第3話「小春日和」
今日は日曜日だ。その響きだけで幸せな気分になれる素晴らしい日だ。こういう休みの日は家でじっとしているのが一番だと思う。俺にとって、外に出るという行為そのものに危険分子が潜んでいるため、おちおち出かけるのも嫌なのだ。
「窓の鍵よし、部屋の鍵よし。これで今日は…。」
「私と二人っきりね。」
「そうそう悠璃と二人っきり……ってそうじゃない!というかいつの間に?」
「昨日の夜からよ。」
「マジっすか?」
「マジっすよ。」
気付かなかった。いや気付けなかった。確か昨日の夜は寝る前にドアと窓の鍵が掛かっているか確認したはずだ。それに念には念で部屋の中も全て確認していたのに。恐るべし我が麗しの隣人だ。
「で、何しに来たんだ?」
俺は率直な疑問を悠璃にぶつけた。
「何かないと来ちゃいけないの?」
質問を質問で返すというなかなかの作戦で応戦してくるところはさすが我が永遠の好敵手だ。
「い、いやぁこんな休みの日に俺なんかと過ごすのはつまんないだろうなと思いまして。」
「ふーん、そうね。」
「でしょでしょ。」
俺は急いでドアの鍵を外してドアを開けた。
「何してるわけ?」
「俺とここにいるとつまらないですからね。」
「つまりここを出ろということね?」
悠璃の目がきらりと光った。というか恐い。俺は逆鱗に触れたかなと思ったがここまで言ったら頷くしかなかった。
「そ、そ、そういうことかもしれません。」
俺は覚悟を決めて歯を食いしばった。
「なーんだ…それならそうと言えばいいのに。わかったわ。」
「えっ?」
一瞬耳を疑った。目から鱗とはまさにこのことだ。俺の命をかけた覚悟は無駄に終わった。だがそんなことより悠璃の方が心配だ。世界が終わる前触れだとでも言うのだろうか。悠璃が素直に俺の言うことを聞くとはどうしても解せない。
「なら行くわよ。」
悠璃はおもむろに俺の腕を掴んだ。
「はい?」
今俺は恐らくかなり間抜けな顔をしているだろう。しかし今の俺にとってそんなことは重要ではなかった。
「行くって家に帰るんじゃないのか?」
「違うわよ。外に出掛けるんでしょ?さっきここだとつまらないって言ったじゃん。」
さらに悠璃の腕を引く力が強くなった。華奢な体のどこからこのような力が湧いてくるのだろうか。
「いや、あれはだなそういう意味じゃ…。」
「はぁ?」
「な、何でもありましぇん!」
鬼だ。俺の目の前には鬼がいる。この鬼にこれ以上アドレナリンを出されるのは大変危険なことだ。今日のところは大人しく従おう。かくして俺の平穏な日曜日はどうなってしまうのだろうか。
「次はあっちね。」
「へーい。」
俺達は市街地のデパートまで来ている。割りと広くてある程度の物は揃っているので一日見て回っても飽きない。だがそれは買い物が好き人の考えであって、俺のような者にとっては当てはまらない。それでも何故悠璃にこうして付き合ってやっているかというと……悠璃が恐い、からではない。その理由は気付いてしまったからだ。
「楽しそうな顔しやがって。」
誰に言うのでもなく呟いた。悠璃は楽しそうな顔であちこちを見て回っている。あんな悠璃の顔を見たらたまにはこうして休みにでも、悠璃とふらふら出歩くのもいいかなと思った。
「ふべらほぉ。」
「何それ?」
悠璃は呆れている。現在買い物も終わり、二人でお茶をしている。悠璃はロイヤルミルクティーで俺はエスプレッソを注文した。
「説明するほどのものじゃないけど、強いて言えば今日一日の疲労とかストレスを口から出す時に唱える呪文みたいなものだ。その日の困憊度によって数百種類の組み合わせがあるぞ。ちなみにさっきのは…。」
「うざったいからもういい。てかそもそも疲労とかストレスを口から出せるの?」
「出せる。出せるのだよ悠璃君。人間とは一見不便にできているみたいだろうが、実は万能なのだよ。それを引き出すまでが大変なんだがね、深層心理のそのまた奥にアクセスさえしてしまえば造作も…ないことはないね。ハハハ…ごめんなさい。」
「もう喋るな。」
少し俺は調子に乗ってしまったようで、眠れる獅子を起こしかけてしまった。少しだけ冷めたエスプレッソを一口飲んだ。嫌味じゃない苦味が口一杯に広がる。閑静な午後の昼下がりをこうして過ごすのも悪くないなと思う俺だった。通りを歩く群衆の賑やかささえもどこか趣きがある。寒空の下、一層に澄んだ蒼穹が眩しかった。
「な、何か喋りなよ。」
「………。」
「無視するなぁ!」
突然の悠璃の怒声。俺はずっと窓越しに空を眺めていたようで悠璃の話を聞いていなかったみたいだ。
「悪い悪い、ちょっとぼーっとしてた。」
「そんなに…。」
「ん?」
「そんなに私といるとつまらない?」
悠璃の真剣な眼差しに俺は息を飲んでしまった。実直なまでの吸い込まれそうな色素の薄い目に本当にのまれそうだ。不覚にも美しいとそう思った。
「楽しいよ。だからまた来ような。」
「………。」
「ゆ、悠璃さん?」
今度は悠璃が黙ってしまっていた。俯いて何やら言っているようだが小さ過ぎて聞き取れない。
「きょ、恭がそこまで言うなら仕方ないわね。私が暇な時にでもまた誘ってあげるから。」
「頼むよ。」
それからしばらく談笑を続けて久々の二人の日曜日を存分に満喫した。
そんな小春日和な一日だった。
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