蜴の名に相応しく、土に汚れてヒールレイスの〈ストライクリザード〉は不恰好な回避行動を取る。ペイント塗れにされるよりはマシ、とはいえ、汚れることに変わりはない。大人気ないと分かっていながらも、苛立つのは仕方ない。
「こうなったら……是が非でも勝たせてもらうわ」たまには馬鹿になるのも悪くない、と心中へ呟き、彼女は言った。「罰ゲームは装甲磨きだ! 覚悟はいいね、シュミット!」
叫ぶと同時に、左手元で武装切り替え。三九ミリのアサルト・ライフルからサブウエポンの対装甲炸裂ダガーをアクティブ。武装ラックの開放信号を送る。一秒の間もなく、右耳へ装甲を伝わった実際の開放音が届く。
右手にはアサルト・ライフルを通常装備しているので、ヒールレイスの場合、基本的にその他の格闘専用武装や炸裂ダガーは、全て左腕で扱うことを想定してモーション・パターンを組んでいる。その、日々想定し続けている動作がB2システムによる常時補正を受け、〈ストライクリザード〉の左腕が右脇の下から三本の対装甲炸裂ダガーを取り出した。左右に六本ずつ、計一二本が装備されている。取り出す勢いそのままに、左方の何もない空間へその三本をまとめて投擲する。同様にもう三本を右方へ。ややあって、実際よりも随分と大人しい炸裂音と閃光が届いた。その間に、ヒールレイスは手近な岩盤の影に自機を滑り込ませている。
敵が勘に頼るというのなら、その勘をかき乱してしまえば良い。もし、センサの集音機能をフルに活用し、〈ストライクリザード〉の駆動音だけを正確にピックアップしているならば、こんな小細工は通用しない。今ヒールレイス自身が行っていることだ。戦場を行き交うあまたの音声の中から、息を殺し獲物に迫る一体を探し出す。夜間戦闘、或いは視界を遮る障害物が多い市街地での戦闘時には、このような一見すると地味な作業の積み重ねが、無視できない程度まで効いてくる。
だが、シュミットにはそれが分かっていない。キャリアの違いを思い知れ、とヒールレイスはほくそ笑む。右に左に、対装甲炸裂ダガーをばら撒いたのは、砲手の勘を撹乱するためだ。勘に頼っているから、どこからか何かしらの気配がすれば、とりあえず虱潰しに砲撃を行う。そして、愚かにも足を止めて大口径の砲撃を繰り返せば、位置を特定するのは容易い。
炸裂ダガーを自機位置の撹乱と対砲手の囮に使え、などと指導する者はどこにもいない。ヒールレイス自身が経験の中から編み出したセオリーだ。だからこそ有効なのだ。特に、相手が経験の薄い、勘に頼る操縦兵だった場合。
果たして、空気を裂く間の抜けた音を引き連れ、迫撃砲弾が地面に突き刺さった。炸裂ダガーがつけたペイントの上に、更に水色が上乗せされる。正確無比な砲撃だ。だからこそ予測も、欺くことも容易だ。
落ち着いて、だが一時たりとも警戒を解くことなく、視線同調でディスプレイの一部に地形図とセンサ情報を表示させる。外部観測機が得た情報を、あらかじめ導入済みの地形データと照合させることで、熱源或いは音源、震源と自機との相対情報を、絶対情報へと置換するのだ。たとえ頭部の映像機が潰されても、敵を捕捉できるだけの自信がヒールレイスにはあった。
「……見つけた」
固定された戦闘領域内での特定のポイントを指定する場合の表し方は、全ての特殊機甲中隊では共通の基準が用いられている。その戦闘領域の広さにもよるのだが、このような二対二での模擬戦の場合、まずエリア全体を三×三で計九個の升目に区切る。そして、その升目一つ一つを、北西から北、北東、西といった順に振ったアルファベットで呼称する。更に、升目一つの中を九つの同様な升目で分割し、こちらには算用数字で番号を割り当てる。例えば、今ヒールレイスがいる区画はD‐3、H区画からと思われる砲撃の検証中――と、いった具合になる。
これが実戦の場合は最大五×五の二五に区切られるのだが、これはアルファベットが二六しかないことに由来する、とも言われる。HALの運用法を考えた者が、アルファベットでエリアを区切り、更にその中を1〜9の数字で、と設定した結果だ。大規模作戦の場合は、更にギリシャ文字で各戦闘エリアを定義する決まりになっているが、まだそこまでの大規模決戦は勃発した試しがない。
その場の設定によって可変であるのだが、最小のブロックは、大体四〇〇メートル四方になる。それが、〈ストライクリザード〉同士――或いは〈ベルキャット〉との――の目視での戦闘に丁度適したサイズであり、そうなるように全体の戦闘領域も設定される。もっとも、これも実戦においては、周囲の環境要因等のためにしばしば変化する。見渡す限り赤砂の荒野と、市街地を同じ基準で処理できるはずもない。また、手強い一体とやり合ううちにエリア外に出ることなど日常茶飯事であり、いちいち領域を気にしていられるほど、HALの戦場は甘くない。
「Hの……2番か」図表上の点滅するブロックを睨み、彼女は呟いた。「案外近いのね。もっと遠くからちまちま撃ってくると思ったけど?」
表示が正しければ、初砲撃の位置はE‐8。〈ストライクリザード〉の右半身を遮蔽物の陰から出して、その方向を窺う。微妙だが、一応移動しながら砲撃を行っていることになる。同時に、上空から再びのロケット砲撃。攻めに転じようと思ったタイミングで、丁度出鼻を挫かれる。奴の勘の良さは、悔しいが本物だ、とヒールレイスは舌打ちして、再び画面に目を戻した。
判明したのはブロックだけではなく、そのブロック内での立ち位置もだ。だが、そこまでくると概算でしか求まらないので、伝達時のフォーマットは決まっていない。そして、ここまでが彼女の仕事。後は、アタッカーに任せるパートだ。伝達のフォーマットは決まっていないが、ブロック位置だけを伝えても仕方ない。ニュアンスの補正は、各操縦兵に任せられているのだ。
通信ウィンドウを呼び出す。電波状況が悪いのか、映像は出ない。スカー1、ジェズイットの表示を確認し、彼女は言った。
「こちらスカー3。敵位置を補足しました。エッチ・セカンド。サード寄りの窪地が……」
おかしい、と思った。通信のレスポンスに違和感がある。隊長、隊長と彼女は呼びかける。反応はない。画面は砂嵐で、通信音も、全てがノイズに埋まっている。
「電波妨害? でも、ECM装備の機体はないはずなのに……。まさか、ひょっとして」
彼女の脳裏に一つの考えが閃いたのと、左から強烈な敵意が襲い掛かったのは、全くの同時だった。
砲手である自分が生き残り、かつ勝利を得るために最も手っ取り早い手段は何か。前線の一機に暴れさせて注意を惹きつけた状態で、自分はひたすら支援に徹するのが一番だ。夜間であろうが昼間であろうが関係ない。つまり、敵が自分に意識を集中できない状態を作り出せばいいのだ。
幸いにも、組んだ相方は頼りになる男だ。自分の支援などなくとも、単身敵中に潜り込み。一機ずつ静かに、確実に仕留めることのできる技量と冷静さを兼ね備えている。彼――マツシタを敵に回したら、どのように戦うべきだろう、とエール・シュミットは考える。
遠くで僅かな光と、成型炸薬の爆発音。そこか、と呟き北西方向へ背部迫撃砲を二射。場当たり的な砲撃だが、牽制と足止めになればそれでいい。
この機体、シュミット・スペシャルと自ら名づけた重砲撃仕様機は、〈ストライクリザード〉の限界荷重をその身をもって示していると言われるほどの大量の火砲を全身に仕込んでいる一方、HALの命である機動性が殺されている。フルドライブでの競争は経験がないが、通常の荒地戦仕様機と比較して、二割ほど最大速度が低い、とシュミット自身は見積もっていた。故に、高速機動型の機体に距離を詰められたら為す術がない。だから場当たり的な射撃で無駄弾を撃つことに、シュミットは躊躇いがないのだ。
「運が良かったね、どうも。風が向いてるよ、風が。うん……時代がきてる。間違いない」
先刻の、模擬戦組み合わせを決めるくじ引きのことをシュミットは思い出す。もしマツシタを敵に回す羽目になっていたら、勝ち目はなかった。
とはいえ、敵はカーバネル・ジェズイットとヒールレイス・リヴェッサだ。一筋縄でいく相手ではない。特にジェズイットだ。目視圏内に入られたら最後、と覚悟しておいた方がいいかもしれない。多少の被弾などものともせずに接近され、そのくせこちらの肝心な一撃だけは抜け目なく避け、他より一回りレンジの長い格闘兵装――刀、で真っ二つにされて撃墜判定。シュミットは身震いする。勢い、或いはオーラのようなものが、あの男は他と明らかに違うのだ。
だが、勝ち目が全くないわけではない。要は、向こうの連携を乱してマツシタが暴れやすい環境を作ればいいのだ。そうすれば、相対的に自分に向く銃口は減る。
自機のポジションをやや移動させ、武装管制、両肩に装備された一九連装の対地ロケット砲をアクティブに。弾頭径七〇ミリ、無誘導で、普段ならば対赤外線フレアやフレチェット、高爆発威力弾頭などが使用されるが、今回は全て訓練用のペイントに置き換えられている。対HAL戦では面攻撃に用いることが多く、再装填はできないので、基本的には斉射一回限りでパージする。既に右の一九発は使い切っており、デッドウエイトになる空の砲は切り離し済みだ。また地上組と整備班に文句を言われるのかと思うと、やや憂鬱だった。
ついさっき放った迫撃砲の曲射は、敵を仕留めるには至らなかったらしい。ならばもう一度、炙り出すまで。後はマツシタがやってくれる。加えて――。
「実はこのペイント、一味違うんだよ」唇の端を吊り上げ、右手のトリガーをオン。「はははっ! スペックオーバーの一九連射だ、逃げろ逃げろ!」
対地ロケット・ランチャー、射角を微妙に変化させながらの斉射一九連発。反動に耐えかねた左肩関節からのエラーメッセージが届くが、OSのダメージ・コントロールに介入して黙らせる。『そもそもそんなダメージなどない』と誤認させるのだ。そうでもしなければ、これだけの重火器は扱えない。数撃てば当たるのは真実だが、数撃てなければ当たらない。たとえ腕が吹き飛ぼうが肩が外れようが、数撃ち、当てればそれでよい。
着弾を確認。土埃が見える。同時に、左肩ポイント部電磁ロックボルトへの通電を停止し、弾切れの砲をパージする。だが、観測班から撃墜を知らせる信号は送られてこない。待機している地上班からの発光信号もない。つまり、全て躱された。シュミットは舌打ちし、顔をしかめ、そして、楽しげに笑った。
「想定通り。後は任せたよ、マツシタさん。ま、あの人にとっては想定外だろうけど?」
前方ディスプレイ内の情報ウィンドウでは、電波障害の発生区域が、網目の靄になって広がっていく。
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